『三匹のあり』小川未明1【完】
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問題文
(かわのほとりに、いっぽんのおおきなくるみのきがたっていました。)
川のほとりに、一本の大きなクルミの木が立っていました。
(そのしたにありがすをつくりました。)
その下にアリが巣を作りました。
(どちらをみまわしても、ひろびろとしたはたけでありましたので、)
どちらを見まわしても、広々とした畑でありましたので、
(ありにとっては、おおきなくにであったにちがいありません。)
アリにとっては、大きな国であったにちがいありません。
(あるとし、ありにたくさんのこどもがうまれました。)
ある年、アリにたくさんの子供が生まれました。
(それらのこどものありは、だんだんあたりをあそびまわるようになりました。)
それらの子供のアリは、段々あたりを遊びまわるようになりました。
(するとあるとき、それらのこありのおかあさんは、)
するとあるとき、それらの子アリのお母さんは、
(こどもらにむかっていいました。)
子供らに向かって言いました。
(「おまえたちは、あのくるみのきにのぼってもいいけれど、)
「おまえたちは、あのクルミの木に登ってもいいけれど、
(けっして、あかくなったはにつかまってはならないぞ。)
決して、赤くなった葉につかまってはならないぞ。
(いまは、ああしてどのはをみても、まっさおだけれど、)
今は、ああしてどの葉を見ても、真っ青だけれど、
(やがてあきになると、あのはにみんなきれいないろがつく。)
やがて秋になると、あの葉にみんなきれいな色がつく。
(そうなるとあぶないから、ぜったいにはのうえにとまってはならないぞ」と、)
そうなると危ないから、絶対に葉の上に止まってはならないぞ」と、
(いったのでありました。)
言ったのでありました。
(あるひのこと、ごひきのこありがそとであそんでいて、)
ある日のこと、五匹の子アリが外で遊んでいて、
(おおきなくるみのきをみあげていました。)
大きなクルミの木を見上げていました。
(「なんというおおきなきだろう。)
「なんという大きな木だろう。
(こんなきが、ほかにあるだろうか」と、いっぴきのこありがいいました。)
こんな木が、ほかにあるだろうか」と、一匹の子アリが言いました。
(「まだせかいには、こんなきがたくさんあるということだ。)
「まだ世界には、こんな木がたくさんあるということだ。
(これより、もっとおおきなきだってあるにちがいない」と、)
これより、もっと大きな木だってあるにちがいない」と、
(ほかのいっぴきのこありがいいました。)
ほかの一匹の子アリが言いました。
(「おとうさんやおかあさんは、あのきのてっぺんまで、)
「お父さんやお母さんは、あの木のてっぺんまで、
(おのぼりになったといわれた。ぼくたちも、どこまでいけるか)
お登りになったと言われた。僕たちも、どこまでいけるか
(のぼってみようじゃないか」と、ほかのいっぴきのこありがいいました。)
登ってみようじゃないか」と、ほかの一匹の子アリが言いました。
(そしてごひきのこありは、おおきなくるみのきにのぼっていきました。)
そして五匹の子アリは、大きなクルミの木に登っていきました。
(そのとちゅうまでいったころには、ごひきともつかれてしまって、)
その途中まで行った頃には、五匹とも疲れてしまって、
(しばらくえだのうえにやすんで、ものめずらしげに、あたりのけしきなどをながめていました。)
しばらく枝の上に休んで、物珍しげに、あたりの景色などを眺めていました。
(「なんという、おおきなかわだろうか」といって、)
「なんという、大きな川だろうか」と言って、
(いっぴきのこありはしたをみおろしていました。)
一匹の子アリは下を見おろしていました。
(「なんというひろいのはらだろう」と、ほかのいっぴきのこありがおどろいていいました。)
「なんという広い野原だろう」と、ほかの一匹の子アリが驚いて言いました。
(たいようは、ちょうどきのてっぺんにかがやいていました。)
太陽は、ちょうど木のてっぺんに輝いていました。
(するとそのとき、「あのえだに、あんなにきれいなはがあるじゃないか。)
するとそのとき、「あの枝に、あんなにきれいな葉があるじゃないか。
(あのそばまでいってみよう」と、いっぴきのこありがさけびました。)
あのそばまで行ってみよう」と、一匹の子アリが叫びました。
(にひきのこありは、あのあかいはこそきけんだと、)
二匹の子アリは、あの赤い葉こそ危険だと、
(おかあさんやおとうさんにいわれたのだから、)
お母さんやお父さんに言われたのだから、
(いくのはよしたほうがいいといいました。)
行くのはよしたほうがいいと言いました。
(けれど、ほかのさんびきのこありは、どうしてもいくといいはりました。)
けれど、ほかの三匹の子アリは、どうしても行くと言いはりました。
(にひきのこありは、そこからさんびきのおともだちとわかれて、)
二匹の子アリは、そこから三匹のお友だちと別れて、
(ちじょうへかえることにしました。)
地上へ帰ることにしました。
(そこには、こいしいおかあさんやおとうさんがすんでおります。)
そこには、恋しいお母さんやお父さんが住んでおります。
(いっぽうで、さんびきのこありは、あかくうつくしいはをめざして、のぼっていきました。)
一方で、三匹の子アリは、赤く美しい葉を目指して、登っていきました。
(さんじゅっぷんともたたないうちです。)
三十分ともたたないうちです。
(かぜがふいて、あかくうつくしいはは、ぱたりとえだからはなれて、)
風が吹いて、赤く美しい葉は、パタリと枝から離れて、
(ひらひらとまって、したのかわのなかにおちてしまいました。)
ヒラヒラと舞って、下の川の中に落ちてしまいました。
(いうまでもなく、そのあかいはのうえには、)
言うまでもなく、その赤い葉の上には、
(さんびきのこありがとまっていたのでした。)
三匹の子アリがとまっていたのでした。
(さんびきのこありは、あまりにもふいなことにびっくりしましたが、)
三匹の子アリは、あまりにも不意なことにびっくりしましたが、
(きがついたときには、あかいはのうえにのって、かわのうえをながれていたのです。)
気がついたときには、赤い葉の上に乗って、川の上を流れていたのです。
(さんびきのこありは、いまになっておかあさんが)
三匹の子アリは、今になってお母さんが
(あかいはのうえにのってはいけないといわれたことをさとりましたけれど、)
赤い葉の上に乗ってはいけないと言われたことを悟りましたけれど、
(どうすることもできませんでした。)
どうすることもできませんでした。
(「さあ、どうなることだろう」と、)
「さあ、どうなることだろう」と、
(さんびきのこありは、こころぼそくなってしあんをしました。)
三匹の子アリは、心細くなって思案をしました。
(はてしなく、かわのみずは、ひにかがやいてのはらのなかをながれていきました。)
果てしなく、川の水は、陽に輝いて野原の中を流れていきました。
(どうして、どこへいくのかといったのが、)
どうして、どこへ行くのかといったのが、
(ちいさなありにかんがえられるでしょうか。)
小さなアリに考えられるでしょうか。
(さんびきのこありはひとつにかたまって、ふるえていました。)
三匹の子アリは一つに固まって、ふるえていました。
(そのうちに、またかぜがふいて、あかいははきしにつきました。)
そのうちに、また風が吹いて、赤い葉は岸に着きました。
(さんびきのこありは、やっとそこからはいあがって、あやうくいのちがたすかったのです。)
三匹の子アリは、やっとそこからはい上がって、危うく命が助かったのです。
(そこは、おもったよりもいいところでした。うつくしいはながさいていました。)
そこは、思ったよりもいいところでした。美しい花が咲いていました。
(きれいなくさがはえているおかもありました。)
きれいな草が生えている丘もありました。
(さんびきのこありは、そのひからはじめて、しらないとちにすをつくってはたらいたのです。)
三匹の子アリは、その日から初めて、知らない土地に巣を作って働いたのです。
(なんにちかたつと、このあたりのとちにもいくぶんかなれてきました。)
何日かたつと、このあたりの土地にも幾分か慣れてきました。
(ですがそれとどうじに、さんびきのこありは、)
ですがそれと同時に、三匹の子アリは、
(ふぼのすんでいるこきょうをこいしくおもったのです。)
父母の住んでいる故郷を恋しく想ったのです。
(けれど、いくらおもってもかえることができませんでした。)
けれど、いくら想っても帰ることができませんでした。
(さんびきのこありは、いつしかみんなおとうさんになったのであります。)
三匹の子アリは、いつしかみんなお父さんになったのであります。
(そして、さんびきのありにもこどもがたくさんうまれました。)
そして、三匹のアリにも子供がたくさん産まれました。
(けれど、ありはけっしてこどもらにむかって、)
けれど、アリは決して子供らに向かって、
(きにのぼっても、あかいはにとまっていいとはいいませんでした。)
木に登っても、赤い葉に止まっていいとは言いませんでした。
(やはりむかしに、おとうさんやおかあさんが、じぶんたちにいったように、)
やはり昔に、お父さんやお母さんが、自分たちに言ったように、
(「おまえたちは、けっしてあかいはにつかまってはならない」といったのです。)
「おまえたちは、決して赤い葉につかまってはならない」と言ったのです。
(それは、いくらしあわせになったとしても、)
それは、いくら幸せになったとしても、
(おとうさんやおかあさんにあえないことは、)
お父さんやお母さんに会えないことは、
(なによりもふこうなことであったからであります。)
なによりも不幸なことであったからであります。