バスカヴィル家の犬１０

(しめんのなかからみつけることができなかったからです。ほかのたんごはすべて)

紙面の中から見つける事ができなかったからです。他の単語はすべて

(たんじゅんですから、どのしんぶんでもみつけられたでしょう。しかし　ｍｏｏｒ　は)

単純ですから、どの新聞でも見つけられたでしょう。しかし『moor』は

(いっぱんてきなたんごではない　なるほど、そうだ。それでせつめいがつきます。)

一般的な単語ではない」「なるほど、そうだ。それで説明が付きます。

(このてがみからなにかほかにきづいたことがありますか？ほーむずさん　ひとつ、ふたつ)

この手紙から何か他に気づいた事がありますか？ホームズさん」「一つ、二つ

(きづくてんがありますが、てがかりをひとつものこさないようにと、ひじょうにてまを)

気づく点がありますが、手がかりを一つも残さないようにと、非常に手間を

(かけていますね。ごらんのとおり、じゅうしょはあらっぽいかきかたをしています。しかし)

かけていますね。ごらんの通り、住所は荒っぽい書き方をしています。しかし

(たいむずはこうとうきょういくをうけていないにんげんがよむことはまずないでしょう。)

タイムズは高等教育を受けていない人間が読むことはまずないでしょう。

(したがって、こうかんがえていいでしょう。このてがみはきょういくをうけたにんげんによって)

したがって、こう考えていいでしょう。この手紙は教育を受けた人間によって

(つくられたが、かれはきょうようのないふりをしたかった。それからじぶんのひっせきをかくそうと)

作られたが、彼は教養のない振りをしたかった。それから自分の筆跡を隠そうと

(どりょくしていることは、あなたがそのひっせきをしっているか、しょうらいしらされることに)

努力していることは、あなたがその筆跡を知っているか、将来知らされることに

(なりそうだということです。さらに、ほら、たんごがきれいにいっちょくせんに)

なりそうだということです。さらに、ほら、単語が綺麗に一直線に

(はられていないのがわかるでしょう。ほかのたんごよりかなりうえにはってあるのも)

貼られていないのが分かるでしょう。他の単語よりかなり上に貼ってあるのも

(いくつかある。たとえば、ｌｉｆｅ　は、おおきくずれている。これはふちゅういな)

いくつかある。例えば、『Life』は、大きくずれている。これは不注意な

(じんぶつともかんがえられるが、もしそうでなければ、このじんぶつがどうようし、あわてて)

人物とも考えられるが、もしそうでなければ、この人物が動揺し、慌てて

(さぎょうしたことをいみしているかもしれない。ぜんたいとしてかんがえれば、ぼくはこうしゃの)

作業したことを意味しているかもしれない。全体として考えれば、僕は後者の

(けんかいにかたむいている。これは、どうみてもてぬきをすべきてがみではないし、こんな)

見解に傾いている。これは、どう見ても手抜きをすべき手紙ではないし、こんな

(めんどうなほうほうでてがみをつくるにんげんがふちゅういだとはおもえない。もしいそいでいたとすれば)

面倒な方法で手紙を作る人間が不注意だとは思えない。もし急いでいたとすれば

(なぜいそぐひつようがあったのかは、きょうみぶかいもんだいだ。そうちょうまでにとうかんしさえすれば、)

なぜ急ぐ必要があったのかは、興味深い問題だ。早朝までに投函しさえすれば、

(てがみは、さーへんりーがほてるをでるまえにはまちがいなくとどいただろう。)

手紙は、サー・ヘンリーがホテルを出る前には間違いなく届いただろう。

(このてがみのさくしゃは、じゃまがはいることをおそれたのか、とすればそれは)

この手紙の作者は、邪魔が入る事を恐れたのか、....とすればそれは

(だれだろう？かなりあてすいりょうのりょういきにはいりつつありますね)

誰だろう？」「かなり当て推量の領域に入りつつありますね」

(もーてぃまーいしがいった。いや、むしろ、かのうせいをそうごにひょうかし、もっとも)

モーティマー医師が言った。「いや、むしろ、可能性を相互に評価し、最も

(たかいものをえらびだすりょういきだというべきでしょう。これはそうぞうりょくのかがくてき)

高いものを選び出す領域だと言うべきでしょう。これは想像力の科学的

(りようですが、そうぞうのきてんとなるぶっしつてきなきそはすでににゅうしゅしている。まちがいなく)

利用ですが、想像の起点となる物質的な基礎はすでに入手している。間違いなく

(あなたはあてすいりょうとおっしゃるでしょうが、わたしはこのあてさきをかいたのはどこかの)

あなたは当て推量とおっしゃるでしょうが、私はこの宛先を書いたのはどこかの

(ほてるだと、ほぼかくしんしています　どうしてそんなことがいえるんですか？)

ホテルだと、ほぼ確信しています」「どうしてそんな事が言えるんですか？」

(このふうとうをしんちょうにしらべると、ぺんもいんくもかきにくいしろものだった)

「この封筒を慎重に調べると、ペンもインクも書きにくい代物だった

(ということがわかるでしょう。このぺんはひとつのたんごをかくあいだに、にかいも)

ということが分かるでしょう。このペンは一つの単語を書く間に、二回も

(いんくがとんでいますし、みじかいじゅうしょをかくあいだ、さんどもいんくがきれています。)

インクが飛んでいますし、短い住所を書く間、三度もインクが切れています。

(これは、いんくびんにほとんどいんくがのこっていなかったことをしめしています。)

これは、インク瓶にほとんどインクが残っていなかった事を示しています。

(じたくのぺんやいんくびんが、こんなじょうたいになることはめったにありません。そして)

自宅のペンやインク瓶が、こんな状態になることはめったにありません。そして

(このふたつがどうじのおきることはきわめてまれです。しかしごぞんじのとおり、)

この二つが同時の起きることは極めてまれです。しかしご存知のとおり、

(ほてるのいんくやぺんは、そうでないばあいのほうがまれです。そう、ぼくはほとんど)

ホテルのインクやペンは、そうでない場合の方がまれです。そう、僕はほとんど

(ためらいなくこうしゅちょうできる。もしちゃーりんぐくろすふきんのほてるの)

ためらいなくこう主張できる。もしチャーリング・クロス付近のホテルの

(ごみばこをさがして、きりぬかれたたいむずのしゃせつののこりがみつけることができれば、)

ゴミ箱を探して、切り抜かれたタイムズの社説の残りが見つける事ができれば、

(このきみょうなてがみをおくったじんぶつをとくていできると。おや！おや！これはなんだ？)

この奇妙な手紙を送った人物を特定できると。おや！おや！これは何だ？」

(かれは、もじがはりつけられているふーるすきゃっぷしをめからいちいんちか)

彼は、文字が貼り付けられているフールスキャップ紙を目から一インチか

(にいんちのちかさまでもちあげ、しんちょうにしらべた。なにか？いえ、べつに)

二インチの近さまで持ち上げ、慎重に調べた。「何か？」「いえ、別に」

(かれはかみをてーぶるになげおろしていった。しろいはんしで、すかしすらない。)

彼は紙をテーブルに投げ下ろして言った。「白い半紙で、透かしすらない。

(このきょうみぶかいてがみからひきだせることはすべてひきだしたようです。ところで、)

この興味深い手紙から引き出せる事は全て引き出したようです。ところで、

(さーへんりー、ろんどんにきていこう、ほかになにかおもしろいできごとはありましたか)

サー・ヘンリー、ロンドンに来て以降、他に何か面白い出来事はありましたか」

(いや、ないです、ほーむずさん。ないとおもいます　だれかがびこうしているとか)

「いや、ないです、ホームズさん。ないと思います」「誰かが尾行しているとか

(かんししているとか、おきづきにはなりませんでしかた？さんりゅうしょうせつの)

監視しているとか、お気づきにはなりませんでしたか？」「三流小説の

(まっただなかにふみこんだみたいだね　ほうもんしゃはいった。いったいだれがぼくをつけたり)

真っ只中に踏み込んだみたいだね」訪問者は言った。「一体だれが僕をつけたり

(かんししなければならんのですか？それはこれからおはなしします。そのまえに、)

監視しなければならんのですか？」「それはこれからお話しします。その前に、

(ほかにほうこくすることはありませんか？なにをほうこくすべきなのかにもよりますが)

他に報告する事はありませんか？」「何を報告すべきなのかにもよりますが」

(まいにちのようにおきることでなければ、なんでもほうこくしていただいてけっこうです)

「毎日のように起きる事でなければ、何でも報告していただいて結構です」

(さーへんりーはほほえんだ。わたしはあめりかとかなだでじんせいのだいぶぶんをすごして)

サー・ヘンリーは微笑んだ。「私はアメリカとカナダで人生の大部分を過ごして

(きましたので、まだいぎりすのせいかつにはくわしくないですが、このくにでは)

きましたので、まだイギリスの生活には詳しくないですが、この国では

(まいにちのようにくつがかたほうなくなったりしないとねがいたいですね　くつがかたほう)

毎日のように靴が片方無くなったりしないと願いたいですね」「靴が片方

(なくなったのですか？さーへんりー　もーてぃまーいしがさけんだ。あれは)

無くなったのですか？「サー・ヘンリー」モーティマー医師が叫んだ。「あれは

(ただのとりちがえです。ほてるにもどればみつかります。こんなつまらないことで)

ただの取り違えです。ホテルに戻れば見つかります。こんなつまらないことで

(ほーむずさんをわずらわしてもしょうがないでしょう？ほーむずさんがまいにち)

ホームズさんを煩わしてもしょうがないでしょう？」「ホームズさんが毎日

(おきることでないものはなんでもききたいとおっしゃられたので　そのとおり)

起きることでないものは何でも訊きたいとおっしゃられたので」「その通り」

(ほーむずはいった。いかにつまらないできごとにみえてもです。くつがかたほう)

ホームズは言った。「いかにつまらない出来事に見えてもです。靴が片方

(なくなったとおっしゃいましたね？まあ、なんにしてもとりちがえ)

無くなったとおっしゃいましたね？」「まあ、なんにしても取り違え

(でしょうね。わたしはさくや、くつをそろえてどあのそとにおいたのですが、あさになると)

でしょうね。私は昨夜、靴を揃えてドアの外に置いたのですが、朝になると

(かたほうしかありませんでした。くつみがきのしょうねんがまちがえたというぐらいしか、)

片方しかありませんでした。靴磨きの少年が間違えたというぐらいしか、

(かんがえつきませんでした。さらにふうんなことに、さくやすとらんどでかったばかりで、)

考えつきませんでした。さらに不運な事に、昨夜ストランドで買ったばかりで、

(いちどもはいていないくつなのです　いちどもはいていないのなら、なぜそとにおいて)

一度も履いていない靴なのです」「一度も履いていないのなら、なぜ外に置いて

(くつみがきをさせたのですか？なめしがわのくつでつやだしされていなかった)

靴磨きをさせたのですか？」「なめし皮の靴で艶出しされていなかった

(からです。それでそとにだしておきました)

からです。それで外に出しておきました」