有島武郎 火事とポチ③/⑥
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問題文
(そのひとは、おおきなこえでなきつづけているいもうとたちをこわきにかかえたまま、)
その人は、大きな声で泣きつづけている妹たちをこわきにかかえたまま、
(どんどんいしがきのあるよこちょうへとまがっていくので、ぼくはだんだん)
どんどん石垣のある横町へと曲がって行くので、ぼくはだんだん
(きみがわるくなってきたけれども、かじどころのさわぎではないとおもって、)
気味が悪くなってきたけれども、火事どころのさわぎではないと思って、
(ほおかぶりをしてしりをはしょったそのひとのうしろから、)
ほおかぶりをして尻をはしょったその人の後ろから、
(きづかれないようにくっついていった。そうしたらそのひとはやがて)
気づかれないようにくっついて行った。そうしたらその人はやがて
(はしもとさんといういえのたかいいしだんをのぼりはじめた。みるとそのいしだんのうえには、)
橋本さんという家の高い石段をのぼり始めた。見るとその石段の上には、
(はしもとさんのひとたちがおおぜいたって、ぼくのいえのほうをむいて)
橋本さんの人たちが大ぜい立って、ぼくの家の方を向いて
(かじをながめていた。そこにこじきらしいひとがのぼっていくのだから、)
火事をながめていた。そこに乞食らしい人がのぼって行くのだから、
(ぼくはすこしへんだとおもった。そうすると、はしもとのおばさんが、)
ぼくはすこし変だと思った。そうすると、橋本のおばさんが、
(うえからいきなりそのおとこのひとにこえをかけた。)
上からいきなりその男の人に声をかけた。
(「あなたかえっていらしったんですか・・・ひどくなりそうですね」)
「あなた帰っていらしったんですか・・・ひどくなりそうですね」
(そうしたら、そのこじきらしいひとが、「こどもさんたちが)
そうしたら、その乞食らしい人が、「子どもさんたちが
(けんのんだからつれてきたよ。たけおさんだけはどこにいったか)
けんのんだから連れて来たよ。竹男さんだけはどこに行ったか
(どうもみえなんだ」といもうとやおとうとをかるがるとかつぎあげながらいった。)
どうも見えなんだ」と妹や弟を軽々とかつぎ上げながらいった。
(なんだ。こじきじゃなかったんだ。はしもとのおじさんだったんだ。)
なんだ。乞食じゃなかったんだ。橋本のおじさんだったんだ。
(ぼくはすっかりうれしくなってしまって、すぐいしだんをのぼっていった。)
ぼくはすっかりうれしくなってしまって、すぐ石段を上って行った。
(「あら、たけおさんじゃありませんか」とめはやくぼくを)
「あら、竹男さんじゃありませんか」と目早くぼくを
(みつけてくれたおばさんがいった。はしもとさんのひとたちは)
見つけてくれたおばさんがいった。橋本さんの人たちは
(いえじゅうでぼくたちをいえのなかにつれこんだ。いえのなかには)
家じゅうでぼくたちを家の中に連れこんだ。家の中には
(あかりがかんかんとついて、まっくらなところをながいあいだ)
燈火(あかり)がかんかんとついて、真暗なところを長い間
(あるいていたぼくにはたいへんうれしかった。さむいだろうといった。)
歩いていたぼくにはたいへんうれしかった。寒いだろうといった。
(くずゆをつくったり、たんぜんをきせたりしてくれた。そうしたら)
葛湯をつくったり、丹前を着せたりしてくれた。そうしたら
(ぼくはなんだかきゅうにかなしくなった。いえにはいってから)
ぼくはなんだか急に悲しくなった。家にはいってから
(なきやんでいたいもうとたちも、ぼくがしくしくなきだすと)
泣きやんでいた妹たちも、ぼくがしくしく泣きだすと
(いっしょになっておおきなこえをだしはじめた。)
いっしょになって大きな声を出しはじめた。
(ぼくたちはそのいえのまどから、ぶるぶるふるえながら、)
ぼくたちはその家の窓から、ぶるぶるふるえながら、
(じぶんのいえのやけるのをみてよるをあかした。ぼくたちをおくと)
自分の家の焼けるのを見て夜を明かした。ぼくたちをおくと
(すぐまたでかけていったはしもとのおじさんが、びっしょりぬれて)
すぐまた出かけて行った橋本のおじさんが、びっしょりぬれて
(どろだらけになって、ひとちがいするほどかおがよごれてかえってきたころには、)
どろだらけになって、人ちがいするほど顔がよごれて帰って来たころには、
(よるがすっかりあけはなれて、ぼくのいえのところからは)
夜がすっかり明けはなれて、ぼくの家の所からは
(くろいけむりとしろいけむりとがべつべつになって、よじれあいながら)
黒いけむりと白いけむりとが別々になって、よじれ合いながら
(もくもくとたちあがっていた。)
もくもくと立ち上っていた。
(「あんしんなさい。おもやはやけたけれどもはなれだけはのこって、)
「安心なさい。母屋は焼けたけれども離れだけは残って、
(おとうさんもおかあさんもみんなけがはなかったから・・・)
おとうさんもおかあさんもみんなけがはなかったから・・・
(そのうちにつれてかえってあげるよ。けさのさむさはかくべつだ。)
そのうちに連れて帰ってあげるよ。けさの寒さは格別だ。
(このいちめんのしもはどうだ」といいながら、おじさんはいどばたにたって、)
この一面の霜はどうだ」といいながら、おじさんは井戸ばたに立って、
(あたりをながめまわしていた。ほんとうにいどがわまでが)
あたりをながめまわしていた。ほんとうに井戸がわまでが
(まっしろになっていた。)
真白になっていた。
(はしもとさんであさごはんのごちそうになって、たいようがもぎのべっそうの)
橋本さんで朝御飯のごちそうになって、太陽が茂木の別荘の
(おおきなまきのきのうえにのぼったころ、ぼくたちは)
大きな槙の木の上に上ったころ、ぼくたちは
(おじさんにつれられていえにかえった。)
おじさんに連れられて家に帰った。
(いつのまに、どこからこんなにきたろうとおもうほど)
いつのまに、どこからこんなに来たろうと思うほど
(おおぜいのひとがけんかごしになってはたらいていた。)
大ぜいの人がけんか腰になって働いていた。
(どこからどこまでおおあめのあとのようにびしょびしょなので、)
どこからどこまで大雨のあとのようにびしょびしょなので、
(ぞうりがすぐおもくなってあしのうらがきみわるくぬれてしまった。)
ぞうりがすぐ重くなって足のうらが気味悪くぬれてしまった。
(はなれにいったら、これがおばあさまか、これがおとうさんか、)
離れに行ったら、これがおばあさまか、これがおとうさんか、
(おかあさんかとおどろくほどにみんなかわっていた。)
おかあさんかとおどろくほどにみんな変わっていた。
(おかあさんなんかはいちどもみたことのないようなへんなきものをきて、)
おかあさんなんかは一度も見たことのないような変な着物を着て、
(かみのけなんかはめちゃくちゃになって、かおもても)
髪の毛なんかはめちゃくちゃになって、顔も手も
(くすぶったようになっていた。ぼくたちをみると)
くすぶったようになっていた。ぼくたちを見ると
(いきなりかけよってきて、さんにんをむねのところにだきしめて、)
いきなり駆けよって来て、三人を胸のところに抱きしめて、
(かおをぼくたちのかおにすりつけてむせるようになきはじめた。)
顔をぼくたちの顔にすりつけてむせるように泣きはじめた。
(ぼくたちはすこしきみがわるくおもったくらいだった。)
ぼくたちはすこし気味が悪く思ったくらいだった。
(かわったといえばいえのやけあとのかわりようもひどいものだった。)
変わったといえば家の焼けあとの変わりようもひどいものだった。
(くろこげのざいもくが、つみきをひっくりかえしたようにかさなりあって、)
黒こげの材木が、積み木をひっくり返したように重なりあって、
(そこからけむりがくさいにおいといっしょにやってきた。)
そこからけむりがくさいにおいといっしょにやって来た。
(そこいらがひろくなって、なんだかそれをみると)
そこいらが広くなって、なんだかそれを見ると
(おかあさんじゃないけれどもなみだがでてきそうだった。)
おかあさんじゃないけれども涙が出てきそうだった。