海野十三 蠅男⑱

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※➀に同じくです。


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問題文

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(いとこのしつもん)

◇糸子の質問◇

(しつないをみまわしているむらまつけんじは、そこにほむらのすがたをみとめたのでこえをかけた。)

室内を見廻している村松検事は、そこに帆村の姿を認めたので声をかけた。

(ほむらはしきりにてんじょうをみあげているところであった。なんです、けんじさん)

帆村はしきりに天井を見上げているところであった。「なんです、検事さん」

(うむほむらくん、ちょっとここへあがってみてくれたまえ。ここにきみが)

「うむ帆村君、ちょっとここへ上って見てくれたまえ。ここに君が

(おもしろがるものがあるんだといって、むらまつけんじはちゅうにさがっているそういちろうの)

面白がるものがあるんだ」といって、村松検事は宙に下がっている総一郎の

(くびのあたりをさした。ほむらはみもかるがると、ふみだいのうえにとびのった。)

頸のあたりを指した。帆村は身も軽々と、踏台の上にとびのった。

(ああこれですか。なるほどちのうえについているつなのあとのようなものが)

「ああこれですか。なるほど血の上についている綱の痕のようなものが

(にしゅるいみえますねとほむらはけんじのせつめいにどういした。)

二種類見えますネ」と帆村は検事の説明に同意した。

(ねえ、わかるだろう。こっちにみえるもようのこまかいほうが、いましたいを)

「ねえ、分るだろう。こっちに見える模様の細かい方が、今屍体を

(つりあげているつなのあとだ。もういっぽうのもようのあらいはっきりとあみめの)

吊り上げている綱の痕だ。もう一方の模様の荒いハッキリと網目の

(みえるほうのつながしつないのどこにもみあたらないんだ)

見える方の綱が室内のどこにも見当らないんだ」

(ほむらはけんじのさすけっこんをじっとみつめていたが、とんきょうなこえをだして、)

帆村は検事の指す血痕をじっと見つめていたが、頓狂な声を出して、

(ーーこれはつなのあとじゃありませんよ)

「ーーこれは綱の痕じゃありませんよ」

(つなのあとじゃないって?じゃなんのあとだい)

「綱の痕じゃないって? じゃ何の痕だい」

(さあはっきりはわからないが、これはつなではなくて、なにかかなぐのあとですよ。)

「さあハッキリは分らないが、これは綱ではなくて、何か金具の痕ですよ。

(はんどるだのぺんちだの、かなぐのてでにぎるところには、)

ハンドルだのペンチだの、金具の手で握るところには、

(よくこうしたあみめのみぞがきりこんであるじゃありませんか)

よくこうした網目の溝が切りこんであるじゃありませんか」

(なるほどーーあみめのみぞがきりこんであるかなぐか。うむ、きみのいうとおりだ。)

「なるほどーー網目の溝が切りこんである金具か。うむ、君のいうとおりだ。

(じゃもういっぽんのつなをさがさなくてもいいことになったが、そのかわりにかなぐを)

じゃもう一本の綱を探さなくてもいいことになったが、その代りに金具を

(さがさにゃならんこととなった。かなぐって、どんなものだろうね。)

探さにゃならんこととなった。金具って、どんなものだろうネ。

など

(どうしてこんなにつなといっしょに、こんなばしょについているのだろうね)

どうしてこんなに綱と一緒に、こんな場所に附いているのだろうネ」

(むらまつけんじはしきりとあたまをひねった。しかしほむらはなにもこたえなかった。)

村松検事はしきりと頭をひねった。しかし帆村はなにも応えなかった。

(ほむらにもこのへんじはすぐにはできないであろう。)

帆村にもこの返事は直ぐには出来ないであろう。

(このこたえが、もしすぐにこのばでできたとしたら、はえおとこのしょうたいはあんがい)

この答えが、もしすぐにこの場でできたとしたら、「蠅男」の正体は案外

(らくにとけたであろう。きみょうなるかなぐのぎざぎざこうのあと!)

楽に解けたであろう。奇妙なる金具のギザギザ溝の痕!

(そのときへやのいりぐちに、なにかさわがしいいさかいがはじまった。)

そのとき室の入口に、なにか騒がしい諍いが始まった。

(ふみだいのうえにいたけんじはよろよろとしたこしつきでいりぐちをみたが、ひとめで)

踏台の上にいた検事はヨロヨロとした腰付で入口を見たが、ひと目で

(じじょうをさとった。おいほむらくん。ひがいしゃのれいじょうがこのさんげきをかんづいて)

事情を悟った。「オイ帆村君。被害者の令嬢がこの惨劇を感づいて

(はいりたがっているようだ。きみひとつ、いいぐあいにあつかってくれないか。)

入りたがっているようだ。君ひとつ、いい具合に扱ってくれないか。

(むろんここへちかづいてもかまわないが、そのへんよろしくね)

むろんここへ近づいてもかまわないが、その辺よろしくネ」

(ほむらはけんじのたのみによって、いりぐちのところへでていった。けいかんが)

帆村は検事の頼みによって、入口のところへ出ていった。警官が

(はんきょうらんのいとこをしつないにいれまいとしてほねをおっている。)

半狂乱の糸子を室内に入れまいとして骨を折っている。

(ほむらはそれをやんわりとうけとって、かのじょのじせいをもとめた。いとこはすこしきを)

帆村はそれをやんわりと受取って、彼女の自制を求めた。糸子はすこし気を

(とりなおしたようにみえたが、こんどはほむらのむねにすがりつき、ーーたったひとりの)

取直したように見えたが、今度は帆村の胸にすがりつき、「ーーたった一人の

(おやのだいじだすやないか。うちはしんぱいやよって、さっきからいりぐちのまえをひとりで)

親の大事だすやないか。うちは心配やよって、さっきから入口の前をひとりで

(みはってたくらいや。けいかんたいもとんとあきまへんわ。けいかいのばしょをはなれたり)

見張ってたくらいや。警官隊もとんとあきまへんわ。警戒の場所を離れたり

(して、だらしがおまへんわ。そんなことやさかい、うちのたったひとりのおやが)

して、だらしがおまへんわ。そんなことやさかい、うちのたった一人の親が

(ころされてしもうたんやしい。もうなにいうても、こうなったらとりかえしが)

殺されてしもうたんやしい。もう何云うても、こうなったら取りかえしが

(つかへんけれどーーそないにしておいて、うちがおとっつぁんのところへいこうと)

つかへんけれどーーそないにして置いて、うちがお父つぁんのところへ行こうと

(おもうたら、いかさんいやはるのは、なんがなんでもあんまりやおまへんか)

思うたら、行かさん云やはるのは、なんがなんでもあんまりやおまへんか」

(と、ひいひいいってなきさけぶのだった。)

と、ヒイヒイいって泣き叫ぶのだった。

(それをきいていると、いとこがちちのしをすでにさっしていることがよくわかった。)

それを聞いていると、糸子が父の死を既に察していることがよく分った。

(ほむらはいとこにこころからなるどうじょうのことばをかけて、きがおちついたら、)

帆村は糸子に心からなる同情の言葉をかけて、気が落ちついたら、

(じぶんといっしょにしつないへはいっておとうさまのさいごをみられてはどうかとすすめた。)

自分と一緒に室内へ入ってお父さまの最期を見られてはどうかと薦めた。

(せいいあるほむらのことばがつうじたのか、いとこはしだいにおちつきをかいふくしていった。)

誠意ある帆村の言葉が通じたのか、糸子は次第に落ちつきを回復していった。

(それでもちちのしょさいにいっぽふみいれて、そこにてんじょうからだらりとさがっているちちおやの)

それでも父の書斎に一歩踏み入れて、そこに天井からダラリと下っている父親の

(あさましいさいごのすがたをみると、いとこはまたあらたなるおどろきとなげきとにひきつけそうに)

浅ましい最期の姿を見ると、糸子はまた新たなる愕きと歎きとに引きつけそうに

(なった。もしもほむらがいちだんとこえをはげましてきをひきたててやらなかったら、)

なった。もしも帆村が一段と声を励まして気を引立ててやらなかったら、

(かよわいこのひとりむすめはほんとうにきがへんになってしまったかもしれない。)

か弱いこの一人娘は本当に気が変になってしまったかもしれない。

(おおおとっつぁん。な、なんでこのようなすがたになってやったん)

「おお お父つぁん。な、なんでこのような姿になってやったん」

(いとこはほむらのてをふりきって、つめたいちちおやのかはんしんにしっかりすがりつき、)

糸子は帆村の手をふりきって、冷たい父親のか半身にしっかり縋りつき、

(そしてまたはげしくおえつをはじめたのであった。きしんのようにつよいけいかんたちでは)

そしてまた激しく嗚咽をはじめたのであった。鬼神のように強い警官たちでは

(あったけれど、このうつくしいれいじょうがさきにははをうしないいまこうしてやさしかったちちを)

あったけれど、この美しい令嬢が先に母を喪い今こうして優しかった父を

(うばわれてひたんやるかたなきかれんなすがたをみては、どうじょうのこころうごき、)

奪われて悲歎やる方なき可憐な姿を見ては、同情の心うごき、

(めをそらさないものはなかった。)

目を逸らさない者はなかった。

(おおおとっつぁん。だれかにころされてやったかしらへんけれど、きっとうちが)

「おお お父つぁん。誰かに殺されてやったかしらへんけれど、きっとうちが

(かたきをとったげるしい。まよわんと、じょうぶつしとくれやす。なむあみだぶつ。ーー)

敵を取ったげるしい。迷わんと、成仏しとくれやす。南無阿弥陀仏。ーー」

(いとこはわなわなふるうくちびるをじっとかみしめながら、むねのまえにがっしょうした。)

糸子はワナワナ慄う口唇をじっと噛みしめながら、胸の前に合掌した。

(わかいけいかんたちは、めいめいのこころのなかに、このなげきかなしむれいじんを)

若い警官たちは、めいめいの心の中に、 この慨(なげ)き悲しむ麗人を

(なぐさめるため、いっこくもはやくはんにんをとらえたいものだとおもわぬものはなかった。)

慰めるため、一刻も早く犯人を捕えたいものだと思わぬ者はなかった。

(ほむらそうろくとて、おなじおもいであった。かれはいとこのそばにちかづき、もうあまり)

帆村荘六とて、同じ思いであった。彼は糸子の傍に近づき、もう余り

(げんばにいないほうがいいとおもうむねつたえて、ちちのれいにわかれをつげるようすすめた。)

現場に居ない方がいいと思う旨伝えて、父の霊に別れを告げるよう薦めた。

(いとこはふりおちるなみだのなかからかおをあげ、ほむらにれいなどをいった。かのじょのこころは)

糸子はふり落ちる泪の中から顔をあげ、帆村に礼などをいった。彼女の心は

(ほんとうにおちつきをとりもどしてきたものらしい。かのじょはちちのしたいを、)

本当に落ちつきを取り戻してきたものらしい。彼女は父の屍体を、

(はじめてみるようなおももちでみあげた。そしてほむらのうでをおさえて、)

初めて見るような面持で見上げた。そして帆村の腕を抑えて、

(おもいがけないことをといかけた。)

思いがけないことを問いかけた。

(もしーー。ちちはこういうふうにさがっていたところをはっけんされたんでっしゃろか)

「もしーー。父はこういう風に下っていたところを発見されたんでっしゃろか」

(もちろん、そうですよ。それがどうかしましたか)

「もちろん、そうですよ。それがどうかしましたか」

(ほむらには、このいとこのことばがさらにふにおちかねた。)

帆村には、この糸子の言葉がさらに腑に落ちかねた。

(いやべつになんでもあれしまへんけれどーーよもやちちは、)

「いや別に何でもあれしまへんけれどーーよもや父は、

(じさつをするためにじぶんでくびをくくったのやあれしまへんやろな)

自殺をするために自分で首をくくったのやあれしまへんやろな」

(それはけんじさんのしらべたところによってよくわかっています。はんにんは)

「それは検事さんの調べたところによってよく分っています。犯人は

(するどいきょうきをもっておとうさまのこうとうぶにちめいしょうをおわせてそくしさせ、)

鋭い兇器をもってお父さまの後頭部に致命傷を負わせて即死させ、

(それからあとにこのようにしたいをつりさげたということになっているんですよ。)

それから後にこのように屍体を吊り下げたということになっているんですよ。

(ぼくもそれにどうかんしていますはあ、そうでっかといとこはうなずき、こんな)

僕もそれに同感しています」「はあ、そうでっか」と糸子は肯き、「こんな

(たかいところにつるのやったら、ちょっとかんたんにはできまへんやろな。はんにんが、)

高いところに吊るのやったら、ちょっと簡単には出来まへんやろな。犯人が、

(いまいやはったようなことをするのに、じかんがどのくらいかかりまっしゃろ)

いま云やはったようなことをするのに、時間がどの位かかりまっしゃろ」

(ええ、なんですって。このはんこうにどのくらいじかんがかかるというのですか。)

「ええ、なんですって。この犯行にどの位時間が懸るというのですか。

(うむ、それはすこぶるゆうしゅうなるしつもんですね。ーー)

うむ、それは頗る優秀なる質問ですね。ーー」

(ほむらはうでをくんで、はんこうのじかんをすいていするよりまえに、)

帆村は腕を組んで、犯行の時間を推定するより前に、

(なぜいとこが、このようなとつぜんのしつもんをだしたかについていぶかった。)

なぜ糸子が、このような突然の質問を出したかについて訝った。

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