有島武郎 或る女99

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1 布ちゃん 5709 A 5.9 95.5% 1019.7 6103 281 92 2024/04/19

関連タイピング

問題文

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(ようこはぬいものをしながらたしょうのふあんをかんじた。あのなんのぎこうもない)

葉子は縫い物をしながら多少の不安を感じた。あのなんの技巧もない

(ことうと、かんぺきがつのりだしてじぶんながらしまつをしあぐねているようなくらちとが)

古藤と、疳癖が募り出して自分ながら始末をしあぐねているような倉地とが

(まともにぶつかりあったら、どんなことをしでかすかもしれない。きむらを)

まともにぶつかり合ったら、どんな事をしでかすかもしれない。木村を

(てのなかにまるめておくこともきょうふたりのかいけんのけっかでだめになるかもわからない)

手の中に丸めておく事もきょう二人の会見の結果でだめになるかもわからない

(とおもった。しかしきむらといえば、ことうのいうことなどをきいているとようこも)

と思った。しかし木村といえば、古藤のいう事などを聞いていると葉子も

(さすがにそのこころねをおもいやらずにはいられなかった。ようこがこのごろ)

さすがにその心根を思いやらずにはいられなかった。葉子がこのごろ

(くらちにたいしてもっているようなきもちからは、きむらのたちばやこころもちが)

倉地に対して持っているような気持ちからは、木村の立場や心持ちが

(あからさますぎるくらいそうぞうができた。きむらはこいするもののほんのうから)

あからさま過ぎるくらい想像ができた。木村は恋するものの本能から

(とうにくらちとようことのかんけいはりょうかいしているにちがいないのだ。りょうかいして)

とうに倉地と葉子との関係は了解しているに違いないのだ。了解して

(ひとりぽっちでくるしめるだけくるしんでいるにちがいないのだ。それにもかかわらず)

一人ぽっちで苦しめるだけ苦しんでいるに違いないのだ。それにも係わらず

(そのぜんりょうなこころからどこまでもようこのことばにしんようをおいて、いつかはじぶんの)

その善良な心からどこまでも葉子の言葉に信用を置いて、いつかは自分の

(せいいがようこのこころにてっするのを、ありうべきことのようにおもって、くるしいいちにちいちにちを)

誠意が葉子の心に徹するのを、ありうべき事のように思って、苦しい一日一日を

(くらしているにちがいない。そしてまたおちこもうとするきゅうきょうのなかから)

暮らしているに違いない。そしてまた落ち込もうとする窮境の中から

(ちのでるようなかねをかかさずにおくってよこす。それをおもうと、ことうが)

血の出るような金を欠かさずに送ってよこす。それを思うと、古藤が

(いうようにそのかねがようこのてをやかないのはふしぎといっていいほどだった。)

いうようにその金が葉子の手を焼かないのは不思議といっていいほどだった。

(もっともようこであってみれば、きむらにみにくいえごいずむをみいださないほど)

もっとも葉子であってみれば、木村に醜いエゴイズムを見いださないほど

(のんきではなかった。きむらがどこまでもようこのことばをしんようしてかかっている)

のんきではなかった。木村がどこまでも葉子の言葉を信用してかかっている

(てんにも、ちのでるようなかねをおくってよこすてんにも、ようこがくらちにたいして)

点にも、血の出るような金を送ってよこす点にも、葉子が倉地に対して

(もっているよりはもっとれいせいなこうりてきなださんがおこなわれているときめることが)

持っているよりはもっと冷静な功利的な打算が行われていると決める事が

(できるほどきむらのこころのうらをさっしていないではなかった。ようこのくらちにたいする)

できるほど木村の心の裏を察していないではなかった。葉子の倉地に対する

など

(こころもちからかんがえるときむらのようこにたいするこころもちにはまだすきがあると)

心持ちから考えると木村の葉子に対する心持ちにはまだすきがあると

(ようこはおもった。ようこがもしきむらであったら、どうしておめおめ)

葉子は思った。葉子がもし木村であったら、どうしておめおめ

(べいこくさんがいにいつづけて、とおくからようこのこころをひるがえすしゅだんを)

米国三界(さんがい)に居続けて、遠くから葉子の心を翻す手段を

(こうずるようなのんきなまねがしてすましていられよう。ようこがきむらの)

講ずるようなのんきなまねがして済ましていられよう。葉子が木村の

(たちばにいたら、じぎょうをすてても、こじきになっても、すぐべいこくから)

立場にいたら、事業を捨てても、乞食になっても、すぐ米国から

(かえってこないじゃいられないはずだ。べいこくからようこといっしょににほんに)

帰って来ないじゃいられないはずだ。米国から葉子と一緒に日本に

(ひきかえしたおかのこころのほうがどれだけすなおでまことしやかだかしれやしない。)

引き返した岡の心のほうがどれだけ素直で誠しやかだかしれやしない。

(そこにはせいかつというもんだいもある。じぎょうということもある。おかはせいかつにたいして)

そこには生活という問題もある。事業という事もある。岡は生活に対して

(けねんなどするひつようはないし、じぎょうというようなものはてんでもっては)

懸念などする必要はないし、事業というようなものはてんで持っては

(いない。きむらとはなんといってもたちばがちがってはいる。といったところで、)

いない。木村とはなんといっても立場が違ってはいる。といったところで、

(きむらのもつせいかつもんだいなりじぎょうなりが、ようこといっしょになってからあとのことを)

木村の持つ生活問題なり事業なりが、葉子と一緒になってから後の事を

(こりょしてされていることだとしてみても、そんなきもちでいるきむらには、)

顧慮してされている事だとしてみても、そんな気持ちでいる木村には、

(なんといってもよゆうがありすぎるとおもわないではいられないものたりなさが)

なんといっても余裕があり過ぎると思わないではいられない物足りなさが

(あった。よしまっぱだかになるほど、しょくぎょうからはなれてむいちもんになっていてもいい、)

あった。よし真っ裸になるほど、職業から放れて無一文になっていてもいい、

(ようこののってかえってきたふねにきむらものっていっしょにかえってきたら、ようこは)

葉子の乗って帰って来た船に木村も乗って一緒に帰って来たら、葉子は

(あるいはきむらをふねのなかでひとしれずころしてうみのなかになげこんでいようとも、)

あるいは木村を船の中で人知れず殺して海の中に投げ込んでいようとも、

(きむらのきおくはかなしくなつかしいものとしてしぬまでようこのむねにきざみつけられて)

木村の記憶は哀しくなつかしいものとして死ぬまで葉子の胸に刻みつけられて

(いたろうものを。・・・それはそうにそういない。それにしてもきむらは)

いたろうものを。・・・それはそうに相違ない。それにしても木村は

(きのどくなおとこだ。じぶんのあいしようとするひとがたにんにこころをひかれている・・・)

気の毒な男だ。自分の愛しようとする人が他人に心をひかれている・・・

(それをはっけんすることだけでひさんはじゅうぶんだ。ようこはほんとうは、くらちは)

それを発見する事だけで悲惨は充分だ。葉子はほんとうは、倉地は

(ようこいがいのひとにこころをひかれているとはおもってはいないのだ。ただすこし)

葉子以外の人に心をひかれているとは思ってはいないのだ。ただ少し

(ようこからはなれてきたらしいとうたがいはじめただけだ。それだけでもようこはすでに)

葉子から離れて来たらしいと疑い始めただけだ。それだけでも葉子はすでに

(ねってつをのまされたようなしょうそうとしっととをかんずるのだから、きむらのたちばは)

熱鉄をのまされたような焦燥と嫉妬とを感ずるのだから、木村の立場は

(さぞくるしいだろう。・・・そうすいさつするとようこはじぶんのあまりといえば)

さぞ苦しいだろう。・・・そう推察すると葉子は自分のあまりといえば

(あまりにざんぎゃくなこころにむねのなかがちくちくとさされるようになった。)

あまりに残虐な心に胸の中がちくちくと刺されるようになった。

(「かねがてをやくようにおもいはしませんか」とのことうのいったことばが)

「金が手を焼くように思いはしませんか」との古藤のいった言葉が

(みょうにみみにのこった。)

妙に耳に残った。

(そうおもいおもいぬののいっぽうをてばやくぬいおわって、ぬいめをきようにしごき)

そう思い思い布の一方を手早く縫い終わって、縫い目を器用にしごき

(ながらめをあげると、そこにはさだよがさっきのままつくえにりょうひじをついて、)

ながら目をあげると、そこには貞世がさっきのまま机に両肘をついて、

(たかってくるかもおわずにぼんやりとにわのむこうをみつづけていた。)

たかって来る蚊も追わずにぼんやりと庭の向こうを見続けていた。

(きりさげにしたあついこくしつのかみのけのしたにのぞきだしたみみたぶはしもやけでも)

切り下げにした厚い黒漆の髪の毛の下にのぞき出した耳たぶは霜焼けでも

(したようにあかくなって、それをみただけでも、さだよはなにかこうふんして)

したように赤くなって、それを見ただけでも、貞世は何か興奮して

(むこうをむきながらないているにちがいなくおもわれた。おぼえがないではない。)

向こうを向きながら泣いているに違いなく思われた。覚えがないではない。

(ようこもさだよほどのとしのときにはなにかしらずきゅうによのなかがかなしく)

葉子も貞世ほどの齢(とし)の時には何か知らず急に世の中が悲しく

(みえることがあった。なにごともただあかるくこころよくたのもしくのみみえるそのそこから)

見える事があった。何事もただ明るく快く頼もしくのみ見えるその底から

(ふっとかなしいものがむねをえぐってわきでることがあった。とりわけてかいかつでは)

ふっと悲しいものが胸をえぐってわき出る事があった。取り分けて快活では

(あったが、ようこはおさないときからみょうなことにおくびょうがるこだった。)

あったが、葉子は幼い時から妙な事に臆病がる子だった。

(あるときかぞくじゅうできたぐにのさびしいいなかのほうにひしょにでかけたことが)

ある時家族じゅうで北国のさびしい田舎のほうに避暑に出かけた事が

(あったが、あるばんがらんときゃくのすいたおおきなはたごやにとまったとき、)

あったが、ある晩がらんと客の空(す)いた大きな旅籠屋に泊まった時、

(まくらをならべてねたひとたちのなかでようこはとこのまにちかいいちばんはしにねかされたが、)

枕を並べて寝た人たちの中で葉子は床の間に近いいちばん端に寝かされたが、

(どうしたかげんでかきみがわるくてたまらなくなりだした。くらいとこのまの)

どうしたかげんでか気味が悪くてたまらなくなり出した。暗い床の間の

(じくもののなかからか、おきもののかげからか、えたいのわからないものがあらわれでて)

軸物の中からか、置き物の陰からか、得体のわからないものが現われ出て

(きそうなようなきがして、そうおもいだすとぞくぞくとそうみにふるえがきて、)

来そうなような気がして、そう思い出すとぞくぞくと総身に震えが来て、

(とてもあたまをまくらにつけてはいられなかった。で、ねむりかかったちちやははに)

とても頭を枕につけてはいられなかった。で、眠りかかった父や母に

(せがんで、そのふたりのなかにわりこましてもらおうとおもったけれども、)

せがんで、その二人の中に割りこましてもらおうと思ったけれども、

(ちちやははもそんなにおおきくなってなにをばかをいうのだといって)

父や母もそんなに大きくなって何をばかをいうのだといって

(すこしもようこのいうことをとりあげてはくれなかった。ようこはしばらく)

少しも葉子のいう事を取り上げてはくれなかった。葉子はしばらく

(りょうしんとあらそっているうちにいつのまにかねいったとみえて、よくじつめを)

両親と争っているうちにいつのまにか寝入ったと見えて、翌日目を

(さましてみると、やはりじぶんがきみのわるいとおもったところにねていたじぶんを)

さまして見ると、やはり自分が気味の悪いと思った所に寝ていた自分を

(みいだした。そのゆうがた、おなじはたごやのにかいのてすりからすこしあれたようなにわを)

見いだした。その夕方、同じ旅籠屋の二階の手摺から少し荒れたような庭を

(なんのきなしにじっとみいっていると、きゅうにさくやのことをおもいだして)

何の気なしにじっと見入っていると、急に昨夜の事を思い出して

(ようこはかなしくなりだした。ちちにもははにもよのなかのすべてのものにもじぶんは)

葉子は悲しくなり出した。父にも母にも世の中のすべてのものにも自分は

(どうかしてみはなされてしまったのだ。しんせつらしくいってくれるひとはみんな)

どうかして見放されてしまったのだ。親切らしくいってくれる人はみんな

(じぶんにうそをしているのだ。いいかげんのところでじぶんはどんと)

自分に虚事(うそ)をしているのだ。いいかげんの所で自分はどんと

(みんなからつきはなされるようなかなしいことになるにちがいない。どうしてそれを)

みんなから突き放されるような悲しい事になるに違いない。どうしてそれを

(いままできづかずにいたのだろう。そうなったあかつきにひとりでこのにわをこうして)

今まで気づかずにいたのだろう。そうなった暁に一人でこの庭をこうして

(みまもったらどんなにかなしいだろう。ちいさいながらにそんなことをひとりで)

見守ったらどんなに悲しいだろう。小さいながらにそんな事を一人で

(おもいふけっているともうとめどなくかなしくなってきてちちがなんといっても)

思いふけっているともうとめどなく悲しくなってきて父がなんといっても

(ははがなんといっても、じぶんのこころをじぶんのなみだにひたしきってないたことを)

母がなんといっても、自分の心を自分の涙にひたしきって泣いた事を

(おぼえている。)

覚えている。

(ようこはさだよのうしろすがたをみるにつけてふとそのときのじぶんをおもいだした。)

葉子は貞世の後ろ姿を見るにつけてふとその時の自分を思い出した。

(みょうなこころのはたらきから、そのときのようこがさだよになってそこにまぼろしのように)

妙な心の働きから、その時の葉子が貞世になってそこに幻のように

(あらわれたのではないかとさえうたがった。これはようこにはしじゅうあるくせだった。)

現われたのではないかとさえ疑った。これは葉子には始終ある癖だった。

(はじめておこったことが、どうしてもいつかのかこにそのままおこったことの)

始めて起こった事が、どうしてもいつかの過去にそのまま起こった事の

(ようにおもわれてならないことがよくあった。さだよのすがたはさだよではなかった。)

ように思われてならない事がよくあった。貞世の姿は貞世ではなかった。

(たいこうえんはたいこうえんではなかった。びじんやしきはびじんやしきではなかった。)

苔香園は苔香園ではなかった。美人屋敷は美人屋敷ではなかった。

(しゅういだけがみょうにもやもやしてしんのほうだけがすみきったみずのように)

周囲だけが妙にもやもやして心(しん)のほうだけが澄みきった水のように

(はっきりしたそのあたまのなかには、さだよのとも、おさないときのじぶんのとも)

はっきりしたその頭の中には、貞世のとも、幼い時の自分のとも

(くべつのつかないはかなさかなしさがこみあげるようにわいていた。)

区別のつかないはかなさ悲しさがこみ上げるようにわいていた。

(ようこはしばらくははりのはこびもわすれてしまって、でんとうのひかりをせにおって)

葉子はしばらくは針の運びも忘れてしまって、電灯の光を背に負って

(ゆうやみにうずもれていくこだちにながめいったさだよのすがたを、おそろしさを)

夕闇に埋もれて行く木立ちにながめ入った貞世の姿を、恐ろしさを

(かんずるまでになりながらみつづけた。)

感ずるまでになりながら見続けた。

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