海野十三 蠅男⑯

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※➀に同じくです。


関連タイピング

問題文

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(てんじょううらのかいおん?)

◇天井裏の怪音?◇

(あれはなんだね、いけたによのすけてえのはと、けんじがしょちょうにたずねた。)

「あれはなんだネ、池谷与之助てえのは」と、検事が署長にたずねた。

(そのいけたによのすけですがな。さっきあやしいやつがいるいうて)

「その池谷与之助ですがな。さっき怪しい奴が居るいうて

(おしらせしましたのんは。よるになって、このやしきにやってきよりましたが、)

お知らせしましたのんは。夜になって、この邸にやってきよりましたが、

(しゅじんのへやへずかずかはいったり、れいじょういとこさんをすみへひっぱってみみのところで)

主人の室へズカズカ入ったり、令嬢糸子さんを隅へ引張って耳のところで

(ささやいたり、そうかとおもうと、かいしゃのやといにんをあつめてこそこそとはなしをしているちゅう)

囁いたり、そうかと思うと、会社の傭人を集めてコソコソと話をしているちゅう

(きょどうふしんのおとこだすがなふーむ、なにものだね、かれは)

挙動不審の男だすがな」「フーム、何者だネ、彼は」

(しゅじいやいうてます。なんでもたからづかにいいんをひらいとるしんりょうほうのいしゃや)

「主治医や云うてます。なんでも宝塚に医院を開いとる新療法の医者や

(いうことだす。さっきやしきをでてゆっきよったが、どうもすかんかおや)

いうことだす。さっき邸を出てゆっきよったが、どうも好かん面(かお)や」

(と、しょちょうは、はくめんむぜんに、きんぶちめがねをかけているというだけの、)

と、署長は、白面無髯に、金縁眼鏡をかけているというだけの、

(いたってとくちょうのないこうだんしのいけたによのすけのかおにこころのなかでつばをはいていた。)

至って特徴のない好男子の池谷与之助の顔に心の中で唾をはいていた。

(なんだ、あやしいというのは、たったそれだけのことかね)

「なんだ、怪しいというのは、たったそれだけのことかネ」

(いいえいな、まだまだあやしいことがおますわ。さっきもな、ーー)

「いいえいな、まだまだ怪しいことがおますわ。さっきもナ、ーー」

(といいかけたとたんであった。とつぜん、にかいへつうずるおくのかいだんをどんどんどんと)

と云いかけた途端であった。突然、二階へ通ずる奥の階段をドンドンドンと

(あらあらしくふみならしてかけおりてくるものがあった。それにつづいて)

荒々しく踏みならして駈け下りてくる者があった。それに続いて

(がらがらがらっとなにかもののこわれるおと!)

ガラガラガラッとなにか物の壊れる音!

(だんじょいずれともわからぬたまきるようなひめいが、そのあとにするどくおこった。)

男女いずれとも分らぬ魂消(たまき)るような悲鳴が、その後に鋭く起った。

(すわ、なにごとか、じけんがおこったらしい。)

素破(すわ)、なにごとか、事件が起ったらしい。

(や、やられたっ。たすけてえーーしんでまうがなあーーと、これはまぎれもない)

「や、やられたッ。助けてえーー死んでまうがなアーー」と、これは紛れもない

(おとこのこえ。けいかんたちははっとかおいろをかえた。そしてはんしゃてきに、)

男の声。警官たちはハッと顔色をかえた。そして反射的に、

など

(そのさけびごえのするほうへかけだした。)

その叫び声のする方へ駈けだした。

(こらこら、しんみょうにせんか。ーーそうどうのかいだんのしたから、)

「こらこら、神妙にせんか。ーー」騒動の階段の下から、

(えりがみをひっとらえられて、ねこのようにつるしあげられたのはひとりのおとことおんな。)

襟がみを引っ捕らえられて、猫のように吊るしあげられたのは一人の男と女。

(どうしたどうしたどちらがはえおとこや)

「どうしたどうした」「どちらが蠅男や」

(はえおんなもおるがなあまりぱっとせんはえおとこやな)

「蠅女も居(お)るがナ」「あまりパッとせん蠅男やな」

(そんなささやきが、しゅういからもれた。まさきしょちょうはまえへすすみでて、)

そんな囁きが、周囲から洩れた。正木署長は前へ進み出て、

(こら、おまえはみたようなかおやなとおとこのほうにいった。)

「コラ、お前は見たような顔やな」と男の方にいった。

(へえ、わたしはあやしいものではござりまへん。かいしゃのしょむにいます)

「へえ、私は怪しい者ではござりまへん。会社の庶務にいます

(やまのいというもので、きょうしゃちょうのめいれいでてつだいにまいりましたわけで・・・)

山ノ井という者で、今日社長の命令で手伝いに参りましたわけで・・・」

(それでどうしたというのや。ころされるとか)

「それでどうしたというのや。殺されるとか

(しんでしまうとわめきよったはーー)

死んでしまうと喚きよったはーー」

(いや、それがもし、わたしがかいだんのしたにおりますとうえでどしどしと)

「いや、それがモシ、私が階段の下に居りますと上でドシドシと

(えらいあしおとだす。ひょっとうえをみるとたんに、なにやらしろいものが)

えらい足音だす。ひょっと上を見る途端に、なにやら白いものが

(すーっととんできて、このみけんにあたったかとおもうとばっさり!)

スーッと飛んできて、この眉間にあたったかと思うとバッサリ!」

(なにがばっさりや。うえからとんできたというのは、そら)

「なにがバッサリや。上から飛んで来たというのは、そら

(そこにめちゃめちゃにこわれとるきんぎょばちやないか。なにをあわてているねん。)

そこに滅茶滅茶に壊れとる金魚鉢やないか。なにを慌てているねん。

(にかいからころげおちてきたのやないか)

二階から転げ落ちてきたのやないか」

(ああきんぎょばち?ああさよか。ーーせなかでぴりぴりするところが)

「ああ金魚鉢? ああさよか。ーー背中でピリピリするところが

(おますが、これはきんぎょがはいってぴちぴちはねとるのやな)

おますが、これは金魚が入ってピチピチ跳ねとるのやな」

(しょちょういか、なんのことだと、きのよわいしゃいんのずぶぬれすがたに)

署長以下、なんのことだと、気の弱い社員のズブ濡れ姿に

(ほがらかなわらいごえをおくった。)

朗らかな笑い声を送った。

(ーーおんなのほうはだれや。こら、こっちむいてーーと、しょちょうは、)

「ーー女の方は誰や。コラ、こっち向いてーー」と、署長は、

(はとがまめをくらったようにめをぱちくりしているしじゅうがらみのおんなにこえをかけた。)

鳩が豆を喰らったように眼をパチクリしている四十がらみの女に声をかけた。

(へへ、わ、わたくしはおまついいましていとはんの)

「へへ、わ、わたくしはお松云いまして 令嬢(いと)はんの

(おせわをしておりますものでございます)

お世話をして居りますものでございます」

(うむ、おまつか。ーーなんでおまえはきんぎょばちをにかいからおとしたんや。)

「ウム、お松か。ーーなんでお前は金魚鉢を二階から落としたんや。

(ひとさわがせなやつじゃきんぎょばちをわざとおとしたわけやおまへん。)

人騒がせな奴じゃ」「金魚鉢をわざと落としたわけやおまへん。

(はしっているひょうしに、ついからだがさわりましてんなんでそんなにむちゅうで)

走って居る拍子に、つい身体が障りましてん」「なんでそんなに夢中で

(はしっとったんやそれはあのーーはえおとこが、ごそごそはってゆくおとを)

走っとったんや」「それはアノーー蠅男が、ゴソゴソ匍(は)ってゆく音を

(ききましたものやから、びっくりしてはしりだしましたのでーー)

聞きましたものやから、吃驚して走りだしましたのでーー」

(なにはえおとこ?はえおとこのほうていっきょるおとをきいたいうのんか。)

「ナニ蠅男? 蠅男の匍(ほ)うていっきょる音を聞いたいうのんか。

(ええおい、それはほんまかーーしょちょうはじょうだんだとおもいながらも、ちょっとふあんな)

ええオイ、それはホンマかーー」署長は冗談だと思いながらも、ちょっと不安な

(かおをした。なにしろはえおとこぼうぎょじんをしいているまっさいちゅうのことであったから。)

顔をした。なにしろ蠅男防御陣を敷いている真最中のことであったから。

(ほんまだっせ。たしかにはえおとこにちがいあらへん。ごそごそごそと、おもいものを)

「ホンマだっせ。たしかに蠅男に違いあらへん。ゴソゴソゴソと、重いものを

(ひきずるようなおとをだして、にかいのろうかのしたをほうとりました)

引きずるような音を出して、二階の廊下の下を匍(ほ)うとりました」

(にかいのろうかのしたをーーとしょちょうがてんじょうをみあげると、しゅういのけいかんたちも、)

「二階の廊下の下をーー」と署長が天井を見上げると、周囲の警官たちも、

(こわごわとおなじようにてんじょうをみあげながら、くびをかめのこのようにちぢめた。)

こわごわと同じように天井を見上げながら、頸を亀の子のように縮めた。

(ねずみとちがうか。へびがてんじょうにすをしとるのやないか。)

「鼠と違うか。蛇が天井に巣をしとるのやないか。

(おいおまつ、はっきりへんじをせいしょちょうはすこしろうばいのいろをあらわした。)

オイお松、ハッキリ返事をせい」署長はすこし狼狽の色を現わした。

(ちがいますがな、ちがいますがな。ねずみがあんなおおきなおとをたてますかいな。)

「違いますがな、違いますがな。鼠があんな大きな音をたてますかいな。

(ーーへび?へびが、こんなしんだちにはいってくるものでっしゃろか。)

ーー蛇? 蛇が、こんな新築(しんだち)に入ってくるものでっしゃろか。

(ああきもちがわるいしょちょうは、しばらくむごんで、ただけもののようにひくくうなっていた。)

ああ気持がわるい」署長は、しばらく無言で、ただ獣のように低く唸っていた。

(が、きゅうにうでどけいをだしてみて、うむ、いまじゅういちじごじゅうごふんだ。ーー)

が、急に腕時計を出してみて、「ウム、いま十一時五十五分だ。ーー」

(とさけんで、しゅういをぐるっとみまわしたが、そのひとがきのそとに、)

と叫んで、周囲をグルッと見廻したが、その人垣の外に、

(むらまつけんじがひにくたっぷりのえみをうかべてたっているのをみつけると、)

村松検事が皮肉たっぷりの笑みを浮べて立っているのを見つけると、

(ああ、けんじさん。いまのおまつのはなしおききでしたか。はえおとこがこのげんじゅうなけいかいせんを)

「ああ、検事さん。いまのお松の話お聞きでしたか。蠅男がこの厳重な警戒線を

(とっぱしててんじょううらをはうというのは、ほんまのことやとおもわれまへんが、)

突破して天井裏を匍(は)うというのは、ホンマのことやと思われまへんが、

(じこくもじこくだすよって、いちおうしゅじんこうのあんぴをきいてみたらおもいますけれど、)

時刻も時刻だすよって、一応主人公の安否を聞いてみたら思いますけれど、

(どないなもんでっしゃろけんじはぱいぷをくちからはなして、しずかにいった。)

どないなもんでっしゃろ」検事はパイプを口から離して、静かに云った。

(きいてみないほうより、きいてみたほうがいいだろうね。しかし)

「聞いてみない方より、聞いてみた方がいいだろうネ。しかし

(こんなくだらんさわぎに、こんなにみながひとつどころにかたまってしまうのじゃあ、)

こんなくだらん騒ぎに、こんなに皆が一つ処に固まってしまうのじゃあ、

(かんぜんなけいかいもうでございとは、ちょっといえないとおもうが、どうだ)

完全な警戒網でございとは、ちょっと云えないと思うが、どうだ」

(おおとしょちょうははじめてきがついたらしく、これみんな、いったいどうしたんや。)

「おお」と署長は始めて気がついたらしく、「これ皆、一体どうしたんや。

(よくちゅういしておいたのに、こうあつまってきたらあかへんがな。ーーああ、)

よく注意しておいたのに、こう集まって来たらあかへんがな。ーーああ、

(あのへやにまちがいはあらへんやろうなしょちょうはあわててそこをとびだし、)

あの部屋に間違いはあらへんやろうな」署長は慌ててそこを飛びだし、

(しゅじんこうのろうじょうしているいまのほうへかけだした。)

主人公の籠城している居間の方へ駈けだした。

(うむ、よかった。ーー)

「ウム、よかった。ーー」

(しょちょうはいまのまえに、けいかんがひとりたっているのをみて、ほっとあんしんした。)

署長は居間の前に、警官が一人立っているのを見て、ホッと安心した。

(おいいじょうはないか。ずっとおまえは、ここにがんばっていたんやろな)

「オイ異状はないか。ずっとお前は、ここに頑張っていたんやろな」

(はあ、さっきがちゃんのときに、ちょっとうごきましたが、すぐひきかえしてきて、)

「はア、さっきガチャンのときに、ちょっと動きましたが、すぐ引返して来て、

(ここにたちつづけておりますととうきょうべんのそのけいかんはこたえた。)

此処に立ち続けて居ります」と東京弁のその警官は応えた。

(なんや、やっぱりうごいたのかはあ、ほんのちょっとです。)

「なんや、やっぱり動いたのか」「はア、ほんの一寸です。

(いっぷんかにふんですいっぷんでもにふんでも、そらあかんがなといったが、)

一分か二分です」「一分でも二分でも、そらあかんがな」といったが、

(ほかのふたりはどこへいったかいなかった。)

他の二人はどこへ行ったか居なかった。

(さあ、ちょっとなかへあいずをしてみいけいかんはこころえて、)

「さあ、ちょっと中へ合図をしてみい」警官は心得て、

(どんどんどん、どんどんとあいずどおりにとびらをうった。そしてそれをくりかえした。)

ドンドンドン、ドンドンと合図どおりに扉をうった。そしてそれを繰り返した。

(ーーごしゅじん!たまやさーんしょちょうはとびらにくちをあてんばかりにして)

「ーー御主人! 玉屋さーん」署長は扉に口をあてんばかりにして

(どなった。しかしないぶからは、なんのおうとうもきこえなかった。)

怒鳴った。しかし内部からは、なんの応答も聞えなかった。

(こらけったいなことや。もっとどんどんたたいてみてくれ)

「こら怪(け)ったいなことや。もっとドンドン叩いてみてくれ」

(どんどんどんと、とびらはやけにうちたたかれた。しゅじんのなをよぶしょちょうのこえは)

ドンドンドンと、扉はやけにうち叩かれた。主人の名を呼ぶ署長の声は

(だんだんかんだかくなり、それとともにかおいろがあおくなっていった。)

だんだん甲高くなり、それと共に顔色が青くなっていった。

(ーーちょうどごごじゅうにじや。こらどうしたんやろか)

「ーー丁度午後十二時や。こらどうしたんやろか」

(そのときひろいろうかのむこうのすみにあるしゅろのはちうえのかげから)

そのとき広い廊下の向うの隅にある棕櫚の鉢植えの蔭から

(ぬっとすがたをあらわしたものがあった。)

ヌッと姿を現わした者があった。

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