紫式部 源氏物語 帚木 13 與謝野晶子訳(終)

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(れいのようにまたずっとごしょにいたころ、げんじはほうがくのさわりになるひをえらんで、)

例のようにまたずっと御所にいた頃、源氏は方角の障りになる日を選んで、

(ごしょからくるとちゅうでにわかにきがついたふうをしてきいのかみのいえへきた。)

御所から来る途中でにわかに気がついたふうをして紀伊守の家へ来た。

(きいのかみはおどろきながら、 「せんざいのみずのめいよでございます」)

紀伊守は驚きながら、 「前栽の水の名誉でございます」

(こんなあいさつをしていた。こぎみのところへはひるのうちからこんなてはずにすると)

こんな挨拶をしていた。小君の所へは昼のうちからこんな手はずにすると

(げんじはいってやってあって、やくそくができていたのである。)

源氏は言ってやってあって、約束ができていたのである。

(しじゅうそばにおいているこぎみであったから、げんじはさっそくよびだした。)

始終そばに置いている小君であったから、源氏はさっそく呼び出した。

(おんなのほうへもてがみはいっていた。じしんにあおうとしてはらわれるくしんは)

女のほうへも手紙は行っていた。自身に逢おうとして払われる苦心は

(おんなのみにうれしいことではあったが、そうかといって、げんじのいうままに)

女の身にうれしいことではあったが、そうかといって、源氏の言うままに

(なって、じこがなんであるかをしらないようなこいびととしてあうきには)

なって、自己が何であるかを知らないような恋人として逢う気には

(ならないのである。ゆめであったとおもうこともできるかしつを、またくりかえすことに)

ならないのである。夢であったと思うこともできる過失を、また繰り返すことに

(なってはならぬともおもった。もうそうでげんじのこいびときどりになってまっていることは)

なってはならぬとも思った。妄想で源氏の恋人気どりになって待っていることは

(じぶんにできないとおんなはきめて、こぎみがげんじのざしきのほうへでていくとすぐに、)

自分にできないと女は決めて、小君が源氏の座敷のほうへ出て行くとすぐに、

(「あまりおきゃくさまのざしきにちかいからしつれいなきがする。わたくしはすこしからだがくるしくて、)

「あまりお客様の座敷に近いから失礼な気がする。私は少しからだが苦しくて、

(こしでもたたいてほしいのだから、とおいところのほうがつごうがよい」)

腰でもたたいてほしいのだから、遠い所のほうが都合がよい」

(といって、わたどのにもっているちゅうじょうというにょうぼうのへやへうつっていった。)

と言って、渡殿に持っている中将という女房の部屋へ移って行った。

(はじめからけいかくてきにきたげんじであるから、かじゅうたちをはやくねさせて、)

初めから計画的に来た源氏であるから、家従たちを早く寝させて、

(おんなへつごうをきかせにこぎみをやった。こぎみにあねのいどころがわからなかった。)

女へ都合を聞かせに小君をやった。小君に姉の居所がわからなかった。

(やっとわたどののへやをさがしあててきて、げんじへのれいこくなあねのたいどをうらんだ。)

やっと渡殿の部屋を捜しあてて来て、源氏への冷酷な姉の態度を恨んだ。

(「こんなことをして、ねえさん。どんなにわたくしがむりょくなこどもだとおもわれるでしょう」)

「こんなことをして、姉さん。どんなに私が無力な子供だと思われるでしょう」

(もうなきだしそうになっている。 「なぜおまえはこどものくせに)

もう泣き出しそうになっている。 「なぜおまえは子供のくせに

など

(よくないやくなんかするの、こどもがそんなことをたのまれてするのは)

よくない役なんかするの、子供がそんなことを頼まれてするのは

(とてもいけないことなのだよ」 としかって、)

とてもいけないことなのだよ」 としかって、

(「きぶんがわるくて、にょうぼうたちをそばへよんでかいほうをしてもらっていますって)

「気分が悪くて、女房たちをそばへ呼んで介抱をしてもらっていますって

(もうせばいいだろう。みながあやしがりますよ、こんなところへまできて)

申せばいいだろう。皆が怪しがりますよ、こんな所へまで来て

(そんなことをいっていて」 とりつくしまもないようにあねはいうのであったが、)

そんなことを言っていて」 取りつくしまもないように姉は言うのであったが、

(こころのなかでは、こんなふうにうんめいがきまらないころ、ちちがいきていたころのじぶんの)

心の中では、こんなふうに運命が決まらないころ、父が生きていたころの自分の

(いえへ、たまさかでもげんじをむかえることができたらじぶんはこうふくだったであろう。)

家へ、たまさかでも源氏を迎えることができたら自分は幸福だったであろう。

(しいてつくるこのれいたんさを、げんじはどんなにわがみしらずのおんなだとおおもいに)

しいて作るこの冷淡さを、源氏はどんなにわが身知らずの女だとお思いに

(なることだろうとおもって、じしんのいしでしていることであるがむねがいたいように)

なることだろうと思って、自身の意志でしていることであるが胸が痛いように

(さすがにおもわれた。どうしてもこうしてもひとづまというそくばくはとかれないので)

さすがに思われた。どうしてもこうしても人妻という束縛は解かれないので

(あるから、どこまでもひややかなたいどをおしとおしてかえまいというきに)

あるから、どこまでも冷ややかな態度を押し通して変えまいという気に

(おんなはなっていた。 げんじはどんなふうにはからってくるだろうと、たのみにするものが)

女はなっていた。 源氏はどんなふうに計らってくるだろうと、頼みにする者が

(しょうねんであることをきがかりにおもいながらねているところへ、だめであるという)

少年であることを気がかりに思いながら寝ているところへ、だめであるという

(しらせをこぎみがもってきた。おんなのあさましいほどのれいたんさをしってげんじはいった。)

報せを小君が持って来た。女のあさましいほどの冷淡さを知って源氏は言った。

(「わたくしはもうじぶんがはずかしくってならなくなった」 きのどくなふうであった。)

「私はもう自分が恥ずかしくってならなくなった」 気の毒なふうであった。

(それきりしばらくはなにもいわない。そしてくるしそうにといきをしてから)

それきりしばらくは何も言わない。そして苦しそうに吐息をしてから

(またおんなをうらんだ。 )

また女を恨んだ。

(ははきぎのこころをしらでそのはらのみちにあやなくまどいぬるかな )

帚木の心を知らでその原の道にあやなくまどひぬるかな

(こんやのこのこころもちはどういっていいかわからない、とこぎみにいってやった。)

今夜のこの心持ちはどう言っていいかわからない、と小君に言ってやった。

(おんなもさすがにねむれないでもだえていたのである。それで、 )

女もさすがに眠れないで悶えていたのである。それで、

(かずならぬふせやにおうるみのうさにあるにもあらずきゆるははきぎ )

数ならぬ伏屋におふる身のうさにあるにもあらず消ゆる帚木

(といううたをおとうとにいわせた。こぎみはげんじにどうじょうして、ねむがらずにいったりきたり)

という歌を弟に言わせた。小君は源氏に同情して、眠がらずに往ったり来たり

(しているのを、おんなはひとがあやしまないかときにしていた。 いつものように)

しているのを、女は人が怪しまないかと気にしていた。 いつものように

(よったじゅうしゃたちはよくねむっていたが、げんじひとりはあさましくてねいれない。)

酔った従者たちはよく眠っていたが、源氏一人はあさましくて寝入れない。

(ふつうのおんなとかわったいしのつよさのますますめいかくになってくるあいてがうらめしくて、)

普通の女と変わった意志の強さのますます明確になってくる相手が恨めしくて、

(もうどうでもよいとちょっとのまはおもうがすぐにまたこいしさがかえってくる。)

もうどうでもよいとちょっとの間は思うがすぐにまた恋しさがかえってくる。

(「どうだろう。かくれているばしょへわたくしをつれていってくれないか」)

「どうだろう。隠れている場所へ私をつれて行ってくれないか」

(「なかなかあきそうもなくとじまりがされていますし、にょうぼうたちもたくさん)

「なかなか開きそうもなく戸じまりがされていますし、女房たちもたくさん

(おります。そんなところへ、もったいないことだとおもいます」 とこぎみがいった。)

おります。そんな所へ、もったいないことだと思います」 と小君が言った。

(げんじがきのどくでたまらないとこぎみはおもっていた。 「じゃあもういい。)

源氏が気の毒でたまらないと小君は思っていた。 「じゃあもういい。

(おまえだけでもわたくしをあいしてくれ」 といって、げんじはこぎみをそばにねさせた。)

おまえだけでも私を愛してくれ」 と言って、源氏は小君をそばに寝させた。

(わかいうつくしいげんじのきみのよこにねていることがこどもごころにひじょうにうれしいらしいので、)

若い美しい源氏の君の横に寝ていることが子供心に非常にうれしいらしいので、

(このしょうねんのほうがむじょうなこいびとよりもかわいいとげんじはおもった。)

この少年のほうが無情な恋人よりもかわいいと源氏は思った。

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