人間失格(第一の手記)2

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太宰治の人間失格
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(じぶんのいなかのいえではじゅうにんくらいのかぞくぜんぶ) 自分の田舎の家では、十人くらいの家族全部、 (めいめいのおぜんをにれつにむかいあわせにならべてすえっこのじぶんは) めいめいのお膳を二列に向い合せに並べて、末っ子の自分は、 (もちろんいちばんしものざでしたがそのしょくじのへやはうすぐらくひるごはんのときなど) もちろん一ばん下の座でしたが、その食事の部屋は薄暗く、昼ごはんの時など、 (じゅういくにんのかぞくがただもくもくとしてめしをくっているありさまには) 十幾人の家族が、ただ黙々としてめしを食っている有様には、 (じぶんはいつもはだざむいおもいをしました) 自分はいつも肌寒い思いをしました。 (それにいなかのむかしかたぎのいえでしたのでおかずもたいていきまっていて) それに田舎の昔気質の家でしたので、おかずも、たいていきまっていて、 (めずらしいものごうかなものそんなものはのぞむべくもなかったので) めずらしいもの、豪華なもの、そんなものは望むべくもなかったので、 (いよいよじぶんはしょくじのじこくをきょうふしました) いよいよ自分は食事の時刻を恐怖しました。 (じぶんはそのうすぐらいへやのまっせきにさむさにがたがたふるえるおもいで) 自分はその薄暗い部屋の末席に、寒さにがたがた震える思いで (くちにごはんをしょうりょうずつはこびおしこみにんげんは) 口にご飯を少量ずつ運び、押し込み、人間は、 (どうしていちにちにさんどさんどじこくをきめてうすぐらいひとへやにあつまり) どうして一日に三度三度、時刻をきめて薄暗い一部屋に集り、 (おぜんをじゅんじょただしくならべたべたくなくてもむごんでごはんをかみながら) お膳を順序正しく並べ、食べたくなくても無言でごはんを噛みながら、 (うつむきいえじゅうにうごめいているれいたちにいのるためのものかもしれない) うつむき、家中にうごめいている霊たちに祈るためのものかも知れない、 (とさえかんがえたことがあるくらいでした) とさえ考えた事があるくらいでした。 (めしをたべなければしぬということばはじぶんのみみには) めしを食べなければ死ぬ、という言葉は、自分の耳には、 (ただいやなおどかしとしかきこえませんでした) ただイヤなおどかしとしか聞えませんでした。 (そのめいしんは) その迷信は、 (いまでもじぶんにはなんだかめいしんのようにおもわれてならないのですが) (いまでも自分には、何だか迷信のように思われてならないのですが) (しかしいつもじぶんにふあんときょうふをあたえました) しかし、いつも自分に不安と恐怖を与えました。 (にんげんはめしをたべなければしぬからそのためにはたらいて) 人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために働いて、
など
(めしをたべなければならぬということばほどじぶんにとってなんかいでかいじゅうで) めしを食べなければならぬ、という言葉ほど自分にとって難解で晦渋で、 (そうしてきょうはくめいたひびきをかんじさせることばはなかったのです) そうして脅迫めいた響きを感じさせる言葉は、無かったのです。 (つまりじぶんにはにんげんのいとなみというものがいまだになにもわかっていない) つまり自分には、人間の営みというものが未だに何もわかっていない、 (ということになりそうです) という事になりそうです。 (じぶんのこうふくのかんねんとよのすべてのひとたちのこうふくのかんねんとが) 自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、 (まるでくいちがっているようなふあん) まるで食いちがっているような不安、 (じぶんはそのふあんのためにややてんてんししんぎんし) 自分はその不安のために夜々、転輾し、呻吟し、 (はっきょうしかけたことさえあります) 発狂しかけた事さえあります。 (じぶんはいったいこうふくなのでしょうか) 自分は、いったい幸福なのでしょうか。 (じぶんはちいさいときからじつにしばしばしあわせものだとひとにいわれてきましたが) 自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われて来ましたが、 (じぶんではいつもじごくのおもいでかえって) 自分ではいつも地獄の思いで、かえって、 (じぶんをしあわせものだといったひとたちのほうがひかくにもなにもならぬくらい) 自分を仕合せ者だといったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらい (ずっとずっとあんらくなようにじぶんにはみえるのです) ずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。 (じぶんにはわざわいのかたまりがじゅっこあってそのなかのいっこでも) 自分には、禍いのかたまりが十個あって、その中の一個でも、 (りんじんがせおったらそのいっこだけでもじゅうぶんに) 隣人が脊負ったら、その一個だけでも充分に (りんじんのいのちとりになるのではあるまいかとおもったことさえありました) 隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました。 (つまりわからないのです) つまり、わからないのです。 (りんじんのくるしみのせいしつていどがまるでけんとうつかないのです) 隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当つかないのです。 (ぷらくてかるなくるしみただめしをくえたらそれでかいけつできるくるしみ) プラクテカルな苦しみ、ただ、めしを食えたらそれで解決できる苦しみ、 (しかしそれこそもっともつよいつうくでじぶんのれいのじゅっこのわざわいなど) しかし、それこそ最も強い痛苦で、自分の例の十個の禍いなど、 (ふっとんでしまうほどのせいさんなあびじごくなのかもしれない) 吹っ飛んでしまう程の、凄惨な阿鼻地獄なのかも知れない、 (それはわからないしかしそれにしては) それは、わからない、しかし、それにしては、 (よくじさつもせずはっきょうもせずせいとうをろんじぜつぼうせず) よく自殺もせず、発狂もせず、政党を論じ、絶望せず。 (くっせずせいかつのたたかいをつづけていけるくるしくないんじゃないか) 屈せず生活のたたかいを続けて行ける、苦しくないんじゃないか? (えごいすとになりきってしかもそれをとうぜんのこととかくしんし) エゴイストになりきって、しかもそれを当然の事と確信し、 (いちどもじぶんをうたがったことがないんじゃないか) いちども自分を疑った事が無いんじゃないか? (それなららくだしかしにんげんというものはみなそんなもので) それなら、楽だ、しかし、人間というものは、皆そんなもので、 (またそれでまんてんなのではないかしらわからない) またそれで、満点なのではないかしら、わからない、 (よるはぐっすりねむりあさはそうかいなのかしらどんなゆめをみているのだろう) ……夜はぐっすり眠り、朝は爽快なのかしら、どんな夢を見ているのだろう、 (みちをあるきながらなにをかんがえているのだろうかねまさか) 道を歩きながら何を考えているのだろう、金?まさか、 (それだけでもないだろうにんげんはめしをくうためにいきているのだ) それだけでも無いだろう、人間は、めしを食うために生きているのだ、 (というせつはきいたことがあるようなきがするけれども) という説は聞いた事があるような気がするけれども、 (かねのためにいきているということばはみみにしたことがない) 金のために生きている、という言葉は、耳にしたことが無い、 (いやしかしことによるといやそれもわからない) いや、しかし、ことに依ると、……いや、それもわからない、 (かんがえればかんがえるほどじぶんにはわからなくなり) ……考えれば考えるほど、自分には、わからなくなり、 (じぶんひとりまったくかわっているようなふあんときょうふにおそわれるばかりなのです) 自分ひとり全く変っているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。 (じぶんはりんじんとほとんどかいわができません) 自分は隣人と、ほとんど会話が出来ません。 (なにをどういったらいいのかわからないのです) 何を、どう言ったらいいのか、わからないのです。 (そこでかんがえだしたのはどうけでした) そこで考え出したのは、道化でした。 (それはじぶんのにんげんにたいするさいごのきゅうあいでした) それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。 (じぶんはにんげんをきょくどにおそれていながらそれでいて) 自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、 (にんげんをどうしてもおもいきれなかったらしいのです) 人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。 (そうしてじぶんは) そうして自分は、 (このどうけのいっせんでわずかににんげんにつながることができたのでした) この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。 (おもてではたえずえがおをつくりながらもないしんはひっしの) おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、 (それこそせんばんにいちばんのかねあいとでもいうべきききいっぱつの) それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、 (あぶらあせながしてのさーヴぃすでした) 油汗流してのサーヴィスでした。
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