谷崎潤一郎 痴人の愛 37
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 布ちゃん | 5514 | A | 5.7 | 96.1% | 853.7 | 4902 | 194 | 100 | 2024/11/21 |
2 | sada | 2855 | E+ | 2.9 | 96.5% | 1669.8 | 4942 | 174 | 100 | 2024/11/28 |
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問題文
(かいすいぎだの、たおるだの、ゆかただのが、かべや、ふすまや、とこのまや、そこらじゅうに)
海水着だの、タオルだの、浴衣だのが、壁や、襖や、床の間や、そこらじゅうに
(ひっかけてあり、ちゃきや、はいざらや、ざぶとんなどがだしっぱなしになっている)
引っかけてあり、茶器や、灰皿や、座布団などが出しッ放しになっている
(ざしきのようすは、いつものとおりらんざつで、とりちらかしてはありましたけれど、)
座敷の様子は、いつもの通り乱雑で、取り散らかしてはありましたけれど、
(なにか、しーんとしたひとけのなさ、それはけっして、ついいましがた)
何か、しーんとした人気のなさ、それは決して、つい今しがた
(るすになったのではないしずかさがそこにあるのを、わたしはこいびとにとくゆうなかんかくを)
留守になったのではない静かさがそこにあるのを、私は恋人に特有な感覚を
(もってかんじました。)
以て感じました。
(「どこかへいったのだ、・・・・・・・・・おそらくにさんじかんもまえから、・・・」)
「何処かへ行ったのだ、・・・・・・・・・恐らく二三時間も前から、・・・」
(それでもわたしは、べんじょをのぞいたり、ゆどのをしらべたり、なおねんのためにかってぐちへ)
それでも私は、便所を覗いたり、湯殿を調べたり、なお念のために勝手口へ
(おりて、ながしもとのでんとうをつけてみました。するとわたしのめにふれたのは、)
降りて、流しもとの電燈をつけて見ました。すると私の眼に触れたのは、
(だれかがさかんにくいあらし、のみあらしていったらしいまさむねのいっしょうびんと、)
誰かが盛んに喰い荒らし、飲み荒らして行ったらしい正宗の一升壜と、
(せいようりょうりのざんがいでした。そうだ、そういえばあのはいざらにもたばこのすいがらが)
西洋料理の残骸でした。そうだ、そう云えばあの灰皿にも煙草の吸殻が
(たくさんあった。あのどうぜいがおしかけてきたのにちがいないのだ。・・・・・・・・・)
沢山あった。あの同勢が押しかけて来たのに違いないのだ。・・・・・・・・・
(「おかみさん、なおみがいないようですが、どこかへでていきましたか?」)
「おかみさん、ナオミが居ないようですが、何処かへ出て行きましたか?」
(わたしはおもやへかけていって、うえそうのかみさんにたずねました。)
私は母屋へ駆けて行って、植惣のかみさんに尋ねました。
(「ああ、おじょうさんでいらっしゃいますか。」)
「ああ、お嬢さんでいらっしゃいますか。」
(かみさんはなおみのことを「おじょうさん」というのでした。ふうふではあっても、)
かみさんはナオミのことを「お嬢さん」と云うのでした。夫婦ではあっても、
(せけんにたいしてはたんなるどうせいしゃ、もしくはいいなずけというふうにとってもらいたいので、)
世間に対しては単なる同棲者、若しくは許嫁と云う風に取って貰いたいので、
(そうよばれなければなおみはきげんがわるかったのです。)
そう呼ばれなければナオミは機嫌が悪かったのです。
(「おじょうさんはあの、ゆうがたいっぺんおかえりになって、ごはんをおあがりになってから、)
「お嬢さんはあの、夕方一遍お帰りになって、御飯をお上りになってから、
(またみなさんとおでかけになりましてございます」)
又皆さんとお出かけになりましてございます」
(「みなさんというのは?」)
「皆さんと云うのは?」
(「あの、・・・・・・・・・」)
「あの、・・・・・・・・・」
(といって、かみさんはちょっといいよどんでから、)
と云って、かみさんはちょっと云い澱んでから、
(「あのくまがいさんのわかさまやなにか、みなさんごいっしょでございましたが、・・・・・・」)
「あの熊谷さんの若様や何か、皆さん御一緒でございましたが、・・・・・・」
(わたしはやどのかみさんが、くまがいのなをしっているのみか、「くまがいさんのわかさま」などと)
私は宿のかみさんが、熊谷の名を知っているのみか、「熊谷さんの若様」などと
(かれをよぶのをふしぎにおもいましたけれど、いまそんなことをきいているひまは)
彼を呼ぶのを不思議に思いましたけれど、今そんな事を聞いている暇は
(なかったのです。)
なかったのです。
(「ゆうがたいっぺんかえったというと、ひるまもみんなといっしょでしたか?」)
「夕方一遍帰ったと云うと、昼間もみんなと一緒でしたか?」
(「おひるすぎに、おひとりでおよぎにいらっしゃいまして、それからあの、)
「お午過ぎに、お一人で泳ぎにいらっしゃいまして、それからあの、
(くまがいさんのわかさまとごいっしょにおかえりになりまして、・・・・・・・・・」)
熊谷さんの若様と御一緒にお帰りになりまして、・・・・・・・・・」
(「くまがいくんとふたりぎりで?」)
「熊谷君と二人ぎりで?」
(「はあ、・・・・・・・・・」)
「はあ、・・・・・・・・・」
(わたしはじつは、まだそのときはそんなにあわててはいませんでしたが、かみさんのことばが)
私は実は、まだその時はそんなに慌ててはいませんでしたが、かみさんの言葉が
(なんとなくいいにくそうで、そのかおつきにとうわくのいろがますますつよくあらわれてくるのが)
何となく云いにくそうで、その顔つきに当惑の色がますます強く表れて来るのが
(しだいにわたしをふあんにさせました。このかみさんにはらをみられるのは)
次第に私を不安にさせました。このかみさんに腹を見られるのは
(いやだとおもいながら、わたしのくちょうはせいきゅうにならずにはいませんでした。)
イヤだと思いながら、私の口調は性急にならずにはいませんでした。
(「じゃあなにですか、おおぜいいっしょじゃないんですか!」)
「じゃあ何ですか、大勢一緒じゃないんですか!」
(「はあ、そのときはおふたりぎりで、きょうはほてるにひるまのだんすがあるからと)
「はあ、その時はお二人ぎりで、今日はホテルに昼間のダンスがあるからと
(おっしゃって、おでかけになったんでございますが、・・・・・・・・・」)
仰っしゃって、お出かけになったんでございますが、・・・・・・・・・」
(「それから?」)
「それから?」
(「それからゆうがた、おおぜいさんでもどっていらっしゃいました」)
「それから夕方、大勢さんで戻っていらっしゃいました」
(「ばんのおぜんは、みんなでうちでたべたんですかね?」)
「晩の御膳は、みんなで内でたべたんですかね?」
(「はあ、なんですかたいそうおにぎやかに、・・・・・・・・・」)
「はあ、何ですか大そうお賑やかに、・・・・・・・・・」
(そういってからかみさんは、わたしのめつきをはんじながら、にがわらいするのでした。)
そう云ってからかみさんは、私の眼つきを判じながら、苦笑いするのでした。
(「ばんめしをくってからまたでかけたのは、なんじごろでしたろうか?」)
「晩飯を食ってから又出かけたのは、何時頃でしたろうか?」
(「さあ、あれは、はちじじぶんでございましたでしょうか、・・・・・・・・・」)
「さあ、あれは、八時時分でございましたでしょうか、・・・・・・・・・」
(「じゃ、もうにじかんにもなるんだ」)
「じゃ、もう二時間にもなるんだ」
(と、わたしはおぼえずくちへだしていいました。)
と、私は覚えず口へ出して云いました。
(「するとほてるにでもいるのかしら?なにかおかみさんは、おききになっちゃ)
「するとホテルにでも居るのかしら?何かおかみさんは、お聞きになっちゃ
(いませんかしら?」)
いませんかしら?」
(「よくはぞんじませんけれど、ごべっそうのほうじゃございますまいか、・・・・・・」)
「よくは存じませんけれど、御別荘の方じゃございますまいか、・・・・・・」
(なるほど、そういわれればせきのおじさんのべっそうというのが、おうぎがやつにあったことを)
成る程、そう云われれば関の叔父さんの別荘と云うのが、扇ヶ谷にあったことを
(わたしはおもいだしました。)
私は思い出しました。
(「ああべっそうへいったんですか。それじゃこれからぼくはむかいにいってきますが、)
「ああ別荘へ行ったんですか。それじゃこれから僕は迎いに行って来ますが、
(どのへんにあるか、おかみさんはごぞんじありますまいか?」)
どの辺にあるか、おかみさんは御存知ありますまいか?」
(「あの、じきそこの、はせのかいがんでございますが、・・・・・・・・・」)
「あの、直きそこの、長谷の海岸でございますが、・・・・・・・・・」
(「へえ、はせですか?ぼくはたしかおうぎがやつだときいてたんですが、)
「へえ、長谷ですか?僕はたしか扇ヶ谷だと聞いてたんですが、
(・・・・・・・・・あの、なんですよ、ぼくのいうのは、こんやもここへきたか)
・・・・・・・・・あの、何ですよ、僕の云うのは、今夜も此処へ来たか
(どうだかしらないけれど、なおみのおともだちの、せきというおとこのおじさんの)
どうだか知らないけれど、ナオミのお友達の、関と云う男の叔父さんの
(べっそうなんだが、・・・・・・・・・」)
別荘なんだが、・・・・・・・・・」
(わたしがそういうと、かみさんのかおにはっとかすかなおどろきがはしったようでした。)
私がそう云うと、かみさんの顔にはっとかすかな驚きが走ったようでした。
(「そのべっそうとちがうんでしょうか?・・・・・・・・・」)
「その別荘と違うんでしょうか?・・・・・・・・・」
(「はあ、・・・・・・・・・あの、・・・・・・・・・」)
「はあ、・・・・・・・・・あの、・・・・・・・・・」
(「はせのかいがんにあるというのは、いったいだれのべっそうなんです?」)
「長谷の海岸にあると云うのは、一体誰の別荘なんです?」
(「あの、くまがいさんのごしんせきの、・・・・・・・・・」)
「あの、熊谷さんの御親戚の、・・・・・・・・・」
(「くまがいくんの?・・・・・・・・・」)
「熊谷君の?・・・・・・・・・」
(わたしはきゅうにまっさおになりました。)
私は急に真っ青になりました。
(ていしゃじょうのほうからはせのとおりをひだりへきれて、かいひんほてるのまえのみちをまっすぐに)
停車場の方から長谷の通りを左へ切れて、海浜ホテルの前の路を真っ直ぐに
(いってごらんなさい。みちはしぜんとかいがんへつきあたります。そのではずれのかどにある)
行って御覧なさい。路は自然と海岸へつきあたります。その出はずれの角にある
(おおくぼさんのごべっそうが、くまがいさんのごしんせきなのでございます。そう)
大久保さんの御別荘が、熊谷さんの御親戚なのでございます。そう
(かみさんはいうのでしたが、まったくわたしにははつみみでした。なおみもくまがいも、)
かみさんは云うのでしたが、全く私には初耳でした。ナオミも熊谷も、
(いままでかつてそんなはなしをおくびにもだしはしませんでした。)
今まで嘗てそんな話をおくびにも出しはしませんでした。
(「そのべっそうへなおみはたびたびいくんでしょうか?」)
「その別荘へナオミはたびたび行くんでしょうか?」
(「はあ、いかがでございますかしら、・・・・・・・・・」)
「はあ、いかがでございますかしら、・・・・・・・・・」
(そうはいっても、そのかみさんのおどおどしたそぶりを、わたしは)
そうは云っても、そのかみさんのオドオドした素振りを、私は
(みのがしませんでした。)
見逃しませんでした。
(「しかしもちろん、こんやがはじめてじゃないんでしょうな?」)
「しかし勿論、今夜が始めてじゃないんでしょうな?」
(わたしはひとりでにこきゅうがせまり、こえがふるえるのをどうすることも)
私はひとりでに呼吸が迫り、声がふるえるのをどうすることも
(できませんでした。わたしのけんまくにおそれをなしたのか、かみさんのかおも)
出来ませんでした。私の剣幕に恐れをなしたのか、かみさんの顔も
(あおくなりました。)
青くなりました。
(「いや、ごめいわくはかけませんから、かまわずにおっしゃってください。)
「いや、御迷惑はかけませんから、構わずに仰っしゃって下さい。
(さくやはどうでした?さくやもでかけたんですか?」)
昨夜はどうでした?昨夜も出かけたんですか?」
(「はあ。・・・・・・・・・ゆうべもおでかけになったようで)
「はあ。・・・・・・・・・ゆうべもお出かけになったようで
(ございましたが、・・・・・・・・・」)
ございましたが、・・・・・・・・・」
(「じゃ、おとといのばんは?」)
「じゃ、一昨日の晩は?」
(「はあ」)
「はあ」
(「やっぱりでかけたんですね?」)
「やっぱり出かけたんですね?」
(「はあ」)
「はあ」
(「そのまえのばんは?」)
「その前の晩は?」
(「はあ、そのまえのばんも、・・・・・・・・・」)
「はあ、その前の晩も、・・・・・・・・・」
(「ぼくのかえりがおそくなってから、ずっとまいばんそうなんですね?」)
「僕の帰りがおそくなってから、ずっと毎晩そうなんですね?」
(「はあ、・・・・・・・・・はっきりおぼえては)
「はあ、・・・・・・・・・ハッキリ覚えては
(おりませんけれど、・・・・・・・・・」)
おりませんけれど、・・・・・・・・・」
(「で、いつもたいがいなんじごろにもどってくるんです?」)
「で、いつも大概何時頃に戻って来るんです?」
(「たいがいなんでございます、・・・・・・・・・じゅういちじちょっと)
「大概何でございます、・・・・・・・・・十一時ちょっと
(まえごろには、・・・・・・・・・」)
前ごろには、・・・・・・・・・」
(でははじめからふたりでおのれをかついでいたのだ!それでなおみはかまくらへ)
では始めから二人で己を担いでいたのだ!それでナオミは鎌倉へ
(きたがったのだ!)
来たがったのだ!
(わたしのあたまはぼうふうのようにかいてんしはじめ、わたしのきおくはひじょうなはやさで、)
私の頭は暴風のように廻転し始め、私の記憶は非常な速さで、
(このあいだじゅうのなおみのことばとこうどうとを、ひとつのこらずこころのそこにうつしました。)
この間じゅうのナオミの言葉と行動とを、一つ残らず心の底に映しました。