中島敦 光と風と夢 8

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね0お気に入り登録
プレイ回数335難易度(4.5) 6328打 長文
中島敦の中編小説です
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 だだんどん 5769 A+ 6.1 93.5% 1003.3 6220 431 99 2024/10/07

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問題文

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(かれらにつきそっていっしょにきた、ほかのひょうかんなまののじんらは、はんにんたちが)

彼等に附添って一緒に来た、他の剽悍[ひょうかん]なマノノ人等は、犯人達が

(まちをとおってろうへつれていかれるとちゅうで、おおごえによびかけた。「いずれ)

街を通って牢へ連れて行かれる途中で、大声に呼びかけた。「いずれ

(たすけだしてやるぞ!」じつだんのじゅうをになったさんじゅうにんのへいにかこまれてすすんでいく)

助け出してやるぞ!」実弾の銃を担った三十人の兵に囲まれて進んで行く

(しゅうじんなどは、「それにはおよばぬ。だいじょうぶだ。」とこたえた。それではなしは)

囚人等は、「それには及ばぬ。大丈夫だ。」と答えた。それで話は

(おわったわけだが、いっぱんには、ちかいうちにきゅうじょはごくがおこなわれるだろうとかたく)

終った訳だが、一般には、近い中に救助破獄が行われるだろうと固く

(しんじられている。かんごくではげんじゅうなけいかいがはられた。にちやのしんぱいに)

信じられている。監獄では厳重な警戒が張られた。日夜の心配に

(たえられなくなったしゅえいちょう(わかいすうぇーでんじん)は、ついに、らんぼうきわまるそちを)

堪えられなくなった守衛長(若い瑞典人)は、遂に、乱暴極まる措置を

(おもいついた。だいなまいとをろうのしたにしかけ、しゅうげきをうけたばあい、ぼうとも)

思いついた。ダイナマイトを牢の下に仕掛け、襲撃を受けた場合、暴徒も

(しゅうじんもともにばくはしてしまったらどうだろうと。かれはせいむかんちょうにこれをはなして)

囚人も共に爆破して了ったらどうだろうと。彼は政務官長に之を話して

(さんせいをえた。それで、ていはくちゅうのあめりかぐんかんへいってだいなまいとを)

賛成を得た。それで、碇泊中のアメリカ軍艦へ行ってダイナマイトを

(もらおうとしたがきょぜつされ、やっと、れっかー(ぜんぜんねんの)

貰おうとしたが拒絶され、やっと、難破船引揚業者[レッカー](前々年の

(だいはりけーんでわんないにちんぼつしたままになっているぐんかんにせきをあめりかが)

大颶風[ハリケーン]で湾内に沈没したままになっている軍艦二隻をアメリカが

(さもあせいふにきそうすることになったので、そのひきあげさぎょうのためもっかあぴあに)

サモア政府に寄贈することになったので、其の引揚作業のため目下アピアに

(きている。)から、それをてにいれたらしい。このことがいっぱんにもれ、)

来ている。)から、それを手に入れたらしい。この事が一般に洩れ、

(このにさんしゅうかん、りゅうげんがしきりにとんでいる。あまりおおさわぎになりそうなので、)

この二三週間、流言が頻りに飛んでいる。余り大騒ぎになりそうなので、

(こわくなったせいふでは、さいきん、とつじょしゅうじんたちをかったーにのせてとけらうすとうへ)

怖くなった政府では、最近、突如囚人達をカッターに乗せてトケラウス島へ

(うつしてしまった。おとなしくふくざいしているものをばくはしようというのはもちろん)

移して了った。大人しく服罪している者を爆破しようというのは勿論

(ごんごどうだんだが、かってにきんこをるざいにへんこうするのもずいぶんめちゃなはなしだ。)

言語道断だが、勝手に禁錮を流罪に変更するのも随分目茶な話だ。

(こうしたひれつとおくびょうとはれんちとがやばんにのぞむぶんめいのてんけいてきなすがたで)

斯うした卑劣と臆病と破廉恥とが野蛮に臨む文明の典型的な姿態[すがた]で

(ある。はくじんはみなこんなことにさんせいなのだ、と、どじんらにおもわせてはならない。)

ある。白人は皆こんな事に賛成なのだ、と、土人等に思わせてはならない。

など

(このけんについてのしつもんしょを、さっそく、ちょうかんあてにだしたが、いまだにへんじがない。)

此の件に就いての質問書を、早速、長官宛に出したが、未だに返辞がない。

(じゅうがつばつにち)

十月日

(ちょうかんよりのへんしょ、ようやくくる。こどもっぽいごうまんと、こうかつないいぬけ。ようりょうをえず。)

長官よりの返書、漸く来る。子供っぽい傲慢と、狡猾な言抜け。要領を得ず。

(ただちに、さいしつもんしょをおくる。こんないざこざはだいきらいだが、どじんたちが)

直ちに、再質問書を送る。こんないざこざは大嫌いだが、土人達が

(だいなまいとでふきとばされるのをだまってみているわけにはいかない。)

ダイナマイトで吹飛ばされるのを黙って見ている訳には行かない。

(とうみんはまだしずかにしている。これがいつまでつづくか、わたしはしらぬ、はくじんのふにんきは)

島民はまだ静かにしている。之が何時迄続くか、私は知らぬ、白人の不人気は

(ひごとにたかまるようだ。おんわな、わがへんり・しめれもきょう、)

日毎に昂[たか]まるようだ。穏和な、我がヘンリ・シメレも今日、

(「はま(あぴあ)のはくじんはいやだ。むやみにいばってるから。」といった。ひとりの)

「浜(アピア)の白人は厭だ。むやみに威張ってるから。」と云った。一人の

(いばりくさったはくじんのすいかんがへんりにむかいやまがたなをふりあげて、「きさまのくびを)

威張りくさった白人の酔漢がヘンリに向い山刀を振上げて、「貴様の首を

(ぶったぎるぞ」とおどしつけたのだそうだ。これがぶんめいじんのやることか?)

ぶった切るぞ」と嚇[おど]しつけたのだそうだ。之が文明人のやることか?

(さもあじんはがいしていんぎんで、(つねにじょうひんとはいえないにしても))

サモア人は概して慇懃[いんぎん]で、(常に上品とはいえないにしても)

(おんわで、(とうへきをべつとして)かれらじしんのめいよかんをもっており、そして、)

穏和で、(盗癖を別として)彼等自身の名誉感を有[も]っており、そして、

(すくなくともだいなまいとちょうかんぐらいにはかいかしている。)

少くともダイナマイト長官ぐらいには開化している。

(すくりぶなーしれんさいちゅうの「れっかー」だいにじゅうさんしょうかきあげ。)

スクリブナー誌連載中の「難破船引揚業者[レッカー]」大二十三章書上げ。

(じゅういちがつばつばつにち)

十一月日

(とうほんせいそう、すっかりせいじやになりはてた。きげき?ひみつかい、みっぷうしょ、あんやの)

東奔西走、すっかり政治屋に成り果てた。喜劇?秘密会、密封書、暗夜の

(いそぎみち。このしまのもりのなかをあんやにとおると、あおじろいりんこうがてんてんと)

急ぎ路。この島の森の中を暗夜に通ると、青白い燐光[りんこう]が点々と

(ちじょういちめんにちりしかれていてうつくしい。いっしゅのきんるいがはっこうするのだという。)

地上一面に散り敷かれていて美しい。一種の菌類が発光するのだという。

(ちょうかんのしつもんしょがしょめいじんのひとりにこばまる。そのいえへでかけていってせっとく、)

長官の質問書が署名人の一人に拒まる。その家へ出掛けて行って説得、

(せいこう。おれのしんけいも、なんとにぶく、がんきょうになったものだ!)

成功。俺の神経も、何と鈍く、頑強になったものだ!

(きのう、らうぺぱおうをほうもんす。ひくい、みじめないえ。ちほうのかんそんにだってこのくらいのいえは)

昨日、ラウペパ王を訪問す。低い、惨めな家。地方の寒村にだって此の位の家は

(いくらでもある。ちょうどむかいがわに、ほとんどしゅんこうのなった)

幾らでもある。丁度向い側に、殆ど竣工[しゅんこう]の成った

(せいむちょうかんかんていがそびえ、おうはひごとにこのたてものをあおいでおらねばならぬ。)

政務長官官邸が聳[そび]え、王は日毎に此の建物を仰いでおらねばならぬ。

(かれははくじんかんりのきがねから、われわれにあうことをあまりのぞまぬようだ。とぼしいかいだん。)

彼は白人官吏の気兼から、我々に会うことを余り望まぬようだ。乏しい会談。

(しかし、このろうじんのさもあごのはつおんことに、そのじゅうぼいんのはつおんはうつくしい。)

しかし、この老人のサモア語の発音殊に、その重母音の発音は美しい。

(ひじょうに。)

非常に。

(じゅういちがつばつばつにち)

十一月日

(「れっかー」ようやくかんせい。「さもあしきゃくちゅう」もしんこうちゅう。)

「難破船引揚業者[レッカー]」漸く完成。「サモア史脚註」も進行中。

(げんだいしをかくことのむずかしさ。ことに、とうじょうじんぶつがことごとくじこのちじんなるとき、)

現代史を書くことのむずかしさ。殊に、登場人物が悉く自己の知人なる時、

(そのこんなんはばいかす。)

その困難は倍加す。

(せんじつのらうぺぱおうほうもんは、かぜん、おおさわぎをひきおこす。あたらしい)

先日のラウペパ王訪問は、果然、大騒を惹起[ひきおこ]す。新しい

(ふこくがでる。なんびともりょうじのきょかなくして、また、ゆるされたるつうやくしゃなしには、)

布告が出る。何人も領事の許可なくして、又、許されたる通訳者なしには、

(おうとかいけんすべからず、と。せいなるかいらい。)

王と会見すべからず、と。聖なる傀儡[かいらい]。

(ちょうかんよりかいだんのもうしこみあり。かいじゅうせんとなるべし。ことわる。)

長官より会談の申込あり。懐柔せんとなるべし。断る。

(かくてよはこうぜんどいつていこくにたいするてきとなりおわれるもののごとし。いつもうちに)

斯くて余は公然独逸帝国に対する敵となり終れるものの如し。何時もうちに

(あそびにきていたどいつしかんたちも、しゅっぱんにさいしあいさつにこられぬむねをいいよこした。)

遊びに来ていた独逸士官達も、出帆に際し挨拶に来られぬ旨を言いよこした。

(せいふがまちのはくじんたちにふにんきなのはおもしろい。いたずらにとうみんのかんじょうを)

政府が街の白人達に不人気なのは面白い。徒[いたず]らに島民の感情を

(しげきして、はくじんのせいめいざいさんをきけんにさらすからだ。はくじんは)

刺戟[しげき]して、白人の生命財産を危険に曝[さら]すからだ。白人は

(どじんよりもぜいをおさめない。)

土人よりも税を納めない。

(いんふるえんざしょうけつ。まちのだんすじょうもとじた。)

インフルエンザ猖獗[しょうけつ]。街のダンス場も閉じた。

(ヴぁいれれのうじょうではななじゅうにんのにんぷがいちどきにたおれたと。)

ヴァイレレ農場では七十人の人夫が一時に斃[たお]れたと。

(じゅうにがつばつばつにち)

十二月日

(おとといのごぜん、ここあのしゅしせんごひゃく、つづいてごごにななひゃく、とどく。おとといの)

一昨日の午前、ココアの種子千五百、続いて午後に七百、届く。一昨日の

(しょうごからきのうのゆうこくまでうちじゅうそうでで、このうえつけにかかりっきり。みんな)

正午から昨日の夕刻迄うち中総出で、この植付にかかりっきり。みんな

(どろまみれになり、ヴぇらんだはあいるらんどでいたんぬまのごとし。ここあは)

泥まみれになり、ヴェランダは愛蘭土[アイルランド]泥炭沼の如し。ココアは

(はじめここあじのはであんだかごにまく。じゅうにんのどじんがうらのもりのしょうしゃで)

始めココア樹の葉で編んだ籠に蒔く。十人の土人が裏の森の小舎で

(このかごをあむ。よんにんのしょうねんがつちをほってはこにいれヴぇらんだへはこぶ。ろいどと)

此の籠を編む。四人の少年が土を掘って箱に入れヴェランダへ運ぶ。ロイドと

(べる(いそべる)とわたしとが、いしやねんどかいをふるってつちをかごにいれる。)

ベル(イソベル)と私とが、石や粘土塊をふるって土を籠に入れる。

(おーすてぃんしょうねんとかひのふぁあうまとがそれのかごをふぁにいのところへ)

オースティン少年と下婢[かひ]のファアウマとが其の籠をファニイの所へ

(もっていく。ふぁにいがひとつのかごにひとつのしゅしをうめ、それをヴぇらんだに)

持って行く。ファニイが一つの籠に一つの種子を埋め、それをヴェランダに

(ならべる。いちどうわたのごとくにつかれてしまった。けさもまだつかれがぬけないが、)

並べる。一同綿の如くに疲れて了った。今朝もまだ疲れが抜けないが、

(ゆうせんひもちかいので、いそいで「さもあしきゃくちゅう」だいごしょうをかきあげる。これは)

郵船日も近いので、急いで「サモア史脚註」第五章を書上げる。之は

(げいじゅつひんではない。ただ、いそいでかきあげていそいでよんでもらうべきもの。さもなければ)

芸術品ではない。唯、急いで書上げて急いで読んで貰うべきもの。さもなければ

(むいみだ。)

無意味だ。

(せいむちょうかんじにんのうわさあり。あてにはならぬ。りょうじれんとのしょうとつがこのうわさを)

政務長官辞任の噂あり。あてにはならぬ。領事連との衝突が此の噂を

(うんだのだろう。)

生んだのだろう。

(せんはっぴゃくはちじゅうにねんいちがつばつにち)

一八九二年一月日

(あめ。ぼうふうのきみあり。とをしめらんぷをつける。かんぼうがなかなかぬけぬ。)

雨。暴風の気味あり。戸をしめランプを点ける。感冒が中々抜けぬ。

(りゅうまちもたってきた。あるろうじんのことばをおもいだす。「あらゆるいずむのなかで)

リュウマチも起って来た。或る老人の言葉を思出す。「あらゆるイズムの中で

(さいあくなのは、りゅうまてぃずむだ。」)

最悪なのは、リュウマティズムだ。」

(このあいだからきゅうようをとるいみで、そうそふのころからのすてぃヴんすんけのれきしを)

此の間から休養をとる意味で、曽祖父の頃からのスティヴンスン家の歴史を

(かきはじめた。たいへんたのしい。そうそふと、そふと、そのさんにんのむすこ(わたしのちちをも)

書始めた。大変楽しい。曽祖父と、祖父と、其の三人の息子(私の父をも

(ふくめて)とが、あいついで、もくもくと、きりぶかききたすこっとらんどのうみにとうだいを)

含めて)とが、相次いで、黙々と、霧深き北スコットランドの海に灯台を

(きずきつづけたそのたっといすがたをおもうとき、いまさらながらわたしはほこりにみたされる。だいは)

築き続けた其の貴い姿を思う時、今更ながら私は誇に充たされる。題は

(なんとしよう?「すてぃヴんすんけのひとびと」「すこっとらんどじんのいえ」)

何としよう?「スティヴンスン家の人々」「スコットランド人の家」

(「えんじにーあのいっか」「ほっぽうのとうだい」「かぞくし」「とうだいぎしのいえ」?)

「エンジニーアの一家」「北方の灯台」「家族史」「灯台技師の家」?

(そふが、およそそうぞうにぜっするこんなんとたたかってべる・ろっくあんしょうみさきのとうだいを)

祖父が、凡そ想像に絶する困難と闘ってベル・ロック暗礁岬の灯台を

(たてたときのくわしいきろくがのこっている。それをよんでいるなかに、なんだかじぶんが)

建てた時の詳しい記録が残っている。それを読んでいる中に、何だか自分が

((あるいはみしょうのわれが)ほんとうにそんなけいけんをしたかのようなきがしてくる。じぶんは)

(或いは未生の我が)本当にそんな経験をしたかのような気がして来る。自分は

(じぶんがおもっているほどじぶんではなく、いまからはちじゅうごねんまえほっかいのかざなみや)

自分が思っている程自分ではなく、今から八十五年前北海の風波や

(がすにくるしみながら、かんちょうのときだけすがたをみせる・このまのみさきと、じっさいに)

海霧[ガス]に苦しみながら、干潮の時だけ姿を見せる・此の魔の岬と、実際に

(たたかったことがあるのだ、と、たしかにそうおもえてくる。かぜのはげしさ。みずのつめたさ。)

戦ったことがあるのだ、と、確かにそう思えて来る。風の激しさ。水の冷たさ。

(はしけのゆれ。うみどりのさけび。そういうものまでがありありとかんじられるのだ。)

艀[はしけ]の揺れ。海鳥の叫。そういうもの迄がありありと感じられるのだ。

(とつぜんむねをやかれるようなきがした。)

突然胸を灼かれるような気がした。

(こうかくたるすこっとらんどのやまやま、ひーすのしげみ。みずうみ。あさゆうききなれた)

磽确[こうかく]たるスコットランドの山々、ヒースの茂み。湖。朝夕聞慣れた

(えでぃんばらじょうのらっぱ。ぺんとらんど、ばらへっど、)

エディンバラ城の喇叭[ラッパ]。ペントランド、バラヘッド、

(かーくうぉーる、らすみさき、ああ!)

カークウォール、ラス岬、嗚呼!

(わたしのいまいるところは、なんいじゅうさんど、せいけいひゃくななじゅういちど。すこっとらんどとはちょうど)

私の今いる所は、南緯十三度、西経百七十一度。スコットランドとは丁度

(ちきゅうのはんたいがわなのだ。)

地球の反対側なのだ。

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