「自由」に関する考察②
| 順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | なり | 5311 | B++ | 5.6 | 94.7% | 177.9 | 1001 | 56 | 20 | 2026/02/20 |
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問題文
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(もちろん「にげるじゆう」もある。しかし、それはちいさなじゆうだ。)
もちろん「逃げる自由」もある。しかし、それは小さな自由だ。
(さいごは、なんのちからもない、ひよわなじぶんになり、)
最後は、なんの力もない、ひ弱な自分になり、
(ゆきづまり、さいだいのふじゆうなじんせいになってしまう。)
行き詰まり、最大の不自由な人生になってしまう。
(ちいさなじゆうにたいして、おおきなじゆうもある。)
小さな自由に対して、大きな自由もある。
(「くにてっすればたまとなる」というよしかわえいじしのことばがある。)
「苦に徹すれば珠となる」という吉川英治氏の言葉がある。
(くるしんでくるしんでじぶんをみがきぬいていけば、)
苦しんで苦しんで自分を磨き抜いていけば、
(「たま」のようにげんぜんとかがやくじぶんになれるのです。)
「珠」のように厳然と輝く自分になれるのです。
(「たま」となれば、なにものにもまけない。じゆうです。しょうりです。)
「珠」となれば、何ものにも負けない。自由です。勝利です。
(それをじかくしていれば、「くろう」でさえたのしみです。)
それを自覚していれば、「苦労」でさえ楽しみです。
(じぶんがきめて、あえてくろうしていく。それが「おおきなじゆう」です。)
自分が決めて、敢えて苦労していく。それが「大きな自由」です。
(じゆうとはそうたいてきなものです。なにもかもじゆうになることなど、)
自由とは相対的なものです。何もかも自由になることなど、
(げんじつには、ありえない。ふじゆうがあるからこそ、じゆうをかんじられる。)
現実には、ありえない。不自由があるからこそ、自由を感じられる。
(また、ふじゆうは、じゆうをもとめているからこそかんじるともいえる。)
また、不自由は、自由を求めているからこそ感じるとも言える。
(「じぶんはじゆうだ」といって、くろうからにげても、)
「自分は自由だ」と言って、苦労から逃げても、
(「じぶんじしん」からはにげられない。)
「自分自身」からは逃げられない。
(じぶんのよわさやせいかく、しゅくめいからはにげられない。)
自分の弱さや性格、宿命からは逃げられない。
(じぶんのかげからにげられないのとおなじです。)
自分の影から逃げられないのと同じです。
(くるしみは、にげればにげるほどおいかけてくる。いぬのようなものだ。)
苦しみは、逃げれば逃げるほど追いかけてくる。犬のようなものだ。
(だから、たちむかうしかない。)
だから、立ち向かうしかない。
(じんせいとは、さいしゅうてきに「むげんのじゆう」をかちとるためのたたかいなのです。)
人生とは、最終的に「無限の自由」を勝ち取る為の戦いなのです。