よだかの星(1/4)宮沢賢治
・設問の文字数制限によりキリが悪くなる箇所、平仮名続きで読みづらい箇所は、平仮名を漢字に直しました
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問題文
(よだかは、じつにみにくいとりです。)
よだかは、実にみにくい鳥です。
(かおは、ところどころ、みそをつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、)
顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、
(みみまでさけています。あしは、まるでよぼよぼで、いっけんともあるけません。)
耳までさけています。足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。
(ほかのとりは、もう、よだかのかおをみただけでも、)
ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、
(いやになってしまうというぐあいでした。)
いやになってしまうという工合(ぐあい)でした。
(たとえば、ひばりも、あまりうつくしいとりではありませんが、)
たとえば、ひばりも、あまり美しい鳥ではありませんが、
(よだかよりは、ずっとうえだとおもっていましたので、ゆうがたなど、よだかにあうと、)
よだかよりは、ずっと上だと思っていましたので、夕方など、よだかにあうと、
(さもさもいやそうに、しんねりとめをつぶりながら、くびをそっぽへむけるのでした)
さもさも嫌そうに、しんねりと目をつぶりながら、首をそっ方へ向けるのでした
(もっとちいさなおしゃべりのとりなどは、)
もっとちいさなおしゃべりの鳥などは、
(いつでもよだかのまっこうからわるくちをしました。)
いつでもよだかの真っ向から悪口をしました。
(「へん。またでてきたね。まあ、あのざまをごらん。)
「ヘン。又出て来たね。まあ、あのざまをごらん。
(ほんとうに、とりのなかまのつらよごしだよ。」)
ほんとうに、鳥の仲間のつらよごしだよ。」
(「ね、まあ、あのくちのおおきいことさ。きっと、かえるのしんるいかなにかなんだよ」)
「ね、まあ、あのくちの大きいことさ。きっと、かえるの親類か何かなんだよ」
(こんなちょうしです。おお、よだかでないただのたかならば、)
こんな調子です。おお、よだかでないただの鷹ならば、
(こんななまはんかのちいさいとりは、もうなまえをきいただけでも、ぶるぶるふるえて、)
こんな生はんかのちいさい鳥は、もう名前を聞いただけでも、ぶるぶる震えて、
(かおいろをかえて、からだをちぢめて、このはのかげにでもかくれたでしょう。)
顔色を変えて、からだをちぢめて、木の葉のかげにでもかくれたでしょう。
(ところがよだかは、ほんとうはたかのきょうだいでもしんるいでもありませんでした。)
ところが夜だかは、ほんとうは鷹の兄弟でも親類でもありませんでした。
(かえって、よだかは、あのうつくしいかわせみや、とりのなかのほうせきのような)
かえって、よだかは、あの美しいかわせみや、鳥の中の宝石のような
(はちすずめのにいさんでした。はちすずめははなのみつをたべ、かわせみはおさかなをたべ、)
蜂すずめの兄さんでした。蜂すずめは花の蜜をたべ、かわせみはお魚を食べ、
(よだかははむしをとってたべるのでした。)
夜だかは羽虫をとってたべるのでした。
(それによだかには、するどいつめもするどいくちばしもありませんでしたから、)
それによだかには、するどい爪もするどいくちばしもありませんでしたから、
(どんなによわいとりでも、よだかをこわがるはずはなかったのです。)
どんなに弱い鳥でも、よだかをこわがる筈はなかったのです。
(それなら、たかというなのついたことはふしぎなようですが、これは、ひとつは)
それなら、たかという名のついたことは不思議なようですが、これは、一つは
(よだかのはねがむやみにつよくて、かぜをきってかけるときなどは、)
よだかのはねが無暗に強くて、風を切って翔(か)けるときなどは、
(まるでたかのようにみえたことと、もひとつはなきごえがするどくて、)
まるで鷹のように見えたことと、も一つはなきごえがするどくて、
(やはりどこかたかににていたためです。)
やはりどこか鷹に似ていた為です。
(もちろん、たかは、これをひじょうにきにかけて、いやがっていました。)
もちろん、鷹は、これをひじょうに気にかけて、いやがっていました。
(それですから、よだかのかおさえみると、かたをいからせて、)
それですから、よだかの顔さえ見ると、肩をいからせて、
(はやくなまえをあらためろ、なまえをあらためろと、いうのでした。)
早く名前をあらためろ、名前をあらためろと、いうのでした。
(あるゆうがた、とうとう、たかがよだかのうちへやってまいりました。)
ある夕方、とうとう、鷹がよだかのうちへやって参りました。
(「おい。いるかい。まだおまえはなまえをかえないのか。)
「おい。居るかい。まだお前は名前をかえないのか。
(ずいぶんおまえもはじしらずだな。おまえとおれでは、よっぽどじんかくがちがうんだよ。)
ずいぶんお前も恥知らずだな。お前とおれでは、よっぽど人格がちがうんだよ。
(たとえばおれは、あおいそらをどこまででもとんでいく。)
たとえばおれは、青いそらをどこまででも飛んで行く。
(おまえは、くもってうすぐらいひか、よるでなくちゃ、でてこない。それから、)
おまえは、曇ってうすぐらい日か、夜でなくちゃ、出て来ない。それから、
(おれのくちばしやつめをみろ。そして、よくおまえのとくらべてみるがいい。」)
おれのくちばしやつめを見ろ。そして、よくお前のとくらべて見るがいい。」
(「たかさん。それはあんまりむりです。)
「鷹さん。それはあんまり無理です。
(わたしのなまえはわたしがかってにつけたのではありません。かみさまからくださったのです。」)
私の名前は私が勝手につけたのではありません。神さまから下さったのです。」
(「いいや。おれのななら、かみさまからもらったのだといってもよかろうが、)
「いいや。おれの名なら、神さまから貰ったのだと云ってもよかろうが、
(おまえのは、いわば、おれとよると、りょうほうからかりてあるんだ。さあかえせ。」)
お前のは、云わば、おれと夜と、両方から借りてあるんだ。さあ返せ。」
(「たかさん。それはむりです。」)
「鷹さん。それは無理です。」
(「むりじゃない。おれがいいなをおしえてやろう。いちぞうというんだ。いちぞうとな。)
「無理じゃない。おれがいい名を教えてやろう。市蔵と云うんだ。市蔵とな。
(いいなだろう。そこで、なまえをかえるには、)
いい名だろう。そこで、名前を変えるには、
(かいめいのひろうというものをしないといけない。いいか。それはな、)
改名の披露というものをしないといけない。いいか。それはな、
(くびへいちぞうとかいたふだをぶらさげて、わたしはいらいいちぞうともうしますと、)
首へ市蔵と書いたふだをぶらさげて、私は以来市蔵と申しますと、
(こうじょうをいって、みんなのところをおじぎしてまわるのだ。」)
口上を云って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。」
(「そんなことはとてもできません。」)
「そんなことはとても出来ません。」
(「いいや。できる。そうしろ。もしあさってのあさまでに、)
「いいや。出来る。そうしろ。もしあさっての朝までに、
(おまえがそうしなかったら、もうすぐ、つかみころすぞ。つかみころしてしまうから、)
お前がそうしなかったら、もうすぐ、つかみ殺すぞ。つかみ殺してしまうから、
(そうおもえ。おれはあさってのあさはやく、とりのうちをいっけんずつまわって、)
そう思え。おれはあさっての朝早く、鳥のうちを一軒ずつまわって、
(おまえがきたかどうかをきいてあるく。いっけんでもこなかったといういえがあったら、)
お前が来たかどうかを聞いてあるく。一軒でも来なかったと云う家があったら、
(もうきさまもそのときがおしまいだぞ。」)
もう貴様もその時がおしまいだぞ。」
(「だってそれはあんまりむりじゃありませんか。そんなことをするくらいなら、)
「だってそれはあんまり無理じゃありませんか。そんなことをする位なら、
(わたしはもうしんだほうがましです。いますぐころしてください。」)
私はもう死んだ方がましです。今すぐ殺して下さい。」
(「まあ、よく、あとでかんがえてごらん。いちぞうなんてそんなにわるいなじゃないよ。」)
「まあ、よく、あとで考えてごらん。市蔵なんてそんなに悪い名じゃないよ。」