畜犬談5 太宰治

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問題文

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(けんかかくとうをこのむようになったのである。)

喧嘩格闘を好むようになったのである。

(わたしのおともをして、まちをあるいていきあういぬ、いきあういぬ、)

私のお伴をして、まちを歩いて行きあう犬、行きあう犬、

(すべてにあいさつしてとおるのである。つまりかたっぱしからけんかしてとおるのである。)

すべてに挨拶して通るのである。つまりかたっぱしから喧嘩して通るのである。

(ぽちはあしもみじかく、じゃくねんでありながら、けんかはそうとうつよいようである。)

ポチは足も短く、若年でありながら、喧嘩は相当強いようである。

(あきちのいぬのすにふみこんで、)

空地の犬の巣に踏みこんで、

(いっときにごひきのいぬをあいてにたたかったときはさすがにあやうくみえたが、)

一時に五匹の犬を相手に戦ったときはさすがに危く見えたが、

(それでもたくみにみをかわしてなんをさけた。ひじょうなじしんをもって、)

それでも巧みに身をかわして難を避けた。非常な自信をもって、

(どんないぬにでもとびかかってゆく。たまにはいきおいまけして、)

どんな犬にでも飛びかかってゆく。たまには勢負まけして、

(ほえながらじりじりたいきゃくすることもある。)

吠えながらじりじり退却することもある。

(こえがひめいにちかくなり、まっくろいかおがあおぐろくなってくる。)

声が悲鳴に近くなり、真黒い顔が蒼黒くなってくる。

(いちどこうしのようなしぇぱあどにとびかかっていって、)

いちど小牛のようなシェパアドに飛びかかっていって、

(あのときは、わたしがあおくなった。)

あのときは、私が蒼くなった。

(はたして、ひとたまりもなかった。まえあしでころころぽちをおもちゃにして、)

はたして、ひとたまりもなかった。前足でころころポチをおもちゃにして、

(ほんきにつきあってくれなかったのでぽちもいのちがたすかった。)

本気につきあってくれなかったのでポチも命が助かった。

(いぬは、いちどあんなひどいめにあうと、たいへんいくじがなくなるものらしい。)

犬は、いちどあんなひどいめに逢うと、大へん意気地がなくなるものらしい。

(ぽちは、それからはめにみえて、けんかをさけるようになった。)

ポチは、それからは眼に見えて、喧嘩を避けるようになった。

(それにわたしは、けんかをこのまず、いな、このまぬどころではない、)

それに私は、喧嘩を好まず、否、好まぬどころではない、

(おうらいでやじゅうのくみうちをほうちしきょようしているなどは、)

往来で野獣の組打ちを放置し許容しているなどは、

(ぶんめいこくのちじょくとしんじているので、かのみみをろうせんばかりのけんけんごうごう、)

文明国の恥辱と信じているので、かの耳をろうせんばかりのけんけんごうごう、

(きゃんきゃんのいぬのやばんのわめきごえには、)

きゃんきゃんの犬の野蛮のわめき声には、

など

(ころしてもなおあきたらないふんぬとぞうおをかんじているのである。)

殺してもなおあき足らない憤怒と憎悪を感じているのである。

(わたしはぽちをあいしてはいない。おそれ、にくんでこそいるが、)

私はポチを愛してはいない。恐れ、憎んでこそいるが、

(みじんもあいしては、いない。)

みじんも愛しては、いない。

(しんでくれたらいいとおもっている。)

死んでくれたらいいと思っている。

(わたしにのこのこついてきて、)

私にのこのこついてきて、

(なにかそれがかわれているもののぎむとでもおもっているのか、)

何かそれが飼われているものの義務とでも思っているのか、

(みちであういぬ、あういぬ、かならずせいさんにほえあって、)

途で逢う犬、逢う犬、かならず凄惨に吠えあって、

(しゅじんとしてのわたしは、そのときどんなにきょうふにわななきふるえていることか。)

主人としての私は、そのときどんなに恐怖にわななき震えていることか。

(じどうしゃよびとめて、それにのってどあをばたんととじ、)

自動車呼びとめて、それに乗ってドアをばたんと閉じ、

(いちもくさんににげさりたいきもちなのである。)

一目散に逃げ去りたい気持なのである。

(いぬどうしのくみうちでおわるべきものなら、まだしも、もしてきのいぬがちまよって、)

犬同士の組打ちで終るべきものなら、まだしも、もし敵の犬が血迷って、

(ぽちのしゅじんのわたしにとびかかってくるようなことがあったら、どうする。)

ポチの主人の私に飛びかかってくるようなことがあったら、どうする。

(ないとはいわせぬ。ちにうえたるもうじゅうである。)

ないとは言わせぬ。血に飢えたる猛獣である。

(なにをするか、わかったものでない。)

何をするか、わかったものでない。

(わたしはむごたらしくかみさかれ、さん、なな、にじゅういちにちかんびょういんにかよわなければならぬ。)

私はむごたらしく噛み裂かれ、三、七、二十一日間病院に通わなければならぬ。

(いぬのけんかは、じごくである。わたしは、きかいあるごとにぽちにいいきかせた。)

犬の喧嘩は、地獄である。私は、機会あるごとにポチに言い聞かせた。

(けんかしては、いけないよ。)

「喧嘩しては、いけないよ。

(けんかするなら、ぼくからはるかはなれたところで、してもらいたい。)

喧嘩するなら、僕からはるか離れたところで、してもらいたい。

(ぼくは、おまえをすいてはいないんだ)

僕は、おまえを好いてはいないんだ」

(すこし、ぽちにもわかるらしいのである。そういわれるとたしょうしょげる。)

少し、ポチにもわかるらしいのである。そう言われると多少しょげる。

(いよいよわたしはいぬを、うすきみわるいものにおもった。)

いよいよ私は犬を、薄気味わるいものに思った。

(そのわたしのくりかえしくりかえしいったちゅうこくがこうをそうしたのか、)

その私の繰り返し繰り返し言った忠告が効を奏したのか、

(あるいは、かのしぇぱあどとのいっせんにぶざまなざんぱいをきっしたせいか、)

あるいは、かのシェパアドとの一戦にぶざまな惨敗を喫したせいか、

(ぽちは、ひくつなほどにゅうじゃくなたいどをとりはじめた。)

ポチは、卑屈なほど柔弱な態度をとりはじめた。

(わたしといっしょにみちをあるいて、ほかのいぬがぽちにほえかけると、ぽちは、)

私といっしょに路を歩いて、他の犬がポチに吠えかけると、ポチは、

(ああ、いやだ、いやだ。やばんですねえ)

「ああ、いやだ、いやだ。野蛮ですねえ」

(といわんばかり、ひたすらわたしのきにいられようとじょうひんぶって、)

と言わんばかり、ひたすら私の気に入られようと上品ぶって、

(ぶるっとどうぶるいさせたり、あいてのいぬを、しかたのないやつだね、)

ぶるっと胴震いさせたり、相手の犬を、しかたのないやつだね、

(とさもさもあわれむようにながしめでみて、そうして、わたしのかおいろをうかがい、)

とさもさも憐れむように流し目で見て、そうして、私の顔色を伺い、

(へっへっへっといやしいついしょうわらいするかのごとく、)

へっへっへっと卑しい追従笑いするかのごとく、

(そのようすのいやらしいったらなかった。)

その様子のいやらしいったらなかった。

(ひとつも、いいところないじゃないか、こいつは。)

「一つも、いいところないじゃないか、こいつは。

(ひとのかおいろばかりうかがっていやがる)

ひとの顔色ばかり伺っていやがる」

(あなたが、あまり、へんにかまうからですよ)

「あなたが、あまり、へんにかまうからですよ」

(かないは、はじめからぽちにむかんしんであった。)

家内は、はじめからポチに無関心であった。

(せんたくものなどよごされたときはぶつぶついうが、あとはけろりとして、)

洗濯物など汚されたときはぶつぶつ言うが、あとはけろりとして、

(ぽちぽちとよんで、めしをくわせたりなどしている。)

ポチポチと呼んで、めしを食わせたりなどしている。

(せいかくがはさんしちゃったんじゃないかしらとわらっている。)

「性格が破産しちゃったんじゃないかしら」と笑っている。

(かいぬしに、にてきたというわけかねわたしは、いよいよ、にがにがしくおもった。)

「飼い主に、似てきたというわけかね」私は、いよいよ、にがにがしく思った。

(しちがつにはいって、いへんがたった。わたしたちは、やっと、)

七月にはいって、異変が起った。私たちは、やっと、

(とうきょうのみたかむらに、けんちくさいちゅうのちいさいいえをみつけることができて、)

東京の三鷹村に、建築最中の小さい家を見つけることができて、

(それのかんせいししだい、いちかげつにじゅうよんえんでかしてもらえるように、)

それの完成ししだい、一か月二十四円で貸してもらえるように、

(やぬしとけいやくのしょうしょかわして、そろそろいてんのしたくをはじめた。)

家主と契約の証書交して、そろそろ移転の仕度をはじめた。

(いえができあがると、やぬしからそくたつでつうちがくることになっていたのである。)

家ができ上ると、家主から速達で通知が来ることになっていたのである。

(ぽちは、もちろん、すててゆかれることになっていたのである。)

ポチは、もちろん、捨ててゆかれることになっていたのである。

(つれていったって、いいのに)

「連れていったって、いいのに」

(かないは、やはりぽちをあまりもんだいにしていない。どちらでもいいのである。)

家内は、やはりポチをあまり問題にしていない。どちらでもいいのである。

(だめだ。ぼくは、かわいいからやしなっているんじゃないんだよ。)

「だめだ。僕は、可愛いから養っているんじゃないんだよ。

(いぬにふくしゅうされるのが、こわいから、)

犬に復讐されるのが、こわいから、

(しかたなくそっとしておいてやっているのだ。わからんかね)

しかたなくそっとしておいてやっているのだ。わからんかね」

(でも、ちょっとぽちがみえなくなると、ぽちはどこへいったろう、)

「でも、ちょっとポチが見えなくなると、ポチはどこへ行ったろう、

(どこへいったろう、とおおさわぎじゃないの)

どこへ行ったろう、と大騒ぎじゃないの」

(いなくなると、いっそううすきみがわるいからさ、ぼくにかくれて、)

「いなくなると、いっそう薄気味が悪いからさ、僕に隠れて、

(ひそかにどうしをきゅうごうしているのかもわからない。)

ひそかに同志を糾合しているのかもわからない。

(あいつは、ぼくにけいべつされていることをしっているんだ。)

あいつは、僕に軽蔑されていることを知っているんだ。

(ふくしゅうしんがつよいそうだからなあ、いぬは)

復讐心が強いそうだからなあ、犬は」

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