紫式部 源氏物語 帚木 4 與謝野晶子訳

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問題文

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(「まあほかのことにしてかんがえてごらんなさい。さしものしがいろいろなせいさくを)

「まあほかのことにして考えてごらんなさい。指物師がいろいろな製作を

(しましても、いちじてきなかざりもので、きまったけいしきをひつようとしないものは、)

しましても、一時的な飾り物で、決まった形式を必要としないものは、

(しゃれたかたちをこしらえたものなどに、これはおもしろいとおもわせられて、)

しゃれた形をこしらえたものなどに、これはおもしろいと思わせられて、

(いろいろなものが、つぎからつぎへあたらしいものがいいようにおもわれますが、)

いろいろなものが、次から次へ新しい物がいいように思われますが、

(ほんとうにそれがなければならないどうぐというようなものをじょうずに)

ほんとうにそれがなければならない道具というような物を上手に

(こしらえあげるのはめいじんでなければできないことです。またえどころにいくにんもがかが)

こしらえ上げるのは名人でなければできないことです。また絵所に幾人も画家が

(いますが、せきじょうのえのかきてにえらばれておおぜいででますときは、どれがよいのか)

いますが、席上の絵の描き手に選ばれておおぜいで出ます時は、どれがよいのか

(わるいのかちょっとわかりませんが、ひしゃじつてきなほうらいさんとか、あらうみのたいぎょとか、)

悪いのかちょっとわかりませんが、非写実的な蓬莱山とか、荒海の大魚とか、

(からにしかいないおそろしいけもののかたちとかをかくひとは、かってほうだいにこちょうしたもので)

唐にしかいない恐ろしい獣の形とかを描く人は、勝手ほうだいに誇張したもので

(ひとをおどろかせて、それはじっさいにとおくてもそれでとおります。ふつうのやまのすがたとか、)

人を驚かせて、それは実際に遠くてもそれで通ります。普通の山の姿とか、

(みずのながれとか、じぶんたちがにちじょうみているうつくしいいえやなにかのずをしゃせいてきに)

水の流れとか、自分たちが日常見ている美しい家や何かの図を写生的に

(おもしろくまぜてかき、われわれのちかくにあるあまりたかくないやまをかき、)

おもしろく混ぜて描き、われわれの近くにあるあまり高くない山を描き、

(きをたくさんかき、せいじゃくなおもむきをだしたり、あるいはひとのすむやしきのなかをちゅうじつに)

木をたくさん描き、静寂な趣を出したり、あるいは人の住む邸の中を忠実に

(かくようなときにじょうずとへたのさがよくわかるものです。じでもそうです。)

描くような時に上手と下手の差がよくわかるものです。字でもそうです。

(ふかみがなくて、あちこちのせんをながくひいたりするのにぎこうをもちいたものは、)

深味がなくて、あちこちの線を長く引いたりするのに技巧を用いたものは、

(ちょっとみがおもしろいようでも、それとくらべてまじめにていねいにかいたじで)

ちょっと見がおもしろいようでも、それと比べてまじめに丁寧に書いた字で

(みばえのせぬものも、にどめによくくらべてみればぎこうだけでかいたじよりも)

見栄えのせぬものも、二度目によく比べて見れば技巧だけで書いた字よりも

(よくみえるものです。ちょっとしたことでもそうなんです。ましてにんげんの)

よく見えるものです。ちょっとしたことでもそうなんです。まして人間の

(もんだいですから、ぎこうでおもしろくおもわせるようなひとにはえいきゅうのあいがもてないと)

問題ですから、技巧でおもしろく思わせるような人には永久の愛が持てないと

(わたくしはきめています。こうしょくがましいたじょうなおとこにおおもいになるかもしれませんが、)

私は決めています。好色がましい多情な男にお思いになるかもしれませんが、

など

(いぜんのことをすこしおはなしいたしましょう」 といって、さまのかみはひざをすすめた。)

以前のことを少しお話しいたしましょう」 と言って、左馬頭は膝を進めた。

(げんじもめをさましてきいていた。ちゅうじょうはさまのかみのみかたをそんちょうするというふうを)

源氏も目をさまして聞いていた。中将は左馬頭の見方を尊重するというふうを

(みせて、ほおづえをついてしょうめんからあいてをみていた。ぼうさまがかこみらいのどうりを)

見せて、頬杖をついて正面から相手を見ていた。坊様が過去未来の道理を

(せっぽうするせきのようで、おかしくないこともないのであるが、このきかいに)

説法する席のようで、おかしくないこともないのであるが、この機会に

(こいのひみつをもちだされることになった。 「ずっとまえで、まだつまらぬやくを)

恋の秘密を持ち出されることになった。 「ずっと前で、まだつまらぬ役を

(していたときです。わたくしにひとりのあいじんがございました。ようぼうなどはとても)

していた時です。私に一人の愛人がございました。容貌などはとても

(わるいおんなでしたから、わかいうわきなこころには、このひととだけでいっしょうをくらそうとは)

悪い女でしたから、若い浮気な心には、この人とだけで一生を暮らそうとは

(おもわなかったのです。つまとはおもっていましたがものたりなくてそとにじょうじんも)

思わなかったのです。妻とは思っていましたが物足りなくて外に情人も

(もっていました。それでとてもしっとをするものですから、いやで、)

持っていました。それでとても嫉妬をするものですから、いやで、

(こんなふうでなくおだやかにみていてくれればよいのにとおもいながらも、)

こんなふうでなく穏やかに見ていてくれればよいのにと思いながらも、

(あまりにやかましくいわれますと、じぶんのようなものをどうしてそんなにまで)

あまりにやかましく言われますと、自分のような者をどうしてそんなにまで

(おもうのだろうとあわれむようなきになるときもあって、しぜんみもちがおさまって)

思うのだろうとあわれむような気になる時もあって、自然身持ちが修まって

(いくようでした。このおんなというのは、じしんにできぬものでも、このひとの)

いくようでした。この女というのは、自身にできぬものでも、この人の

(ためにはとどりょくしてかかるのです。きょうようのたりなさもじしんでつとめておぎなって、)

ためにはと努力してかかるのです。教養の足りなさも自身でつとめて補って、

(はじのないようにとこころがけるたちで、どんなにもいきとどいたせわを)

恥のないようにと心がけるたちで、どんなにも行き届いた世話を

(してくれまして、わたくしのきげんをそこねまいとするこころからかちきもあまりひょうめんに)

してくれまして、私の機嫌をそこねまいとする心から勝ち気もあまり表面に

(ださなくなり、わたくしだけにはじゅうじゅんなおんなになって、みにくいきりょうなんぞもわたくしに)

出さなくなり、私だけには柔順な女になって、醜い容貌なんぞも私に

(きらわれまいとしてけしょうにほねをおりますし、このかおでたにんにあっては、)

きらわれまいとして化粧に骨を折りますし、この顔で他人に逢っては、

(おっとのふめいよになるとおもっては、えんりょしてらいきゃくにもちかづきませんし、)

良人の不名誉になると思っては、遠慮して来客にも近づきませんし、

(とにかくけんさいにできていましたから、どうせいしているうちにりこうさにこころが)

とにかく賢妻にできていましたから、同棲しているうちに利巧さに心が

(ひかれてもいきましたが、ただひとつのしっとぐせ、それだけはかのじょじしんすら)

引かれてもいきましたが、ただ一つの嫉妬癖、それだけは彼女自身すら

(どうすることもできないやっかいなものでした。とうじわたくしはこうおもったのです。)

どうすることもできない厄介なものでした。当時私はこう思ったのです。

(とにかくみじめなほどわたくしにまいっているおんななんだから、こらすようなしうちにでて)

とにかくみじめなほど私に参っている女なんだから、懲らすような仕打ちに出て

(おどしてやきもちやきをかいぞうしてやろう、もうそのしっとぶりにたえられない、)

おどして嫉妬を改造してやろう、もうその嫉妬ぶりに堪えられない、

(いやでならないというたいどにでたら、これほどじぶんをあいしているおんななら、)

いやでならないという態度に出たら、これほど自分を愛している女なら、

(うまくじぶんのけいかくはせいこうするだろうと、そんなきで、あるときにわざとれいこくに)

うまく自分の計画は成功するだろうと、そんな気で、ある時にわざと例刻に

(でまして、れいのとおりおんながおこりだしているとき、「こんなあさましいことを)

出まして、例のとおり女がおこり出している時、『こんなあさましいことを

(いうあなたなら、どんなふかいえんでむすばれたふうふのなかでもわたくしはわかれるけっしんをする。)

言うあなたなら、どんな深い縁で結ばれた夫婦の中でも私は別れる決心をする。

(このかんけいをはかいしてよいのなら、いまのようなじゃすいでもなんでもするがいい。)

この関係を破壊してよいのなら、今のような邪推でも何でもするがいい。

(しょうらいまでふうふでありたいなら、しょうしょうつらいことはあってもしのんで、きにかけない)

将来まで夫婦でありたいなら、少々つらいことはあっても忍んで、気にかけない

(ようにして、そしてしっとのないおんなになったら、わたくしはまたどんなにあなたを)

ようにして、そして嫉妬のない女になったら、私はまたどんなにあなたを

(あいするかしれない、ひとなみにしゅっせしてひとかどのかんりになるじぶんにはあなたが)

愛するかしれない、人並みに出世してひとかどの官吏になる時分にはあなたが

(りっぱなわたくしのせいふじんでありうるわけだ」などと、うまいものだとじぶんで)

りっぱな私の正夫人でありうるわけだ』などと、うまいものだと自分で

(おもいながらりこてきなしゅちょうをしたものですね。おんなはすこしわらって、「あなたのひんじゃくな)

思いながら利己的な主張をしたものですね。女は少し笑って、『あなたの貧弱な

(じだいをがまんして、そのうちしゅっせもできるだろうとまっていることは、)

時代を我慢して、そのうち出世もできるだろうと待っていることは、

(それはまちどおしいことであっても、わたくしはくつうともおもいません。あなたのたじょうさを)

それは待ち遠しいことであっても、私は苦痛とも思いません。あなたの多情さを

(しんぼうして、よいおっとになってくださるのをまつことはたえられないことだと)

辛抱して、よい良人になってくださるのを待つことは堪えられないことだと

(おもいますから、そんなことをおいいになることになったのはわかれるときに)

思いますから、そんなことをお言いになることになったのは別れる時に

(なったわけです」そうくちおしそうにいってこちらをふんがいさせるのです。)

なったわけです』そう口惜しそうに言ってこちらを憤慨させるのです。

(おんなもじせいのできないせいしつで、わたくしのてをひきよせていっぽんのゆびにかみついて)

女も自制のできない性質で、私の手を引き寄せて一本の指にかみついて

(しまいました。わたくしは「いたいいたい」とたいそうにいって、「こんなきずまでも)

しまいました。私は『痛い痛い』とたいそうに言って、『こんな傷までも

(つけられたわたくしはしゃかいへでられない。あなたにぶじょくされたこやくにんはそんなことでは)

つけられた私は社会へ出られない。あなたに侮辱された小役人はそんなことでは

(いよいよひとなみにあがってゆくことはできない。わたくしはぼうずにでもなることに)

いよいよ人並みに上がってゆくことはできない。私は坊主にでもなることに

(するだろう」などとおどして、「じゃあこれがいよいよわかれだ」といって、)

するだろう』などとおどして、『じゃあこれがいよいよ別れだ』と言って、

(ゆびをいたそうにまげてそのいえをでてきたのです。)

指を痛そうに曲げてその家を出て来たのです。

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