パノラマ奇島談_§3

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著者:江戸川乱歩
売れない物書きの人見廣介は、定職にも就かない極貧生活の中で、自身の理想郷を夢想し、それを実現することを夢見ていた。そんなある日、彼は自分と瓜二つの容姿の大富豪・菰田源三郎が病死した話を知り合いの新聞記者から聞く。大学時代、人見と菰田は同じ大学に通っており、友人たちから双生児の兄弟と揶揄されていた。菰田がてんかん持ちで、てんかん持ちは死亡したと誤診された後、息を吹き返すことがあるという話を思い出した人見の中で、ある壮大な計画が芽生える。それは、蘇生した菰田を装って菰田家に入り込み、その莫大な財産を使って彼の理想通りの地上の楽園を創造することであった。幸い、菰田家の墓のある地域は土葬の風習が残っており、源三郎の死体は焼かれることなく、自らの墓の下に埋まっていた。

人見は自殺を偽装して、自らは死んだこととし、菰田家のあるM県に向かうと、源三郎の墓を暴いて、死体を隣の墓の下に埋葬しなおし、さも源三郎が息を吹き返したように装って、まんまと菰田家に入り込むことに成功する。人見は菰田家の財産を処分して、M県S郡の南端にある小島・沖の島に長い間、夢見ていた理想郷を建設する。

一方、蘇生後、自分を遠ざけ、それまで興味関心を示さなかった事業に熱中する夫を源三郎の妻・千代子は当惑して見つめていた。千代子に自分が源三郎でないと感付かれたと考えた人見は千代子を、自らが建設した理想郷・パノラマ島に誘う。人見が建設した理想郷とはどのようなものだったのか。そして、千代子の運命は?
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 布ちゃん 5596 マジで速い 5.8 95.1% 1073.2 6327 321 100 2024/10/31
2 ねね 4505 ちょっと速い 4.6 96.6% 1366.4 6380 224 100 2024/09/23

関連タイピング

問題文

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(つづけていたのですが、ところがかれのかくものは、ほんやくはべつとして、そうさくのほうは)

続けていたのですが、ところが彼の書くものは、翻訳は別として、創作の方は

(みょうにざっししゃのきうけがわるいのでした。それというのが、かれのはかれじしんのれいの)

妙に雑誌社の気受けが悪いのでした。それというのが、彼のは彼自身の例の

(むかゆうごうを、いろいろなけいしきで、びにいりさいをうがちびょうしゃするにすぎない、)

無可有郷を、いろいろな形式で、微に入り細を穿ち描写するに過ぎない、

(いわばひとりよがりのたいくつきわまるしろものだったものですから、)

いわば独りよがりの退屈極まる代物だったものですから、

(それはむりもないことといわねばなりません。)

それは無理もないことと言わねばなりません。

(そんなわけで、せっかくきをいれてかきあげたそうさくなどが、ざっしへんしゅうしゃに)

そんなわけで、せっかく気を入れて書き上げた創作などが、雑誌編集者に

(にぎりつぶされたことも1,2どではなく、そこへもってきて、かれのせいしつが、)

握りつぶされたことも1,2度ではなく、そこへ持ってきて、彼の性質が、

(ただもじのゆうぎなどでまんぞくするには、あまりどんらんであったものですから、)

ただ文字の遊戯などで満足するには、あまり貪婪であったものですから、

(しょうせつのほうではひたすらうだつがあがらないのです。といって、それをやめて)

小説の方では一向うだつが上がらないのです。と言って、それをやめて

(しまっては、さっそくそのひぐらしにもこまるので、いやいやながら、いつまでも)

しまっては、早速その日暮らしにも困るので、いやいやながら、何時までも

(したづみさんもんぶんしのせいかつをつづけていくほかはないのでした。)

下積み三文文士の生活を続けていくほかはないのでした。

(かれはいちまい50せんのげんこうをかきながら、そして、そのひまひまには、かれのむそうきょうの)

彼は一枚50銭の原稿を書きながら、そして、その暇々には、彼の夢想郷の

(みとりずだとか、そこへたてるけんちくぶつのせっけいずだとかを、)

見取り図だとか、そこへ立てる建築物の設計図だとかを、

(なんまいとなくかいてはやぶり、かいてはやぶりしながら、)

何枚となく書いては破り、書いては破りしながら、

(かれらのむそうをおもうがままにじつげんすることのできた、こらいのていおうたちのじせきを、)

彼らの夢想を思うがままに実現することのできた、古来の帝王たちの事蹟を、

(かぎりなきせんぼうをもって、こころにおもいえがくのでした。)

限りなき羨望をもって、心に思い描くのでした。

(さん)

(さておはなしというのは、ひとみひろすけがそのようなじょうたいで、いきがいのないそのひ)

さてお話というのは、人見広介がそのような状態で、生き甲斐のないその日

(そのひをおくっているところへ、あるひのこと、それはさきにいったれいのはなれじまの)

その日を送っているところへ、ある日のこと、それは先にいった例の離れ島の

(だいどこうがはじまるいちねんばかりまえにあたるのですが、)

大土工が始まる一年ばかり前に当たるのですが、

など

(じつにすばらしいこううんがまいこんできたことからはじまるのです。)

実に素晴らしい幸運が舞い込んできたことから始まるのです。

(それはひとくちにこううんなどということばではいいつくせないほど、きかいしごくな、)

それは一口に幸運などという言葉では言い尽くせないほど、奇怪至極な、

(むしろおそるべき、それでいて、おとぎばなしにもにたこわくをともなうところの、)

むしろ恐るべき、それでいて、おとぎ話にも似た蠱惑を伴うところの、

(あることがらでありました。かれはそのきっぽう(?)にせっして、やがてあることを)

ある事柄でありました。彼はその吉報(?)に接して、やがてあることを

(おもいあたると、おそらくなんぴともかつてけいけんしたことのないふしぎなかんきを)

思い当たると、おそらく何人もかつて経験したことのない不思議な歓喜を

(あじわい、そしてそのつぎのせつなには、かれじしんのあまりのおそろしさに、)

味わい、そしてその次の刹那には、彼自身のあまりの恐ろしさに、

(はのねもあわぬほどのせんりつをおぼえたのであります。)

歯の根も合わぬほどの戦慄を覚えたのであります。

(そのほうちをもたらしたものは、だいがくじだいのどうきゅうせいであったひとりのしんぶんきしゃで)

その報知をもたらした者は、大学時代の同級生であった一人の新聞記者で

(ありましたが、あるひそのおとこがひさしぶりでひろすけのげしゅくをおとずれ、なにかのはなしの)

ありましたが、ある日その男が久し振りで広介の下宿を訪れ、何かの話の

(ついでに、かれとしてはなんのきもつかず、ふとそのことがらをいいだしたのでした。)

ついでに、彼としては何の気も付かず、ふとその事柄を言い出したのでした。

(「ときに、きみはまだしるまいが、ついに、さんにちまえにきみのあにきがしんだのだよ。」)

「時に、君はまだ知るまいが、つい二、三日前に君の兄貴が死んだのだよ。」

(「なんだって!」)

「なんだって!」

(そのとき、ひとみひろすけはあいてのいようなことばに、)

その時、人見広介は相手の異様な言葉に、

(ついこんなふうにはんもんしないではいられませんでした。)

ついこんな風に反問しないではいられませんでした。

(「ほら、きみはもうわすれたのかい。れいのゆうめいなきみのかたわれだよ。)

「ホラ、君はもう忘れたのかい。例の有名な君の片割れだよ。

(そうせいじのかたわれだよ。こもだげんざぶろうさ」)

双生児の片割れだよ。菰田源三郎さ」

(「ああ、こもだか。あのおおがねもちのこもだがかい。)

「ああ、菰田か。あの大金持ちの菰田がかい。

(そいつはおどろいたな。ぜんたいなにのびょうきでしんだのだい」)

そいつは驚いたな。全体何の病気で死んだのだい」

(「つうしんいんからげんこうをおくってきたのだよ。それによると、せんせいじびょうのてんかんで)

「通信員から原稿を送ってきたのだよ。それによると、先生持病の癲癇で

(やられたらしい。ほっさがおこったまま、かいふくしなかったのだね。)

やられたらしい。発作が起こったまま、回復しなかったのだね。

(まだしじゅうのこえもきかないで、かわいそうなことをしたよ」)

まだ四十の声も聞かないで、かわいそうなことをしたよ」

(そのあとにつけくわえ、しんぶんきしゃはこんなことをいいました。)

そのあとに付け加え、新聞記者はこんなことを言いました。

(「それにしても、ぼくはいまさらかんしんしたね。なんてよくにているのだろう。)

「それにしても、僕は今更感心したね。なんてよく似ているのだろう。

(きみとあのおとこがさ。げんこうといっしょにこもだのさいきんのしゃしんをいれてきたのだが、それを)

君とあの男がさ。原稿と一緒に菰田の最近の写真を入れてきたのだが、それを

(みると、あれからじゅうなんねんたつけど、きみたちはむしろがくせいじだいいじょうににてきたね。)

見ると、あれから十何年たつけど、君たちはむしろ学生時代以上に似てきたね。

(あのしゃしんのくちひげのところへゆびをあてて、そこへ、)

あの写真の口髭のところへ指をあてて、そこへ、

(きみのそのめがねをかけさせれば、まるでそっくりなんだからね」)

君のその眼鏡をかけさせれば、まるでそっくりなんだからね」

(このかいわによって、どくしゃじしんもすでによそうされたとおり、びんぼうしょせいのひとみひろすけと)

この会話によって、読者自身もすでに予想されたとおり、貧乏書生の人見広介と

(mけんずいいちのふごうこもだげんざぶろうとは、だいがくじだいのどうきゅうせいで、しかも、)

M県随一の富豪菰田源三郎とは、大学時代の同級生で、しかも、

(ふしぎなことには、ほかのがくせいたちからそうせいじというあだなをつけられていた)

不思議なことには、ほかの学生たちから双生児というあだ名をつけられていた

(ほども、かおがたからせかっこう、こわいろにいたるまで、まるでうりふたつだったのです。)

ほども、顔型から背格好、声色に至るまで、まるで瓜二つだったのです。

(どうきゅうせいたちはかれらのねんれいのそういから、こもだげんざぶろうをそうせいじのあにとよび、)

同級生たちは彼らの年齢の相違から、菰田源三郎を双生児の兄と呼び、

(ひとみひろすけをおとうととよんで、なにかにつけてふたりをからかおうとしました。)

人見広介を弟と呼んで、何かにつけて二人をからかおうとしました。

(からかわれながら、かれらは、おたがいに、そのあだながけっしていつわりでないことを、)

からかわれながら、彼らは、お互いに、そのあだ名が決して偽りでないことを、

(みずからみとめないわけにはいかなかったのです。こうしたことは、ままあるならいとは)

自ら認めないわけにはいかなかったのです。こうしたことは、ままある習いとは

(いいながら、かれらのように、そうせいじでもないのに、そうせいじとまちがうほども)

いいながら、彼らのように、双生児でもないのに、双生児と間違うほども

(にているというのは、ちょっとめずらしいことでした。ことにそれがあとになって、)

似ているというのは、ちょっと珍しいことでした。ことにそれが後になって、

(よにもおどろくべきかいじけんをうむにいたったじじつをおもえば、)

世にも驚くべき怪事件を生むに至った事実を思えば、

(いんねんのおそろしさにみぶるいをきんじえないのです。)

因縁の恐ろしさに身震いを禁じ得ないのです。

(かれらがそうほうとも、あまりきょうしつへかおをみせないほうだったのと、ひとみひろすけがけいどの)

彼らが双方とも、あまり教室へ顔を見せないほうだったのと、人見広介が軽度の

(きんがんで、しじゅうめがねをもちあるいていたので、ふたりかおをあわせるきかいがすくなく、)

近眼で、始終眼鏡を持ち歩いていたので、二人顔を合わせる機会が少なく、

(かおをあわせたところでいっぽうはめがねがあるため、えんぽうからでもじゅうぶんくべつすることが)

顔を合わせたところで一方は眼鏡があるため、遠方からでも十分区別することが

(できたものですから、さしたるちんだんもおこらないですみましたが、それでも、)

できたものですから、さしたる珍談も起こらないで済みましたが、それでも、

(ながいがくせいせいかつちゅうには、わらいばなしのたねになるような)

長い学生生活中には、笑い話のタネになるような

(ことがらがいち、にどならずありました。それほどかれらはよくにていたのです。)

事柄が一、二度ならずありました。それほど彼らはよく似ていたのです。

(そのいわゆるそうせいじのかたわれがしんだというのですから、ひとみひろすけにとっては、)

そのいわゆる双生児の片割れが死んだというのですから、人見広介にとっては、

(ほかのどうそうのふほうにせっしたよりは、いくらかおどろきがつよかったわけですが、でも、)

ほかの同窓の訃報に接したよりは、いくらか驚きが強かったわけですが、でも、

(かれはとうじから、まるでじぶんのかげのようなこもだにたいして、)

彼は当時から、まるで自分の影のような菰田に対して、

(かれらがあまりにすぎているために、かえってけんおのじょうをいだいていたくらいで、)

彼らがあまり似すぎているために、かえって嫌悪の情を抱いていたくらいで、

(むろんかなしみをかんずるというほどではありませんでした。とはいえ、)

むろん悲しみを感ずるというほどではありませんでした。とはいえ、

(このできごとにはなんともしれずひとみひろすけをうつものがあったのです。)

この出来事には何とも知れず人見広介を打つものがあったのです。

(それはかなしみというよりはおどろき、おどろきというよりは、なにかこう、みょうにぶきみな)

それは悲しみというよりは驚き、驚きというよりは、何かこう、妙に不気味な

(えたいのしれぬよかんのようなものでありました。)

得体の知れぬ予感のようなものでありました。

(しかしそれがなんであるか、あいてのしんぶんきしゃがそれからまた、)

しかしそれがなんであるか、相手の新聞記者がそれからまた、

(ながいあいだせけんばなしをつづけて、さてかえってしまうまでは、かれはひたすらきづかないで)

長い間世間話を続けて、さて帰ってしまうまでは、彼は一向気づかないで

(いたのですが、ひとりになって、みょうにあたまにのこっているこもだのしについて、)

いたのですが、一人になって、妙に頭に残っている菰田の死について、

(いろいろとかんがえているうちに、やがてとほうもないくうそうが、ゆうだちぐものひろがるときの)

いろいろと考えているうちに、やがて途方もない空想が、夕立雲の広がる時の

(ような、はやさ、ぶきみさで、かれのあたまのなかにむらむらとわきおこってきたのです。)

ような、速さ、不気味さで、彼の頭の中にムラムラと沸き起こってきたのです。

(かれはまっさおになって、はをくいしばって、はてはがたがたふるえながら、)

彼は真っ蒼になって、歯を食いしばって、果てはガタガタ震えながら、

(いつまでも、じっとひとつところにすわったまま、そのだんだんはっきりと)

何時までも、じっと一つところに坐ったまま、そのだんだんはっきりと

(しょうたいをあらわしてくるかんがえをみつめておりました。あるときは、あまりのこわさに、)

正体を現してくる考えを見つめておりました。ある時は、あまりの怖さに、

(つぎつぎとわきあがるみょうけいを、おさえとめようとどりょくしたのですが、どうして)

次々と湧き上がる妙計を、抑え止めようと努力したのですが、どうして

(とまるどころか、おさえればおさえるほど、かえってまんげきょうのあざやかさをもって、)

止まるどころか、押さえれば押えるほど、かえって万華鏡の鮮やかさをもって、

(そのあっけいのひとつひとつのばめんまでがげんそうされてくるのでした。)

その悪計の一つ一つの場面までが幻想されてくるのでした。

(よん)

(かれがそのような、いわばみぞうのわるだくみをかんがえつくにいたったひとつのじゅうだいな)

彼がそのような、いわば未曽有の悪だくみを考え付くに至った一つの重大な

(どうきは、mけんのこもだのちほうでは、いっぱんにかそうというものがなく、ことに)

動機は、M県の菰田の地方では、一般に火葬というものがなく、ことに

(こもだけのようなじょうりゅうかいきゅうでは、なおさらそれをいんで、かならずどそうをいとなむに)

菰田家のような上流階級では、なおさらそれを忌んで、必ず土葬をいとなむに

(きまっているというてんにありました。そのことはざいがくじだいこもだじしんのくちからも)

決まっているという点にありました。そのことは在学時代菰田自身の口からも

(きいてよくしっていたのです。それともうひとつは、こもだのしいんがてんかんの)

聞いてよく知っていたのです。それともう一つは、菰田の死因が癲癇の

(ほっさからであったことでした。それがまた、)

発作からであったことでした。それが又、

(かれのあるきおくをよびおこさないではいなかったのです。)

彼のある記憶を呼び起こさないではいなかったのです。

(ひとみひろすけは、こうかふこうか、いぜんはるとまん、ぶーしぇ、けんぷなーなどという)

人見広介は、幸か不幸か、以前ハルトマン、ブーシェ、ケンプナーなどという

(ひとびとの、しにかんするしょもつをたんどくしたことがあって、ことにかしのまいそうについては)

人々の、死に関する書物を耽読したことがあって、ことに仮死の埋葬については

(かなりのちしきをもっていたものですから、てんかんによるしというものが、)

かなりの知識を持っていたものですから、癲癇による死というものが、

(いかにふたしかで、いきうめのきけんをともなうものだかを、よくこころえていたのです。)

いかに不確かで、生き埋めの危険を伴うものだかを、よく心得ていたのです。

(おおくのどくしゃしょくんは、たぶんぽーの「はやすぎたまいそう」)

多くの読者諸君は、たぶんポーの「早すぎた埋葬」

(というたんぺんをおよみになったことがおありでしょう。)

という短篇をお読みになったことがおありでしょう。

(そして、かしのまいそうのおそろしさをじゅうぶんごしょうちでありましょう。)

そして、仮死の埋葬の恐ろしさを十分御承知でありましょう。

(「いきながらほうむられるということは、かつてじんるいのうんめいにおちきたったこれらの)

「生きながら葬られるということは、かつて人類の運命に落ちきたったこれらの

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