シャーロック・ホームズの事件簿 高名な依頼人3
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問題文
(ほうもんしゃがさったあと、ほーむずはまるでわたしのそんざいをわすれたかのように)
訪問者が去った後、ホームズはまるで私の存在を忘れたかのように
(ひじょうにながいあいだかんがえこんですわっていた。しかしとうとう、とつぜんわれにかえった。)
非常に長い間考え込んで座っていた。しかしとうとう、突然我に返った。
(「さて、わとそん、どうしたものかな?」かれはたずねた。)
「さて、ワトソン、どうしたものかな?」彼は尋ねた。
(「そのわかいじょせいにあうべきだとおもう」)
「その若い女性に会うべきだと思う」
(「やれやれわとそん、あわれにうちのめされたろうふでもこころをうごかせないのに、)
「やれやれワトソン、哀れに打ちのめされた老父でも心を動かせないのに、
(どうしていちめんしきもないぼくがせっとくできる?とはいえ、さいごのしゅだんとしては、)
どうして一面識もない僕が説得できる?とはいえ、最後の手段としては、
(やってみてもいいかもしれんな。しかし、まずはちがうほうこうから)
やってみてもいいかもしれんな。しかし、まずは違う方向から
(ちゃくしゅすべきだとおもう。しんうぇる・じょんそんがたすけになるようなきがする」)
着手すべきだと思う。シンウェル・ジョンソンが助けになるような気がする」
(わたしはしんうぇる・じょんそんについてこのかいころくでふれるきかいがなかった。)
私はシンウェル・ジョンソンについてこの回顧録で触れる機会がなかった。
(さいきんのほーむずのじけんをほとんどとりあげていないからだ。にじゅうせいきさいしょのとし、)
最近のホームズの事件をほとんど取り上げていないからだ。20世紀最初の年、
(かれはきちょうなじょしゅになった。じょんそんは、ーーこれをうちあけるのはかなしい)
彼は貴重な助手になった。ジョンソンは、 ―― これを打ち明けるのは悲しい
(ことだがーー、ひじょうにきけんなあくにんとしてさいしょになをはせ、ぱーかすとで)
ことだが ―― 、非常に危険な悪人として最初に名を馳せ、パーカストで
(にどちょうえきをうけた。さいしゅうてきにかれはくいあらためてほーむずにきょうりょくするようになり、)
ニ度懲役を受けた。最終的に彼は悔い改めてホームズに協力するようになり、
(こうだいなろんどんのちかはんざいしゃかいでかれのえーじぇんととしてこうどうし、)
広大なロンドンの地下犯罪社会で彼のエージェントとして行動し、
(しばしばけっていてきなじょうほうをにゅうしゅした。じょんそんがけいさつのすぱいであったら、)
しばしば決定的な情報を入手した。ジョンソンが警察のスパイであったら、
(かれのしょうたいはすぐにはんめいしただろう。しかしかれはけっしてちょくせつほうていに)
彼の正体はすぐに判明しただろう。しかし彼は決して直接法廷に
(もちこまれないじけんをあつかっていたので、かれのこうどうはなかまにはまったく)
持ち込まれない事件を扱っていたので、彼の行動は仲間にはまったく
(きづかれなかった。にどのぜんれきがあるというとっけんで、かれはどこにでも)
気づかれなかった。二度の前歴があるという特権で、彼はどこにでも
(でいりできた、あらゆるないとくらぶ、やすやど、まちのとばくじょう、)
出入りできた、あらゆるナイトクラブ、安宿、街の賭博場、
(そしてすばやいかんさつりょくときれるずのうで、りそうてきなじょうほうしゅうしゅうのえーじぇんとだった。)
そして素早い観察力と切れる頭脳で、理想的な情報収集のエージェントだった。
(ほーむずがいま、よびだそうとしているのがこのおとこだった。)
ホームズが今、呼び出そうとしているのがこの男だった。
(わたしはじぶんのしごとできんきゅうのようけんがあったため、ほーむずがじっさいに)
私は自分の仕事で緊急の要件があったため、ホームズが実際に
(どんなしゅだんをとったかをしることはできなかった。しかしわたしはそのよる、)
どんな手段をとったかを知ることはできなかった。しかし私はその夜、
(しんぷそんずでかれとまちあわせをした。まどぎわのちいさなてーぶるにすわり、)
シンプソンズで彼と待ち会わせをした。窓際の小さなテーブルに座り、
(すとらんどがいをいそがしくいきかうひとのながれをみおろしながら、)
ストランド街を忙しく行きかう人の流れを見下ろしながら、
(かれはおきたことのいちぶをわたしにかたった。)
彼は起きた事の一部を私に語った。
(「じょんそんはかぎまわっている」かれはいった。「かれはちかしゃかいで、)
「ジョンソンは嗅ぎまわっている」彼は言った。「彼は地下社会で、
(それよりもっとくらいおくまにいってごみをあさっている。そのくらいはんざいの)
それよりもっと暗い奥間に行ってごみをあさっている。その暗い犯罪の
(こんげんのなかに、われわれがあばきださねばならないこのおとこのひみつがあるからだ」)
根源の中に、我々が暴き出さねばならないこの男の秘密があるからだ」
(「しかしそのじょせいがすでにはんめいしているじじつをみとめようとしないなら、)
「しかしその女性がすでに判明している事実を認めようとしないなら、
(きみがどんなあたらしいはっけんをしてもけっしんがゆらぐだろうか?」)
君がどんな新しい発見をしても決心が揺らぐだろうか?」
(「やってみんとわからんだろう、わとそん?おんなのかんじょうとせいしんは)
「やってみんと分からんだろう、ワトソン?女の感情と精神は
(おとこにはとけないなぞだ。さつじんでさえおおめにみたりなっとくしたりするのに、)
男には解けない謎だ。殺人でさえ大目に見たり納得したりするのに、
(ちょっとしたぶれいをねにもったりする。)
ちょっとした無礼を根に持ったりする。
(ぐらなーだんしゃくがぼくにいったはなしでは・・・」「かれにあったのか!」)
グラナー男爵が僕に言った話では・・・」「彼に会ったのか!」
(「ああ、そうだ、ぼくのけいかくをきみにはなしていなかった。いいか、わとそん、)
「ああ、そうだ、僕の計画を君に話していなかった。いいか、ワトソン、
(ぼくはてきをしっかりとはあくするのがすきなんだ。ぼくはちょくせつたいじして、)
僕は敵をしっかりと把握するのが好きなんだ。僕は直接対峙して、
(かれがもっているさいのうをじぶんのめでみとどけたいんだ。じょんそんに)
彼が持っている才能を自分の目で見とどけたいんだ。ジョンソンに
(しじをあたえたあと、ぼくはけんじんとんまでつじばしゃでいき、だんしゃくがひじょうに)
指示を与えた後、僕はケンジントンまで辻馬車で行き、男爵が非常に
(じょうきげんでいるのがわかった」「かれはきみだとわかったのか?」)
上機嫌でいるのが分かった」「彼は君だと分かったのか?」
(「それはすぐにわかっただろう。ぼくはさっさとめいしをだしたからね。)
「それはすぐに分かっただろう。僕はさっさと名刺を出したからね。
(かれはみごとなてきだ。こおりのようにれいせいで、なめらかなこえで、じょうきゅうせんもんいのように)
彼は見事な敵だ。氷のように冷静で、滑らかな声で、上級専門医のように
(ひとをおちつかせる。そしてこぶらのようにどくをもっている。)
人を落ち着かせる。そしてコブラのように毒を持っている。
(かれがなにをかんがえていたことやら、・・・・ほんとうのはんざいきぞくだ。ごごのおちゃを)
彼が何を考えていた事やら、・・・・本当の犯罪貴族だ。午後のお茶を
(しらじらしくすすめて、おそろしいざんこくさなどみじんもみせなかった。)
白々しくすすめて、恐ろしい残酷さなど微塵も見せなかった。
(ぼくはあでるばーと・ぐらなーだんしゃくにちゅうもくをひかせてもらってよろこんでいる」)
僕はアデルバート・グラナー男爵に注目を引かせてもらって喜んでいる」
(「かんじのいいにんげんだといったな?」)
「感じのいい人間だと言ったな?」
(「ねずみがとれそうだとおもっているねこはのどをごろごろいわせるさ。)
「鼠が取れそうだと思っている猫は喉をゴロゴロ言わせるさ。
(あるしゅのにんげんのあいそよさはかとうなやつらのぼうりょくいじょうにもっとちめいてきになる。)
ある種の人間の愛想よさは下等な奴らの暴力以上にもっと致命的になる。
(かれのあいさつはてんけいてきだった。「ほーむずさん、おそかれはやかれあなたと)
彼の挨拶は典型的だった。『ホームズさん、遅かれ早かれあなたと
(おあいすることになるのではとおもっていました」かれはいった。)
お会いすることになるのではと思っていました』彼は言った。
(「あなたはまちがいなくど・めるヴぃるだんしゃくに、わたしとかれのむすめ)
『あなたは間違いなくド・メルヴィル男爵に、私と彼の娘
(ヴぁいおれっととのけっこんをそしするためにやとわれた。そうですね?」」)
ヴァイオレットとの結婚を阻止するために雇われた。そうですね?』」
(「ぼくはだまっていた」)
「僕は黙っていた」
(「「ほーむずさん」かれはいった。「あなたはそのめいせいにふさわしいかたですが、)
「『ホームズさん』彼は言った。『あなたはその名声にふさわしい方ですが、
(せっかくのめいせいをだいなしにするだけです。これはまんにひとつも)
せっかくの名声を台無しにするだけです。これは万に一つも
(せいこうするみこみがあるあんけんではありません。きけんをまねくだけで、あなたは)
成功する見込みがある案件ではありません。危険を招くだけで、あなたは
(なんのせいかもえられないでしょう。すぐにてをひくことをつよくちゅうこくします」」)
何の成果も得られないでしょう。すぐに手を引くことを強く忠告します』」
(「「みょうなぐうぜんだな」ぼくはこたえた。「ぼくはそのちゅうこくをまさにきみにいおうと)
「『妙な偶然だな』僕は答えた。『僕はその忠告をまさに君に言おうと
(していたところだ。だんしゃく、ぼくはきみのずのうはそんけいしている。)
していたところだ。男爵、僕は君の頭脳は尊敬している。
(そしてきみというにんげんをすこししったいまでもそれはかわらない。おとことしてききたい。)
そして君という人間を少し知った今でもそれは変わらない。男として訊きたい。
(だれもきみのかこをあばきたてて、ひつよういじょうにふゆかいにさせたいとおもっていない。)
誰も君の過去を暴き立てて、必要以上に不愉快にさせたいと思っていない。
(もうすんだことだ。そしてきみはいまじゅんちょうにやっている。しかしもしきみが)
もう済んだことだ。そして君は今順調にやっている。しかしもし君が
(このけっこんにこしゅうするなら、ものすごいかずのきょうりょくなてきがたちあがり、きみがいぎりすに)
この結婚に固執するなら、ものすごい数の強力な敵が立ち上り、君がイギリスに
(いるかぎり、ただごとではすまなくなる。これはかちのあることか?)
いるかぎり、ただ事ではすまなくなる。これは価値のあることか?
(きみはこのじょせいにてをださないほうがぜったいにけんめいだ。もしきみのかこを)
君はこの女性に手を出さない方が絶対に賢明だ。もし君の過去を
(かのじょのみみにいれることになれば、きみにとってふゆかいなことになるぞ」」)
彼女の耳に入れることになれば、君にとって不愉快な事になるぞ』」
(「だんしゃくははなのしたにこんちゅうのみじかいしょっかくのようなわっくすでかためたほそいひげを)
「男爵は鼻の下に昆虫の短い触角のようなワックスで固めた細い髭を
(はやしていた。それがはなしをきいているときにおかしそうにふるえていたが、)
生やしていた。それが話を聞いているときにおかしそうに震えていたが、
(とうとうちいさくわらいだした」)
とうとう小さく笑い出した」
(「「わらってもうしわけない、ほーむずさん」かれはいった。「しかしあなたが)
「『笑って申し訳ない、ホームズさん』彼は言った。『しかしあなたが
(なんのかーどももたないのに、しょうぶしようとしているのをみて)
何のカードも持たないのに、勝負しようとしているのを見て
(ほんとうにおかしくなったものでね。だれにもそれいじょうのことはできないでしょうが、)
本当におかしくなったものでね。誰にもそれ以上のことはできないでしょうが、
(しかしそれでもちょっといたましいですね。いちまいのえふだもなく、)
しかしそれでもちょっと痛ましいですね。一枚の絵札もなく、
(ほーむずさん、さいていのばんごうふだいがいないというのは」」)
ホームズさん、最低の番号札以外ないというのは』」
(「「そうおもうのか」」)
「『そう思うのか』」
(「「そうだとわかっています。はっきりさせておきましょう。)
「『そうだと分かっています。はっきりさせておきましょう。
(わたしのてふだはひじょうにきょうりょくなのでみせてもさしつかえありません。わたしはこううんにも)
私の手札は非常に強力なので見せても差し支えありません。私は幸運にも
(このじょせいのかんぜんなあいじょうをかちとりました。わたしは、かこのじんせいにおきた)
この女性の完全な愛情を勝ち取りました。私は、過去の人生に起きた
(ふこうなできごとをすべてひじょうにわかりやすくはなしたのですが、それでもかのじょは)
不幸な出来事を全て非常に分かりやすく話したのですが、それでも彼女は
(あいをささげてくれました。わたしはかのじょにべつのはなしもしました。あるあくいをもった)
愛を捧げてくれました。私は彼女に別の話もしました。ある悪意をもった
(いんけんなじんぶつが、・・・・あなたがごじぶんのことだときづいていただければ)
陰険な人物が、・・・・あなたがご自分のことだと気づいていただければ
(さいわいですが・・・・かのじょのところにきて、いろいろなはなしをするだろうとね。)
幸いですが・・・・彼女のところに来て、色々な話をするだろうとね。
(そしてわたしはかのじょにどのようにそれをあしらえばいいか、じぜんちゅういをしました。)
そして私は彼女にどのようにそれをあしらえばいいか、事前注意をしました。
(あなたは、あとさいみんあんじについてきいたことがありますか?ほーむずさん。)
あなたは、後催眠暗示について聞いたことがありますか?ホームズさん。
(まあ、それがどのようなものかわかるでしょう。さいのうあるにんげんは、)
まあ、それがどのようなものか分かるでしょう。才能ある人間は、
(やぼなてのうごきやばかげたぽーずをつかわなくてもさいみんじゅつがつかえるということをね。)
やぼな手の動きや馬鹿げたポーズを使わなくても催眠術が使えるという事をね。
(かのじょはまちがいなく、あなたにたいしてこころのじゅんびができています。)
彼女は間違いなく、あなたに対して心の準備ができています。
(そしてあなたとあうことになるでしょう。かのじょはちちおやのいうことに)
そしてあなたと会う事になるでしょう。彼女は父親の言うことに
(きわめてじゅうじゅんですから、・・・・ただひとつちいさなことをのぞいてはですが」」)
極めて従順ですから、・・・・ただ一つ小さな事を除いてはですが』」