悪霊 江戸川乱歩 9
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | zero | 6062 | A++ | 6.3 | 96.1% | 1014.4 | 6409 | 259 | 100 | 2024/11/01 |
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問題文
(「それはきみ、ひどく、じょうしきてきな、かんがえかただよ。そりゃ、きちがいおんなかも、)
「それは君、ひどく、常識的な、考え方だよ。そりゃ、気違い女かも、
(しれない。だが、きちがいおんななら、にさんにちもすれば、つかまって、しまうだろう。)
知れない。だが、気違い女なら、二三日もすれば、捕まって、しまうだろう。
(もし、いくにちたっても、つかまらなんだら、そいつは、きちがいおんなやなんかじゃ)
若し、幾日たっても、捕まらなんだら、そいつは、気違い女やなんかじゃ
(ないのだ。それから、くろかわくん、」とかおのむきをかえて、「ぼくは、ひとつ、)
ないのだ。それから、黒川君、」と顔の向きを変えて、「僕は、一つ、
(ふしぎに、おもっている、ことが、あるんだが、あのひに、あねざきのごけさんは、)
不思議に、思っている、ことが、あるんだが、あの日に、姉崎の後家さんは、
(だれか、ひみつなきゃくを、まちうけて、いたんじゃあるまいか。しょせいも、こどもも、)
誰か、秘密な客を、待ち受けて、いたんじゃあるまいか。書生も、子供も、
(るすのときに、どんないそぎの、ようじだったか、しらんが、じょちゅうを、つかいにだして、)
留守の時に、どんな急ぎの、用事だったか、知らんが、女中を、使に出して、
(ひとりぼっちに、なるなんて、ぐうぜんのようでは、ないじゃないかね」)
一人ぼっちに、なるなんて、偶然の様では、ないじゃないかね」
(「うん、そういうこともかんがえられるね。しかし、そんなことを、ここで)
「ウン、そういう事も考えられるね。併し、そんなことを、ここで
(ろんじあってみたって、はじまらんじゃないか。もちはもちやにまかせておくさ」)
論じ合って見たって、始まらんじゃないか。餅は餅屋に任せて置くさ」
(くろかわせんせいはさもれいたんにいいはなたれたが、ぼくのみるところでは、せんせいはけっして、)
黒川先生はさも冷淡に云いはなたれたが、僕の見る所では、先生は決して、
(ことばどおりこのじけんにれいたんではなかった。)
言葉通りこの事件に冷淡ではなかった。
(「もちは、もちやか。それも、そうだな。ところで、そぶえくん、きみは、したいかいぼうの、)
「餅は、餅屋か。それも、そうだな。ところで、祖父江君、君は、死体解剖の、
(けっかを、きかなかったかね」)
結果を、聞かなかったかね」
(「わたぬきけんじからききました。ないぞうにはべつじょうなかったそうです。あねざきさんは)
「綿貫検事から聞きました。内臓には別状なかった相です。姉崎さんは
(あのひじゅうじごろに、おそいちょうしょくをとられたきりだそうですが、いぶくろはからっぽで、)
あの日十時頃に、遅い朝食を採られた切りだそうですが、胃袋は空っぽで、
(ちょうないのしょうかのていどでは、ぜつめいされたのは、いちじからにじはんごろまでの)
腸内の消化の程度では、絶命されたのは、一時から二時半頃までの
(あいだではないか、というていどの、やっぱりばくぜんとしたことしか)
間ではないか、という程度の、やっぱり漠然としたことしか
(わからなかったそうです。」)
分らなかった相です。」
(「せいちゅうは?」)
「精虫は?」
(「それは、まったくはっけんできなかったというのです」)
「それは、全く発見出来なかったというのです」
(「ほほう、それは、どうも」)
「ホホウ、それは、どうも」
(このたいわによって、くまうらしがなにをかんがえていたかが、きみにもそうぞうできるだろう。)
この対話によって、熊浦氏が何を考えていたかが、君にも想像出来るだろう。
(どうしはぼくのめいかくなひていに、あるしつぼうをかんじたにちがいないのだ。ここにいたって、)
同氏は僕の明確な否定に、ある失望を感じたに違いないのだ。ここに至って、
(ぼくはこのへんぶつのようかいがくしゃにいっしゅのこういをかんじないではいられなかった。)
僕はこの変物の妖怪学者に一種の好意を感じないではいられなかった。
(かれもまたぼくらとおなじみすてりぃ・はんたぁずのひとりであったのだ。)
彼も亦[また]僕等と同じミステリィ・ハンタァズの一人であったのだ。
(ひごろいんうつでだまりやのどうしが、このよるにかぎって、かくもゆうべんであったのは、)
日頃陰鬱で黙り屋の同氏が、この夜に限って、かくも雄弁であったのは、
(まったくはんざいへのこうきしんにゆらいしていたのだ。ぼくはここにひとりの)
全く犯罪への好奇心に由来していたのだ。僕はここに一人の
(よきはなしあいてをえたことを、ひそかによろこばしくかんじた。)
よき話し相手を得たことを、私[ひそ]かに喜ばしく感じた。
(「ほほ・・・・・・、まるでけいじべやみたいね。それともふぁいろ・ヴぁんすの)
「ホホ・・・・・・、まるで刑事部屋みたいね。それともファイロ・ヴァンスの
(じむしょですか」)
事務所ですか」
(とつぜんうつくしいこえがきこえたので、ふりむくと、どあのまえにふたりのしょうじょがてをつないで)
突然美しい声が聞えたので、振向くと、ドアの前に二人の少女が手をつないで
(たっていた。ひとりはくろかわはかせのおじょうさんまりこさん、もうひとりはさっきから)
立っていた。一人は黒川博士のお嬢さん鞠子さん、もう一人は先っきから
(わだいにのぼっていたみでぃあむのりゅうちゃんだ。まりこさんがげんざいのふじんの)
話題に上っていたミディアムの龍ちゃんだ。鞠子さんが現在の夫人の
(むすめではなくて、じゅうねんほどまえになくなられたというせんぷじんのおこさんであることは)
娘ではなくて、十年程前になくなられたという先夫人のお子さんであることは
(いうまでもない。このふたりのしょうじょはおないどしのじゅうはっさいで、)
云うまでもない。この二人の少女は同年[おないどし]の十八歳で、
(ほとんどおそろいといってもいいふだんぎのわんぴーすにつつまれていたが、)
殆どお揃いと云ってもいい不断着のワンピースに包まれていたが、
(そのようぼうのそういは、じつにきわだったたいしょうをなしていた。)
その容貌の相違は、実に際立った対象を為していた。
(まりこさんはかみをようじょのようなおかっぱにして、きりさげたまえがみが)
鞠子さんは髪を幼女の様なおかっぱにして、切下げた前髪が
(まゆをかくさんばかりのしたから、たえずものをいっているおおきなめが、)
眉を隠さんばかりの下から、絶えず物を云っている大きな目が、
(ぱっちりのぞいて、すべっこいくだものみたいなくちびるが、いつでもわらうよういをして、)
パッチリ覗いて、すべっこい果物みたいな唇が、いつでも笑う用意をして、
(うつくしいはなみをかくしているような、ひじょうにうつくしいひとであるのにくらべて、)
美しい歯並を隠している様な、非常に美しい人であるのに比べて、
(てをひかれているりゅうちゃんのほうは、りょうめともとじつけられたようなもうもくだし、)
手を引かれている龍ちゃんの方は、両眼とも綴じつけられた様な盲目だし、
(そのうえひどくきりょうがわるいのだ。いろがくろくて、おでこで、)
その上ひどく縹緻[きりょう]が悪いのだ。色が黒くて、おでこで、
(はながひらべったくて、ほおがほねばっていて、くちびるはふとんをかさねたようにあつぼったくて、)
鼻が平べったくて、頬が骨ばっていて、唇は蒲団を重ねた様に厚ぼったくて、
(それがいようにあかいのだ。かのじょがわらうといんどじんのようだ。もしめがあいていたら、)
それが異様に赤いのだ。彼女が笑うと印度人の様だ。若し目が開いていたら、
(そのめもいんどじんのようにびんかんでおくそこがしれなかったことだろう。)
その目も印度人の様に敏感で奥底が知れなかったことだろう。
(これでしんれいけんきゅうかいのかいいんがすっかりそろった。ときによってとびいりのらいかいしゃは)
これで心霊研究会の会員がすっかり揃った。時によって飛入りの来会者は
(あるけれど、じょうれんはいまこのへやにつどったごにんのおとことふたりのおんなとひとりのれいばい、)
あるけれど、常連は今この部屋に集った五人の男と二人の女と一人の霊媒、
(あわせてはちにんのささやかなかいごうなのだ。ぜんげつまでのれいかいには、それにあねざきみぼうじんが)
合せて八人のささやかな会合なのだ。前月までの例会には、それに姉崎未亡人が
(くわわって、じょせいかいいんはさんにんであったのだが。)
加わって、女性会員は三人であったのだが。
(「りゅうちゃん、こんやきぶんはどう?」)
「龍ちゃん、今夜気分はどう?」
(くろかわふじんが、いたわるようにもうもくのしょうじょによびかけなすった。)
黒川夫人が、いたわる様に盲目の少女に呼びかけなすった。
(「わからないわ」)
「分らないわ」
(りゅうちゃんはじゅっさいのしょうじょのようにあどけなく、にやにやとわらって、くうちゅうにこたえた。)
龍ちゃんは十歳の少女の様にあどけなく、ニヤニヤと笑って、空中に答えた。
(「いいらしいのよ。さっきからごきげんなんですもの」)
「いいらしいのよ。さっきから御機嫌なんですもの」
(まりこさんがそばからつけくわえた。このむすめさんはおとうさんにはもちろん、)
鞠子さんが側からつけ加えた。この娘さんはお父さんには勿論、
(まましいおかあさんにでも、まるでおともだちのようなくちをきくのだ。)
継しいお母さんにでも、まるでお友達の様な口を利くのだ。
(「では、あちらのへやへいきましょう」)
「では、あちらの部屋へ行きましょう」
(くろかわせんせいはたちあがって、さきにたってしょさいのどあをおひらきなすった。いちどうは、)
黒川先生は立上がって、先に立って書斎のドアをお開きなすった。一同は、
(そのあとからあしあとをぬすむようにして、もうきんちょうしたきもちになりながら、じっけんじょうの)
そのあとから足跡を盗む様にして、もう緊張した気持になりながら、実験場の
(せつびをしたせんせいのしょさいへはいっていった。だが、それからまもなく、れいばいのくちから)
設備をした先生の書斎へ入って行った。だが、それから間もなく、霊媒の口から
(あんなおそろしいことばをきこうとは、そして、かいいんのひとりのこらずが、)
あんな恐ろしい言葉を聞こうとは、そして、会員の一人残らずが、
(まるでかなしばりのようなみうごきもならぬきゅうちにおちいろうとは、だれがそうぞうしえただろう。)
まるで金縛りの様な身動きもならぬ窮地に陥ろうとは、誰が想像し得ただろう。
(きみはおそらくこうれいかいというものにしゅっせきしたけいけんがないであろうが、それはいっぱんに)
君は恐らく降霊会というものに出席した経験がないであろうが、それは一般に
(けいべつされているほどつまらないものではない。くらやみのなかで、いくにんかのにんげんが)
軽蔑されている程つまらないものではない。暗闇の中で、幾人かの人間が
(しのようにしずまりかえって、どこからともなくきこえてくるゆうめいかいのこえをきくとき、あるいは)
死の様に静まり返って、どこからともなく聞えて来る幽冥界の声を聞く時、或は
(もうろうとあらわれきたるえくと・ぷらすむのこのよのものならぬほうしゃこうを)
朦朧と現れ来[きた]るエクト・プラスムのこの世のものならぬ放射光を
(めにするとき、ひとはめいじょうしがたきかんきをあじわうのだ。いかなるかがくしゃも、)
目にする時、人は名状し難き歓喜を味わうのだ。如何なる科学者も、
(ゆいぶつろんじゃも、いちどこのふかしぎなこえをきき、ひかりをみたならば、かれらのかがくを)
唯物論者も、一度この不可思議な声を聞き、光を見たならば、彼等の科学を
(うらぎって、めいかいのしんじゃとならないではいられぬのだ。)
裏切って、冥界の信者とならないではいられぬのだ。
(あるふれっど・らっせる・おれーす、うぃりあむ・じぇーくす、)
アルフレッド・ラッセル・オレース、ウィリアム・ジェークス、
(うぃりあむ・くるっくすのようなじゅんせいかがくしゃをさえめいかいのしんじゃたらしめたちからが)
ウィリアム・クルックスの様な純正科学者をさえ冥界の信者たらしめた力が
(なんであったかをかんがえてみなければならない。きじゅつしてきなこうれいとりっくの)
何であったかを考えて見なければならない。奇術師的な降霊トリックの
(ごときものとこんどうしてはいけない。あれはれいかいこうつうのげどうにすぎないのだ。)
如きものと混同してはいけない。あれは霊界交通の外道に過ぎないのだ。
(そんなこどもだましのとりっくが、とりっくのせんもんかであるたんていしょうせつかを)
そんな子供だましのトリックが、トリックの専門家である探偵小説家を
(こなん・どいるをあざむきえたとはかんがえられないではないか。)
コナン・ドイルを欺き得たとは考えられないではないか。
(せんせいのしょさいは、よんほうのしょだなもまどもかべもくろぬのでおおいかくして、ひとつのおおきな)
先生の書斎は、四方の書棚も窓も壁も黒布で覆い隠して、一つの大きな
(あんばこのようにしつらえられていた。いっぽうのかべにちかくしょうてーぶると)
暗箱の様にしつらえられていた。一方の壁に近く小円卓[テーブル]と
(いっきゃくのながいすがおいてあって、それをちゅうしんにして、ななきゃくのいすがぐるっと)
一脚の長椅子が置いてあって、それを中心にして、七脚の椅子がグルッと
(えんじんをはっている。つくえなどはすっかりとりかたづけられ、しつないにはそのほかに)
円陣を張っている。机などはすっかり取りかたづけられ、室内にはその外に
(なにもない。しょうてーぶるのうえにちいさいたくじょうでんとうがついていて、それがぼんやりと)
何もない。小円卓の上に小さい卓上電燈がついていて、それがボンヤリと
(いようなぶたいをてらしている。)
異様な舞台を照らしている。
(いちどうはむごんで、それぞれのいちにちゃくせきした。しょうめんのそふぁにはれいばいのりゅうちゃんが)
一同は無言で、夫々の位置に着席した。正面のソファには霊媒の龍ちゃんが
(ながながとよこたわり、そのみぎどなりのいすにはくろかわはかせ、ひだりどなりにはようかいがくしゃのくまうらしが)
長々と横たわり、その右隣の椅子には黒川博士、左隣には妖怪学者の熊浦氏が
(こしかけ、ほかのいちどうもおもいおもいのいすをえらんでこしをおろした。)
腰かけ、外の一同も思い思いの椅子を選んで腰をおろした。
(しめきったへやは、くうきのそよぎさえなく、すこしむしあついかんじであったが、)
閉め切った部屋は、空気のそよぎさえなく、少しむし暑い感じであったが、
(じっときをすましていると、おんどにむかんかくになっていくようにおもわれた。)
じっと気を澄ましていると、温度に無感覚になって行く様に思われた。
(あまりにしずかなので、ひとりひとりのこきゅうやしんぞうのおとまでもききとれるほどであった。)
余りに静かなので、一人一人の呼吸や心臓の音までも聞取れる程であった。
(くろかわせんせいはややじゅっぷんほども、しせいをただしてめいもくしていらしったが、れいばいのこきゅうが)
黒川先生はやや十分ほども、姿勢を正して瞑目していらしったが、霊媒の呼吸が
(ねいったようにととのってきたとき、そっとてをのばしてたくじょうとうのすいっちを)
寝入った様に整って来た時、ソッと手を伸ばして卓上燈のスイッチを
(おまわしなすった。へやはめいかいのやみにとじこめられた。)
お廻しなすった。部屋は冥界の闇にとじこめられた。
(それからまたごふんほどのあいだ、じっけんしつにはしのようなちんもくがつづいた。じっとめを)
それから又五分程の間、実験室には死の様な沈黙が続いた。じっと目を
(こらしていると、まったくひかりのないみっぺいされたしつないではあったが、なにかしら)
凝らしていると、全く光のない密閉された室内ではあったが、何かしら
(もやもやと、もののかたちがみわけられるようにおもわれた。なかにも、ながいすに)
モヤモヤと、物の形が見分けられる様に思われた。中にも、長椅子に
(よこたわっているりゅうちゃんと、ちょうどぼくのむかいがわにこしかけているまりこさんのふくそうが、)
横わっている龍ちゃんと、丁度僕の向側に腰かけている鞠子さんの服装が、
(やみをぼかして、うすじろくうきあがってきた。)
闇をぼかして、薄白く浮上がって来た。
(「おりえさん、おりえさん」)
「織江さん、織江さん」
(とつぜん、やみのなかにひとのこえがして、そのへやにはいないじんぶつのなをよぶのがきこえた。)
突然、闇の中に人の声がして、その部屋にはいない人物の名を呼ぶのが聞えた。
(くろかわはかせがれいばいのりゅうちゃんのこんとろーるをよびだしていらっしゃるのだ。)
黒川博士が霊媒の龍ちゃんのコントロールを呼び出していらっしゃるのだ。