『カエルの王さま』グリム1
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問題文
(むかしむかし、まだどんなひとののぞみでも、おもいどおりにかなったころのことです。)
むかしむかし、まだどんな人の望みでも、思い通りに叶った頃のことです。
(あるところに、ひとりのおうさまがすんでいました。)
ある所に、一人の王さまが住んでいました。
(このおうさまには、おひめさまがなんにんもいましたが、)
この王さまには、お姫さまが何人もいましたが、
(みんなそろって、うつくしいかたばかりでした。)
みんなそろって、美しいかたばかりでした。
(なかでもいちばんしたのおひめさまは、それはそれはうつくしいので、)
中でも一番下のお姫さまは、それはそれは美しいので、
(よのなかのいろんなことをたくさんみてしっているおひさまでさえも、)
世の中の色んなことをたくさん見て知っているお日さまでさえも、
(おひめさまのかおをてらすたびに、びっくりしてしまうほどでした。)
お姫さまの顔を照らす度に、びっくりしてしまう程でした。
(おうさまのおしろのちかくに、こんもりとしげったもりがありました。)
王さまのお城の近くに、こんもりとしげった森がありました。
(もりのなかにはふるいぼだいじゅがいっぽんたっていて、)
森の中には古いボダイジュが一本立っていて、
(そのきのしたからいずみがこんこんとわきでていました。)
その木の下から泉がこんこんと湧き出ていました。
(あついひには、おひめさまはもりのなかにはいっていって、)
暑い日には、お姫さまは森の中に入っていって、
(このすずしいいずみのほとりに、こしをおろしました。)
この涼しい泉のほとりに、腰をおろしました。
(そしてたいくつになりますと、きんいろのまりをとりだして、)
そして退屈になりますと、金色のマリを取り出して、
(それをたかくほうりあげては、てでうけとめて、あそびました。)
それを高くほうりあげては、手で受け止めて、遊びました。
(これがおひめさまにとっては、なによりもたのしいあそびだったのです。)
これがお姫さまにとっては、なによりも楽しい遊びだったのです。
(あるひ、おひめさまがいつものようにきんいろのまりをなげて、)
ある日、お姫さまがいつものように金色のマリを投げて、
(あそんでいるうちに、ついうけそこなってしまいました。)
遊んでいるうちに、つい受けそこなってしまいました。
(まりはじめんにおちると、そのままみずのなかへ、ころころところがりました。)
マリは地面に落ちると、そのまま水の中へ、コロコロと転がりました。
(おひめさまはまりのゆくえをながめていましたが、)
お姫さまはマリのゆくえをながめていましたが、
(まりはみずのなかにしずんで、みえなくなってしまいました。)
マリは水の中に沈んで、見えなくなってしまいました。
(いずみはとてもふかくて、そこはすこしもみえません。)
泉はとても深くて、底は少しも見えません。
(それで、おひめさまはしくしくなきだしましたが、)
それで、お姫さまはシクシク泣きだしましたが、
(そのなきごえはだんだんおおきくなりました。)
その泣き声は段々大きくなりました。
(おひめさまとしては、あのまりをどうしてもあきらめることができなかったのです。)
お姫さまとしては、あのマリをどうしても諦めることができなかったのです。
(こうして、おひめさまがないて、かなしんでいますと、)
こうして、お姫さまが泣いて、悲しんでいますと、
(だれかがおひめさまによびかけました。)
だれかがお姫さまに呼びかけました。
(「どうなさったんですか、おひめさま。)
「どうなさったんですか、お姫さま。
(おひめさまがそんなにおなきになると、)
お姫さまがそんなにお泣きになると、
(いしまでも、おかわいそうだとなきますよ」)
石までも、お可哀想だと泣きますよ」
(おひめさまはびっくりして、こえのするほうをみまわしました。)
お姫さまはびっくりして、声のするほうを見回しました。
(するとそこには、いっぴきのかえるがきみのわるい、)
するとそこには、一匹のカエルが気味の悪い、
(ふくれたあたまをみずのなかからつきだしています。)
ふくれた頭を水の中から突き出しています。
(「あら、おまえさんだったのね、としよりのかえるさん。)
「あら、おまえさんだったのね、年寄りのカエルさん。
(いまなにかいったのは」と、おひめさまがいいました。)
今なにか言ったのは」と、お姫さまが言いました。
(「あたしはね、きんいろのまりがいずみのなかにおちてしまったから、ないているのよ」)
「あたしはね、金色のマリが泉の中に落ちてしまったから、泣いているのよ」
(「しんぱいしないで、なくのはもうおよしなさい。)
「心配しないで、泣くのはもうおよしなさい。
(わたしがいいようにしてあげますからね。)
私がいいようにしてあげますからね。
(でも、あなたのまりをひろってきてあげたら、)
でも、あなたのマリを拾ってきてあげたら、
(わたしになにをくださいますか」と、かえるはいいました。)
私になにをくださいますか」と、カエルは言いました。
(「だいすきなかえるさん。)
「大好きなカエルさん。
(おまえさんのほしいものは、なんでもあげるわ」と、おひめさまはいいました。)
おまえさんの欲しい物は、なんでもあげるわ」と、お姫さまは言いました。
(「あたしのきものやしんじゅ、ほうせきだってあげるわよ。)
「あたしの着物や真珠、宝石だってあげるわよ。
(それから、あたしがかぶっている、きんいろのかんむりだって、あげてよ」)
それから、あたしがかぶっている、金色のかんむりだって、あげてよ」
(すると、かえるはこたえました。)
すると、カエルは答えました。
(「そんなものは、ほしくありません。)
「そんなものは、欲しくありません。
(そのかわり、もしあなたがわたしをかわいがってくださるというなら、)
そのかわり、もしあなたが私を可愛がってくださるというなら、
(わたしをあなたのおともだちにしてください。)
私をあなたのお友だちにしてください。
(そうして、あなたのしょくたくにならんですわらせてくださって、)
そうして、あなたの食卓に並んで座らせてくださって、
(あなたのきんいろのおさらでたべ、あなたのかわいいこっぷでのませてください。)
あなたの金色のお皿で食べ、あなたの可愛いコップで飲ませてください。
(それからよるになったら、あなたのちっちゃなべっどにねかせてください。)
それから夜になったら、あなたのちっちゃなベッドに寝かせてください。
(もしこれだけのことをやくそくしてくださるなら、)
もしこれだけのことを約束してくださるなら、
(みずのなかにもぐっていって、きんいろのまりをとってきてあげましょう」)
水の中にもぐっていって、金色のマリを取って来てあげましょう」
(「ええ、いいわ」と、おひめさまはいいました。)
「ええ、いいわ」と、お姫さまは言いました。
(「きんいろのまりをとってきてくれさえすれば、)
「金色のマリを取って来てくれさえすれば、
(おまえののぞみは、なんでもかなえてあげるわ」)
おまえの望みは、なんでも叶えてあげるわ」
(でも、こころのなかでは「おばかさんのかえるね。)
でも、心の中では「おバカさんのカエルね。
(かえるなんか、みずのなかのなかまのそばで、ぎゃあぎゃあないていればいいのよ。)
カエルなんか、水の中の仲間のそばで、ギャアギャア鳴いていればいいのよ。
(にんげんのおともだちになろうなんて、とんでもないわ」とおもっていたのでした。)
人間のお友だちになろうなんて、とんでもないわ」と思っていたのでした。
(かえるは、おひめさまにやくそくしてもらいますと、)
カエルは、お姫さまに約束してもらいますと、
(あたまをひっこめて、みずのなかにもぐっていきました。)
頭をひっこめて、水の中にもぐっていきました。
(それからしばらくすると、またうかびあがってきました。)
それからしばらくすると、また浮かび上がってきました。
(みれば、たしかにきんいろのまりをくちにくわえています。)
見れば、たしかに金色のマリを口にくわえています。
(かえるは、そのまりをくさのなかに、ぽんとほうりだしました。)
カエルは、そのマリを草の中に、ポンとほうりだしました。
(おひめさまは、じぶんのうつくしいまりがもどってきたのをみますと、)
お姫さまは、自分の美しいマリが戻ってきたのを見ますと、
(うれしくって、それをひろいあげるなり、そのままいってしまいました。)
嬉しくって、それを拾いあげるなり、そのまま行ってしまいました。
(「まってください」と、かえるはおおごえでさけびました。)
「待ってください」と、カエルは大声で叫びました。
(「わたしもいっしょにつれてってください。わたしは、そんなにはしれないのです」)
「私も一緒に連れてってください。私は、そんなに走れないのです」
(けれども、かえるがうしろのほうから、いくらおおきなこえで、)
けれども、カエルがうしろのほうから、いくら大きな声で、
(ぎゃあぎゃあないても、わめいても、なんにもなりませんでした。)
ギャアギャア鳴いても、わめいても、なんにもなりませんでした。
(おひめさまは、かえるがさけぶこえにはみみもかさず、)
お姫さまは、カエルが叫ぶ声には耳も貸さず、
(いそいでおしろへかけていきました。)
急いでお城へ駆けていきました。
(そして、かわいそうなかえるのことなんか、すぐにわすれてしまいました。)
そして、可哀想なカエルのことなんか、すぐに忘れてしまいました。
(ですからかえるは、もとのいずみのなかにかえっていくしかありませんでした。)
ですからカエルは、もとの泉の中に帰っていくしかありませんでした。
(そのあくるひのことでした。)
そのあくる日のことでした。
(おひめさまが、おうさまをはじめ、ごけらいのひとたちといっしょに、)
お姫さまが、王さまをはじめ、ご家来の人たちと一緒に、
(みんなでしょくたくについて、きんいろのおさらでごちそうをたべていますと、)
みんなで食卓について、金色のお皿でごちそうを食べていますと、
(なにやらぴちゃぴちゃと、だいりせきのかいだんをはいあがってくるおとがしました。)
なにやらピチャピチャと、大理石の階段を這い上がって来る音がしました。
(そして、うえまであがりきりますと、とんとんととをたたいて、)
そして、上まであがりきりますと、トントンと戸を叩いて、
(「おひめさま、いちばんしたのおひめさま。)
「お姫さま、一番下のお姫さま。
(どうか、このとをあけてください」と、おおきなこえでいいました。)
どうか、この戸をあけてください」と、大きな声で言いました。
(そこで、おひめさまはかけていって、だれがきたのかしら、とおもいながら、)
そこで、お姫さまは駆けていって、だれが来たのかしら、と思いながら、
(とをあけました。すると、おどろいたことに、)
戸をあけました。すると、おどろいたことに、
(とのそとには、きのうのかえるがすわっているではありませんか。)
戸の外には、昨日のカエルが座っているではありませんか。
(それをみるなり、おひめさまはばたんととをしめて、)
それを見るなり、お姫さまはバタンと戸をしめて、
(いそいでしょくたくのせきにもどりました。でも、むねのなかはしんぱいでたまりません。)
急いで食卓の席に戻りました。でも、胸の中は心配でたまりません。
(おうさまは、おひめさまのむねがどきどきしているのをみて、)
王さまは、お姫さまの胸がドキドキしているのを見て、
(「ひめや、なにがこわいのかね。とのそとにかいぶつでもきて、)
「姫や、なにが怖いのかね。戸の外に怪物でも来て、
(おまえをさらっていこうとでもしているのかい」とたずねました。)
おまえをさらっていこうとでもしているのかい」と尋ねました。
(「あら、ちがうわ」と、おひめさまはこたえました。)
「あら、ちがうわ」と、お姫さまは答えました。
(「かいぶつなんかじゃないの。いやらしいかえるなのよ」)
「怪物なんかじゃないの。いやらしいカエルなのよ」
(「そのかえるが、おまえになんのようがあるんだね」)
「そのカエルが、おまえになんの用があるんだね」