江戸川乱歩:人間椅子3

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投稿者投稿者もみえぼしいいね1お気に入り登録
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江戸川乱歩の人間椅子のタイピングです。
さて、~ないかと存じます。まで。4につづきます。

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問題文

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(さて、なにからかきはじめたらいいのか、)

さて、何から書き初めたらいいのか、

(あまりににんげんばなれのした、きかいせんばんなじじつなので、)

余りに人間離れのした、奇怪千万な事実なので、

(こうした、にんげんせかいでつかわれる、てがみというようなほうほうでは、)

こうした、人間世界で使われる、手紙という様な方法では、

(みょうにおもはゆくて、ふでのにぶるのをおぼえます。)

妙に面はゆくて、筆の鈍るのを覚えます。

(でも、まよっていてもしかたがございません。)

でも、迷っていても仕方がございません。

(ともかくも、ことのおこりから、)

兎も角も、事の起りから、

(じゅんをおって、かいていくことにいたしましょう。)

順を追って、書いて行くことに致しましょう。

(わたしはうまれつき、よにもみにくいようぼうのもちぬしでございます。)

私は生れつき、世にも醜い容貌の持主でございます。

(これをどうか、はっきりと、おおぼえなすっていてくださいませ。)

これをどうか、はっきりと、お覚えなすっていて下さいませ。

(そうでないと、もし、あなたが、このぶしつけなねがいをいれて、)

そうでないと、若し、あなたが、この無躾な願いを容れて、

(わたしにおあいくださいましたばあい、ただでさえみにくいわたしのかおが、)

私にお逢い下さいました場合、ただでさえ醜い私の顔が、

(ながいつきひのふけんこうなせいかつのために、)

長い月日の不健康な生活の為に、

(ふためとみられぬ、ひどいすがたになっているのを、)

二た目と見られぬ、ひどい姿になっているのを、

(なんのよびちしきもなしに、あなたにみられるのは、)

何の予備知識もなしに、あなたに見られるのは、

(わたしとしては、たえがたいことでございます。)

私としては、堪え難いことでございます。

(わたしというおとこは、なんといういんがのうまれつきなのでありましょう。)

私という男は、何という因果の生れつきなのでありましょう。

(そんなみにくいようぼうをもちながら、むねのなかでは、ひとしれず、)

そんな醜い容貌を持ちながら、胸の中では、人知れず、

(よにもはげしいじょうねつを、もやしていたのでございます。)

世にも烈しい情熱を、燃していたのでございます。

(わたしは、おばけのようなかおをした、そのうえごくびんぼうな、)

私は、お化のような顔をした、その上極く貧乏な、

(いちしょくにんにすぎないわたしのげんじつをわすれて、)

一職人に過ぎない私の現実を忘れて、

など

(みのほどしらぬ、かんびな、ぜいたくな、)

身の程知らぬ、甘美な、贅沢な、

(しゅじゅさまざまの「ゆめ」にあこがれていたのでございます。)

種々様々の「夢」にあこがれていたのでございます。

(わたしがもし、もっとゆたかないえにうまれていましたなら、)

私が若し、もっと豊な家に生れていましたなら、

(きんせんのちからによって、いろいろのゆうぎにふけり、)

金銭の力によって、色々の遊戯に耽り、

(しゅうぼうのやるせなさを、まぎらすことができたでもありましょう。)

醜貌のやるせなさを、まぎらすことが出来たでもありましょう。

(それともまた、わたしに、)

それとも又、私に、

(もっとげいじゅつてきなてんぶんが、あたえられていましたなら、)

もっと芸術的な天分が、与えられていましたなら、

(たとえばうつくしいしいかによって、このよのあじけなさを、)

例えば美しい詩歌によって、此世の味気なさを、

(わすれることができたでもありましょう。)

忘れることが出来たでもありましょう。

(しかし、ふこうなわたしは、いずれのめぐみにもよくすることができず、)

併し、不幸な私は、何れの恵みにも浴することが出来ず、

(あわれな、いちかぐしょくにんのことして、おやゆずりのしごとによって、)

哀れな、一家具職人の子として、親譲りの仕事によって、

(そのひそのひのくらしを、たてていくほかはないのでございました。)

其日其日の暮しを、立てて行く外はないのでございました。

(わたしのせんもんは、さまざまのいすをつくることでありました。)

私の専門は、様々の椅子を作ることでありました。

(わたしのつくったいすは、どんなむずかしいちゅうもんしゅにも、)

私の作った椅子は、どんな難しい註文主にも、

(きっときにいるというので、)

きっと気に入るというので、

(しょうかいでも、わたしにはとくべつにめをかけて、)

商会でも、私には特別に目をかけて、

(しごとも、じょうものばかりを、まわしてくれておりました。)

仕事も、上物ばかりを、廻して呉れて居りました。

(そんなじょうものになりますと、もたれやひじかけのほりものに、)

そんな上物になりますと、凭れや肘掛けの彫りものに、

(いろいろむずかしいちゅうもんがあったり、)

色々むずかしい註文があったり、

(くっしょんのぐあい、かくぶのすんぽうなどに、)

クッションの工合、各部の寸法などに、

(びみょうなこのみがあったりして、それをつくるものには、)

微妙な好みがあったりして、それを作る者には、

(ちょっとしろうとのそうぞうできないようなくしんがいるのでございますが、)

一寸素人の想像出来ない様な苦心が要るのでございますが、

(でも、くしんをすればしただけ、)

でも、苦心をすればした丈け、

(できあがったときのゆかいというものはありません。)

出来上った時の愉快というものはありません。

(なまいきをもうすようですけれど、そのこころもちは、)

生意気を申す様ですけれど、その心持ちは、

(げいじゅつかがりっぱなさくひんをかんせいしたときのよろこびにも、)

芸術家が立派な作品を完成した時の喜びにも、

(くらぶべきものではないかとぞんじます。)

比ぶべきものではないかと存じます。

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