海野十三 蠅男⑦

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※➀に同じくです。


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問題文

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(しょうしたいのすじょう)

◇焼屍体の素性◇

(きかんじゅうにうたれたけいかんはどうしました)

「機関銃に撃たれた警官はどうしました」

(ほむらはべっどのなかに、びょうにんらしくしんみょうによこたわって、)

帆村はベッドの中に、病人らしく神妙に横たわって、

(そばのいすにこしをかけているむらまつけんじにたずねた。)

側の椅子に腰をかけている村松検事に尋ねた。

(うん、ーーーけんじはあいようのまどろすぱいぷにひをつけるのに)

「うん、ーーー」検事は愛用のマドロスパイプに火を点けるのに

(いそがしかった。きのどくなさいごだったよ。ーー)

いそがしかった。「気の毒な最期だったよ。ーー」

(そうですか。そうでしょうね、まともにうけちゃたまらない)

「そうですか。そうでしょうネ、まともに受けちゃたまらない」

(いのちびろいをしたほむらはためいきをついた。)

命びろいをした帆村は溜息をついた。

(それではんにんはどうしました)

「それで犯人はどうしました」

(けんじはぱいぷをくわえたまま、うかぬかおをして、)

検事はパイプを咥えたまま、浮かぬ顔をして、

(ーーもちろんにげちゃったよ。なにしろこっちのれんちゅうはいままできかんじゅうに)

「ーー勿論逃げちゃったよ。なにしろこっちの連中は今まで機関銃に

(おちかづきがなかったものだからね。あれをくらって、しだ(しんだけいかん)は)

お近付きがなかったものだからネ。あれを喰らって、志田(死んだ警官)は

(そくしし、ゆうかんをもってなるほむらそうろくはだらしなくめをまわすしさ。)

即死し、勇敢をもって鳴る帆村荘六はだらしなく目を廻すしサ。

(それがむこうのおもうつぼで、いいおどしになった。だからおいかけたれんちゅうも)

それが向うの思う壺で、いい脅しになった。だから追い駆けた連中も

(ざんねんながらたじたじだ。ーーそんなふうにはんにんをいいきもちにしてやって、)

残念ながらタジタジだ。ーーそんな風に犯人をいい気持にしてやって、

(いちどうおみおくりしたというしだいだ)

一同お見送りしたという次第だ」

(けんじは、いつものほむらのどくしんをまねて、)

検事は、いつもの帆村の毒唇(どくしん)を真似て、

(こうせつめいしたものだから、ほむらはにがわらいをするばかりだった。)

こう説明したものだから、帆村は苦笑いをするばかりだった。

(もちろんそれは、むらまつけんじがびょうにんのきをひきたててやろうという)

もちろんそれは、村松検事が病人の気を引立ててやろうという

(あついゆうじょうからしゅっぱつしていることであった。)

篤い友情から出発していることであった。

など

(あのはんにんは、いったいなにものです)

「あの犯人は、一体何者です」

(かいもくわかっていない。ーーきみにはけんとうがついているかね)

「皆目わかっていない。ーー君には見当がついているかネ」

(さあ、ーーとほむらはてんじょうをみあげ、とにかくわがくにのさつじんじけんに)

「さあ、ーー」と帆村は天井を見上げ、「とにかくわが国の殺人事件に

(きかんじゅうをぶっぱなしたというれいは、きわめてまれですからね。これはぜんぜん)

機関銃をぶっぱなしたという例は、極めて稀ですからネ。これは全然

(あたらしいじけんです。ともかくもきょうきをどこからてにいれたということが)

新しい事件です。ともかくも兇器をどこから手に入れたということが

(わかれば、はんにんのすじょうももっとはっきりするとおもいますがね)

分かれば、犯人の素性ももっとハッキリすると思いますがネ」

(うん、これはこっちでもかんがえている。りょうさんじつうちにきょうきのでどころは)

「うん、これはこっちでも考えている。両三日うちに兇器の出所は

(わかるだろうかんごふのきみおかが、こうちゃをはこんできた。)

分かるだろう」看護婦の君岡が、紅茶をはこんできた。

(けんじは、びょういんのなかでこうちゃがのめるなんておもわなかったと、きょうえつのていであった。)

検事は、病院の中で紅茶がのめるなんて思わなかったと、恐悦の態であった。

(ーーそれからけんじさんとほむらはこうちゃをひとくちすすらせてもらっていった。)

「ーーそれから検事さん」と帆村は紅茶を一口啜らせてもらっていった。

(あのおおすとーぶのなかからでてきたしたいのことはわかりましたか)

「あの大ストーブの中から出てきた屍体のことは分かりましたか」

(うん、だいたいわかったーー)

「うん、大体わかったーー」

(それはいい。あのしょうしたいのせいべつやねんれいはどうでした)

「それはいい。あの焼屍体の性別や年齢はどうでした」

(ああせいべつはだんしさ。しんちょうがごしゃくななすんある。ーーというから、)

「ああ性別は男子さ。身長が五尺七寸ある。ーーというから、

(つまりほむらそうろくがしたいになったのだとおもえばいい)

つまり帆村荘六が屍体になったのだと思えばいい」

(けんじさんも、このごろだいぶしゅぎょうして、てきせつなことばをつかいますね)

「検事さんも、このごろ大分修業して、テキセツな言葉を使いますね」

(いやこれでもまだとてもきみにはかなわないとおもっている。ーーねんれいはふめいだ)

「いやこれでもまだとても君には敵わないと思っている。ーー年齢は不明だ」

(はからくべつがつかなかったんですか)

「歯から区別がつかなかったんですか」

(じぶんのはがあればわかるんだが、そういればなんだ。そういればのにんげんだから)

「自分の歯があれば分かるんだが、総入歯なんだ。総入歯の人間だから

(ろうじんときめてもよさそうだが、このごろはさんじゅうぐらいでそういればのにんげんも)

老人と決めてもよさそうだが、この頃は三十ぐらいで総入歯の人間も

(あるからね。げんにあめりかでははたちになるかならずのえいがじょゆうで、)

あるからネ。現にアメリカでは二十歳になるかならずの映画女優で、

(はならびをよくみせるためそういればにしているのがたくさんある)

歯並びをよく見せるため総入歯にしているのが沢山ある」

(そのいればをつくったはいしゃをしらべてみれば、しょうししゃのみもとがわかるでしょうに)

「その入歯を作った歯医者を調べてみれば、焼死者の身許が分かるでしょうに」

(ところがあいにくと、いればはだんろのなかでやけこわれてばらばらになっているのだ)

「ところが生憎と、入歯は暖炉の中で焼け壊れてバラバラになっているのだ」

(ずがいこつのほうごうとか、ろくなんこつかこつのうむとか、)

「頭蓋骨の縫合とか、肋軟骨化骨の有無とか、

(やけのこりのひふのしわなどから、ねんれいがすいていできませんか)

焼け残りの皮膚の皺などから、年齢が推定できませんか」

(さよう、ずがいこつもろっこつもやけすぎているうえに、かたいものにあたって)

「左様、頭蓋骨も肋骨も焼け過ぎている上に、硬いものに当って

(ばらばらにくだけているので、ぜんたいについてはっきりみわけがつかないが、)

バラバラに砕けているので、全体についてハッキリ見分けがつかないが、

(まあさんじゅっさいからごじゅっさいのあいだのにんげんであることだけはわかる)

まあ三十歳から五十歳の間の人間であることだけは分かる」

(まあ、それだけでも、なにかのざいりょうになりますね。)

「まあ、それだけでも、何かの材料になりますね。

(ーーほかに、なにかしたいにとくちょうはないのですか)

ーー外に、何か屍体に特徴はないのですか」

(それはやっとひとつみつかった)

「それはやっと一つ見つかった」

(ほう、それはどんなものですか)

「ほう、それはどんなものですか」

(それははんやけになったみぎあしなんだ。そのみぎあしはほねのうえに、わずかににくの)

「それは半焼けになった右足なんだ。その右足は骨の上に、僅かに肉の

(やけこげがついているだけで、まるでほねつきのやせた、にわとりのももを)

焼け焦げがついているだけで、まるで骨つきの痩せた、鶏の股(もも)を

(あぶりやきにしたようなものだが、それにふたつのとくちょうがついている)

あぶり焼きにしたようなものだが、それに二つの特徴がついている」

(ほほう、ーー)

「ほほう、ーー」

(ひとつはみぎあしのおやゆびがすこしみじかいのだ。よくみると、それははしょうふうか)

「一つは右足の拇指がすこし短いのだ。よく見ると、それは破傷風か

(なんかをわずらって、それでゆびをはんぶんほどせつだんしたあとだとおもう)

なんかを患って、それで指を半分ほど切断した痕だと思う」

(なるほど、それはどのくらいのふるさのきずですか)

「なるほど、それはどの位の古さの傷ですか」

(そうだね、さいばんいのかんていによると、まずにじゅうねんはたっているということだ)

「そうだネ、裁判医の鑑定によると、まず二十年は経っているということだ」

(はあ、やくにじゅうねんまえのふるきずですか。なるほどとほむらはびょうにんであることを)

「はあ、約二十年前の古傷ですか。なるほど」と帆村は病人であることを

(わすれたように、ひきしまったごちょうでつぶやいた。ーーで、もうひとつのきずは?)

忘れたように、ひきしまった語調で呟いた。「ーーで、もう一つの傷は?」

(もうひとつのきずが、またみょうなんだ。そいつはおなじみぎあしのこうのうえにある。)

「もう一つの傷が、また妙なんだ。そいつは同じ右足の甲の上にある。

(ひじょうにふかいきずで、あしのほねにきりこんでいる。もしあしのこうのうえに)

非常に深い傷で、足の骨に切り込んでいる。もし足の甲の上に

(たいへんよくきれるまさかりをおとしたとしたら、あんなきずができやしないかと)

たいへんよく切れる鉞を落としたとしたら、あんな傷が出来やしないかと

(おもう。きずあとはゆちゃくしているが、たいへんてあてがよかったとみえて、)

思う。傷跡は癒着しているが、たいへん手当てがよかったと見えて、

(じつにみごとになおっている。いったんきれたほねがせつごうしているところをかいぼうで)

実に見事に癒っている。一旦切れた骨が接合しているところを解剖で

(はっけんしなかったら、こうもたいへんなきずだとはおもわなかったろう)

発見しなかったら、こうも大変な傷だとは思わなかったろう」

(そのだいにのきずは、いつごろできたんでしょう)

「その第二の傷は、いつ頃できたんでしょう」

(それはずっとちかごろできたものらしいんだがはっきりしない。)

「それはずっと近頃できたものらしいんだがハッキリしない。

(はっきりしないわけは、しゅじゅつがあまりにうまくいっているからだ。)

ハッキリしないわけは、手術があまりにうまく行っているからだ。

(そんなにみごとなしゅじゅつのうでをもっているのは、いったいどこのだれだろう)

そんなに見事な手術の腕を持っているのは、一体何処の誰だろう

(というので、もんだいになっておる)

というので、問題になっておる」

(けんじむらまつときずつけるせいねんたんていほむらそうろくとが、じけんのはなしにはなをさかせている)

検事村松と傷つける青年探偵帆村荘六とが、事件の話に華を咲かせている

(そのさいちゅうに、あわただしくうけつけのかんごふがとびこんできた。)

その最中に、慌しく受付の看護婦がとびこんできた。

(もし、ちほうさいばんしょのむらまつさんとおっしゃるのはあなたさまですか)

「モシ、地方裁判所の村松さんと仰有るのは貴方さまですか」

(ああ、そうですよ。なんですか)

「ああ、そうですよ。何ですか」

(いますみよしけいさつしょからおでんわでございます)

「いま住吉警察署からお電話でございます」

(けんじはそのまませきをたって、しつがいへでていった。)

検事はそのまま席を立って、室外へ出ていった。

(それからごふんほどたって、むらまつけんじはかえってきた。)

それから五分ほど経って、村松検事は帰ってきた。

(かれはほむらのかおをみると、いきなりいまのでんわのはなしをした。)

彼は帆村の顔を見ると、いきなり今の電話の話をした。

(いまね、かもしたどくとるのやしきに、わかいだんじょがたずねてきたそうだ。)

「いまネ、鴨下ドクトルの邸に、若い男女が訪ねてきたそうだ。

(どくとるのみうちのものだといっているがあやしいふしがあるので、ほごをくわえて)

ドクトルの身内のものだといっているが怪しい節があるので、保護を加えて

(あるといっている。ちょっといってみてくるからね。いずれまたくるよ)

あるといっている。ちょっと行って見てくるからネ。いずれ又来るよ」

(そういいおいて、とびらのむこうにきえてゆくけんじのうしろすがたを、)

そういい置いて、扉の向うに消えてゆく検事の後姿を、

(ほむらはうらやましそうにみおくっていた。)

帆村は羨ましそうに見送っていた。

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