悪霊 江戸川乱歩 1
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ヌオー | 5549 | A | 5.9 | 94.1% | 1121.8 | 6640 | 415 | 100 | 2024/11/29 |
2 | 布ちゃん | 5214 | B+ | 5.5 | 93.7% | 1190.4 | 6653 | 446 | 100 | 2024/11/08 |
3 | ペンだこ | 5157 | B+ | 5.4 | 95.2% | 1232.5 | 6688 | 331 | 100 | 2024/11/30 |
4 | difuku | 3757 | D++ | 3.9 | 94.9% | 1688.5 | 6703 | 358 | 100 | 2024/11/29 |
5 | くま | 2598 | E | 2.8 | 91.7% | 2329.8 | 6656 | 601 | 100 | 2024/12/13 |
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問題文
(はっぴょうしゃのふき)
発表者の附記
(ふたつきばかりまえのことであるが、nぼうというちゅうねんのしつぎょうしゃが、)
二月ばかり前の事であるが、N某[ぼう]という中年の失業者が、
(てがみとでんわとらいほうとのしゅうねんぶかいこうげきのけっか、とうとうわたしのしょさいにあがりこんで、)
手紙と電話と来訪との執念深い攻撃の結果、とうとう私の書斎に上り込んで、
(にさつのぶあつなきろくを、わたしにうりつけてしまった。ひとぎらいなわたしが、みちの、)
二冊の部厚な記録を、私に売りつけてしまった。人嫌いな私が、未知の、
(しかもあまりふうていのよくない、こういうほうもんしゃにあうきになったのは)
しかも余り風体のよくない、こういう訪問者に会う気になったのは
(よくよくのことである。かれのようけんはむろん、そのきろくを)
よくよくのことである。彼の用件は無論、その記録を
(かねにかえることのほかにはなかった。かれはそのはんざいきろくがわたしのしょうせつのざいりょうとして)
金に換えることの外にはなかった。彼はその犯罪記録が私の小説の材料として
(たがくのきんせんかちをもつものだとしゅちょうし、まえもってわけまえに)
多額の金銭価値を持つものだと主張し、前持って分前[わけまえ]に
(あずかりたいというのであった。)
預り度いというのであった。
(けっきょくわたしは、そんなにくつうでないていどのきんがくで、そのきろくを)
結局私は、そんなに苦痛でない程度の金額で、その記録を
(ほとんどないようもしらべずかいとった。しょうせつのざいりょうにつかえるなどとは)
殆ど内容も調べず買取った。小説の材料に使えるなどとは
(むろんおもわなかったが、ただこのきがねなほうもんしゃから、すこしでもはやく)
無論思わなかったが、ただこの気兼ねな訪問者から、少しでも早く
(のがれたかったからである。)
のがれたかったからである。
(それからすうじつごのあるよる、わたしはねどこのなかで、ふみんしょうをまぎらすために、)
それから数日後のある夜、私は寝床の中で、不眠症をまぎらす為に、
(なにげなくそのきろくをよみはじめたが、よむにしたがって、ひじょうなほりだしものを)
何気なくその記録を読み初めたが、読むに従って、非常な掘出しものを
(したことがわかってきた。わたしはそのばん、とうとうてつやをしたうえ、よくじつの)
したことが分って来た。私はその晩、とうとう徹夜をした上、翌日の
(ひるごろまでかかって、たいぶのきろくをすっかりよみおわった。)
昼ごろまでかかって、大部[たいぶ]の記録をすっかり読み終った。
(はんぶんもよまないうちに、これはぜひはっぴょうしなければならないと)
半分も読まない内に、これは是非発表しなければならないと
(こころをきわめたほどであった。そこで、とうぜんわたしは、せんじつのnぼうくんにもういちど)
心を極めた程であった。そこで、当然私は、先日のN某君にもう一度
(あらためてあいたいとおもった。あって、このふしぎなはんざいじけんについて、)
改めて会いたいと思った。会って、この不思議な犯罪事件について、
(どうくんのくちからなにごとかをききだしたいとおもった。きろくをしょじしていたどうくんは、)
同君の口から何事かを聞出したいと思った。記録を所持していた同君は、
(このじけんにまったくむえんのものではないとおもったからだ。しかし、ざんねんなことには、)
この事件に全く無縁の者ではないと思ったからだ。併し、残念な事には、
(きろくをかいとったときのじじょうがあんなふうであったために、わたしは、ぼうくんのみのうえについて)
記録を買取った時の事情があんな風であった為に、私は、某君の身の上について
(なにごともしらなかった。かれのめんかいきょうようのてがみはさんつうのこっていた。けれどところがきは)
何事も知らなかった。彼の面会強要の手紙は三通残っていた。けれど所書きは
(みなちがっていて、ふたつはあさくさのりょじんやど、ひとつはあさくさゆうびんきょく)
皆違っていて、二つは浅草の旅人宿[りょじんやど]、一つは浅草郵便局
(とめおきでへんじをくれとあってところがきがない。そのりょじんやどにけんへは、)
留置きで返事を呉れとあって所書きがない。その旅人宿二軒へは、
(ひとをやったりでんわをかけたりしてといあわせたけれど、nぼうくんの)
人をやったり電話をかけたりして問合せたけれど、N某君の
(げんざいのきょしょはまったくふめいであった。)
現在の居所[きょしょ]は全く不明であった。
(きろくいうのは、まっかなかわびょうしでとじあわせた、にさつのぶあつなてがみのたばであった。)
記録いうのは、真赤な革表紙で綴じ合せた、二冊の部厚な手紙の束であった。
(ぜんたいがおなじひっせき、おなじしょめいで、なあてにんもはじめからおわりまでれいがいなく)
全体が同じ筆蹟[ひっせき]、同じ署名で、名宛人も初めから終りまで例外なく
(どういつじんぶつであった。つまり、このおびただしいてがみをうけとったじんぶつが、)
同一人物であった。つまり、この夥[おびただ]しい手紙を受取った人物が、
(それをたんねんにほぞんして、ひづけのじゅんじょにしたがってとじあわせておいたものにそういない。)
それを丹念に保存して、日附の順序に従って綴じ合せて置いたものに相違ない。
(もしかしたら、あのnぼうこそ、このてがみのうけとりにんで、それがなにかのじじょうで)
若しかしたら、あのN某こそ、この手紙の受取人で、それが何かの事情で
(ぎめいしていたのではなかったか。こんなじゅうようなきろくが、ゆえなくたにんのてに)
偽名していたのではなかったか。こんな重要な記録が、故なく他人の手に
(わたろうとはかんがえられないからだ。)
渡ろうとは考えられないからだ。
(てがみのないようは、さきにもいったとおり、あるいちれんのざんこくな、)
手紙の内容は、先にも云った通り、ある一聯[いちれん]の残酷な、
(ちなまぐさい、いようにふかかいなはんざいじけんの、しゅびいっかんした)
血腥[ちなまぐさ]い、異様に不可解な犯罪事件の、首尾一貫した
(きろくであって、そこにしるされたゆうめいなしんりがくしゃたちのなまえは、あきらかに)
記録であって、そこに記された有名な心理学者達の名前は、明かに
(じつざいのものであって、われわれはそれらのなまえによって、いまからすうねんいぜん、)
実在のものであって、我々はそれらの名前によって、今から数年以前、
(このがくしゃたちのしんぺんにおこったきかいなさつじんじけんのしんぶんきじを、よういに)
この学者達の身辺に起った奇怪な殺人事件の新聞記事を、容易に
(おもいだすことができるであろう。おぼろげなきおくによって、そのきじとこれと)
思い出すことが出来るであろう。おぼろげな記憶によって、その記事とこれと
(くらべてみても、わたしのてにはいれたしょかんしゅうがまったくかくうのものがたりで)
比べて見ても、私の手に入れた書翰[しょかん]集が全く架空の物語で
(ないことはわかるのだが、しかし、それにもかかわらず、ここにしるされた)
ないことは分るのだが、併し、それにも拘らず、ここに記された
(じけんぜんたいのかんじが(かんたんなしんぶんきじではそうぞうもできなかった)
事件全体の感じが(簡単な新聞記事では想像も出来なかった
(そのひみつのしょうさいが)なんとなくいようであって、しんじがたいものにおもわれるのは)
その秘密の詳細が)何となく異様であって、信じ難いものに思われるのは
(なぜであるか。げんじつはおうおうにしていかなるくうそうよりもきかいなるがためで)
何故であるか。現実は往々にして如何なる空想よりも奇怪なるが為めで
(あろうか。それともまた、このしょかんしゅうはむめいのしょうせつかがげんじつのじけんにもといて、)
あろうか。それとも又、この書翰集は無名の小説家が現実の事件に基いて、
(かれのくうそうをほしいままにした、まわりくどいぎまんなのであろうか。)
彼の空想を縦[ほしいまま]にした、廻りくどい欺瞞なのであろうか。
(れきしかでないわたしは、そのいずれであるかをたしかめるぎむを)
歴史家でない私は、その何[いず]れであるかを確める義務を
(かんじるよりもさきに、これをいっぺんのたんていしょうせつとして、よにはっぴょうしたいゆうわくに)
感じるよりも先に、これを一篇の探偵小説として、世に発表したい誘惑に
(うちかちかねたのである。)
打ち勝ち兼ねたのである。
(いちおうは、このしょかんしゅうぜんたいを、わたしのてでふつうのものがたりたいにかきあらためることを)
一応は、この書翰集全体を、私の手で普通の物語体に書き改めることを
(かんがえてみたけれど、それは、じけんのしんじつせいをうすめるばかりでなく、かえって)
考えて見たけれど、それは、事件の真実性を薄めるばかりでなく、却って
(ものがたりのきょうみをそぐおそれがあった。それほど、このしょかんしゅうはたくみに)
物語の興味をそぐ虞[おそ]れがあった。それ程、この書翰集は巧みに
(かかれていたといえるのだ。そこでわたしは、わたしのかいとったにさつのきろくを、)
書かれていたと云えるのだ。そこで私は、私の買取った二冊の記録を、
(ほとんどかひつしないでそのままはっぴょうするけっしんをした。しょかんしゅうのところどころに、)
殆ど加筆しないでそのまま発表する決心をした。書翰集のところどころに、
(てがみのうけとりにんのひっせきとおぼしく、あかいんきでかんたんなかんそうあるいはせつめいが)
手紙の受取人の筆蹟と覚しく、赤インキで簡単な感想或は説明が
(かきいれてあるが、これもじけんをりかいするうえにむようではないとおもうので、)
書き入れてあるが、これも事件を理解する上に無用ではないと思うので、
(ほとんどぜんぶ(ちゅう)としていんさつすることにした。)
殆ど全部(註)として印刷することにした。
(じけんはすうねんいぜんのものであるし、もしこのきろくがことのしんそうであったとしても、)
事件は数年以前のものであるし、若しこの記録が事の真相であったとしても、
(めいわくをかんじるかんけいしゃはおおくこじんとなっているので、はっぴょうをはばかるところは)
迷惑を感じる関係者は多く故人となっているので、発表を憚[はばか]る所は
(ほとんどないのであるが、ねんのためにしょかんちゅうのじんめい、ちめいはすべてわたしのずいいに)
殆どないのであるが、念の為に書翰中の人名、地名は凡て私の随意に
(かきあらためた。しかし、このじけんのしんぶんきじをきおくするどくしゃにとって、それらを)
書き改めた。併し、この事件の新聞記事を記憶する読者にとって、それらを
(しんじつのじんめい、ちめいにおきかえることは、さしてこんなんではないとしんじる。)
真実の人名、地名に置き替えることは、さして困難ではないと信じる。
(いまわたしはこのちょじゅつがどうかしてnぼうくんのめにふれ、どうくんのらいほうをうけることを)
今私はこの著述がどうかしてN某君の眼に触れ、同君の来訪を受けることを
(せつにのぞんでいる。わたしはどうくんがゆずってくれたこのきょうみあるきろくを、そのまま)
切に望んでいる。私は同君が譲ってくれたこの興味ある記録を、そのまま
(わたしのなでかつじにすることをあえてしたからである。このいっぺんの)
私の名で活字にすることを敢[あえ]てしたからである。この一篇の
(ものがたりについて、わたしはまったくろうりょくをついやしていない。したがって、このちょじゅつから)
物語について、私は全く労力を費していない。随[したが]って、この著述から
(しょうじるさくしゃのしゅうにゅうは、ぜんぶ、nぼうくんにぞうていすべきだとおもっている。このふきを)
生じる作者の収入は、全部、N某君に贈呈すべきだと思っている。この附記を
(しるしたいっぱんのりゆうは、ざいりょうにゅうしゅのてんまつをあきらかにして、しょざいふめいのnぼうくんに、)
記した一半の理由は、材料入手の顛末を明かにして、所在不明のN某君に、
(わたしにたいなきしだいをつげ、しゃいをあらわしたいためであった。)
私に他意無き次第を告げ、謝意を表したい為であった。
(だいいっしん)
第一信
(ながいあいだまったくてがみをかかなかったことをゆるしてください。それにはりゆうが)
長い間全く手紙を書かなかったことを許して下さい。それには理由が
(あったのだ。すうねんらいまるでこいびとのようにみっかにあけずてがみをかいていた)
あったのだ。数年来まるで恋人の様に三日にあけず手紙を書いていた
(きみのことを、このひとつきほどのあいだというもの、ぼくはほとんどわすれていた。ぼくにあたらしい)
君のことを、この一月程の間と云うもの、僕は殆ど忘れていた。僕に新しい
(はなしあいてができたからだなどとおもってはいけない。そんなふうのなみなみの)
話相手が出来たからだなどと思ってはいけない。そんな風の並々の
(りゆうではないのだ。きみはぼくの「いろめがねのまほう」というものをたぶん)
理由ではないのだ。君は僕の「色眼鏡の魔法」というものを多分
(きおくしているだろう。ぼくがてせいでこしらえたまらかいとみどりとめちーるすみれの)
記憶しているだろう。僕が手製で拵えたマラカイト緑とメチール菫の
(にまいのいろがらすをかさねたまほうめがねのぶきみなこうかを。あのにじゅうめがねで)
二枚の色ガラスを重ねた魔法眼鏡の不気味な効果を。あの二重眼鏡で
(せかいをのぞくと、やまももりもはやしもくさも、すべてのみどりいろのものが、ちのように)
世界を窺[のぞ]くと、山も森も林も草も、凡ての緑色のものが、血の様に
(まっかにみえるね。いつかはこねのやまのなかで、きみにそいつをのぞかせたら、)
真赤に見えるね。いつか箱根の山の中で、君にそいつを覗かせたら、
(きみは「こわい」といってたいせつなろいどめがねをじべたへほうりだして)
君は「怖い」と云って大切なロイド眼鏡を地べたへ抛[ほう]り出して
(しまったことがある。あれだよ。ぼくがこのひとつきばかりのあいだにみたり)
しまったことがある。あれだよ。僕がこの一月ばかりの間に見たり
(きいたりしたことは、まったくあのまほうめがねのせかいなのだよ。がんかいはのうむのように)
聞いたりしたことは、まったくあの魔法眼鏡の世界なのだよ。眼界は濃霧の様に
(どすぐろくておくそこがみえないのだ。しかしそのくらいせかいをじっとみつめていると、)
ドス黒くて奥底が見えないのだ。しかしその暗い世界をじっと見つめていると、
(めがなれるにつれて、にじみだすようにまっかなもののすがたが、まっかなしんりんや、)
眼が慣れるにつれて、滲み出す様に真赤な物の姿が、真赤な森林や、
(ちのようなくさむらが、めをあっしてせまってくるのだ。)
血の様な叢[くさむら]が、目を圧して迫って来るのだ。
(きみのすこしきげんをわるくしたてがみはけさうけとった。こいびとでなくても、あいてのれいたんは)
君の少し機嫌を悪くした手紙は今朝受取った。恋人でなくても、相手の冷淡は
(ねたましいものだ。ぼくはこころにもないおんしんのとだえをすまないことにおもった。)
嫉[ねた]ましいものだ。僕は心にもない音信の途絶えを済まない事に思った。
(といって、なにもそれだからこのてがみをかきだしたのではない。もっとせっきょくてきな)
と云って、何もそれだからこの手紙を書き出したのではない。もっと積極的な
(いみがあってなのだ。きみのてがみのなかにくろかわせんせいのきんきょうをたずねる)
意味があってなのだ。君の手紙の中に黒川先生の近況を尋ねる
(ことばがあったね。きみはおおさかにいてなにもしらないけれど、きみのあの)
言葉があったね。君は大阪にいて何も知らないけれど、君のあの
(おみまいのことばは、ぐうぜんとはおもわれぬほど、おそろしくてきせつであったのだ。)
御見舞の言葉は、偶然とは思われぬ程、恐ろしく適切であったのだ。
(ぼくはせんせいのしんぺんにけいきしたできごとについてきみのおたずねに)
僕は先生の身辺に継起した出来事について君の御尋ねに
(こたえるべきなのであろうが、それは、いくらぼくのてがみがじょうぜつだからといって、)
答えるべきなのであろうが、それは、いくら僕の手紙が饒舌だからと云って、
(いちどやにどのつうしんではとてもかききれるものではない。それほど)
一度や二度の通信では迚も書き切れるものではない。それ程
(そのできごとというのがじゅうだいでふくざつをきわめているのだ。しかもじけんは)
その出来事というのが重大で複雑を極めているのだ。しかも事件は
(まだおわったのではない。ぼくのよかんではこのさつじんげきのくらいまっくすは、)
まだ終ったのではない。僕の予感ではこの殺人劇のクライマックスは、
(つまりはんにんのさいごのきりふだは、どっかしらみえないところに、たのしそうに、)
つまり犯人の最後の切札は、どっかしら見えない所に、楽しそうに、
(たいせつにしまってあるのだ。)
大切にしまってあるのだ。