悪霊 江戸川乱歩 7
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | zero | 6081 | A++ | 6.2 | 96.7% | 883.4 | 5556 | 184 | 97 | 2024/10/28 |
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問題文
(「それに、ゆうべのことでしょう。そぶえさん、しゅじんはただ)
「それに、昨夜[ゆうべ]の事でしょう。祖父江さん、主人はただ
(けがをしただけではありませんのよ」ふじんはぼくのほうへかおをちかづけて、)
怪我をしただけではありませんのよ」夫人は僕の方へ顔を近づけて、
(ぎらぎらひかるめでぼくのひたいをみすえて、ひそひそといわれるのだ。「なにか)
ギラギラ光る目で僕の額を見すえて、ひそひそと云われるのだ。「何か
(たましいのようなものをみたのですわ、きっと。ゆどののだついしつのかがみね、あのおおきな)
魂の様なものを見たのですわ、きっと。湯殿の脱衣室の鏡ね、あの大きな
(あついかがみを、しゅじんはいすでもってめちゃめちゃにたたきわってしまいましたのよ。)
厚い鏡を、主人は椅子で以ってメチャメチャに叩き割ってしまいましたのよ。
(きっとなにかのかげがそこにうつったからですわ。たずねてもにがわらいをしていて)
きっと何かの影がそこに写ったからですわ。尋ねても苦笑いをしていて
(なんにもいいませんけれど。そのがらすのかけらをふんだものですから、)
なんにも云いませんけれど。そのガラスのかけらを踏んだものですから、
(あしのうらにすこしばかりけがをしたんですの」)
足の裏に少しばかり怪我をしたんですの」
(「では、こんやのかいはおやすみにしたほうがよくはないのですか」)
「では、今夜の会はお休みにした方がよくはないのですか」
(「いいえ、しゅじんはぜひいつものようにじっけんをやってみたいともうしていますの。)
「イイエ、主人は是非いつもの様に実験をやって見たいと申していますの。
(もうへやのよういもちゃんとできてますのよ」)
もう部屋の用意もちゃんと出来てますのよ」
(そこへせきばらいのこえがして、どあがひらいて、くろかわせんせいがはいってこられた。)
そこへ咳ばらいの声がして、ドアが開いて、黒川先生が入って来られた。
(きみもしっているように、せんせいのふうさいはすこしもがくしゃらしくない。ひげがなくて)
君も知っている様に、先生の風采は少しも学者らしくない。髭がなくて
(いろがしろく、としよりはずっとわかわかしくて、こえやものごしがおんなのようで、せんせいのせいとたちが)
色が白く、年よりはずっと若々しくて、声や物腰が女の様で、先生の生徒達が
(あだなをつけるときおやまのやくしゃをれんそうしたのもむりはないとおもわれる。)
渾名[あだな]をつける時女形の役者を聯想したのも無理はないと思われる。
(せんせいは「やあ」といって、そこのひじかけいすにこしをかけられたが、ぼくたちの)
先生は「ヤア」と云って、そこの肘掛椅子に腰をかけられたが、僕達の
(とりかわしていたわだいをえいびんにさっしられたようすで、)
取交していた話題を鋭敏に察しられた様子で、
(「たいしたけがじゃないんだ。こうしてあるけるんだからね。ばかなまねを)
「大した怪我じゃないんだ。こうして歩けるんだからね。馬鹿な真似を
(してしまって」)
してしまって」
(ひだりあしにほうたいがあつぼったくたびのようにまきつけてある。)
左足に繃帯が厚ぼったく足袋の様にまきつけてある。
(「はんにんはまだわからないようだね。きみはあれからけんじをほうもんしなかったの」)
「犯人はまだ分らない様だね。君はあれから検事を訪問しなかったの」
(せんせいは、ふろばのかがみのことをぼくがいいだすのをおそれるように、すぐさまわだいを)
先生は、風呂場の鏡のことを僕が云い出すのを恐れる様に、すぐ様話題を
(とらえられた。あれからというはぼくたちがあねざきさんのそうしきでおあいしてからという)
捉えられた。あれからというは僕達が姉崎さんの葬式でお会いしてからという
(いみなのだ。)
意味なのだ。
(「ええ、いちどたずねました。しかし、あたらしいはっけんはなにもないといっていました。)
「エエ、一度訪ねました。併し、新しい発見は何もないと云っていました。
(そのすじでも、やっぱりれいのやがすりのおんなをもんだいにしているようですね」)
その筋でも、やっぱり例の矢絣の女を問題にしている様ですね」
(ぼくがやがすりのおんなというと、せんせいはなぜかちょっとせきめんされたようにみえた。せんせいがかおを)
僕が矢絣の女というと、先生は何ぜか一寸赤面された様に見えた。先生が顔を
(あからめられるなんてひじょうにめずらしいことなので、ぼくはいようのいんしょうをうけたが、)
赤らめられるなんて非常に珍らしい事なので、僕は異様の印象を受けたが、
(そのいみはすこしもわからなかった。)
その意味は少しも分らなかった。
(「おまえ、いまうちにむらさきのやがすりをきているものはいないだろうね。)
「お前、今家[うち]に紫の矢絣を着ているものはいないだろうね。
(じょちゅうなんかにも」)
女中なんかにも」
(せんせいはとつぜんみょうなことをおくさんにたずねられた。)
先生は突然妙なことを奥さんに尋ねられた。
(「ひとえもののむらさきやがすりなんて、いまどきだれもきませんわ。あたしなんかのむすめのじぶんには、)
「単物の紫矢絣なんて、今時誰も着ませんわ。あたしなんかの娘の時分には、
(はやっていたようですけれど」)
流行っていた様ですけれど」
(「きみ、ひじょうにきょくたんなれいこんのまてぃりありぜーしょんということをかんがえることが)
「君、非常に極端な霊魂のマティリアリゼーションという事を考えることが
(できるかね」せんせいはぼくをみて、なにかためすようなちょうしでいわれた。「たとえば)
出来るかね」先生は僕を見て、何かためす様な調子で云われた。「例えば
(くるっくすのほんにあるれいばいのくっくじょうはくらやみのなかでけーてぃ・きんぐという)
クルックスの本にある霊媒のクック嬢は暗闇の中でケーティ・キングという
(れいこんのにくしんをしゅつげんさせることができたが、ああいうまてぃりありぜーしょんを)
霊魂の肉身を出現させることが出来たが、ああいうマティリアリゼーションを
(もっときょくどにかんがえると、れいこんはひるひなか、にぎやかなまちのなかを)
もっと極度に考えると、霊魂は昼日中[ひるひなか]、賑かな町の中を
(あるくことだってできるんじゃないか」)
歩くことだって出来るんじゃないか」
(ぼくにはせんせいのこえがすこしふるえているようにかんじられた。)
僕には先生の声が少し震えている様に感じられた。
(「それはどういういみなんですか。せんせいはあのむらさきやがすりのおんながいきたにんげんでは)
「それはどういう意味なんですか。先生はあの紫矢絣の女が生きた人間では
(なかったとでもおっしゃるのですか」)
なかったとでもおっしゃるのですか」
(「いや、そうじゃない。そういういみじゃないんだけれど」)
「イヤ、そうじゃない。そういう意味じゃないんだけれど」
(せんせいはなにかぎょっとしたように、いそいでぼくのことばをうちけされた。ぼくはせんせいの)
先生は何かギョッとした様に、急いで僕の言葉を打消された。僕は先生の
(めのなかをじっとみつめていた。)
目の中をじっと見つめていた。
(「きみはたんていずきだったね。こなん・どいるのえいきょうをうけてしんれいがくに)
「君は探偵好きだったね。コナン・ドイルの影響を受けて心霊学に
(はいってきたほどだからね。なにかかんがえているの」)
入って来た程だからね。何か考えているの」
(「あのげんばにおちていたかみきれのふごうのいみをとこうとしてかんがえてみたことは)
「あの現場に落ちていた紙切れの符号の意味を解こうとして考えて見たことは
(みたんですけれど、わかりません。そのほかにはいまのところまったく)
見たんですけれど、分りません。その外には今の所全く
(てがかりがないのですから」)
手掛りがないのですから」
(「ふごうって、どんなふごうだったの。そのかみきれのことはぼくもきいているが」)
「符号って、どんな符号だったの。その紙切れのことは僕も聞いているが」
(「まったくないみないたずらがきのようでもあり、なにかしらしょうちょうしているようにも)
「全く無意味ないたずら書きの様でもあり、何かしら象徴している様にも
(みえる、へんなあくまのふごうみたいなものです」)
見える、変な悪魔の符号みたいなものです」
(ぼくがてちょうをだしてぜんびんにしるしたずけいをかいておみせした。)
僕が手帳を出して前便に記した図形を書いてお見せした。
(くろかわせんせいはそのてちょうをうけとってひとめみられたかとおもうと、こわいもののように)
黒川先生はその手帳を受取って一目見られたかと思うと、怖いものの様に
(ぼくのてにつきかえして、いすのひざかけにほおづえをつかれた。それはなんとなく)
僕の手に突返して、椅子の膝掛に頬杖をつかれた。それは何となく
(ふしぜんなしせいであった。せんせいはぼくのしせんからかおをかくすためにそんなしせいを)
不自然な姿勢であった。先生は僕の視線から顔を隠す為にそんな姿勢を
(とられたのではないかとさえおもわれた。そして、)
取られたのではないかとさえ思われた。そして、
(「きみ、それは、あの」)
「君、それは、あの」
(とのどにつまったようなこえできれぎれにおっしゃった。たしかにろうばいを)
と喉につまった様な声で切れ切れにおっしゃった。確かに狼狽を
(とりつくろおうとしていらっしゃるのだ。)
取繕おうとしていらっしゃるのだ。
(「ごぞんじなのですか、このふごうを」)
「ご存知なのですか、この符号を」
(「いや、むろんしらない。いつかきちがいのかいたもようをみたなかに、)
「イヤ、無論知らない。いつか気違いの書いた模様を見た中に、
(こんなのがあったのをおもいだしたのさ。」)
こんなのがあったのを思出したのさ。」
(だがせんせいのくちょうにはどことなくしんじつらしくないひびきがかんじられた。)
だが先生の口調にはどことなく真実らしくない響が感じられた。
(「ちょっとはいけん」といっておくさんもぼくのてちょうをしばらくみていらしったが、)
「ちょっと拝見」と云って奥さんも僕の手帳を暫く見ていらしったが、
(「いざりのこじきがしょうにんにたったのでしたわね」)
「いざりの乞食が証人に立ったのでしたわね」
(ととつぜんみょうなことをおっしゃるのだ。)
と突然妙なことをおっしゃるのだ。
(「いざりぐるまにのっていたのでしょう。いざりぐるま・・・・・・ねえ、これ)
「いざり車に乗っていたのでしょう。いざり車・・・・・・ねえ、これ
(いざりぐるまのかたちじゃないこと。このしかくなのがはこで、りょうほうのつのがくるまで、)
いざり車の形じゃないこと。この四角なのが箱で、両方の角が車で、
(はすのせんはくるまをこぐぼうじゃないこと」)
斜[はす]の線は車を漕ぐ棒じゃないこと」
(「はは・・・・・・、こどものえさがしじゃあるまいし」)
「ハハ・・・・・・、子供の絵探しじゃあるまいし」
(せんせいはいっしょうにふしてしまいなすったが、このおくさんのちゃくそうは、ぼくを)
先生は一笑に附してしまいなすったが、この奥さんの着想は、僕を
(びっくりさせた。こどもだましといえばこどもだましのようだけれど、おんならしくびんかんな)
びっくりさせた。子供だましと云えば子供だましの様だけれど、女らしく敏感な
(おもしろいかんがえかただ。)
面白い考え方だ。
(「そういえば、こじきだとかさんかなどがおたがいにつうしんするふごうには、)
「そういえば、乞食だとか山窩[さんか]などがお互いに通信する符号には、
(こんなこどものいたずらがきみたいなのがいろいろあったようですね」)
こんな子供のいたずら書きみたいなのが色々あった様ですね」
(ぼくもいっせつをもちだした。)
僕も一説を持出した。
(「それはぼくもかんがえていた。どうしてけいさつではそのへんなこじきを)
「それは僕も考えていた。どうして警察ではその変な乞食を
(うたがってみなかったのだろう。そいつこそげんばふきんにいたいちばんあやしいやつじゃ)
疑って見なかったのだろう。そいつこそ現場附近にいた一番怪しい奴じゃ
(ないのかい」)
ないのかい」
(このせんせいのうたがいにぼくがこたえたことばは、どうじにきみのてがみにあった)
この先生の疑いに僕が答えた言葉は、同時に君の手紙にあった
(ぎもんへのこたえにもなるのだ。)
疑問への答えにもなるのだ。
(「あのこじきをひとめでもみたものには、そんなことはかんがえられないのです。)
「あの乞食を一目でも見たものには、そんなことは考えられないのです。
(あいつはちなまぐさいひとごろしなどをやるにはとしをとりすぎています。ちからのない)
あいつは血腥い人殺しなどをやるには年を取り過ぎています。力のない
(おいぼれなんです。それにてはかたほうしかないし、あしはりょうほうとも)
老いぼれなんです。それに手は片方しかないし、足は両方とも
(ひざっきりのいざりですから、あいつがどぞうのにかいへあがっていくなんて)
膝っ切りのいざりですから、あいつが土蔵の二階へ上って行くなんて
(まったくふかのうなんです。ぼくはほかにたっしゃなあいぼうがいて、いざりはみはりやくを)
全く不可能なんです。僕は外に達者な相棒がいて、いざりは見張り役を
(つとめたのではないかとくうそうしたのですが、それもひじょうにふしぜんです。)
勤めたのではないかと空想したのですが、それも非常に不自然です。
(そんなこじきなどがどうしてくらのあいかぎをこしらえることができたかということ、はんにんが)
そんな乞食などがどうして蔵の合鍵を拵えることが出来たかということ、犯人が
(こじきとすれば、なにかぬすんでいかなかったはずはないということ、いざりがなんの)
乞食とすれば、何か盗んで行かなかった筈はないということ、いざりが何の
(ひつようがあってきけんなげんばふきんにいつまでもぐずぐずしていたかということなどを)
必要があって危険な現場附近にいつまでもぐずぐずしていたかと云う事などを
(かんがえると、このくうそうはまったくなりたたないのです」)
考えると、この空想は全く成立たないのです」
(「それじゃ、このふごうはいざりぐるまやなんかじゃないのですわね」)
「それじゃ、この符号はいざり車やなんかじゃないのですわね」
(おくさんはあきらめきれないようなかおであった。じつをいうとぼくじしんも、これという)
奥さんはあきらめ切れない様な顔であった。実を云うと僕自身も、これという
(りゆうがあるわけではなかったけれど、いざりぐるませつにはみょうにこころをひかれていた。)
理由がある訳ではなかったけれど、いざり車説には妙に心を惹かれていた。