太宰治 姥捨③

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(きしゃはあかばねをすぎ、おおみやをすぎ、くらやみのなかをどんどんはしっていた。ういすきいの)

汽車は赤羽をすぎ、大宮をすぎ、暗闇の中をどんどん走っていた。ウイスキイの

(よいもあり、また、きしゃのそくどにうながされて、かひちはのうべんになっていた。)

酔もあり、また、汽車の速度にうながされて、嘉七は能弁になっていた。

(「にょうぼうにあいそをつかされて、それだからとて、どうにもならず、こうして)

「女房にあいそをつかされて、それだからとて、どうにもならず、こうして

(うろうろにょうぼうについてまわっているのは、どんなにみっともないものか、わたしは)

うろうろ女房について廻っているのは、どんなに見っともないものか、私は

(しっている。おろかだ。けれども、わたしは、いいこじゃない。いいこは、いやだ。)

知っている。おろかだ。けれども、私は、いい子じゃない。いい子は、いやだ。

(なにも、わたしがひとがよくておんなにだまされ、そうしてそのおんなをあきらめきれず、)

なにも、私が人がよくて女にだまされ、そうしてその女をあきらめ切れず、

(おんなにひきずられてしんで、げいじゅつのなかまたちから、じゅんすいだ、せけんのひとたちから、)

女にひきずられて死んで、芸術の仲間たちから、純粋だ、世間の人たちから、

(きのよわいよいひとだった、などそんないいかげんなどうじょうをえようとしているのでは)

気の弱いよい人だった、などそんないい加減な同情を得ようとしているのでは

(ないのだよ。おれは、おれじしんのくるしみにまけてしぬのだ。なにも、)

ないのだよ。おれは、おれ自身の苦しみに負けて死ぬのだ。なにも、

(おまえのためにしぬわけじゃない。わたしにも、いけないところが、)

おまえのために死ぬわけじゃない。私にも、いけないところが、

(たくさんあったのだ。ひとにたよりすぎた。ひとのちからをかしんした。)

たくさんあったのだ。ひとに頼りすぎた。ひとのちからを過信した。

(そのことも、また、そのほかのはずかしいかずかずのわたしのしっぱいも、わたしじしん、)

そのことも、また、そのほかの恥ずかしい数々の私の失敗も、私自身、

(しっている。わたしは、なんとかして、あたりまえのひとのせいかつをしたくて、)

知っている。私は、なんとかして、あたりまえのひとの生活をしたくて、

(どんなに、いままでつとめてきたか、おまえにも、それはすこしわかっていないか。)

どんなに、いままで努めて来たか、おまえにも、それは少しわかっていないか。

(わらいっぽん、それにすがっていきていたのだ。ほんのすこしのおもさにもそのわらが)

わら一本、それにすがって生きていたのだ。ほんの少しの重さにもその藁が

(きれそうで、わたしはいっしょうけんめいだったのに。わかっているだろうね。わたしがよわいのでは)

切れそうで、私は一生懸命だったのに。わかっているだろうね。私が弱いのでは

(なくて、くるしみが、おもすぎるのだ。これは、ぐちだ。うらみだ。けれども、)

なくて、くるしみが、重すぎるのだ。これは、愚痴だ。うらみだ。けれども、

(それを、くちにだして、はっきりいわなければ、ひとは、いや、おまえだって、)

それを、口に出して、はっきり言わなければ、ひとは、いや、おまえだって、

(わたしのてつめんぴのつよさをかしんして、あのおとこは、くるしいくるしいいったって、)

私の鉄面皮の強さを過信して、あの男は、くるしいくるしい言ったって、

(ぽおずだ、みぶりだ、と、かるくみている。」かずえは、なにかいいだしかけた。)

ポオズだ、身振りだ、と、軽く見ている。」かず枝は、なにか言い出しかけた。

など

(「いや、いいんだ。おまえをひなんしているんじゃないのです。おまえは、)

「いや、いいんだ。おまえを非難しているんじゃないのです。おまえは、

(いいひとだ。いつでも、おまえは、すなおだった。ことばのままにしんじたひとだ。)

いいひとだ。いつでも、おまえは、素直だった。言葉のままに信じたひとだ。

(おまえをひなんしようとはおもわない。おまえよりもっともっとがくもんがあり、)

おまえを非難しようとは思わない。おまえよりもっともっと学問があり、

(ずいぶんふるいともだちでも、わたしのくるしさをしらなかった。わたしのあいじょうを)

ずいぶん古い友だちでも、私の苦しさを知らなかった。私の愛情を

(しんじなかった。むりもないのだ。わたしは、つまり、へただったのさ。」)

信じなかった。むりもないのだ。私は、つまり、下手だったのさ。」

(そういってやってびしょうしたら、かずえはいっしゅん、とくいになり、「わかりました。)

そう言ってやって微笑したら、かず枝は一瞬、得意になり、「わかりました。

(もう、いいのよ。ほかのひとにきこえたら、たいへんじゃないの。」)

もう、いいのよ。ほかのひとに聞えたら、たいへんじゃないの。」

(「なんにも、わかっていないんだなあ。おまえには、わたしがよっぽどばかにみえて)

「なんにも、わかっていないんだなあ。おまえには、私がよっぽどばかに見えて

(いるんだね。わたしは、ね、いま、じぶんでいいこになろうとしているところが、)

いるんだね。私は、ね、いま、自分でいい子になろうとしているところが、

(こころのどこかのかたすみに、やっぱりひそんでいるのではないかしら、とそれで)

心のどこかの片隅に、やっぱりひそんでいるのではないかしら、とそれで

(くるしんでいるのだよ。おまえといっしょになってろく、しちねんにもなるけれど、おまえは)

苦しんでいるのだよ。おまえと一緒になって六、七年にもなるけれど、おまえは

(いちども、いや、そんなことでおまえをひなんしようとはおもわない。)

いちども、いや、そんなことでおまえを非難しようとは思わない。

(むりもないことなのだ。おまえのせきにんではない。」)

むりもないことなのだ。おまえの責任ではない。」

(かずえはきいていなかった。だまってざっしをよみはじめていた。かひちは、)

かず枝は聞いていなかった。だまって雑誌を読みはじめていた。嘉七は、

(いかめしいかおつきになり、まっくらいまどにむかってひとりごとのようにかたりつづけた。)

いかめしい顔つきになり、真暗い窓にむかって独り言のように語りつづけた。

(「じょうだんじゃないよ。なんでわたしがいいこなものか。ひとはわたしをなんといっているか、)

「冗談じゃないよ。なんで私がいい子なものか。人は私をなんと言っているか、

(うそつきの、なまけものの、うぬぼれやの、ぜいたくやの、おんなたらしの、そのほか、)

嘘つきの、なまけものの、自惚れやの、ぜいたくやの、女たらしの、そのほか、

(まだまだ、おそろしくたくさんのわるいなまえをもらっている。けれども、わたしは、)

まだまだ、おそろしくたくさんの悪い名前をもらっている。けれども、私は、

(だまっていた。ひとことのべんかいもしなかった。わたしには、わたしとしてのしんねんが)

だまっていた。一ことの弁解もしなかった。私には、私としての信念が

(あったのだ。けれども、それは、くちにだしていっちゃいけないことだ。)

あったのだ。けれども、それは、口に出して言っちゃいけないことだ。

(それでは、なんにもならなくなるのだ。わたしは、やっぱりれきしてきしめいということを)

それでは、なんにもならなくなるのだ。私は、やっぱり歴史的使命ということを

(かんがえる。じぶんひとりのこうふくだけでは、いきていけない。わたしは、れきしてきに、あくやくを)

考える。自分ひとりの幸福だけでは、生きて行けない。私は、歴史的に、悪役を

(かおうとおもった。ゆだのあくがつよければつよいほど、きりすとのやさしさのひかりがます。)

買おうと思った。ユダの悪が強ければ強いほど、キリストの優しさの光が増す。

(わたしはじしんをめつぼうするじんしゅだとおもっていた。わたしのせかいかんがそうおしえたのだ。)

私は自身を滅亡する人種だと思っていた。私の世界観がそう教えたのだ。

(きょうれつなあんちてえぜをこころみた。めつぼうするもののあくをえむふぁさいずしてみせれば)

強烈なアンチテエゼを試みた。滅亡するものの悪をエムファサイズしてみせれば

(みせるほど、つぎにうまれるけんこうのひかりのばねも、それだけつよくはねかえってくる、)

みせるほど、次に生れる健康の光のばねも、それだけ強くはねかえって来る、

(それをしんじていたのだ。わたしは、それをいのっていたのだ。わたしひとりのみのうえは、)

それを信じていたのだ。私は、それを祈っていたのだ。私ひとりの身の上は、

(どうなってもかまわない。はんりっぽうとしてのわたしのやくわりが、つぎにうまれるめいろうに)

どうなってもかまわない。反立法としての私の役割が、次に生れる明朗に

(すこしでもやくだてば、それでわたしは、しんでもいいとおもっていた。だれも、わらって、)

少しでも役立てば、それで私は、死んでもいいと思っていた。誰も、笑って、

(ほんとうにしないかもしれないが、じっさいそれは、そうおもっていたものだ。わたしは、)

ほんとうにしないかも知れないが、実際それは、そう思っていたものだ。私は、

(そんなばかなのだ。わたしは、まちがっていたかもしれないね。やはり、どこかでわたしは)

そんなばかなのだ。私は、間違っていたかも知れないね。やはり、どこかで私は

(おもいあがっていたのかもしれないね。それこそ、あまいゆめかもしれない。じんせいは)

思いあがっていたのかも知れないね。それこそ、甘い夢かも知れない。人生は

(しばいじゃないのだからね。おれはまけてどうせちかくしぬのだから、せめて)

芝居じゃないのだからね。おれは敗けてどうせ近く死ぬのだから、せめて

(きみだけでもしっかりやってくれ、ということばは、これはまちがいかもしれないね。)

君だけでもしっかりやって呉れ、という言葉は、これは間違いかも知れないね。

(いちめいすててつくったししゅうふんぷんのごちそうは、いぬもくうまい。あたえられたひとこそ)

一命すてて創った屍臭ふんぷんのごちそうは、犬も食うまい。与えられた人こそ

(いいめいわくかもわからない。われひとともにさかえるのでなければ、いみをなさないの)

いい迷惑かもわからない。われひと共に栄えるのでなければ、意味をなさないの

(かもしれない。」まどはこたえるはずはなかった。)

かも知れない。」窓は答える筈はなかった。

(かひちはたって、よろよろといれっとのほうへあるいていった。といれっとへはいって、)

嘉七は立って、よろよろトイレットの方へ歩いていった。トイレットへ入って、

(とびらをきちんとしめてから、ちょっとちゅうちょして、ひたとりょうてあわせた。)

扉をきちんとしめてから、ちょっと躊躇して、ひたと両手合せた。

(いのるすがたであった。みじんも、ぽおずではなかった。)

祈る姿であった。みじんも、ポオズではなかった。

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