人間失格(第一の手記)6
太宰治の人間失格
句読点や記号は除外しています。
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問題文
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(おちゃめじぶんはいわゆるおちゃめにみられることにせいこうしました)
お茶目。自分は、所謂お茶目に見られる事に成功しました。
(そんけいされることからのがれることにせいこうしました)
尊敬される事から、のがれる事に成功しました。
(つうしんぼはぜんがっかともじゅってんでしたがそうこうというものだけは)
通信簿は全学科とも十点でしたが、操行というものだけは、
(ななてんだったりろくてんだったりしてそれもまたいえじゅうのおおわらいのたねでした)
七点だったり、六点だったりして、それもまた家中の大笑いの種でした。
(けれどじぶんのほんしょうはそんなおちゃめさんなどとはおよそたいせきてきなものでした)
けれど自分の本性は、そんなお茶目さんなどとは、凡そ対蹠的なものでした。
(そのころすでにじぶんはじょちゅうやげなんから)
その頃、既に自分は、女中や下男から、
(かなしいことをおしえられおかされていました)
哀しいことを教えられ、犯されていました。
(ようしょうのものにたいしてそのようなことをおこなうのは)
幼少の者に対して、そのような事を行うのは、
(にんげんのおこないうるはんざいのなかでもっともしゅうあくでかとうでざんこくなはんざいだと)
人間の行い得る犯罪の中で最も醜悪で下等で、残酷な犯罪だと、
(じぶんはいまではおもっています)
自分はいまでは思っています。
(しかしじぶんはしのびました)
しかし、自分は、忍びました。
(これでまたひとつにんげんのとくしつをみたというようなきもちさえして)
これでまた一つ、人間の特質を見たというような気持さえして、
(そうしてちからなくわらっていました)
そうして、力無く笑っていました。
(もしじぶんにほんとうのことをいうしゅうかんがついていたならわるびれず)
もし自分に、本当の事を言う習慣がついていたなら、悪びれず、
(かれらのはんざいをちちやははにうったえることができたのかもしれませんがしかしじぶんは)
彼等の犯罪を父や母に訴える事が出来たのかも知れませんが、しかし、自分は、
(そのちちやははをもぜんぶはりかいすることができなかったのです)
その父や母をも全部は理解する事が出来なかったのです。
(にんげんにうったえるじぶんはそのしゅだんにはすこしもきたいできませんでした)
人間に訴える、自分は、その手段には少しも期待できませんでした。
(ちちにうったえてもははにうったえてもおまわりにうったえてもせいふにうったえても)
父に訴えても、母に訴えても、お巡りに訴えても、政府に訴えても、
(けっきょくはよわたりにつよいひとのせけんにとおりのいいいいぶんに)
結局は世渡りに強い人の、世間に通りのいい言い分に
(いいまくられるだけのことではないのかしら)
言いまくられるだけの事では無いのかしら。
など
(かならずかたておちのあるのがわかりきっている)
必ず、片手落のあるのが、わかり切っている、
(しょせんにんげんにうったえるのはむだであるじぶんはやはりほんとうのことはなにもいわず)
所詮、人間に訴えるのは無駄である、自分はやはり、本当の事は何も言わず、
(しのんでそうしておどけをつづけているよりほかないきもちなのでした)
忍んで、そうしてお道化をつづけているより他、無い気持なのでした。
(なんだにんげんへのふしんをいっているのか)
なんだ、人間への不信を言っているのか?
(へえおまえはいつくりすちゃんになったんだいと)
へえ?お前はいつクリスチャンになったんだい、と
(ちょうしょうするひともあるいはあるかもしれませんがしかしにんげんへのふしんは)
嘲笑する人も或いはあるかも知れませんが、しかし、人間への不信は、
(かならずしもすぐにしゅうきょうのみちにつうじているとはかぎらないと)
必ずしもすぐに宗教の道に通じているとは限らないと、
(じぶんにはおもわれるのですけど)
自分には思われるのですけど。
(げんにそのちょうしょうするひとをもふくめてにんげんはおたがいのふしんのなかで)
現にその嘲笑する人をも含めて、人間は、お互いの不信の中で、
(えほばもなにもねんとうにおかずへいきでいきているではありませんか)
エホバも何も念頭に置かず、平気で生きているではありませんか。
(やはりじぶんのようしょうのころのことでありましたが)
やはり、自分の幼少の頃の事でありましたが、
(ちちのぞくしていたあるせいとうのゆうめいじんがこのまちにえんぜつにきて)
父の属していた或る政党の有名人が、この街に演説に来て、
(じぶんはげなんたちにつれられてげきじょうにききにいきました)
自分は下男たちに連れられて劇場に聞きに行きました。
(まんいんでそうしてこのまちのとくにちちとしたしくしているひとたちのかおはみなみえて)
満員で、そうして、この町の特に父と親しくしている人たちの顔は皆、見えて、
(おおいにはくしゅなどしていました)
大いに拍手などしていました。
(えんぜつがすんでちょうしゅうはゆきのよみちをさんさんごごかたまっていえじにつき)
演説がすんで、聴衆は雪の夜道を三々五々固まって家路に就き、
(くそみそにこんやのえんぜつかいのわるぐちをいっているのでした)
クソミソに今夜の演説会の悪口を言っているのでした。
(なかにはちちととくにしたしいひとのこえもまじっていました)
中には、父と特に親しい人の声もまじっていました。
(ちちのかいかいのじもへたれいのゆうめいじんのえんぜつもなにがなにやらわけがわからぬと)
父の開会の辞も下手、れいの有名人の演説も何が何やら、わけがわからぬ、と
(そのいわゆるちちのどうしたちがどせいににたくちょうでいっているのです)
その所謂父の「同志たち」が怒声に似た口調で言っているのです。
(そうしてそのひとたちはじぶんのいえにたちよってきゃくまにあがりこみ)
そうしてそのひとたちは、自分の家に立ち寄って客間に上り込み、
(こんやのえんぜつかいはだいせいこうだったと)
今夜の演説会は大成功だったと、
(しんからうれしそうなかおをしてちちにいっていました)
しんから嬉しそうな顔をして父に言っていました。
(げなんたちまでこんやのえんぜつかいはどうだったとははにきかれ)
下男たちまで、今夜の演説会はどうだったと母に聞かれ、
(とてもおもしろかったといってけろりとしているのです)
とても面白かった、と言ってけろりとしているのです。
(えんぜつかいほどおもしろくないものはないとかえるみちみち)
演説会ほど面白くないものはない、と帰る途々、
(げなんたちがなげきあっていたのです)
下男たちが嘆き合っていたのです。
(しかしこんなのはほんのささやかないちれいにすぎません)
しかし、こんなのは、ほんのささやかな一例に過ぎません。
(たがいにあざむきあってしかもいずれもふしぎになんのきずもつかず)
互いにあざむき合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、
(あざむきあっていることにさえきがついていないみたいなじつにあざやかな)
あざむき合っている事にさえ気がついていないみたいな、実にあざやかな、
(それこそきよくあかるくほがらかなふしんのれいが)
それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、
(にんげんのせいかつにじゅうまんしているようにおもわれます)
人間の生活に充満しているように思われます。
(じぶんだっておどけによってあさからばんまでにんげんをあざむいているのです)
自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。
(じぶんはしゅうしんきょうかしょてきなせいぎとかなんとかいうどうとくには)
自分は、修身教科書的な正義とか何とかいう道徳には、
(あまりかんしんをもてないのです)
あまり関心を持てないのです。
(じぶんにはあざむきあっていながらきよくあかるくほがらかにいきている)
自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、
(あるいはいきうるじしんをもっているみたいなにんげんがなんかいなのです)
或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が難解なのです。
(にんげんはついにじぶんにそのみょうていをおしえてはくれませんでした)
人間は、ついにその自分に妙諦を教えてはくれませんでした。
(それさえわかったらじぶんはにんげんをこんなにきょうふし)
それさえわかったら、自分は、人間をこんなに恐怖し、
(またひっしのさーヴぃすなどしなくてすんだのでしょう)
また、必死のサーヴィスなどしなくて、すんだのでしょう。
(にんげんのせいかつとたいりつしてしまってよよのじごくのこれほどのくるしみを)
人間の生活と対立してしまって、夜々の地獄のこれほどの苦しみを
(なめずにすんだのでしょう)
嘗めずにすんだのでしょう。
(つまりじぶんがげなんげじょたちのにくむべきあのはんざいをさえ)
つまり、自分が下男下女たちの憎むべきあの犯罪をさえ、
(だれにもうったえなかったのはにんげんへのふしんからではなく)
誰にも訴えなかったのは、人間への不信からではなく、
(またくりすとしゅぎのためでもなくにんげんがようぞうというじぶんにたいして)
またクリスト主義のためでもなく、人間が、葉蔵という自分に対して
(しんようのからをかたくとじていたからだったとおもいます)
信用の殻を固く閉じていたからだったと思います。
(ふぼでさえじぶんにとってなんかいなものをときおりみせることがあったのですから)
父母でさえ、自分にとって難解なものを、時折、見せる事があったのですから。
(そうしてそのだれにもうったえないじぶんのこどくのにおいが)
そうして、その、誰にも訴えない、自分の孤独の匂いが、
(おおくのじょせいにほんのうによってかぎあてられこうねんさまざま)
多くの女性に、本能に依って嗅ぎ当てられ、後年さまざま、
(じぶんがつけこまれるゆういんのひとつになったようなきもするのです)
自分がつけ込まれる誘因の一つになったような気もするのです。
(つまりじぶんはじょせいにとって)
つまり、自分は、女性にとって、
(こいのひみつをまもれるおとこであったというわけなのでした)
恋の秘密を守れる男であったというわけなのでした。
