芥川龍之介 藪の中②

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難易度(4.5) 6561打 長文タグ長文 小説 文豪 芥川龍之介
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1 ぬんぺっぺ 6592 S+ 6.8 95.9% 951.6 6546 273 91 2020/11/27

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問題文

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(たじょうまるのはくじょう)

【多襄丸の白状】

(あのおとこをころしたのはわたしです。しかしおんなはころしはしません。ではどこへ)

あの男を殺したのはわたしです。しかし女は殺しはしません。ではどこへ

(いったのか?それはわたしにもわからないのです。まあ、おまちなさい。)

行ったのか?それはわたしにもわからないのです。まあ、お待ちなさい。

(いくらごうもんにかけられても、しらないことはもうされますまい。そのうえわたしも)

いくら拷問にかけられても、知らない事は申されますまい。その上わたしも

(こうなれば、ひきょうなかくしだてはしないつもりです。わたしはきのうのひるすこしすぎ、)

こうなれば、卑怯な隠し立てはしないつもりです。わたしは昨日の午少し過ぎ、

(あのふうふにであいました。そのときかぜのふいたひょうしに、むしのたれぎぬがあがったもの)

あの夫婦に出会いました。その時風の吹いた拍子に、牟子の垂絹が上がったもの

(ですから、ちらりとおんなのかおがみえたのです。ちらりと、--みえたとおもうしゅんかん)

ですから、ちらりと女の顔が見えたのです。ちらりと、--見えたと思う瞬間

(には、もうみえなくなったのですが、ひとつにはそのためもあったのでしょう、)

には、もう見えなくなったのですが、一つにはそのためもあったのでしょう、

(わたしにはあのおんなのかおがにょぼさつのようにみえたのです。わたしはとっさのあいだに、)

わたしにはあの女の顔が女菩薩のように見えたのです。わたしは咄嗟の間に、

(たといおとこはころしても、おんなはうばおうとけっしんしました。なに、おとこをころすなぞは、)

たとい男は殺しても、女は奪おうと決心しました。何、男を殺すなぞは、

(あなたがたのおもっているようにたいしたことではありません。どうせおんなをうばうとなれば)

あなた方の思っているように大した事ではありません。どうせ女を奪うとなれば

(かならず、おとこはころされるのです。ただわたしはころすときに、こしのたちをつかうのですが、)

必ず、男は殺されるのです。ただ私は殺すときに、腰の太刀を使うのですが、

(あなたがたはたちはつかわない、ただけんりょくでころす、かねでころす、どうかすると)

あなた方は太刀は使わない、ただ権力で殺す、金で殺す、どうかすると

(おためごかしのことばだけでもころすでしょう。なるほどちはながれない、おとこはりっぱに)

おためごかしの言葉だけでも殺すでしょう。なるほど血は流れない、男は立派に

(いきている、--しかしそれでもころしたのです。つみのふかさをかんがえてみれば、)

生きている、--しかしそれでも殺したのです。罪の深さを考えて見れば、

(あなたがたがわるいか、わたしがわるいか、どちらがわるいかわかりません。(ひにくなる)

あなた方が悪いか、わたしが悪いか、どちらが悪いかわかりません。(皮肉なる

(びしょう)しかしおとこをころさずとも、おんなをうばうことができればべつにふそくはないわけです。)

微笑)しかし男を殺さずとも、女を奪うことが出来れば別に不足はない訳です。

(いや、そのときのこころもちでは、できるだけおとこをころさずに、おんなをうばおうとけっしんした)

いや、その時の心もちでは、出来るだけ男を殺さずに、女を奪おうと決心した

(のです。が、あのやましなのえきみちでは、とてもそんなことはできません。そこで)

のです。が、あの山科の駅路では、とてもそんな事は出来ません。そこで

(わたしはやまのなかへ、あのふうふをつれこむくふうをしました。これもぞうさは)

わたしは山の中へ、あの夫婦をつれこむ工夫をしました。これも造作は

など

(ありません。わたしはあのふうふとみちづれになると、むこうのやまにはふるづかがある、)

ありません。わたしはあの夫婦と途づれになると、向うの山には古塚がある、

(このふるづかをあばいてみたら、かがみやたちがたくさんでた、わたしはだれもしらないように、)

この古塚を発いて見たら、鏡や太刀が沢山出た、わたしは誰も知らないように、

(やまのかげのやぶのなかへ、そういうものをうずめてある、もしのぞみてがあるならば、)

山の陰の藪の中へ、そう云う物を埋めてある、もし望み手があるならば、

(どれでもやすいねにうりわたしたい、--というはなしをしたのです。おとこはいつか)

どれでも安い値に売り渡したい、--と云う話をしたのです。男はいつか

(わたしのはなしに、だんだんこころをうごかしはじめました。それから、--どうです。)

わたしの話に、だんだん心を動かし始めました。それから、--どうです。

(よくというものはおそろしいではありませんか?それからはんときもたたないうちに、)

欲と云うものは恐ろしいではありませんか?それから半時もたたない内に、

(あのふうふはわたしといっしょに、やまみちへうまをむけていたのです。わたしはやぶのまえへ)

あの夫婦はわたしと一緒に、山路へ馬を向けていたのです。わたしは藪の前へ

(くると、たからはこのなかにうめてある、みにきてくれといいました。おとこはよくにかわいて)

来ると、宝はこの中に埋めてある、見に来てくれと云いました。男は欲に渇いて

(いますから、いぞんのあるはずはありません。が、おんなはうまもおりずに、まっている)

いますから、異存のある筈はありません。が、女は馬も下りずに、待っている

(というのです。またあのやぶのしげっているのをみては、そういうのもむりは)

と云うのです。またあの藪の茂っているのを見ては、そう云うのも無理は

(ありますまい。わたしはこれもじつをいえば、おもうつぼにはまったのですから、)

ありますまい。わたしはこれも実を云えば、思う壺にはまったのですから、

(おんなひとりをのこしたまま、おとことやぶのなかへはいりました。やぶはしばらくのあいだは)

女一人を残したまま、男と藪の中へはいりました。藪はしばらくの間は

(たけばかりです。が、はんちょうほどいったところに、ややひらいたすぎむらがある、)

竹ばかりです。が、半町ほど行った処に、やや開いた杉むらがある、

(ーーわたしのしごとをしとげるのには、これほどつごうのいいばしょはありません。)

ーーわたしの仕事を仕遂げるのには、これほど都合の好い場所はありません。

(わたしはやぶをおしわけながら、たからはすぎのしたにうめてあると、もっともらしい)

わたしは藪を押し分けながら、宝は杉の下に埋めてあると、もっともらしい

(うそをつきました。おとこはわたしにそういわれると、もうやせすぎがすいてみえるほうへ)

嘘をつきました。男はわたしにそう云われると、もう痩せ杉が透いて見える方へ

(いっしょうけんめいにすすんでいきます。そのうちにたけがまばらになると、なんぼんもすぎが)

一生懸命に進んで行きます。そのうちに竹が疎らになると、何本も杉が

(ならんでいる、--わたしはそこへくるがはやいかいきなりあいてをくみふせました。)

並んでいる、--わたしはそこへ来るが早いかいきなり相手を組み伏せました。

(おとこもたちをはいているだけに、ちからはそうとうあったようですが、ふいをうたれては)

男も太刀を佩いているだけに、力は相当あったようですが、不意を打たれては

(たまりません。たちまちいっぽんのすぎのねがたへ、くくりつけられてしまいました。)

たまりません。たちまち一本の杉の根がたへ、括りつけられてしまいました。

(なわですか?なわはぬすびとのありがたさに、いつへいをこえるかわかりませんから、ちゃんと)

縄ですか?縄は盗人の有難さに、いつ塀を越えるかわかりませんから、ちゃんと

(こしにつけていたのです。もちろんこえをださせないためにも、たけのらくようをほおばらせれば)

腰につけていたのです。勿論声を出させないためにも、竹の落葉を頬張らせれば

(ほかにめんどうはありません。わたしはおとこをかたづけてしまうと、こんどはまたおんなのところへ)

ほかに面倒はありません。わたしは男を片附けてしまうと、今度はまた女の所へ

(おとこがきゅうびょうをおこしたらしいから、みにきてくれといいにいきました。これも)

男が急病を起こしたらしいから、見に来てくれと云いに行きました。これも

(ずぼしにあたったのは、もうしあげるまでもありますまい。おんなはいちめがさをぬいだまま、)

図星に当ったのは、申し上げるまでもありますまい。女は市女笠を脱いだまま、

(わたしにてをとられながら、やぶのおくへはいってきました。ところがそこへきて)

わたしに手をとられながら、藪の奥へはいって来ました。ところがそこへ来て

(みると、おとこはすぎのねにしばられている、--おんなはそれをひとめみるなり、いつのまに)

見ると、男は杉の根に縛られている、--女はそれを一目見るなり、いつのまに

(ふところからだしていたか、きらりとさすがをひきぬきました。わたしはまだいままでに、)

懐から出していたか、きらりと小刀を引き抜きました。わたしはまだ今までに、

(あのくらいきしょうのはげしいおんなは、ひとりもみたことがありません。もしそのときでも)

あのくらい気性の烈しい女は、一人も見たことがありません。もしその時でも

(ゆだんしていたらば、ひとつきにひばらをつかれたでしょう。いや、それはみをかわした)

油断していたらば、一突きに脾腹を突かれたでしょう。いや、それは身を躱した

(ところが、むにむざんにきりたてられるうちには、どんなけがもしかねなかった)

ところが、無二無三に斬り立てられる内には、どんな怪我も仕兼ねなかった

(のです。が、わたしもたじょうまるですから、どうにかこうにかたちもぬかずに、)

のです。が、わたしも多襄丸ですから、どうにかこうにか太刀も抜かずに、

(とうとうさすがをうちおとしました。いくらきのまさったおんなでも、えものがなければ)

とうとう小刀を打ち落としました。いくら気の勝った女でも、得物がなければ

(しかたがありません。わたしはとうとうおもいどおり、おとこのいのちはとらずとも、おんなをてに)

仕方がありません。わたしはとうとう思い通り、男の命は取らずとも、女を手に

(いれることはできたのです。おとこのいのちはとらずとも、--そうです。わたしはそのうえ)

入れる事は出来たのです。男の命は取らずとも、--そうです。わたしはその上

(にも、おとこをころすつもりはなかったのです。ところがなきふしたおんなをあとに、やぶのそとへ)

にも、男を殺すつもりはなかったのです。所が泣き伏した女を後に、藪の外へ

(にげようとすると、おんなはとつぜんわたしのうでへ、きちがいのようにすがりつきました。)

逃げようとすると、女は突然わたしの腕へ、気違いのように縋りつきました。

(しかもきれぎれにさけぶのをきけば、あなたがしぬかおっとがしぬか、どちらかひとり)

しかも切れ切れに叫ぶのを聞けば、あなたが死ぬか夫が死ぬか、どちらか一人

(しんでくれ、ふたりのおとこにはじをみせるのは、しぬよりもつらいというのです。)

死んでくれ、二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりもつらいと云うのです。

(いや、そのうちどちらにしろいきのこったおとこにつれそいたい--そうもあえぎあえぎ)

いや、その内どちらにしろ生き残った男につれ添いたい--そうもあえぎあえぎ

(いうのです。わたしはそのときもうぜんと、おとこをころしたいきになりました。(いんうつなる)

云うのです。わたしはその時猛然と、男を殺したい気になりました。(陰鬱なる

(こうふん)こんなことをもうしあげると、きっとわたしはあなたがたよりざんこくなにんげんに)

興奮)こんな事を申し上げると、きっとわたしはあなた方より残酷な人間に

(みえるでしょう。しかしそれはあなたがたが、あのおんなのかおをみないからです。ことに)

見えるでしょう。しかしそれはあなた方が、あの女の顔を見ないからです。殊に

(そのいっしゅんかんの、もえるようなひとみをみないからです。わたしはおんなとめをあわせたとき、)

その一瞬間の、燃えるような瞳を見ないからです。わたしは女と眼を合せた時、

(たといかみなりにうちころされても、このおんなをつまにしたいとおもいました。つまにしたい、)

たとい神鳴に打ち殺されても、この女を妻にしたいと思いました。妻にしたい、

(ーーわたしのねんとうにあったのは、ただこういういちじだけです。これはあなたがたの)

ーーわたしの念頭にあったのは、ただこう云う一事だけです。これはあなた方の

(おもうように、いやしいしきよくではありません。もしそのときしきよくのほかに、なにものぞみが)

思うように、卑しい色欲ではありません。もしその時色欲のほかに、何も望みが

(なかったとすれば、わたしはおんなをけたおしても、きっとにげてしまったでしょう。)

なかったとすれば、わたしは女を蹴倒しても、きっと逃げてしまったでしょう。

(おとこもそうすればわたしのたちに、ちをぬることにはならなかったのです。が、)

男もそうすればわたしの太刀に、血を塗る事にはならなかったのです。が、

(うすぐらいやぶのなかに、じっとおんなのかおをみたせつな、わたしはおとこをころさないかぎり、ここは)

薄暗い藪の中に、じっと女の顔を見た刹那、わたしは男を殺さない限り、ここは

(さるまいとかくごしました。しかしおとこをころすにしても、ひきょうなころしかたはしたく)

去るまいと覚悟しました。しかし男を殺すにしても、卑怯な殺し方はしたく

(ありません。わたしはおとこのなわをといたうえ、たちうちをしろといいました。)

ありません。わたしは男の縄を解いた上、太刀打ちをしろと云いました。

((すぎのねがたにおちていたのは、そのときすてわすれたなわなのです。)おとこはけっそうを)

(杉の根がたに落ちていたのは、その時捨て忘れた縄なのです。)男は血相を

(かえたまま、ふといたちをひきぬきました。とおもうとくちもきかずに、ふんぜんと)

変えたまま、太い太刀を引き抜きました。と思うと口も利かずに、憤然と

(わたしへとびかかりました。--そのたちうちがどうなったかは、もうしあげる)

わたしへ飛びかかりました。--その太刀打ちがどうなったかは、申し上げる

(までもありますまい。わたしのたちはにじゅうさんごうめに、あいてのむねをつらぬきました。)

までもありますまい。わたしの太刀は二十三合目に、相手の胸を貫きました。

(にじゅうさんごうめに、--どうかそれをわすれずにください。わたしはいまでもこのことだけは)

二十三合目に、--どうかそれを忘れずに下さい。わたしは今でもこの事だけは

(かんしんだとおもっているのです。わたしとにじゅうごうきりむすんだものは、てんかにあのおとこ)

感心だと思っているのです。わたしと二十合斬り結んだものは、天下にあの男

(ひとりだけですから。(かいかつなるびしょう)わたしはおとこがたおれるとどうじに、ちに)

一人だけですから。(快活なる微笑)わたしは男が倒れると同時に、血に

(そまったかたなをさげたなり、おんなのほうをふりかえりました。すると、--どうです、)

染まった刀を下げたなり、女の方を振り返りました。すると、--どうです、

(あのおんなはどこにもいないではありませんか?わたしはおんながどちらへにげたか、)

あの女はどこにもいないではありませんか?わたしは女がどちらへ逃げたか、

(すぎむらのあいだをさがしてみました。が、たけのらくようのうえには、それらしいあとものこって)

杉むらの間を探して見ました。が、竹の落葉の上には、それらしい跡も残って

(いません。またみみをすませてみても、きこえるのはただおとこののどに、だんまつまのおとが)

いません。また耳を澄ませて見ても、聞えるのはただ男の喉に、断末魔の音が

(するだけです。ことによるとあのおんなは、わたしがたちうちをはじめるがはやいか、)

するだけです。事によるとあの女は、わたしが太刀打ちを始めるが早いか、

(ひとのたすけでもよぶために、やぶをくぐってにげたのかもしれない。--わたしは)

人の助けでも呼ぶために、藪をくぐって逃げたのかも知れない。--わたしは

(そうかんがえると、こんどはわたしのいのちですから、たちやゆみやをうばったなり、すぐに)

そう考えると、今度はわたしの命ですから、太刀や弓矢を奪ったなり、すぐに

(またもとのやまみちへでました。そこにはまだおんなのうまが、しずかにくさをくっています。)

またもとの山路へ出ました。そこにはまだ女の馬が、静かに草を食っています。

(そのごのことはもうしあげるだけ、むようのくちかずにすぎますまい。ただ、みやこへはいる)

その後の事は申し上げるだけ、無用の口数にすぎますまい。ただ、都へはいる

(まえに、たちだけはもうてばなしていました。--わたしのはくじょうはこれだけです。)

前に、太刀だけはもう手放していました。--わたしの白状はこれだけです。

(どうせいちどはおうちのこずえに、かけるくびとおもっていますから、どうかごっけいに)

どうせ一度は樗の梢に、懸ける首と思っていますから、どうか極刑に

(あわせてください。(こうぜんたるたいど))

遇わせて下さい。(昂然たる態度)

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