太宰治 ア、秋

(なつのなかに、あきがこっそりかくれて、もはやきているのであるが、ひとは、)

夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、

(えんねつにだまされて、それをみやぶることができぬ。みみをすまして)

炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。耳を澄まして

(ちゅういをしていると、なつになるとどうじに、むしがないているのだし、にわに)

注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に

(きをくばってみていると、ききょうのはなも、なつになるとすぐさいているのを)

気をくばって見ていると、桔梗の花も、夏になるとすぐ咲いているのを

(はっけんするし、とんぼだって、もともとなつのむしなんだし、かきもなつのうちにちゃんと)

発見するし、蜻蛉だって、もともと夏の虫なんだし、柿も夏のうちにちゃんと

(みをむすんでいるのだ。)

実を結んでいるのだ。

(あきは、ずるいあくまだ。なつのうちにぜんぶ、みじたくをととのえて、せせらわらって)

秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑って

(しゃがんでいる。ぼくくらいのけいがんのしじんになると、それを)

しゃがんでいる。僕くらいの炯眼［けいがん］の詩人になると、それを

(みやぶることができる。いえのものが、なつをよろこびうみへいこうか、)

見破ることができる。家の者が、夏をよろこび海へ行こうか、

(やまへいこうかなど、はしゃいでいっているのをみると、ふびんにおもう。)

山へ行こうかなど、はしゃいで言っているのを見ると、ふびんに思う。

(もうあきがなつといっしょにしのびこんできているのに。あきは、ねづよいくせものである。)

もう秋が夏と一緒に忍び込んで来ているのに。秋は、根強い曲者である。

(かいだんよろし。あんま。もし、もし。)

怪談ヨロシ。アンマ。モシ、モシ。

(まねく、すすき。あのうらにはきっとぼちがあります。)

マネク、ススキ。アノ裏ニハキット墓地ガアリマス。

(みちとえば、おんなおしなり、かれのはら。)

路問エバ、オンナ唖ナリ、枯野原。

(よくいみのわからぬことが、いろいろかいてある。なにかのめものつもりで)

よく意味のわからぬことが、いろいろ書いてある。何かのメモのつもりで

(あろうが、ぼくじしんにもかいたどうきが、よくわからぬ。)

あろうが、僕自身にも書いた動機が、よくわからぬ。

(そうがい、にわのくろつちをばさばさげんいずりまわっているみにくきあきのちょうをみる。)

窓外、庭ノ黒土ヲバサバサ這イズリマワッテイル醜キ秋ノ蝶ヲ見ル。

(なみはずれて、たくましきがゆえに、しなずありぬる。けっして、はかなきていには)

並ハズレテ、タクマシキガ故ニ、死ナズ在リヌル。決シテ、ハカナキ態ニハ

(あらず。とかかれてある。)

非ズ。と書かれてある。

(これをかきこんだときは、わたしはだいへんくるしかった。いつかきこんだか、)

これを書きこんだときは、私は大へん苦しかった。いつ書きこんだか、

(わたしはけっしてわすれない。けれども、いまはいわない。)

私は決して忘れない。けれども、今は言わない。

(すててられたうみ。とかかれてある。)

捨テラレタ海。と書かれてある。

(あきのかいすいよくじょうにいってみたことがありますか。なぎさにやぶれたえひがさが)

秋の海水浴場に行ってみたことがありますか。なぎさに破れた絵日傘が

(うちよせられ、かんらくのあと、ひのまるのちょうちんもすてられ、かんざし、かみくず、)

打ち寄せられ、歓楽の跡、日の丸の提灯も捨てられ、かんざし、紙屑、

(れこおどのはへん、ぎゅうにゅうのあきびん、うみはうすあかくにごって、どたりどたりと)

レコオドの破片、牛乳の空瓶、海は薄赤く濁って、どたりどたりと

(なみうっていた。)

浪打っていた。

(おがたさんには、こどもさんがあったね。)

緒方サンニハ、子供サンガアッタネ。

(あきになると、はだがかわいて、なつかしいわね。)

秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシイワネ。

(ひこうきは、あきがいちばんいいのですよ。)

飛行機ハ、秋ガ一バンイイノデスヨ。

(これもなんだかいみがよくわからぬが、あきのかいわをぬすみききして、)

これもなんだか意味がよくわからぬが、秋の会話を盗み聞きして、

(そのままかきとめておいたものらしい。)

そのまま書きとめて置いたものらしい。

(また、こんなのも、ある。)

また、こんなのも、ある。

(げいじゅつかは、いつも、じゃくしゃのともであったはずなのに。)

芸術家ハ、イツモ、弱者ノ友デアッタ筈ナノニ。

(ちっともあきにかんけいない、そんなことばまで、かかれてあるが、あるいはこれも、)

ちっとも秋に関係ない、そんな言葉まで、書かれてあるが、或いはこれも、

(「きせつのしそう」といったようなわけのものかもしれない。)

「季節の思想」といったようなわけのものかも知れない。

(そのほか、)

その他、

(のうか。えほん。あきとへいたい。あきのかいこ。かじ。けむり。おてら。)

農家。絵本。秋ト兵隊。秋ノ蚕。火事。ケムリ。オ寺。

(ごたごたいっぱいかかれてある。)

ごたごた一ぱい書かれてある。