谷崎潤一郎 痴人の愛 40

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数479難易度(4.5) 4929打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
私のお気に入りです
祝★40
ここまでプレイしてくれる人がいるなんて、、、!
まだ折り返し地点ぐらいなので、まだまだ続きます!
これからも引き続き楽しんでいってください!

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問題文

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(「ではあの、くまがいくんのともだちはどうでしたろう?あのれんちゅうもおりおり)

「ではあの、熊谷君の友達はどうでしたろう?あの連中も折々

(やってきたでしょうか?」)

やって来たでしょうか?」

(「はあ、ちょくちょくおいでになりましてございます」)

「はあ、ちょくちょくおいでになりましてございます」

(「それはなにですか、くまがいくんがつれてくるんですか、めいめいかってに)

「それは何ですか、熊谷君が連れて来るんですか、めいめい勝手に

(くるんですか?」)

来るんですか?」

(「さあ」)

「さあ」

(といって、これはわたしがあとできがついたことなのですが、そのときかみさんは)

と云って、これは私が後で気がついた事なのですが、その時かみさんは

(ひじょうにこまったらしいようすをしめしました。)

非常に困ったらしい様子をしめしました。

(「・・・・・・・・・ごめいめいおいでになったり、わかさまとごいっしょだったり、)

「・・・・・・・・・御めいめいおいでになったり、若様と御一緒だったり、

(いろいろのようでございましたが、・・・・・・・・・」)

いろいろのようでございましたが、・・・・・・・・・」

(「だれか、くまがいくんのほかにも、ひとりできたものがあるでしょうか?」)

「誰か、熊谷君の外にも、一人で来た者があるでしょうか?」

(「あのはまださんとおっしゃるおかたや、それからそとのおかたたちも、おひとりで)

「あの浜田さんと仰っしゃるお方や、それから外のお方たちも、お一人で

(おこしになったことがございましたかとぞんじますが、・・・・・・・・・」)

お越しになった事がございましたかと存じますが、・・・・・・・・・」

(「じゃあそんなときはどこかへさそってでるのですかね?」)

「じゃあそんな時は何処かへ誘って出るのですかね?」

(「いいえ、たいていうちでおはなしになっていらっしゃいました」)

「いいえ、大抵内でお話になっていらっしゃいました」

(わたしにいちばんふかかいなのはこのいちじでした。なおみとくまがいがあやしいとすれば、)

私に一番不可解なのはこの一事でした。ナオミと熊谷が怪しいとすれば、

(なぜじゃまになるれんちゅうをひっぱってきたりするのだろう?かれらのひとりが)

なぜじゃまになる連中を引っ張って来たりするのだろう?彼等の一人が

(たずねてきたり、なおみがそれとはなしているとはどういうわけだろう?かれらがみんな)

訪ねて来たり、ナオミがそれと話しているとはどう云う訳だろう?彼等がみんな

(なおみをねらっているとしたら、なぜけんかがおこらないのだろう?さくやもあんなに)

ナオミを狙っているとしたら、何故喧嘩が起らないのだろう?昨夜もあんなに

(よにんのおとこはなかよくふざけていたじゃないか。そうかんがえるとふたたびわたしは)

四人の男は仲好くふざけていたじゃないか。そう考えると再び私は

など

(わからなくなって、はたしてなおみとくまがいとがあやしいかどうかさえ、)

分らなくなって、果してナオミと熊谷とが怪しいかどうかさえ、

(ぎもんになってしまうのでした。)

疑問になってしまうのでした。

(なおみはしかし、このてんになるとよういにくちをひらきませんでした。じぶんはべつに)

ナオミはしかし、この点になると容易に口を開きませんでした。自分は別に

(ふかいたくらみがあったのではない。ただおおぜいのともだちとさわぎたかっただけなのだと、)

深い企らみがあったのではない。ただ大勢の友達と騒ぎたかっただけなのだと、

(どこまでもそういいはるのです。ではなんのためにああまでいんけんに、)

何処までもそう云い張るのです。では何のためにああまで陰険に、

(わたしをだましたのかというと、)

私を欺したのかと云うと、

(「だって、ぱぱさんがあのひとたちをうたがっていて、よけいなしんぱいをするんだもの」)

「だって、パパさんがあの人たちを疑っていて、余計な心配をするんだもの」

(というのでした。)

と云うのでした。

(「それじゃ、せきのしんるいのべっそうがあるといったのはどういうわけだい?せきとくまがいと)

「それじゃ、関の親類の別荘があると云ったのはどう云う訳だい?関と熊谷と

(どうちがうんだい?」)

どう違うんだい?」

(そういわれると、なおみははたとへんじにきゅうしたようでした。かのじょはきゅうに)

そう云われると、ナオミははたと返辞に窮したようでした。彼女は急に

(したをむいて、だまって、くちびるをかみながら、うわめづかいにあなのあくほどわたしのかおを)

下を向いて、黙って、唇を噛みながら、上目づかいに穴のあくほど私の顔を

(にらんでいました。)

睨んでいました。

(「でもまあちゃんがいちばんうたぐられているんだもの、まだせきさんに)

「でもまアちゃんが一番疑られているんだもの、まだ関さんに

(しておいたほうがいくらかいいとおもったのよ」)

して置いた方がいくらかいいと思ったのよ」

(「まあちゃんなんていうのはおよし!くまがいというながあるんだから!」)

「まアちゃんなんて云うのはお止し!熊谷と云う名があるんだから!」

(がまんにがまんをしていたわたしは、そこでとうとうばくはつしました。わたしはかのじょが)

我慢に我慢をしていた私は、そこでとうとう爆発しました。私は彼女が

(「まあちゃん」とよぶのをきくと、むしずがはしるほどいやだったのです。)

「まアちゃん」と呼ぶのを聞くと、むしずが走るほどイヤだったのです。

(「おい!おまえはくまがいとかんけいがあったんだろう?しょうじきのことをいっておしまい!」)

「おい!お前は熊谷と関係があったんだろう?正直のことを云っておしまい!」

(「かんけいなんかありゃしないわよ、そんなにあたしをうたぐるなら、)

「関係なんかありゃしないわよ、そんなにあたしを疑るなら、

(しょうこでもあるの?」)

証拠でもあるの?」

(「しょうこがなくってもおれにはちゃんとわかってるんだ」)

「証拠がなくっても己にはちゃんと分ってるんだ」

(「どうして?どうしてわかるの?」)

「どうして?どうして分かるの?」

(なおみのたいどはすごいほどおちついたものでした。そのこうへんにはこにくらしい)

ナオミの態度は凄いほど落ち着いたものでした。その口辺には小憎らしい

(うすわらいさえうかんでいました。)

薄笑いさえ浮かんでいました。

(「さくやのあのざまは、あれはなんだ?おまえはあんなざまをしながらそれでも)

「昨夜のあのざまは、あれは何だ?お前はあんなざまをしながらそれでも

(けっぱくだといえるつもりか?」)

潔白だと云える積りか?」

(「あれはみんながあたしをむりによっぱらわして、あんななりをさせたんだもの。)

「あれはみんながあたしを無理に酔っ払わして、あんななりをさせたんだもの。

(ただああやっておもてをあるいただけじゃないの」)

ただああやって表を歩いただけじゃないの」

(「よし!それじゃあくまでけっぱくだというんだな?」)

「よし!それじゃ飽くまで潔白だと云うんだな?」

(「ええ、けっぱくだわ」)

「ええ、潔白だわ」

(「おまえはそれをちかうんだな!」)

「お前はそれを誓うんだな!」

(「ええ、ちかうわ」)

「ええ、誓うわ」

(「よし!そのひとことをわすれずにいろよ!おれはおまえのいうことなんか、)

「よし!その一と言を忘れずにいろよ!己はお前の云うことなんか、

(もうひとこともしんようしちゃいないんだから」)

もう一と言も信用しちゃいないんだから」

(それきりわたしと、かのじょとくちをききませんでした。)

それきり私と、彼女と口をききませんでした。

(わたしはかのじょがくまがいにつうちょうしたりすることをおそれて、しょかんせん、ふうとう、いんき、えんぴつ、)

私は彼女が熊谷に通牒したりすることを恐れて、書簡箋、封筒、インキ、鉛筆、

(まんねんひつ、ゆうびんきって、いっさいのものをとりあげてしまい、それをかのじょのにもつといっしょに)

万年筆、郵便切手、一切のものを取り上げてしまい、それを彼女の荷物と一緒に

(うえそうのかみさんにあずけました。そしてわたしがるすのあいだにもけっしてがいしゅつすることが)

植惣のかみさんに預けました。そして私が留守の間にも決して外出することが

(できないように、あかいちぢみのがうんいちまいをきせておきました。それからわたしは、)

出来ないように、赤いちぢみのガウン一枚を着せて置きました。それから私は、

(みっかめのあさ、かいしゃへいくようなふうをよそおってかまくらをでましたが、どうしたらしょうこを)

三日目の朝、会社へ行くような風を装って鎌倉を出ましたが、どうしたら証拠を

(えられるか、さんざんきしゃのなかでかんがえたすえ、とにかくさいしょに、もうひとつきも)

得られるか、散々汽車の中で考えた末、とにかく最初に、もう一と月も

(あきやになっているおおもりのいえへいってみようとけっしんしました。もしくまがいと)

空家になっている大森の家へ行って見ようと決心しました。もし熊谷と

(かんけいがあるなら、むろんなつからはじまったことではない。おおもりへいってなおみの)

関係があるなら、無論夏から始まったことではない。大森へ行ってナオミの

(もちものをそうさくしたなら、てがみかなにかでてきはしないかとおもったからです。)

持ち物を捜索したなら、手紙か何か出て来はしないかと思ったからです。

(そのひはいつもよりいちきしゃおくれてでてきたので、おおもりのいえのまえまできたのは)

その日はいつもより一汽車おくれて出て来たので、大森の家の前まで来たのは

(かれこれじゅうじごろでした。わたしはしょうめんのぽーちをあがり、あいかぎでとびらをあけ、)

かれこれ十時頃でした。私は正面のポーチを上り、合鍵で扉をあけ、

(あとりえをよこぎり、かのじょのへやをしらべるためにやねうらへのぼっていきました。)

アトリエを横ぎり、彼女の部屋を調べるために屋根裏へ昇って行きました。

(そしてそのへやのどーあをひらいて、いっぽなかへふみこんだしゅんかん、わたしはおもわず)

そしてその部屋のドーアを開いて、一歩中へ蹈み込んだ瞬間、私は思わず

(「あっ」といったなり、にのくがつげずにたちすくんでしまいました。みると)

「あっ」と云ったなり、二の句がつげずに立ち竦んでしまいました。見ると

(そこには、はまだがひとりぽつねんとしてねころんでいるではありませんか!)

そこには、浜田が独りぽつ然として臥ころんでいるではありませんか!

(はまだはわたしがはいってくると、とつぜんかおをまっかにして、)

浜田は私が這入ってくると、突然顔を真赤にして、

(「やあ」)

「やあ」

(といっておきあがりました。)

と云って起き上りました。

(「やあ」)

「やあ」

(そういったきりふたりはしばらく、あいてのはらをよむようなめつきで、にらめっくらを)

そう云ったきり二人は暫く、相手の腹を読むような眼つきで、睨めッくらを

(していました。)

していました。

(「はまだくん・・・・・・・・・きみはどうしてこんなところに?・・・・・・・・・」)

「浜田君・・・・・・・・・君はどうしてこんな所に?・・・・・・・・・」

(はまだはくちをもぐもぐやらせて、なにかいいそうにしましたけれど、やはりだまって、)

浜田は口をもぐもぐやらせて、何か云いそうにしましたけれど、矢張黙って、

(わたしのまえにあわれみをこうかのごとく、うなじをたれていました。)

私の前に憐れみを乞うかの如く、項を垂れていました。

(「え?はまだくん・・・・・・・・・きみはいつからここにいるんです?」)

「え?浜田君・・・・・・・・・君はいつから此処に居るんです?」

(「ぼくはいましがた、・・・・・・・・・いましがたきたところなんです」)

「僕は今しがた、・・・・・・・・・今しがた来たところなんです」

(もうどうしてものがれられない、かくごをきめたというふうに、こんどははっきりと)

もうどうしても逃れられない、覚悟を決めたと云う風に、今度はハッキリと

(そういいました。)

そう云いました。

(「しかしこのいえは、とじまりがしてあったでしょう、どこからはいって)

「しかしこの家は、戸締まりがしてあったでしょう、何処から這入って

(きたんですね?」)

来たんですね?」

(「うらぐちのほうから、」)

「裏口の方から、」

(「うらぐちだって、じょうがおりていたはずだけれど、・・・・・・・・・」)

「裏口だって、錠がおりていた筈だけれど、・・・・・・・・・」

(「ええ、ぼくはかぎをもっているんです。」)

「ええ、僕は鍵を持っているんです。」

(そういったはまだのこえはきこえないくらいかすかでした。)

そう云った浜田の声は聞えないくらい微かでした。

(「かぎを?どうしてきみが?」)

「鍵を?どうして君が?」

(「なおみさんからもらったんです。もうそういえば、ぼくがどうしてここに)

「ナオミさんから貰ったんです。もうそう云えば、僕がどうして此処に

(きているか、おおよそあなたはおさっしになったとおもいますが、・・・・・・・・」)

来ているか、大凡そあなたはお察しになったと思いますが、・・・・・・・・」

(はまだはしずかにおもてをあげて、あぜんとしているわたしのかおを、まともに、)

浜田は静かに面を上げて、唖然としている私の顔を、まともに、

(そしてまぶしそうに、じっとみました。そのひょうじょうにはいざとなるとしょうじきな、)

そして眩しそうに、じっと見ました。その表情にはいざとなると正直な、

(おぼっちゃんらしいきひんがあって、いつものふりょうしょうねんのかれでは)

お坊っちゃんらしい気品があって、いつもの不良少年の彼では

(ありませんでした。)

ありませんでした。

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