谷崎潤一郎 痴人の愛 58

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
プレイ回数599難易度(4.5) 5104打 長文
谷崎潤一郎の中編小説です
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順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 5852 A+ 6.1 95.7% 834.0 5107 226 100 2024/11/27
2 sada 2963 E+ 3.1 95.6% 1654.6 5138 235 100 2024/12/06

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問題文

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(こういってみても、やはりじゅうぶんにときつくしてはいませんけれども、しいて)

こう云ってみても、矢張十分に説き尽してはいませんけれども、強いて

(たとえればそういったようなものでしょうか。とにかくいままでのなおみには、)

譬えればそう云ったようなものでしょうか。とにかく今までのナオミには、

(いくらぬぐってもぬぐいきれないかこのおてんがそのにくたいにしみついていた。しかるに)

いくら拭っても拭いきれない過去の汚点がその肉体に滲み着いていた。然るに

(こんやのなおみをみるとそれらのおてんはてんしのようなじゅんぱくなはだに)

今夜のナオミを見るとそれらの汚点は天使のような純白な肌に

(けされてしまって、おもいだすさえいまわしいようなきがしたものが、いまは)

消されてしまって、思い出すさえ忌まわしいような気がしたものが、今は

(あべこべに、そのゆびさきにふれるだけでももったいないようなかんじがする。)

あべこべに、その指先に触れるだけでも勿体ないような感じがする。

(これはいったいゆめでしょうか?そうでなければなおみはどうして、どこから)

これは一体夢でしょうか?そうでなければナオミはどうして、何処から

(そんなまほうはさずかり、ようじゅつをおぼえてきたのでしょうか?にさんにちまえには)

そんな魔法は授かり、妖術を覚えて来たのでしょうか?二三日前には

(あのうすぎたないめいせんのきものをきていたかのじょが、・・・・・・・・・)

あの薄汚い銘仙の着物を着ていた彼女が、・・・・・・・・・

(とん、とん、とんと、ふたたびいせいよくかいだんをおりるあしおとがして、そのしんだいやの)

トン、トン、トンと、再び威勢よく階段を降りる足音がして、その新ダイヤの

(くつのつまさきがわたしのめのまえでとまりました。)

靴の爪先が私の眼の前で止まりました。

(「じょうじさん、にさんにちのうちにまたくるわよ」)

「譲治さん、二三日のうちに又来るわよ」

(と、かのじょはいうのです。・・・・・・・・・めのまえにたってはいますけれども、)

と、彼女は云うのです。・・・・・・・・・眼の前に立ってはいますけれども、

(かおとかおとはさんしゃくほどのかんかくをたもち、かぜのようにかるいころものすそをもけっしてわたしに)

顔と顔とは三尺ほどの間隔を保ち、風のように軽い衣の裾をも決して私に

(ふれようとはしないで、・・・・・・・・・)

触れようとはしないで、・・・・・・・・・

(「こんやはちょっとほんをにさんさつどりにきただけなの。まさかあたしが、)

「今夜はちょっと本を二三冊取りに来ただけなの。まさかあたしが、

(おおきなにもつをいちどにせおっていかれやしないわ。おまけにこんな)

大きな荷物を一度に背負って行かれやしないわ。おまけにこんな

(なりをしていて」)

なりをしていて」

(わたしのはなは、そのときどこかでかいだことのあるほのかなにおいをかんじました。)

私の鼻は、その時何処かで嗅いだことのあるほのかな匂を感じました。

(ああこのにおい、・・・・・・・・・うみのかなたのくにぐにや、よにもたえなるいこくのはなぞのを)

ああこの匂、・・・・・・・・・海の彼方の国々や、世にも妙なる異国の花園を

など

(おもいださせるようなにおい、・・・・・・・・・これはいつぞや、だんすのきょうじゅの)

想い出させるような匂、・・・・・・・・・これはいつぞや、ダンスの教授の

(しゅれむすかやはくしゃくふじん、・・・・・・・・・あのひとのはだからにおったにおいだ。)

シュレムスカヤ伯爵夫人、・・・・・・・・・あの人の肌から匂った匂だ。

(なおみはあれとおなじこうすいをつけているのだ。・・・・・・・・・)

ナオミはあれと同じ香水を着けているのだ。・・・・・・・・・

(わたしはなおみがなんといっても、ただ「うんうん」とうなずいただけでした。かのじょのすがたが)

私はナオミが何と云っても、ただ「うんうん」と頷いただけでした。彼女の姿が

(ふたたびよるのやみにきえてしまっても、まだへやのなかにただよいつつしだいにうすれていく)

再び夜の闇に消えてしまっても、まだ部屋の中に漂いつつ次第に薄れて行く

(においを、まぼろしをおうようにするどいきゅうかくでおいかけながら。・・・・・・・・・)

匂を、幻を趁うように鋭い嗅覚で趁いかけながら。・・・・・・・・・

(どくしゃしょくん、しょくんはすでにぜんかいまでのいきさつのうちに、わたしとなおみとが)

二十六 読者諸君、諸君は既に前回までのいきさつのうちに、私とナオミとが

(まもなくよりをもどすようになることを、それがふしぎでもなんでもない、)

間もなく撚りを戻すようになることを、それが不思議でも何でもない、

(とうぜんのなりゆきであることを、よそうされたでありましょう。そうしてじじつ、)

当然の成り行きであることを、予想されたでありましょう。そうして事実、

(けっかはしょくんのよそうどおりになったのですが、しかしそうなってしまうまでには)

結果は諸君の予想通りになったのですが、しかしそうなってしまうまでには

(おもいのほかにてすうがかかって、わたしはいろいろばかなめをみたり、むだなほねおりを)

思いの外に手数が懸って、私はいろいろ馬鹿な目を見たり、無駄な骨折りを

(したりしました。)

したりしました。

(わたしとなおみとは、あれからじきになれなれしくくちをきくようにはなりました。)

私とナオミとは、あれから直きに馴れ馴れしく口を利くようにはなりました。

(というのは、あのあくるばんも、そのつぎのばんも、あれからずっと、なおみはまいばん)

と云うのは、あの明くる晩も、その次の晩も、あれからずっと、ナオミは毎晩

(なにかしらにもつをとりにこないことはなかったからです。くればかならずにかいへ)

何かしら荷物を取りに来ないことはなかったからです。来れば必ず二階へ

(あがって、つつみをこしらえておりてきますが、それもほんのもうしわけの、ちりめんのふくさへ)

上って、包みを拵えて降りて来ますが、それもほんの申訳の、縮緬の帛紗へ

(くるまるくらいなこまごましたもので、)

包まるくらいな細々した物で、

(「こんやはなにをとりにきたんだい?」)

「今夜は何を取りに来たんだい?」

(とたずねてみても、)

と尋ねて見ても、

(「これ?これはなんでもないの、ちょっとしたものなの」)

「これ?これは何でもないの、ちょっとした物なの」

(と、あいまいにこたえて、)

と、曖昧に答えて、

(「あたし、のどがかわいているんだけれど、おちゃをいっぱいのましてくれない?」)

「あたし、喉が渇いているんだけれど、お茶を一杯飲ましてくれない?」

(などといいながら、わたしのそばへこしかけて、にさんじゅっぷんしゃべっていくと)

などと云いながら、私の傍へ腰かけて、二三十分しゃべって行くと

(いうふうでした。)

云う風でした。

(「おまえはどこかこのきんじょにいるのかね?」)

「お前は何処かこの近所にいるのかね?」

(と、わたしはあるばん、かのじょとてーぶるにむかいあって、こうちゃをのみながら)

と、私は或る晩、彼女とテーブルに向い合って、紅茶を飲みながら

(そういったことがありました。)

そう云ったことがありました。

(「なぜそんなことをききたがるの?」)

「なぜそんな事を聞きたがるの?」

(「きいたってさしつかえないじゃないか」)

「聞いたって差支えないじゃないか」

(「だけども、なぜよ。・・・・・・・・・きいてどうするつもりなのよ」)

「だけども、なぜよ。・・・・・・・・・聞いてどうする積りなのよ」

(「どうするというつもりはないさ、こうきしんからきいてみたのさ。え、どこに)

「どうすると云う積りはないさ、好奇心から聞いて見たのさ。え、何処に

(いるんだよ?おれにいったっていいじゃないか」)

いるんだよ?己に云ったっていいじゃないか」

(「いや、いわないわ」)

「いや、云わないわ」

(「なぜいわない?」)

「なぜ云わない?」

(「あたしはなにも、じょうじさんのこうきしんをまんぞくさせるぎむはないわよ。それほど)

「あたしは何も、譲治さんの好奇心を満足させる義務はないわよ。それほど

(しりたけりゃあたしのあとをつけてらっしゃい、ひみつたんていはじょうじさんの)

知りたけりゃあたしの跡をつけてらっしゃい、秘密探偵は譲治さんの

(おとくいだから」)

お得意だから」

(「まさかそれほどにしたくはないがね、しかしおまえのいるところがどこか)

「まさかそれほどにしたくはないがね、しかしお前の居る所が何処か

(きんじょにちがいないとはおもっているんだ」)

近所に違いないとは思っているんだ」

(「へえ、どうして?」)

「へえ、どうして?」

(「だって、まいばんやってきてにもつをはこんでいくじゃないか」)

「だって、毎晩やって来て荷物を運んで行くじゃないか」

(「まいばんくるからきんじょにいるとかぎりゃしないわ、でんしゃもあればじどうしゃもあるわよ」)

「毎晩来るから近所にいると限りゃしないわ、電車もあれば自動車もあるわよ」

(「じゃ、わざわざとおくからでてくるのかい?」)

「じゃ、わざわざ遠くから出てくるのかい?」

(「さあ、どうかしら、」)

「さあ、どうかしら、」

(そういってかのじょははぐらかしてしまって、)

そう云って彼女はハグラカシてしまって、

(「まいばんきちゃあわるいっていうの?」)

「毎晩来ちゃあ悪いッて云うの?」

(と、こうみょうにわとうをてんじました。)

と、巧妙に話頭を転じました。

(「わるいというわけじゃあないが、・・・・・・・・・くるなといってもかまわず)

「悪いと云う訳じゃあないが、・・・・・・・・・来るなと云っても構わず

(おしかけてくるんだから、いまさらどうもしかたがないが、・・・・・・・・・」)

押しかけて来るんだから、今更どうも仕方がないが、・・・・・・・・・」

(「そりゃあそうよ、あたしはいじがわるいから、くるなといえばなおくるわよ。)

「そりゃあそうよ、あたしは意地が悪いから、来るなと云えば尚来るわよ。

(それともこられるのがおそろしいの?」)

それとも来られるのが恐ろしいの?」

(「うん、そりゃ、・・・・・・・・・いくらかおそろしくないことも)

「うん、そりゃ、・・・・・・・・・いくらか恐ろしくないことも

(ない。・・・・・・・・・」)

ない。・・・・・・・・・」

(するとかのじょは、あおむきになってまっしろなあごをみせ、あかいくちをいっぱいにあけて、)

すると彼女は、仰向きになって真っ白な頤を見せ、紅い口を一杯に開けて、

(にわかにきゃっきゃっとわらいこけました。)

俄かにきゃッきゃッと笑いこけました。

(「でもだいじょうぶよ、そんなわるいことはしやしないわよ。それよりかあたし、)

「でも大丈夫よ、そんな悪い事はしやしないわよ。それよりかあたし、

(むかしのことはわすれてしまって、これからあともただのおともだちとして、じょうじさんと)

昔のことは忘れてしまって、これから後もただのお友達として、譲治さんと

(つきあいたいの。ねえ、いいでしょ?それならちっともさしつかえないでしょ?」)

附き合いたいの。ねえ、いいでしょ?それならちっとも差支えないでしょ?」

(「それもなんだか、みょうなもんだよ」)

「それも何だか、妙なもんだよ」

(「なにがみょうなの?むかしふうふでいたものが、ともだちになるのがなぜおかしいの?それこそ)

「何が妙なの?昔夫婦でいた者が、友達になるのがなぜ可笑しいの?それこそ

(きゅうしきな、じだいおくれのかんがえじゃなくって?ほんとうにあたし、いぜんの)

旧式な、時代後れの考じゃなくって?ほんとうにあたし、以前の

(ことなんかこれっぱかしもおもっていないのよ。そりゃいまだって、もしじょうじさんを)

ことなんかこれッぱかしも思っていないのよ。そりゃ今だって、若し譲治さんを

(ゆうわくするきなら、ここですぐにもそうしてしまうのはわけなしだけれど、あたし)

誘惑する気なら、此処で直ぐにもそうしてしまうのは訳なしだけれど、あたし

(ちかって、そんなことはきっとしないわ。せっかくじょうじさんがけっしんしたのに、それを)

誓って、そんな事はきっとしないわ。折角譲治さんが決心したのに、それを

(ぐらつかせちゃきのどくだから。・・・・・・・・・」)

グラツカせちゃ気の毒だから。・・・・・・・・・」

(「じゃ、きのどくだとおもってあわれんでやるから、ともだちになれというわけかね?」)

「じゃ、気の毒だと思って憐れんでやるから、友達になれと云う訳かね?」

(「なにもそういういみじゃないわ。じょうじさんだってあわれまれたりしないように、)

「何もそう云う意味じゃないわ。譲治さんだって憐れまれたりしないように、

(しっかりしていればいいじゃないの」)

シッカリしていればいいじゃないの」

(「ところがそれがあやしいんだよ、いましっかりしているつもりだが、おまえと)

「ところがそれが怪しいんだよ、今シッカリしている積りだが、お前と

(つきあうとだんだんぐらつきだすかもしれんよ」)

附き合うとだんだんグラツキ出すかも知れんよ」

(「ばかね、じょうじさんは。それじゃともだちになるのはいや?」)

「馬鹿ね、譲治さんは。それじゃ友達になるのはいや?」

(「ああ、まあいやだね」)

「ああ、まあいやだね」

(「いやならあたし、ゆうわくするわよ。じょうじさんのけっしんをふみにじって、)

「いやならあたし、誘惑するわよ。譲治さんの決心を蹈み躙って、

(めちゃくちゃにしてやるわよ」)

滅茶苦茶にしてやるわよ」

(なおみはそういって、じょうだんともつかず、まじめともつかず、へんなめつきで)

ナオミはそう云って、冗談ともつかず、真面目ともつかず、変な眼つきで

(にやにやしました。)

ニヤニヤしました。

(「ともだちとしてきよくつきあうのと、ゆうわくされてまたひどいめにあわされるのと、)

「友達として清く附き合うのと、誘惑されて又ヒドイ目に遇わされるのと、

(どっちがよくって?あたしこんやはじょうじさんをきょうはくするのよ」)

孰方がよくって?あたし今夜は譲治さんを脅迫するのよ」

(いったいこのおんなは、どんなつもりでおれとともだちになろうというのかと、わたしはそのとき)

一体この女は、どんな積りで己と友達になろうと云うのかと、私はその時

(かんがえました。)

考えました。

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