『猿かに合戦』楠山正雄１

(そして、「はやくめをだせ、かきのたね。)

そして、「早く芽を出せ、柿の種。

(ださないと、はさみでちょんぎるぞ」といいました。)

出さないと、ハサミでちょん切るぞ」と言いました。

(するとまもなく、かわいらしいめがにょきんとでました。)

するとまもなく、かわいらしい芽がニョキンと出ました。

(かには、そのめにむかってまいにち、「はやくきになれ、かきのめよ。)

カニは、その芽に向かって毎日、「早く木になれ、柿の芽よ。

(ならないと、はさみでちょんぎるぞ」といいました。)

ならないと、ハサミでちょん切るぞ」と言いました。

(するとかきのめはずんずんのびて、おおきなきになって、)

すると柿の芽はズンズン伸びて、大きな木になって、

(えだがでて、はがしげって、やがてはながさきました。)

枝が出て、葉がしげって、やがて花が咲きました。

(かにはこんど、そのきにむかってまいにち、「はやくみがなれ、かきのきよ。)

カニは今度、その木に向かって毎日、「早く実がなれ、柿の木よ。

(ならないと、はさみでちょんぎるぞ」といいました。)

ならないと、ハサミでちょん切るぞ」と言いました。

(するとまもなく、かきのきにはたくさんみがなって、どんどんあかくなりました。)

するとまもなく、柿の木にはたくさん実がなって、ドンドン赤くなりました。

(それをしたからかにはみあげて、)

それを下からカニは見上げて、

(「うまそうだなあ。はやくひとつたべてみたい」といって、)

「うまそうだなあ。早くひとつ食べてみたい」と言って、

(てをのばしましたが、せがひくくてとどきません。)

手を伸ばしましたが、背が低くて届きません。

(こんどはきのうえにのぼろうとしましたが、よこばいでしかうごけないので、)

今度は木の上に登ろうとしましたが、横ばいでしか動けないので、

(いくらのぼってもおちてしまいます。とうとうかにはあきらめましたが、)

いくら登っても落ちてしまいます。とうとうカニはあきらめましたが、

(それでもまいにち、くやしそうにしたからながめておりました。)

それでも毎日、くやしそうに下からながめておりました。

(するとあるひ、さるがきて、たくさんみのっているかきをみあげて、)

するとある日、サルが来て、たくさん実っている柿を見上げて、

(よだれをたらしました。そして、こんなにりっぱなみがなるなら、)

ヨダレをたらしました。そして、こんなに立派な実がなるなら、

(おむすびととりかえっこをするのではなかった、とおもいました。)

おむすびと取り替えっこをするのではなかった、と思いました。

(それをみたかには、「さるさん、ながめてないで、)

それを見たカニは、「サルさん、ながめてないで、

(のぼってとってくれないか。おれいにかきをすこしあげるよ」といいました。)

登って取ってくれないか。お礼に柿を少しあげるよ」と言いました。

(さるは、「しめた」といわないばかりのかおをして、)

サルは、「しめた」と言わないばかりの顔をして、

(「よしよし、とってあげるからまっておいで」といいながら、)

「よしよし、取ってあげるから待っておいで」と言いながら、

(するするきのうえにのぼりました。そしてえだとえだとのあいだに、)

スルスル木の上に登りました。そして枝と枝とのあいだに、

(ゆっくりこしをかけて、まずひとつ、うまそうなあかいかきをもいで、)

ゆっくり腰をかけて、まずひとつ、うまそうな赤い柿をもいで、

(わざと「おいしそうなかきだなあ」といい、むしゃむしゃたべはじめました。)

わざと「おいしそうな柿だなあ」と言い、ムシャムシャ食べ始めました。

(かには、うらやましそうにしたでながめていましたが、)

カニは、うらやましそうに下でながめていましたが、

(「おいおい、じぶんばかりたべてないで、)

「おいおい、自分ばかり食べてないで、

(はやくここにもなげておくれよ」といいますと、)

早くここにも投げておくれよ」と言いますと、

(さるは「よしよし」といいながら、わざとあおいかきをもいでなげました。)

サルは「よしよし」と言いながら、わざと青い柿をもいで投げました。

(かにはあわててひろってたべてみますと、)

カニはあわてて拾って食べてみますと、

(それはしぶくてくちがまがりそうでした。)

それは渋くて口が曲がりそうでした。

(かにが「これこれ、こんなしぶいのはだめだよ。)

カニが「これこれ、こんな渋いのはだめだよ。

(もっとあまいのをおくれよ」といいますと、)

もっと甘いのをおくれよ」と言いますと、

(さるは「よしよし」といいながら、もっとあおいのをもいで、なげました。)

サルは「よしよし」と言いながら、もっと青いのをもいで、投げました。

(かにが「こんどもやっぱりしぶくてだめだ。)

カニが「今度もやっぱり渋くてだめだ。

(ほんとうにあまいのをおくれよ」といいますと、)

本当に甘いのをおくれよ」と言いますと、

(さるはうるさそうに、「よし、それならこれをやる」といいながら、)

サルはうるさそうに、「よし、それならこれをやる」と言いながら、

(いちばんあおくてかたいのをもいで、)

いちばん青くて硬いのをもいで、

(みあげてまっているかにのあたまをめがけて、)

見上げて待っているカニの頭をめがけて、

(ちからいっぱいなげつけますと、かには「あ」といったきり、)

力いっぱい投げつけますと、カニは「あ」と言ったきり、

(ひどくこうらをうたれて、めをまわして、しんでしまいました。)

ひどく甲羅を打たれて、目を回して、死んでしまいました。

(さるは「ざまあみろ」といいながら、)

サルは「ざまあみろ」と言いながら、

(こんどこそあまいかきをひとりじめにして、おなかがやぶれるほどたくさんたべて、)

今度こそ甘い柿を独り占めにして、お腹が破れる程たくさん食べて、

(そのうえりょうてにかかえきれないほどもって、)

そのうえ両手に抱えきれない程持って、

(うしろもみずにどんどんにげていってしまいました。)

うしろも見ずにドンドン逃げていってしまいました。