悪霊 江戸川乱歩 10

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投稿者投稿者神楽@社長推しいいね1お気に入り登録
プレイ回数611難易度(4.5) 5851打 長文
江戸川乱歩の短編小説です
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 zero 6074 A++ 6.3 96.3% 928.6 5864 223 100 2024/11/02
2 布ちゃん 5495 B++ 5.7 95.3% 1010.3 5834 282 100 2024/11/11

関連タイピング

問題文

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(こんとろーるというのは、いわばりゅうちゃんのだいにじんかくであって、もうもくのしょうじょの)

コントロールというのは、謂わば龍ちゃんの第二人格であって、盲目の少女の

(こえをかりて、ゆうめいかいからこのよにはなしかけるれいこんのことだ。りゅうちゃんのばあいは、)

声を借りて、幽冥界からこの世に話しかける霊魂のことだ。龍ちゃんの場合は、

(そのれいこんはおりえさんというじょせいにきまっている。いつのよいかなるせいかつを)

その霊魂は織江さんという女性に極まっている。いつの世いかなる生活を

(いとなんでいたじょせいなのか、だれもしらない。ただおりえさんというなをもつ、)

営んでいた女性なのか、誰も知らない。ただ織江さんという名を持つ、

(ひとつのたましいなのだ。)

一つの魂なのだ。

(くろかわせんせいのいんきなこえが、にさんどそのなをくりかえすと、やがて、いつものように、)

黒川先生の陰気な声が、二三度その名を繰返すと、やがて、いつもの様に、

(やみのなかにくるしげなこきゅうがきこえてきた。ほとんどうめきごえにちかいあらあらしいこきゅう。)

闇の中に苦しげな呼吸が聞えて来た。殆どうめき声に近い荒々しい呼吸。

(りゅうちゃんのにくたいのなかに、まったくべつのたましいがはいりこんで、それがりゅうちゃんのせいたいを)

龍ちゃんの肉体の中に、全く別の魂が入り込んで、それが龍ちゃんの声帯を

(かりてものをいおうとする。いたましいくもんなのだ。ぼくはこれをきくたびに、)

借りて物を云おうとする。痛ましい苦悶なのだ。僕はこれを聞く度に、

(こうれいじっけんはげかしゅじゅつとおなじように、あるいはそれいじょうにざんこくなものだと)

降霊実験は外科手術と同じ様に、或はそれ以上に残酷なものだと

(かんじないではいられぬ。)

感じないではいられぬ。

(しかしこのくもんはながくつづくわけではなかった。いまにもしにそうないきづかいが、)

併しこの苦悶は長く続く訳ではなかった。今にも死に相な息遣いが、

(とつぜんしずかになると、くいしばったはとはのあいだからもれるような、しゅーしゅーと)

突然静かになると、喰いしばった歯と歯の間から漏れる様な、シューシューと

(いういようなおとがきこえはじめる。まだことばになりきらないたましいのこえだ。)

いう異様な音が聞え始める。まだ言葉になり切らない魂の声だ。

(かのじょはなにかいおうとあせっている。ときどきひとのことばのようなちょうしにはなるけれど、)

彼女は何か云おうとあせっている。時々人の言葉の様な調子にはなるけれど、

(ねつびょうかんじゃのうわごとのように、したがもつれていみがとれぬ。まっくらな)

熱病患者の譫言[うわごと]の様に、舌がもつれて意味がとれぬ。真暗な

(へやで、まったくりかいのできない、しかもいみありげなこえをきくのは、けっして)

部屋で、全く理解の出来ない、しかも意味ありげな声を聞くのは、決して

(きみのよいものではない。きいているほうで、ふとおれはきがちがったんじゃないかしら)

君のよいものではない。聞いている方で、ふと俺は気が違ったんじゃないかしら

(という、へんてこなさっかくをおこすことさえある。)

という、変てこな錯覚を起すことさえある。

(だが、それをがまんしているうちに、こえがだんだんいみをもちはじめる。いようにひくい)

だが、それを我慢している内に、声が段々意味を持ち始める。異様に低い

など

(しゃがれごえではあるけれど、じゅうぶんききわけられるていどになる。)

嗄声[しゃがれごえ]ではあるけれど、充分聞分けられる程度になる。

(「わたし、いそいで、おしらせしなければならないのです」)

「わたし、いそいで、お知らせしなければならないのです」

(くらやみのなかに、ゆっくりゆっくりと、まったくききおぼえのない、ひくいむひょうじょうなこえが、)

暗闇の中に、ゆっくりゆっくりと、全く聞覚えのない、低い無表情な声が、

(まるでいどのそこからででもあるように、ふしぎなはんきょうをともなってひびいてくる。)

まるで井戸の底からででもある様に、不思議な反響を伴って響いて来る。

(「おりえさんですか」)

「織江さんですか」

(くろかわせんせいのおちついたおこえがきこえる。)

黒川先生の落ちついたお声が聞える。

(「そうです。わたし、しゅうねんぶかいたましいのわるだくみをおしらせしたいのです。)

「そうです。わたし、執念深い魂の悪だくみをお知らせしたいのです。

(・・・・・・そのたましいが、いっしょけんめいにわたしのくちをおさえようとして、)

・・・・・・その魂が、一所懸命に私の口を押さえようとして、

(もがいているのですけれど、わたしはそれをおしのけて、おしらせするのです」)

もがいているのですけれど、わたしはそれを押しのけて、お知らせするのです」

(ことばがとぎれると、くらやみとせいじゃくとが、いっそうあっぱくてきにかんじられる。だれもものを)

言葉がとぎれると、暗闇と静寂とが、一層圧迫的に感じられる。誰も物を

(いわなかった。なにかしらおそろしいよかんにおびやかされて、)

云わなかった。何かしら恐ろしい予感に脅[おびや]かされて、

(てをにぎりしめるようにして、おしだまっていた。)

手を握りしめる様にして、おし黙っていた。

(「ひとりうつくしいひとがしにました。そして、またひとりうつくしいひとがしぬのです」)

「一人美しい人が死にました。そして、又一人美しい人が死ぬのです」

(ぎょっとするようなことを、すこしもよくようのないむひょうじょうなこえがいった。)

ギョッとする様なことを、少しも抑揚のない無表情な声が云った。

(「あなたは、あねざきそえこさんのことをいっているのですか。そして、もうひとりの)

「あなたは、姉崎曽恵子さんのことを云っているのですか。そして、もう一人の

(うつくしいひとというのはだれです」)

美しい人というのは誰です」

(くろかわせんせいが、あわただしくききかえされた。せんせいのおこえはひどくふるえていた。)

黒川先生が、惶[あわただ]しく聞返された。先生のお声はひどく震えていた。

(「わたしのまえにこしかけている、うつくしいひとです」)

「わたしの前に腰かけている、美しい人です」

(あまりにいがいなことばであったものだから、とっさにはそのいみをつかむことが)

余りに意外な言葉であったものだから、咄嗟にはその意味を掴むことが

(できなかった。だが、かんがえてみると「おりえさん」が、わたしのまえというのはげんじつの)

出来なかった。だが、考えて見ると「織江さん」が、私の前というのは現実の

(このへやのことにちがいない。れいばいのりゅうちゃんのしょうめんにこしかけているひとという)

この部屋のことに違いない。霊媒の龍ちゃんの正面に腰かけている人という

(いみにちがいない。)

意味に違いない。

(「よしてください。もうこんなうすきみのわるいじっけんなんぞ。どなたか、)

「止して下さい。もうこんな薄気味の悪い実験なんぞ。どなたか、

(でんきをつけてくださいまし」)

電気をつけて下さいまし」

(とつぜん、たまりかねたくろかわふじんが、うわずったこえでさけびなすった。むりではない。)

突然、耐りかねた黒川夫人が、上ずった声で叫びなすった。無理ではない。

(いまれいこんがしゃべったのは、だまってきいているのには、あまりにおそろしすぎることがらで)

今霊魂が喋ったのは、黙って聞いているのには、余りに恐ろし過ぎる事柄で

(あったのだから。このせきで「うつくしいひと」といえばさしずめまりこさんだ。)

あったのだから。この席で「美しい人」と云えばさしずめ鞠子さんだ。

(でないとしたら、くろかわふじんのほかには、そんなふうによばれるじんぶつはない。)

でないとしたら、黒川夫人の外には、そんな風に呼ばれる人物はない。

(いずれにしても、ふじんのみとしては、だまってきいてはいられなかったに)

いずれにしても、夫人の身としては、黙って聞いてはいられなかったに

(ちがいない。)

違いない。

(「いや、おまちなさい。おくさん。これは、ひじょうに、じゅうだいなよげんらしい。がまんして)

「イヤ、お待ちなさい。奥さん。これは、非常に、重大な予言らしい。我慢して

(もすこしきいて、みましょう」)

も少し聞いて、見ましょう」

(くまうらしのとくちょうのあるどもりごえがせいした。)

熊浦氏の特徴のある吃り声が制した。

(「むごたらしいころしかたも、そっくりです。ふたりとも、おなじひとのてにかかって)

「むごたらしい殺し方も、そっくりです。二人とも、同じ人の手にかかって

(しぬのです」)

死ぬのです」

(むひょうじょうなこえが、またきこえはじめた。こっけいなほどぶっきらぼうで、れいこくなちょうしだ。)

無表情な声が、又聞え始めた。滑稽な程ぶッきらぼうで、冷酷な調子だ。

(「おなじひと?おなじひととは、いったい、だれのことだ。あんたは、それをしっているのか」)

「同じ人?同じ人とは、一体、誰のことだ。あんたは、それを知っているのか」

(くまうらしがいつのまにか、くろかわせんせいにかわって、ききやくになっていた。かれのは)

熊浦氏がいつの間にか、黒川先生に代って、聞き役になっていた。彼のは

(たましいのこえをみちびきだすというよりは、まるでさいばんかんのじんもんみたいなくちょうであった。)

魂の声を導き出すというよりは、まるで裁判官の訊問みたいな口調であった。

(「しっています。そのひとも、いまわたしのまえにいるのです」)

「知っています。その人も、今私の前にいるのです」

(「このへやにいると、いうのですか。われわれのなかに、その、げしゅにんが、)

「この部屋にいると、云うのですか。我々の中に、その、下手人が、

(いるとでも、いうのですか」)

いるとでも、云うのですか」

(「はい、そうです。ころすひとも、ころされるひとも」)

「ハイ、そうです。殺す人も、殺される人も」

(「だれです、だれです、それは」)

「誰です、誰です、それは」

(そこでぱったりともんどうがとだえた。「おりえさん」はこのたいせつなしつもんには、)

そこでパッタリと問答が途絶えた。「織江さん」はこの大切な質問には、

(きゅうにこたえることができなかった。とうほうでも、それいじょうせきたてるのが)

急に答えることが出来なかった。問う方でも、それ以上せき立てるのが

(ちゅうちょされた。たましいはななにんのかいいんのうちのだれかがころされるというのだ。しかも、)

躊躇された。魂は七人の会員の内の誰かが殺されると云うのだ。しかも、

(そのげしゅにんもかいいんのひとりだとめいげんしているのだ。)

その下手人も会員の一人だと明言しているのだ。

(それから、あのおそろしいできごとがおこるまで、ほんのすうじゅうびょうのあいだが、どんなにながく)

それから、あの恐ろしい出来事が起るまで、ほんの数十秒の間が、どんなに長く

(かんじられたことだろう。じっといきをころしていると、あまりのしずけさに、ぼくは)

感じられたことだろう。じっと息を殺していると、余りの静けさに、僕は

(そのひろいやみのなかに、たったひとりとりのこされているような、みょうなきもちになっていった。)

その広い闇の中に、たった一人取残されている様な、妙な気持になって行った。

(めのまえにあかやあおやむらさきの、ひじょうにあざやかなけむりのわのようなものが、もやもやと)

目の前に赤や青や紫の、非常に鮮かな煙の輪の様なものが、モヤモヤと

(うきあがって、それが、みるみる、ちのしまに、あのあねざきふじんのしろいにくかいをじゅうおうに)

浮上って、それが、見る見る、血の縞に、あの姉崎夫人の白い肉塊を縦横に

(いろどっていた、むごたらしいちのしまにかわっていった。)

彩っていた、むごたらしい血の縞に変って行った。

(ふときがつくと、やみのなかになにかしらうごいているものがあった。ぼんやりとしろい)

ふと気がつくと、闇の中に何かしら動いているものがあった。ぼんやりと白い

(ひとのすがただ。りゅうちゃんがそふぁからたちあがってそろそろとあるきだしているように)

人の姿だ。龍ちゃんがソファから立上ってソロソロと歩き出している様に

(おもわれた。)

思われた。

(「りゅうちゃん、どうしたんだ。どこへいくのだ」)

「龍ちゃん、どうしたんだ。どこへ行くのだ」

(くろかわせんせいのびっくりしたようなこえがきこえた。)

黒川先生のびっくりした様な声が聞えた。

(しろいものは、しかし、すこしもちゅうちょせず、だまったまま、ちゅうをうくようにすすんでいく。)

白いものは、併し、少しも躊躇せず、黙ったまま、宙を浮く様に進んで行く。

(そして、おぼろにみえるふたつのしろいかたまりが、りゅうちゃんと、まりこさんとの)

そして、おぼろに見える二つの白い塊りが、龍ちゃんと、鞠子さんとの

(しろっぽいようふくが、だんだんせっきんしていって、やがて、ぴったりひとつに)

白っぽい洋服が、段々接近して行って、やがて、ピッタリ一つに

(なったかとおもうと、)

なったかと思うと、

(「このひとです。しゅうねんぶかいたましいが、このひとをねらっているのです」)

「この人です。執念深い魂が、この人を狙っているのです」

(という、こえがきこえた。とどうじに、わわ・・・・・・と、わらいごえともなきごえとも)

という、声が聞えた。と同時に、ワワ・・・・・・と、笑い声とも泣き声とも

(つかぬたかいおとが、くらやみのへやじゅうにひろがった。まりこさんがしにものぐるいの)

つかぬ高い音が、暗闇の部屋中に拡がった。鞠子さんが死もの狂いの

(ひめいをあげたのだ。)

悲鳴を上げたのだ。

(ぼくはもうがまんができなくなって、いすをはなれると、こえのしたほうへかけよった。)

僕はもう我慢が出来なくなって、椅子を離れると、声のした方へ駈け寄った。

(あちらからも、こちらからも、くろいかげが、くちぐちになにかいいながら、)

あちらからも、こちらからも、黒い影が、口々に何か云いながら、

(ちかづいてきた。)

近づいて来た。

(「はやく、でんきを、でんきを」)

「早く、電気を、電気を」

(だれかがさけんだ。くろいかげがすいっちのほうへはしっていった。そして、ぱっとしつないが)

誰かが叫んだ。黒い影がスイッチの方へ走って行った。そして、パッと室内が

(あかるくなった。)

明るくなった。

(ごにんのおとこにとりかこまれたなかに、まりこさんはくろかわふじんのむねにかおをうずめるようにして、)

五人の男に取り囲まれた中に、鞠子さんは黒川夫人の胸に顔を埋める様にして、

(とりすがっている。そのあしもとに、れいばいのりゅうちゃんがながながとよこたわっていた。かのじょは)

取縋っている。その足下に、霊媒の龍ちゃんが長々と横たわっていた。彼女は

(きりょくをつかいはたして、きをうしなってしまったのだ。)

気力を使い果たして、気を失ってしまったのだ。

(いまはもうこうれいじゅつどころではなかった。くろかわせんせいとおくさんとは、まっさおになって)

今はもう降霊術どころではなかった。黒川先生と奥さんとは、真青になって

(ふるえおののくまりこさんをなぐさめるのにかかりきりであったし、)

震え戦[おのの]く鞠子さんを慰めるのにかかり切りであったし、

(ほかのかいいんたちは、くろかわせんせいのしょせいやじょちゅうといっしょになって、しっしんしたりゅうちゃんの)

外の会員達は、黒川先生の書生や女中と一緒になって、失神した龍ちゃんの

(かいほうにつとめなければならなかった。)

介抱に努めなければならなかった。

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