中島敦 光と風と夢 7

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中島敦の中編小説です

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問題文

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(このしまにきたさいしょから、すてぃヴんすんは、ここにいるはくじんたちの・どじんの)

此の島に来た最初から、スティヴンスンは、此処にいる白人達の・土人の

(あつかいかたに、はらがたってたまらなかった。さもあにとってわざわいなことに、かれらはくじんは)

扱い方に、腹が立って堪らなかった。サモアにとって禍なことに、彼等白人は

(ことごとくせいむちょうかんからしまめぐりぎょうしょうにんにいたるまでかねもうけのためにのみ)

悉く政務長官から島巡り行商人に至る迄金儲の為にのみ

(きているのだ。これには、えい・べい・どく、のくべつはなかった。かれらのうち)

来ているのだ。これには、英・米・独、の区別はなかった。彼等の中

(だれひとりとして(ごくしょうすうのぼくしたちをのぞけば)このしまと、しまのひとびとをあいするがために)

誰一人として(極く少数の牧師達を除けば)此の島と、島の人々を愛するが為に

(ここにとどまっているというものがないのだ。すてぃヴんすんははじめあきれ、)

此処に留まっているという者が無いのだ。スティヴンスンは初め呆れ、

(それからはらをたてた。しょくみんちじょうしきからかんがえれば、これは、あきれるほうがよっぽど)

それから腹を立てた。植民地常識から考えれば、之は、呆れる方がよっぽど

(おかしいのかもしれないが、かれはむきになって、はるかろんどん・たいむずに)

おかしいのかも知れないが、彼はむきになって、遥かロンドン・タイムズに

(きこうし、しまのこのじょうたいをうったえた。はくじんのおうぼう、ごうがん、むち。どじんの)

寄稿し、島の此の状態を訴えた。白人の横暴、傲岸[ごうがん]、無恥。土人の

(みじめさ、とうとう。しかし、これのこうかいじょうは、れいしょうをもってむくいられたに)

惨めさ、等々。しかし、此の公開状は、冷笑を以て酬[むく]いられたに

(すぎなかった。だいしょうせつかのおどろくべきせいじてきむち、うんぬん。「だうにんぐがいの)

過ぎなかった。大小説家の驚くべき政治的無恥、云々。「ダウニング街の

(ぞくぶつども」のけいべつしゃたるすてぃヴんすんのこととて、(かつてだいさいしょう)

俗物共」の軽蔑者たるスティヴンスンのこととて、(嘗て大宰相

(ぐらっどすとーんが「たからじま」のしょはんをもとめてふるほんやをあさっているときいたときも、)

グラッドストーンが「宝島」の初版を求めて古本屋を漁っていると聞いた時も、

(かれはしんじつ、きょえいしんをくすぐられるところでなく、なにかばかばかしいようなふゆかいさを)

彼は真実、虚栄心をくすぐられる所でなく、何か莫迦莫迦しいような不愉快さを

(かんじていた)せいじてきじっさいにうといのはじじつだったが、しょくみんせいさくもどちゃくのにんげんを)

感じていた)政治的実際に疎いのは事実だったが、植民政策も土着の人間を

(あいすることからはじめよ、というじぶんのかんがえがまちがっているとは、どうしても)

愛することから始めよ、という自分の考が間違っているとは、どうしても

(おもえなかった。このしまにおけるはくじんのせいかつとせいさくとにたいするかれのひなんは、)

思えなかった。此の島に於ける白人の生活と政策とに対する彼の非難は、

(あぴあのはくじんたち(えいこくじんをもふくめて)とかれとのあいだにみぞをつくっていった。)

アピアの白人達(英国人をも含めて)と彼との間に溝を作って行った。

(すてぃヴんすんは、こきょうすこっとらんどのはいらんだぁの)

スティヴンスンは、故郷スコットランドの高地人[ハイランダァ]の

(くらんせいどにあいちゃくをもっていた。さもあのぞくちょうせいどもこれににたところが)

氏族[クラン]制度に愛着をもっていた。サモアの族長制度も之に似た所が

など

(ある。かれは、はじめてまたーふぁにあったとき、そのどうどうたるたいくと、いげんのある)

ある。彼は、始めてマターファに会った時、その堂々たる体躯と、威厳のある

(ふうぼうとに、しんのぞくちょうらしいみりょくをみだした。)

風貌とに、真の族長らしい魅力を見出した。

(またーふぁはあぴあのにし、ななまいるのまりえにすんでいるかれはかたちのうえのおうでは)

マターファはアピアの西、七哩のマリエに住んでいる彼は形の上の王では

(なかったが、こうにんのおうたるらうぺぱにくらべて、よりおおくのじんぼうと、よりおおくの)

なかったが、公認の王たるラウペパに比べて、より多くの人望と、より多くの

(ぶかと、よりおおくのおうじゃらしさとをもっていた。かれは、はくじんいいんかいの)

部下と、より多くの王者らしさとを有[も]っていた。彼は、白人委員会の

(ようりつするげんざいのせいふにたいして、かつていちどもはんこうてきなたいどをとったことがない。)

擁立する現在の政府に対して、曾て一度も反抗的な態度を執ったことがない。

(はくじんかんりがみずからのうぜいをおこたっているときでも、かれだけはちゃんとおさめたし、)

白人官吏が自ら納税を怠っている時でも、彼だけはちゃんと納めたし、

(ぶかのはんざいがあればいつもおとなしくちーふ・じゃすてぃすのしょうかんに)

部下の犯罪があれば何時も大人しく裁判所長[チーフ・ジャスティス]の召喚に

(おうじた。にもかかわらず、いつのまにか、かれはげんせいふのいちだいてきこくと)

応じた。にも拘[かか]わらず、何時の間にか、彼は現政府の一大敵国と

(みなされ、おそれられ、はばかられ、にくまれるようになっていた。)

見做[みな]され、恐れられ、憚[はばか]られ、憎まれるようになっていた。

(かれがひそかにだんやくをあつめているなどとせいふにみっこくするものもでてきた。おうのかいせんを)

彼が秘かに弾薬を集めているなどと政府に密告する者も出て来た。王の改選を

(ようきゅうするとうみんのこえがせいふをおどしていたことはじじつだが、またーふぁじしんは)

要求する島民の声が政府を脅していたことは事実だが、マターファ自身は

(いちども、まだ、そんなようきゅうをしたことはない。かれはけいけんな)

一度も、まだ、そんな要求をしたことはない。彼は敬虔[けいけん]な

(くりすちゃんであった。どくしんで、いまはろくじゅっさいにちかいが、にじゅうねんらい、「あるじの)

クリスチャンであった。独身で、今は六十歳に近いが、二十年来、「主の

(このよにいきたまいしごとく」いきようとちかって(ふじんにかんすることについて)

この世に生き給いし如く」生きようと誓って(婦人に関することに就いて

(いっているのだ)、それをじっこうしてきた、と、みずからいっていた。よごと、しまの)

言っているのだ)、それを実行して来た、と、自ら言っていた。夜毎、島の

(かくちほうからきたかたりてをあかりのしたにあつめてえんざをつくらせ、かれらから、ふるい)

各地方から来た語り手を灯の下に集めて円座を作らせ、彼等から、古い

(いいつたえやこたんしのるいをきくのが、かれのゆいいつの)

伝説[いいつたえ]や古譚[こたん]詩の類を聞くのが、彼の唯一の

(たのしみであった。)

楽しみであった。

(せんはっぴゃくきゅうじゅういちねんくがつばつにち)

六 一八九一年九月日

(ちかごろじまちゅうにあやしいうわさがおこなわれている。「ヴぁいしんがののかすいがあかく)

近頃島中に怪しい噂が行われている。「ヴァイシンガノの河水が紅く

(そまった。」「あぴあわんでとれたかいぎょのはらにふきつなもじがかかれていた。」)

染まった。」「アピア湾で捕れた怪魚の腹に不吉な文字が書かれていた。」

(「あたまのないとかげがしゅうちょうかいぎのかべをはしった。」「よごと、あぽりますいどうの)

「頭の無い蜥蜴[とかげ]が酋長会議の壁を走った。」「夜毎、アポリマ水道の

(じょうくうで、くものなかからものすごいかんせいがきこえる。うぽるとうのかみがみと、)

上空で、雲の中から物凄い喊声[かんせい]が聞える。ウポル島の神々と、

(さヴぁいいとうのかみがみとがたたかっているのだ。」・・・・・・・・・・・・どじんたちは)

サヴァイイ島の神々とが戦っているのだ。」・・・・・・・・・・・・土人達は

(これをもって、きたるべきせんそうのぜんちょうとまじめにかんがえている。かれらは、またーふぁが)

之を以て、来るべき戦争の前兆と真面目に考えている。彼等は、マターファが

(いつかはたちあがって、らうぺぱと、はくじんたちのまろとをたおすであろうと)

何時かは立上がって、ラウペパと、白人達の政府[マロ]とを倒すであろうと

(きたいしているのだ。むりもない。まったくいまのまろはひどい。ばくだいな)

期待しているのだ。無理もない。全く今の政府[マロ]はひどい。莫大な

((すくなくともぽりねしあにしては)きゅうりょうをむさぼりながら、なにひとつまったくかんぜんに)

(少くともポリネシアにしては)給料を貪りながら、何一つ全く完全に

(なにひとつしないでのらくらしているやくにんどもばかりだ。)

何一つしないでノラクラしている役人共ばかりだ。

(ちーふ・じゃすてぃすのつぇだるくらんつもこじんとしては)

裁判所長[チーフ・ジャスティス]のツェダルクランツも個人としては

(いやなおとこではないが、やくにんとしてはまったくむのうだ。せいむちょうかんのふぉん・ぴるざっはに)

厭な男ではないが、役人としては全く無能だ。政務長官のフォン・ピルザッハに

(いたっては、ことごとにとうみんのかんじょうをそこなってばかりいる。ぜいばかり)

至っては、事毎に島民の感情を害[そこな]ってばかりいる。税ばかり

(とりたてて、どうろひとつつくらぬ。ちゃくにんいらい、どみんにかんをさずけたことがいちどもない。)

取り立てて、道路一つ作らぬ。着任以来、土民に官を授けたことが一度もない。

(あぴあのまちにたいしても、おうにたいしても、しまにたいしても、いちもんのかねもださぬ。)

アピアの街に対しても、王に対しても、島に対しても、一文の金も出さぬ。

(かれらは、じぶんらがさもあにいること、また、さもあじんというものがあり、やはり)

彼等は、自分等がサモアにいること、又、サモア人というものがあり、やはり

(めとみみとじゃっかんのちのうとをもっているのだ、ということをわすれている。)

目と耳と若干の知能とを有[も]っているのだ、という事を忘れている。

(せいむちょうかんのなしたゆいいつのこと、それは、じぶんのためにどうどうたるかんていをたてることを)

政務長官の為した唯一のこと、それは、自分の為に堂々たる官邸を建てることを

(ていあんし、すでにそれにちゃくしゅしていることだ。しかも、らうぺぱおうのじゅうきょは、)

提案し、既にそれに着手していることだ。しかも、ラウペパ王の住居は、

(そのかんていのすぐむかいの、しまでもちゅうりゅういかの、みずぼらしいたてもの(しょうしゃ?))

その官邸の直ぐ向いの、島でも中流以下の、みずぼらしい建物(小舎?)

(なのである。)

なのである。

(せんげつのせいふのじんけんひのうちわけをみよ。)

先月の政府の人件費の内訳を見よ。

(ちーふ・じゃすてぃすのほうきゅう・・・・・・・・・ごひゃくどる)

裁判所長[チーフ・ジャスティス]の俸給・・・・・・・・・五弗[ドル]

(せいむちょうかんのほうきゅう・・・・・・・・・よんひゃくじゅうごどる)

政務長官の俸給・・・・・・・・・四一五弗

(けいさつしょちょう(すうぇーでんじん)のほうきゅう・・・・・・・・・ひゃくよんじゅうどる)

警察署長(瑞典[スウェーデン]人)の俸給・・・・・・・・・一四弗

(さいばんしょちょうひしょかんのほうきゅう・・・・・・・・・ひゃくどる)

裁判所長秘書官の俸給・・・・・・・・・一弗

(さもあおうらうぺぱのほうきゅう・・・・・・・・・きゅうじゅうごどる)

サモア王ラウペパの俸給・・・・・・・・・九五弗

(いっぱんおしてぜんぴょうをしるべし。これがしんせいふかのさもあなのだ。)

一斑推して全豹[ぜんぴょう]を知るべし。之が新政府下のサモアなのだ。

(しょくみんせいさくについてなにひとつしりもせぬぶんしのくせに、でしゃばって、むちなどじんに)

植民政策に就いて何一つ知りもせぬ文士のくせに、出しゃばって、無智な土人に

(やすっぽいどうじょうをよせるr・l・s・しは、さながらどん・きほーての)

安っぽい同情を寄せるR・L・S・氏は、宛然[さながら]ドン・キホーテの

(かんがあるそうな。これは、あぴあのいちえいじんのことばである。あのききょうなぎじんの)

観があるそうな。之は、アピアの一英人の言葉である。あの奇矯な義人の

(はくだいなにんげんあいにくらべられたこうえいを、まず、かんしゃしよう。じっさいわたしはせいじについて)

博大な人間愛に比べられた光栄を、先ず、感謝しよう。実際私は政治に就いて

(なにひとつしらないし、また、しらないことをほこりともしている。しょくみんち、あるいは、)

何一つ知らないし、又、知らないことを誇ともしている。植民地、或いは、

(はんしょくみんちにおいて、なにがじょうしきになっているか、をもしらぬ。たとえ、)

半植民地に於て、何が常識になっているか、をも知らぬ。仮令[たとえ]、

(しっていたとしても、わたしはぶんがくしゃだから、こころからなっとくのいかないかぎり、)

知っていたとしても、私は文学者だから、心から納得の行かない限り、

(そんなじょうしきをもってこういのきじゅんとするわけにはいかない。)

そんな常識を以て行為の基準とする訳には行かない。

(ほんとうに、じかに、こころにしみてかんじられるもの、それのみがわたしを、)

本当に、直接[じか]に、心に沁みて感じられるもの、それのみが私を、

((あるいはげいじゅつかを)こういにまでうごかしうるのだ。ところで、いまのわたしにとって、その)

(或いは芸術家を)行為にまで動かし得るのだ。所で、今の私にとって、其の

(「じかにかんじられるもの」とはなにか、といえば、それは、「わたしがもはや)

「直接[じか]に感じられるもの」とは何か、といえば、それは、「私が最早

(いちりょこうしゃのこうきのめをもってでなく、いちじゅうきょしゃのあいちゃくをもって、このしまと、)

一旅行者の好奇の眼を以てでなく、一住居者の愛着を以て、此の島と、

(しまのひとびととをあいしはじめた」ということである。)

島の人々とを愛し始めた」ということである。

(とにかく、もくぜんにきけんのかんじられるないらんと、また、それをゆうはつすべきはくじんの)

兎に角、目前に危険の感じられる内乱と、又、それを誘発すべき白人の

(あっぱくとを、なんとかしてふせがねばならぬ。しかも、こうしたことがらにおける)

圧迫とを、何とかして防がねばならぬ。しかも、斯うした事柄に於ける

(わたしのむりょくさ!わたしは、まだせんきょけんさえもっていない。あぴあのようじんたちとあって)

私の無力さ!私は、まだ選挙権さえ有っていない。アピアの要人達と会って

(はなしてみるのだが、かれらはわたしをまじめにあつかっていないようにおもわれる。しんぼうして)

話して見るのだが、彼等は私を真面目に扱っていないように思われる。辛抱して

(わたしのはなしをきいてくれるのも、じつは、ぶんがくしゃとしてのわたしのめいせいにたいしてのことに)

私の話を聞いて呉れるのも、実は、文学者としての私の名声に対してのことに

(すぎない。わたしがたちさったあとでは、きっとしたでもだしているにそういない。)

過ぎない。私が立去ったあとでは、屹度舌でも出しているに相違ない。

(じぶんのむりょくかんが、いたくわたしをかむ。このぐれつとふせいとどんよくとがひいちにちと)

自分の無力感が、いたく私を噛む。この愚劣と不正と貪欲とが日一日と

(はげしくなっていくのをみながら、それにたいしてなにごとをもなしえないとは!)

烈しくなって行くのを見ながら、それに対して何事をも為し得ないとは!

(くがつばつばつにち)

九月日

(まののでまたあたらしいじけんがたった。まったく、こんなにそうどうばかりおこすしまはない。)

マノノで又新しい事件が起った。全く、こんなに騒動ばかり起す島はない。

(ちいさなしまのくせに、ぜんさもあのふんそうのななわりは、ここからはっせいする。まののの)

小さな島のくせに、全サモアの紛争の七割は、此処から発生する。マノノの

(またーふぁがわのせいねんどもが、らうぺぱがわのもののいえをおそってやきはらったのだ。しまは)

マターファ側の青年共が、ラウペパ側の者の家を襲って焼払ったのだ。島は

(だいこんらんにおちいった。ちょうど、ちーふ・じゃすてぃすがかんぴでふぃじーへ)

大混乱に陥った。丁度、裁判所長[チーフ・ジャスティス]が官費でフィジーへ

(だいみょうりょこうちゅうだったので、ちょうかんのぴるざっはがみずからまののへおもむき、ひとりでじょうりくして)

大名旅行中だったので、長官のピルザッハが自らマノノへ赴き、独りで上陸して

((これのおとこもかんしんにゆうきだけはあるとみえる)ぼうとにといた。そして、はんにんらに)

(此の男も感心に勇気だけはあると見える)暴徒に説いた。そして、犯人等に

(みずからあぴあまでしゅっとうするようにめいじた。はんにんたちはおとこらしくみずからあぴあへでてきた。)

自らアピア迄出頭するように命じた。犯人達は男らしく自らアピアへ出て来た。

(かれらはろくかげつきんこのせんこくをうけ、すぐろうにつながれることになった。)

彼等は六ヶ月禁錮[きんこ]の宣告を受け、直ぐ牢に繋がれることになった。

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