山川方夫 箱の中のあなた1

順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | subaru | 7385 | 光 | 7.6 | 96.5% | 309.0 | 2367 | 85 | 57 | 2025/03/06 |
2 | はく | 6752 | S++ | 7.0 | 95.4% | 336.6 | 2386 | 113 | 57 | 2025/03/03 |
3 | omochi | 6511 | S+ | 6.7 | 96.1% | 356.6 | 2419 | 97 | 57 | 2025/02/10 |
4 | zero | 6340 | S | 6.5 | 97.2% | 367.5 | 2399 | 69 | 57 | 2025/03/09 |
5 | りく | 5996 | A+ | 6.1 | 97.5% | 398.9 | 2454 | 62 | 57 | 2025/02/07 |
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問題文
(あの、しつれいですが)
「あの、失礼ですが」
(なめらかなとかいふうのおとこのこえがいった。)
なめらかな都会ふうの男の声がいった。
(かのじょは、おくびょうとぎわくとがいっしょになったような)
彼女は、臆病と疑惑とがいっしょになったような
(ぎごちないようすで、たちどまった。)
ぎごちない様子で、立ち止った。
(おかのうえは、すばらしいゆうやけであかくそまっていた。)
丘の上は、すばらしい夕焼けで赤く染っていた。
(うまのせのようなじめんに、まばらなきがほそながいかげをつくっていた。)
馬の背のような地面に、まばらな木が細長い影をつくっていた。
(いいけしきですねえ、ほんとに。これ、なんのきです?)
「いい景色ですねえ、ほんとに。……これ、なんの木です?」
(なれなれしく、このちほうだけにはえている)
なれなれしく、この地方だけに生えている
(みどりいろのほのおのようなかたちのきをさして、おとこはきく。)
緑いろの炎のような形の樹をさして、男は訊く。
(おとこは、くびからかめらをつるしていた。)
男は、首からカメラを吊していた。
(たいどといい、くちょうといい、)
態度といい、口調といい、
(おとこはわざわざとうきょうあたりからやってきた)
男はわざわざ東京あたりからやってきた
(かんこうきゃくのひとりにちがいなかった。)
観光客の一人にちがいなかった。
(このちほうは、しょかからかんこうしーずんにはいって、)
この地方は、初夏から観光シーズンにはいって、
(えきまえにはかんげいのおおきなあーちがたつ。)
駅前には歓迎の大きなアーチが立つ。
(ことしも、もうとおかあまり、かのじょはまいにちそれをみてきていた。)
今年も、もう十日あまり、彼女は毎日それを見てきていた。
(すみませんがと、おとこはいった。)
「すみませんが」と、男はいった。
(ここで、しゃしんをいちまいとってくれませんか)
「ここで、写真を一枚とってくれませんか」
(ぼうのようにちょくりつしたまま、だがかのじょは、そのおとこのくびからうえ、)
棒のように直立したまま、だが彼女は、その男の首から上、
(やさしいこえのながれだすくちびるさえ、ろくにみることができなかった。)
やさしい声の流れだす唇さえ、ろくに見ることができなかった。
(かのじょは、おとこのかおを、いままでまっすぐにみられたことがなかった。)
彼女は、男の顔を、いままでまっすぐに見られたことがなかった。
(そのうちきさ、おくびょうさが、けっきょくのところ、さんじゅっさいをすぎたきょうまで、)
その内気さ、臆病さが、結局のところ、三十才を過ぎた今日まで、
(かのじょにひとりぐらしをさせていたのかもしれない。)
彼女に一人暮しをさせていたのかもしれない。
(くびすじのあたりまでまっかにして、きょくどのきんちょうに、)
首すじのあたりまで真赤にして、極度の緊張に、
(かのじょはこきゅうがつまるようなきがしていた。)
彼女は呼吸がつまるような気がしていた。
(おとこは、あかるいこえでいった。)
男は、明るい声でいった。
(「じつはね、きねんに、このふうけいをばっくに、)
「じつはね、記念に、この風景をバックに、
(ぼくをいれていちまいうつしていただきたいんです。)
ぼくを入れて一枚うつしていただきたいんです。
(なに、せっとはぼくがしますし、)
なに、セットはぼくがしますし、
(しゃったーさえおしてくだされば、いいんですから。おねがいします)
シャッターさえ押して下されば、いいんですから。お願いします」
(かのじょは、こわばったかおでちょっとみちをふりかえった。)
彼女は、こわばった顔でちょっと道をふりかえった。
(だれもとおらなかった。)
誰も通らなかった。
(すみませんがおとこはやさしいこえでくりかえした。)
「すみませんが」男はやさしい声でくりかえした。
(かのじょはてをのばした。)
彼女は手をのばした。
(おそるおそるかめらをてにうけると、ぎくしゃくとむねにかかえこんで、)
おそるおそるカメラを手に受けると、ぎくしゃくと胸に抱えこんで、
(かのじょはけんめいにそのすこしぼやけたおとこのえいぞうを、)
彼女はけんめいにその少しぼやけた男の映像を、
(ちいさなはこのなかのくらいがらすいたのうえにとらえるのにねっちゅうした。)
小さな箱の中の暗いガラス板の上にとらえるのに熱中した。
(やっとしょうてんがあった。かのじょは、おおきくこきゅうをはいた。)
やっと焦点があった。彼女は、大きく呼吸を吐いた。
(うつくしい、ちいさなせかいだった。)
美しい、小さな世界だった。
(ちのようなゆうひにそまりながらぽつんとひとりのおとこがたち、)
血のような夕陽に染りながらぽつんと一人の男が立ち、
(にこやかなぽーずでわらっていた。)
にこやかなポーズで笑っていた。
(りょこうしゃはあかねいろのひかりにくっきりはえ、)
旅行者は茜色の光にくっきり映え、
(そのひかりは、ちょっとぐずぐずしていれば)
その光は、ちょっとぐずぐずしていれば
(あとかたなくきえてしまいそうにおもえた。)
跡方なく消えてしまいそうに思えた。
(まっすぐなはな、うすいおんなのようなくちびる、)
まっすぐな鼻、薄い女のような唇、
(ひきしまったせいかんなこしつき。)
ひきしまった精悍な腰つき。
(のしかかるようなどうぶつのあつりょく、)
のしかかるような動物の圧力、
(あっとうてきなきょうふそのものだったそれまでのだんせいは、)
圧倒的な恐怖そのものだったそれまでの「男性」は、
(どこかにきえ、がらすいたのうえにしゅくしょうされ、)
どこかに消え、ガラス板の上に縮小され、
(ていちゃくされたおとこは、いまはりんかくのめいりょうな、)
定着された男は、いまは輪郭の明瞭な、
(ちいさなあいらしいいっかのにんぎょうとなって、)
小さな愛らしい一箇の人形となって、
(はじめてかのじょはかれをしょゆうすることができていたのだった。)
はじめて彼女は彼を所有することができていたのだった。
(うっとりと、かのじょはあかずながめつづけた。)
うっとりと、彼女は飽かず眺めつづけた。
(それは、ゆるされたきちょうなじかんだった。)
それは、ゆるされた貴重な時間だった。
(こうでもしなければ、わたしはかれをとっくりとみることもできない)
こうでもしなければ、私は「彼」をとっくりと見ることもできない。
(ぜんしんがあつくもえあがって、かのじょは、)
全身が熱く燃えあがって、彼女は、
(むねがはやくもあるきたいにわななきはじめたのがわかった。)
胸がはやくもある期待にわななきはじめたのがわかった。