紫式部 源氏物語 澪標 11 與謝野晶子訳

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問題文
(このみよになったはじめにさいぐうもおかわりになって、ろくじょうのみやすどころは)
この御代になった初めに斎宮もお変わりになって、六条の御息所は
(いせからかえってきた。それいらいげんじはいろいろとむかしいじょうのこういをひょうして)
伊勢から帰って来た。それ以来源氏はいろいろと昔以上の好意を表して
(いるのであるが、なおわかかったひすらもうらめしいところのあったげんじのこころのいわば)
いるのであるが、なお若かった日すらも恨めしい所のあった源氏の心のいわば
(よえんほどのあいをうけようとはおもわない、もうふたりにゆうじんいじょうのこうしょうが)
余炎ほどの愛を受けようとは思わない、もう二人に友人以上の交渉が
(あってはならないとみやすどころはきめていたから、げんじもじしんで)
あってはならないと御息所は決めていたから、源氏も自身で
(たずねていくようなことはしないのである。しいてきゅうじょうをあたためることに)
訪ねて行くようなことはしないのである。しいて旧情をあたためることに
(どういをさせても、じぶんながらもまたおんなをうらめしがらせるけっかにならないとは)
同意をさせても、自分ながらもまた女を恨めしがらせる結果にならないとは
(ほしょうができないというようにげんじはおもっていたし、おんなのいえへかようことなども)
保証ができないというように源氏は思っていたし、女の家へ通うことなども
(いまではひとめをひくことがおおくなっていることでもあって、まつといわないひとを)
今では人目を引くことが多くなっていることでもあって、待つと言わない人を
(しいてたずねていくことはしなかった。さいぐうがどんなにりっぱなきじょに)
しいて訪ねて行くことはしなかった。斎宮がどんなに立派な貴女に
(なっておいでになるであろうと、それをめにみたくおもっていた。)
なっておいでになるであろうと、それを目に見たく思っていた。
(みやすどころはろくじょうのきゅうていをよくしゅうぜんしてあくまでもこうがなふうにくらしていた。)
御息所は六条の旧邸をよく修繕してあくまでも高雅なふうに暮らしていた。
(せんれんされたしゅみはいまもゆたかで、よいにょうぼうのおおいところとして)
洗練された趣味は今も豊かで、よい女房の多い所として
(みやびおのほうもんがたえない。さびしいようではあるがおもいあがったきじょに)
風流男の訪問が絶えない。寂しいようではあるが思い上がった貴女に
(ふさわしいせいかつであるとみえたが、にわかにおもいびょうきになって)
ふさわしい生活であると見えたが、にわかに重い病気になって
(こころぼそくなったみやすどころは、いせというかみのきょうにあってぶっきょうにとおざかっていた)
心細くなった御息所は、伊勢という神の境にあって仏教に遠ざかっていた
(いくねんかのことがおそろしくおもわれてあまになった。げんじはきいて、こいびととして)
幾年かのことが恐ろしく思われて尼になった。源氏は聞いて、恋人として
(かんがえるよりも、しゅこうされるいけんをもつよきそうだんあいてとしんじていたそのひとのいのちが)
考えるよりも、首肯される意見を持つよき相談相手と信じていたその人の生命が
(おしまれて、おどろきながらろくじょうていをみまった。げんじはまごころからみやすどころをいたわり、)
惜しまれて、驚きながら六条邸を見舞った。源氏は真心から御息所をいたわり、
(みやすどころをなぐさめることばをつづけた。びょうしょうのちかくにげんじのざがあって、みやすどころは)
御息所を慰める言葉を続けた。病床の近くに源氏の座があって、御息所は
(きょうそくによりかかりながらものをいっていた。ひじょうにすいじゃくのみえる)
脇息に倚りかかりながらものを言っていた。非常に衰弱の見える
(むかしのこいびとのためにげんじはないた。どれほどあいしていたかをこのひとにじっしょうして)
昔の恋人のために源氏は泣いた。どれほど愛していたかをこの人に実証して
(みせることができないままでしべつをせねばならぬかとざんねんでならないのである。)
見せることができないままで死別をせねばならぬかと残念でならないのである。
(このげんじのこころがみやすどころにつうじたらしくて、せいいのみとめられるむかしのこいびとに)
この源氏の心が御息所に通じたらしくて、誠意の認められる昔の恋人に
(みやすどころはさいぐうのことをたのんだ。 「こじになるのでございますから、)
御息所は斎宮のことを頼んだ。 「孤児になるのでございますから、
(なにかのばあいにこのひとりとおもっておせわをしてくださいませ。)
何かの場合に子の一人と思ってお世話をしてくださいませ。
(ほかにたのんでいくひとはだれもいないこころぼそいみのうえなのです。わたくしのようなものでも、)
ほかに頼んで行く人はだれもいない心細い身の上なのです。私のような者でも、
(もうすこしじんせいというもののわかるとしごろまでついていてあげたかったのです」)
もう少し人生というもののわかる年ごろまでついていてあげたかったのです」
(こういったあとで、そのままきをうしなうのではないかとおもわれるほど)
こう言ったあとで、そのまま気を失うのではないかと思われるほど
(みやすどころはなきつづけた。 「あなたのおことばがなくてもむろんわたくしは)
御息所は泣き続けた。 「あなたのお言葉がなくてもむろん私は
(ちちとかわらないこころでさいぐうをおもっているのですから、ましてあなたがごびょうちゅうにも)
父と変わらない心で斎宮を思っているのですから、ましてあなたが御病中にも
(こんなにごしんぱいになってわたくしへおはなしになることは、どこまでもせきにんをもって)
こんなに御心配になって私へお話しになることは、どこまでも責任を持って
(おうけあいします。きがかりになどはすこしもおおもいになることはありませんよ」)
お受け合いします。気がかりになどは少しもお思いになることはありませんよ」
(などとげんじがいうと、 「でもなかなかおほねのおれることでございますよ。)
などと源氏が言うと、 「でもなかなかお骨の折れることでございますよ。
(あとをたのまれたひとがほんとうのちちおやであっても、それでもははおやのないむすめは)
あとを頼まれた人がほんとうの父親であっても、それでも母親のない娘は
(こころぼそいことだろうとおもわれますからね。ましてこいびとのれつになど)
心細いことだろうと思われますからね。まして恋人の列になど
(おいれになっては、おもわぬくろうをすることでしょうし、またほかのかたをふかいにも)
お入れになっては、思わぬ苦労をすることでしょうし、またほかの方を不快にも
(させることだろうとおもいます。わるいそうぞうですがけっしてそんなふうに)
させることだろうと思います。悪い想像ですが決してそんなふうに
(おとりあつかいにならないでね、わたくしじしんのけいけんから、あのひとはれんあいもせず)
お取り扱いにならないでね、私自身の経験から、あの人は恋愛もせず
(いっしょうおとめでいるひとにさせたいとおもいます」 みやすどころはこういった。)
一生処女でいる人にさせたいと思います」 御息所はこう言った。
(いがいなそんたくまでもするものであるとおもったがげんじはまた、)
意外な忖度までもするものであると思ったが源氏はまた、
(「きんねんのわたくしがどんなにまじめなにんげんになっているかをごぞんじでしょう。)
「近年の私がどんなにまじめな人間になっているかをご存じでしょう。
(むかしのほうしょうなせいかつのなごりをとどめているようにおっしゃるのがざんねんです。)
昔の放縦な生活の名残をとどめているようにおっしゃるのが残念です。
(しぜんおわかりになってくることでしょうが」 といった。)
自然おわかりになってくることでしょうが」 と言った。
(もうそとはくらくなっていた。ほのかなほかげがびょうしょうのきちょうをとおして)
もう外は暗くなっていた。ほのかな灯影が病牀の几帳をとおして
(さしていたから、あるいはみえることがあろうかとしずかによってきちょうのほころびから)
さしていたから、あるいは見えることがあろうかと静かに寄って几帳の綻びから
(のぞくと、あかるくはないひかりのなかにむかしのこいびとのすがたがあった。うつくしくはなやかに)
のぞくと、明るくはない光の中に昔の恋人の姿があった。美しくはなやかに
(おもわれるほどにきりのこしたかみがせにかかっていて、きょうそくによったすがたは)
思われるほどに切り残した髪が背にかかっていて、脇息によった姿は
(えのようであった。げんじはあわれでたまらないようなきがした。)
絵のようであった。源氏は哀れでたまらないような気がした。
(ちょうだいのひがしよりのところでみをよこたえているひとはぜんさいぐうでおありになるらしい。)
帳台の東寄りの所で身を横たえている人は前斎宮でおありになるらしい。
(きちょうのたれぎぬがみだれたあいだからじっとめをむけていると、みやはほおづえをついて)
几帳の垂れ絹が乱れた間からじっと目を向けていると、宮は頬杖をついて
(かなしそうにしておいでになる。すこししかみえないのであるがびじんらしくみえた。)
悲しそうにしておいでになる。少ししか見えないのであるが美人らしく見えた。
(かみのかかりよう、あたまのかたちなどにけだかいびがそなわりながらまたきんだいてきなはなやかな)
髪のかかりよう、頭の形などに気高い美が備わりながらまた近代的なはなやかな
(あいきょうのあるようすもわかった。みやすどころがあんなにそしてきに)
愛嬌のある様子もわかった。御息所があんなに阻止的に
(いっているのであるからとおもって、げんじはうごくこころをおさえた。)
言っているのであるからと思って、源氏は動く心をおさえた。