谷崎潤一郎 痴人の愛 22

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数561難易度(4.5) 5331打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
私のお気に入りです
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 5491 B++ 5.7 95.3% 922.1 5326 262 97 2024/11/19

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問題文

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(へやのいっぽうにてーぶるといすとにれつにならべたせきがあって、きっぷをかって)

部屋の一方にテーブルと椅子と二列にならべた席があって、切符を買って

(にゅうじょうしたものはおのおのそのせきをせんりょうし、ときどきそこでやすみながら、たにんのおどるのを)

入場した者は各々その席を占領し、ときどきそこで休みながら、他人の踊るのを

(けんぶつするようなしくみになっているのでしょう。そこにはみしらないおとこやおんなが)

見物するような仕組みになっているのでしょう。そこには見知らない男や女が

(あっちにいちだん、こっちにいちだんとかたまりながらしゃべっています。そしてなおみが)

彼方に一団、此方に一団とかたまりながらしゃべっています。そしてナオミが

(はいってくると、いっしゅいような、なかばてきいをふくんだような、なかばけいべつしたような)

這入って来ると、一種異様な、半ば敵意を含んだような、半ば軽蔑したような

(うさんなめつきで、けばけばしいかのじょのすがたをさぐるようにながめるのでした。)

胡散な眼つきで、ケバケバしい彼女の姿を捜るように眺めるのでした。

(「おい、おい、あすこにあんなおんながきたぞ」)

「おい、おい、あすこにあんな女が来たぞ」

(「あのつれのおとこはなにものだろう!」)

「あの連れの男は何者だろう!」

(と、わたしはかれらにいわれているようなきがしました。かれらのしせんが、なおみ)

と、私は彼等に云われているような気がしました。彼等の視線が、ナオミ

(ばかりか、かのじょのうしろにちいさくなってたっているわたしのうえにもそそがれている)

ばかりか、彼女のうしろに小さくなって立っている私の上にも注がれている

(ことを、はっきりとかんじました。わたしのみみにはおーけすとらのおんがくががんがん)

ことを、はっきりと感じました。私の耳にはオーケストラの音楽がガンガン

(なりひびき、わたしのめのまえにはおどりのぐんしゅうが、・・・・・・・・・みんなわたしより)

鳴り響き、私の眼の前には踊りの群衆が、・・・・・・・・・みんな私より

(はるかにうまそうなぐんしゅうが、おおきなひとつのわをつくってぐるぐるとまわっています。どうじに)

遥に巧そうな群衆が、大きな一つの環を作ってぐるぐると廻っています。同時に

(わたしは、じぶんがたったごしゃくにすんのこおとこであること、いろがどじんのようにくろくて)

私は、自分がたった五尺二寸の小男であること、色が土人のように黒くて

(らんぐいばであること、にねんもまえにこしらえたはなはだふるわないこんのせびろをきていること)

乱杭歯であること、二年も前に拵えた甚だ振わない紺の背広を着ていること

(などをかんがえたので、かおがかっかっとほてってきて、からだじゅうにどうぶるいがきて、)

などを考えたので、顔がカッカッと火照って来て、体中に胴ぶるいが来て、

(「もうこんなところへくるもんじゃない」とおもわないではいられませんでした。)

「もうこんなところへ来るもんじゃない」と思わないではいられませんでした。

(「こんなところにたっていたってしようがないわ。・・・・・・・・・どこかあっちの)

「こんな所に立っていたって仕様がないわ。・・・・・・・・・何処か彼方の

(・・・・・・・・・てーぶるのほうへいこうじゃないの」)

・・・・・・・・・テーブルの方へ行こうじゃないの」

(なおみもさすがにきおくれがしたのか、わたしのみみへくちをつけて、ちいさなこえで)

ナオミもさすがに気怯れがしたのか、私の耳へ口をつけて、小さな声で

など

(そういうのでした。)

そう云うのでした。

(「でもなにかしら、このおどっているれんちゅうのあいだをつっきってもいいのかしら?」)

「でも何かしら、この踊っている連中の間を突ッ切てもいいのかしら?」

(「いいのよ、きっと、・・・・・・・・・」)

「いいのよ、きっと、・・・・・・・・・」

(「だっておまえ、つきあたったらわるいじゃないか」)

「だってお前、衝きあたったら悪いじゃないか」

(「つきあたらないようにいけばいいのよ、・・・・・・・・・ほら、)

「衝きあたらないように行けばいいのよ、・・・・・・・・・ほら、

(ごらんなさい、あのひとだってあすこをつっきっていったじゃないの。だから)

御覧なさい、あの人だって彼処を突ッ切って行ったじゃないの。だから

(いいのよ、いってみましょうよ」)

いいのよ、行って見ましょうよ」

(わたしはなおみのあとについてひろばのぐんしゅうをよこぎっていきましたが、あしがふるえている)

私はナオミのあとに附いて広場の群衆を横切って行きましたが、足が顫えている

(うえにゆかがつるつるすべりそうなので、ぶじにむこうへわたりつくまでがひとくろうでした)

上に床がつるつる滑りそうなので、無事に向うへ渡り着くまでが一と苦労でした

(そしていっぺんがたんところびそうになり、)

そして一遍ガタンと転びそうになり、

(「ちょっ」)

「チョッ」

(と、なおみににらみつけられ、しかめっつらをされたことをおぼえています。)

と、ナオミに睨みつけられ、しかめッ面をされたことを覚えています。

(「あ、あすこがひとつあいているようだわ、あのてーぶるにしようじゃないの」)

「あ、あすこが一つ空いているようだわ、あのテーブルにしようじゃないの」

(と、なおみはそれでもわたしよりはおくめんがなく、じろじろみられているなかをすうっと)

と、ナオミはそれでも私よりは臆面がなく、ジロジロ見られている中をすうッと

(すみましてとおりこして、とあるてーぶるへつきました。が、あれほどだんすを)

済まして通り越して、とあるテーブルへ就きました。が、あれ程ダンスを

(たのしみにしていたくせに、すぐおどろうとはいいださないで、なんだかこう、)

楽しみにしていたくせに、すぐ踊ろうとは云い出さないで、何だかこう、

(ちょっとのあいだおちつかないように、てさげぶくろからかがみをだしてこっそりかおを)

ちょっとの間落ち着かないように、手提げ袋から鏡を出してこっそり顔を

(なおしたりして、)

直したりして、

(「ねくたいがひだりへまがっているわよ」)

「ネクタイが左へ曲っているわよ」

(と、ないしょでわたしにちゅういしながら、ひろばのほうをみまもっているのでした。)

と、内証で私に注意しながら、広場の方を見守っているのでした。

(「なおみちゃん、はまだくんがきているじゃないか」)

「ナオミちゃん、浜田君が来ているじゃないか」

(「なおみちゃんなんていうもんじゃないわよ、さんておっしゃいよ」)

「ナオミちゃんなんて云うもんじゃないわよ、さんて仰っしゃいよ」

(そういってなおみは、またむずかしいしかめっつらをして、)

そう云ってナオミは、又むずかしいしかめッ面をして、

(「はまさんもきてるし、まあちゃんもきているのよ」)

「浜さんも来てるし、まアちゃんも来ているのよ」

(「どれ、どこに?」)

「どれ、何処に?」

(「ほら、あすこに・・・・・・・・・」)

「ほら、あすこに・・・・・・・・・」

(そしてあわててこえをおとして、「ゆびさしをしちゃしつれいだわよ」と、そっとわたしを)

そして慌てて声を落して、「指さしをしちゃ失礼だわよ」と、そっと私を

(たしなめてから、)

たしなめてから、

(「ほら、あすこにあの、ぴんくいろのようふくをきたおじょうさんといっしょにおどっている)

「ほら、あすこにあの、ピンク色の洋服を着たお嬢さんと一緒に踊っている

(でしょう、あれがまあちゃんよ」)

でしょう、あれがまアちゃんよ」

(「やあ」)

「やあ」

(と、いいながら、そのときまあちゃんはわれわれのほうへよってきて、あいてのおんなの)

と、云いながら、その時まアちゃんはわれわれの方へ寄って来て、相手の女の

(かたこしににやにやわらってみせました。ぴんくいろのようふくは、せいのたかい、にっかんてきな)

肩越しににやにや笑って見せました。ピンク色の洋服は、せいの高い、肉感的な

(ながいりょううでをむきだしにしたふとったおんなで、ゆたかなというよりはうっとうしいほど)

長い両腕をムキ出しにした太った女で、豊かなと云うよりは鬱陶しいほど

(たくさんある、まっくろなかみをかたのあたりでざくりときって、そいつをぼやぼやちぢらせた)

沢山ある、真っ黒な髪を肩の辺りでザクリと切って、そいつをぼやぼや縮らせた

(うえに、りぼんのはちまきをしているのですが、かおはというと、ほっぺたがあかく、めが)

上に、リボンの鉢巻をしているのですが、顔はと云うと、頬っぺたが赤く、眼が

(おおきく、くちびるがあつく、そしてどこまでもじゅんにほんしきの、うきよえにでもありそうな)

大きく、唇が厚く、そして何処までも純日本式の、浮世絵にでもありそうな

(ほそながいはなつきをしたうりざねがおのりんかくでした。わたしもずいぶんおんなのかおにはきをつけている)

細長い鼻つきをした瓜実顔の輪郭でした。私も随分女の顔には気をつけている

(ほうですけれど、こんなふしぎな、ふちょうわなかおはまだみたことがありません。)

方ですけれど、こんな不思議な、不調和な顔はまだ見たことがありません。

(おもうにこのおんなは、じぶんのかおがあまりにほんじんすぎるのをこのうえもなくふこうに)

思うにこの女は、自分の顔があまり日本人過ぎるのをこの上もなく不幸に

(かんじて、なるたけせいようくさくしようとくしんさんたんしているらしく、よくよくみると、)

感じて、成るたけ西洋臭くしようと苦心惨憺しているらしく、よくよく見ると、

(およそがいぶへろしゅつしているはだというはだにはこながふいたようにおしろいがぬってあり、)

凡そ外部へ露出している肌と云う肌には粉が吹いたようにお白粉が塗ってあり、

(めのまわりにはぺんきのようにぎらぎらひかるろくしょういろのえのぐがぼかしてあるの)

眼の周りにはペンキのようにぎらぎら光る緑青色の絵の具がぼかしてあるの

(です。あのほおっぺたのまっかなのも、うたがいもなくほおべにをつけているので、)

です。あの頬ッぺたの真っ赤なのも、疑いもなく頬紅をつけているので、

(おまけにそんなりぼんのはちまきをしたかっこうは、きのどくながらどうかんがえても)

おまけにそんなリボンの鉢巻をした格好は、気の毒ながらどう考えても

(ばけものとしかおもわれません。)

化け物としか思われません。

(「おい、なおみちゃん、・・・・・・・・・」)

「おい、ナオミちゃん、・・・・・・・・・」

(うっかりわたしはそういってしまって、いそいでさんといいなおしてから、)

うっかり私はそう云ってしまって、急いでさんと云い直してから、

(「あのおんなはあれでもおじょうさんなのかね?」)

「あの女はあれでもお嬢さんなのかね?」

(「ええ、そうよ、まるでいんばいみたいだけれど、・・・・・・・・・」)

「ええ、そうよ、まるで淫売みたいだけれど、・・・・・・・・・」

(「おまえあのおんなをしってるのかい?」)

「お前あの女を知ってるのかい?」

(「しっているんじゃないけれど、よくまあちゃんからはなしをきいたわ。ほら、あたまへ)

「知っているんじゃないけれど、よくまアちゃんから話を聞いたわ。ほら、頭へ

(りぼんをまいてるでしょう。あのおじょうさんはまゆげがひたいのうんとうえのほうに)

リボンを巻いてるでしょう。あのお嬢さんは眉毛が額のうんと上の方に

(あるので、それをかくすためにはちまきをして、べつにまゆげをしたのほうへ)

あるので、それを隠すために鉢巻をして、別に眉毛を下の方へ

(かいてるんだって。ね、みてごらんなさいよ、あのまゆげはにせものなのよ」)

画いてるんだって。ね、見て御覧なさいよ、あの眉毛は贋物なのよ」

(「だけどかおだちはそんなにわるかないじゃないか。あかいものだのあおいものだの、)

「だけど顔だちはそんなに悪かないじゃないか。赤いものだの青いものだの、

(あんなにごちゃごちゃぬりたてるからおかしいんだよ」)

あんなにゴチャゴチャ塗り立てるから可笑しいんだよ」

(「つまりばかよ」)

「つまり馬鹿よ」

(なおみはだんだんじしんをかいふくしてきたらしく、うぬぼれのつよいへいそのくちょうで、)

ナオミはだんだん自信を恢復して来たらしく、己惚れの強い平素の口調で、

(いってのけて、)

云ってのけて、

(「かおだちだって、いいことなんかありゃしないわ。あんなおんなをじょうじさんはびじんだと)

「顔だちだって、いい事なんかありゃしないわ。あんな女を譲治さんは美人だと

(おもうの?」)

思うの?」

(「びじんというほどじゃないけれども、はなもたかいし、からだつきもわるくはないし、)

「美人と云うほどじゃないけれども、鼻も高いし、体つきも悪くはないし、

(ふつうにつくったらみられるだろうが」)

普通に作ったら見られるだろうが」

(「まあいやだ!なにがみられるもんじゃない!あんなかおならいくらだってざらに)

「まあ厭だ!何が見られるもんじゃない!あんな顔ならいくらだってざらに

(あるわよ。おまけにどうでしょう、せいようじんくさくみせようとおもって、いろんな)

あるわよ。おまけにどうでしょう、西洋人臭く見せようと思って、いろんな

(さいくをしているところはいいけれど、それがちっともせいようじんに)

細工をしているところはいいけれど、それがちっとも西洋人に

(みえないんだから、おなぐさみじゃないの。まるでさるだわ」)

見えないんだから、お慰みじゃないの。まるで猿だわ」

(「ところではまだくんとおどっているのは、どこかでみたようなおんなじゃないか」)

「ところで浜田君と踊っているのは、何処かで見たような女じゃないか」

(「そりゃみたはずだわ、あれはていげきのはるのきらこよ」)

「そりゃ見た筈だわ、あれは帝劇の春野綺羅子よ」

(「へえ、はまだくんはきらこをしっているのかい?」)

「へえ、浜田君は綺羅子を知っているのかい?」

(「ええしっているのよ、あのひとはだんすがうまいもんだから、ほうぼうでじょゆうと)

「ええ知っているのよ、あの人はダンスが巧いもんだから、方々で女優と

(ともだちになるの」)

友達になるの」

(はまだはちゃっぽいせびろをきて、ちょこれーといろのぼっくすのくつにすぱっとを)

浜田は茶っぽい背広を来て、チョコレート色のボックスの靴にスパットを

(はいて、ぐんしゅうのなかでもひときわめだつこうしゃなあしどりでおどっています。そしてはなはだ)

穿いて、群衆の中でも一と際目立つ巧者な足取で踊っています。そして甚だ

(けしからんことには、あるいはこういうおどりかたがあるのかもしれませんが、あいての)

怪しからんことには、或はこう云う踊り方があるのかも知れませんが、相手の

(おんなとぺったりかおをつけあっています。)

女とぺったり顔を着け合っています。

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