海野十三 蠅男㉑

投稿者nyokesiプレイ回数404
難易度(4.5) 5468打 長文 長文モード可タグ長文 小説 文豪



※➀に同じくです。


関連タイピング

問題文

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(びこう)

◇尾行◇

(ほむらがすうけんさきにたっていようとは、いけたにいしもきがつかなかったらしい。)

帆村が数間先に立っていようとは、池谷医師も気がつかなかったらしい。

(ゆうぎしつかかりのおとこは、いよいよやかましいおとをたてて、いっせんかつどうのはこを)

遊戯室係の男は、いよいよ喧しい音を立てて、一銭活動の函を

(とりはずしていった。そしてやがてはこのなかからとりだしたのは、)

取り外していった。そしてやがて函の中から取り出したのは、

(このいっせんかつどうふぃるむであった。)

この一銭活動フィルムであった。

(いけたにいしはそのふぃるむをうけとっておおきくうなずくと、それをはんけちに)

池谷医師はそのフィルムを受け取って大きく肯くと、それをハンケチに

(つつんでぽけっとのなかにおさめて、そしてつれのおんなをうながして、あしばやに)

包んでポケットのなかに収めて、そして連れの女を促して、足早に

(ゆうぎしつをでていった。)

遊戯室を出ていった。

((びこうしたものか、どうだろうか?)と、そのときほむらはためらった。)

(尾行したものか、どうだろうか?)と、そのとき帆村は逡った。

(いつものかれだったら、ちゅうちょするところなくふたりのだんじょのあとをおったこと)

いつもの彼だったら、躊躇するところなく二人の男女の後を追ったこと

(だろう。でもそのときは、おそろしいさんげきじけんにこくししたあたまを)

だろう。でもそのときは、恐ろしい惨劇事件に酷使した頭脳(あたま)を

(やすめるためにむりによゆうをこしらえて、このたからづかへあそびにきていたのだった。)

休めるために無理に余裕をこしらえて、この宝塚へ遊びにきていたのだった。

(そしてせっかくたのしんでいたところへ、みょうなことをやっているいけたにいしを)

そして折角楽しんでいたところへ、妙なことをやっている池谷医師を

(みたからといって、すぐさまたんていにかえらなければならないことはないだろう。)

見たからといって、すぐさま探偵に還らなければならないことはないだろう。

(それはあまりしょうばいこんじょうがおおすぎるというものだ。せめてきょうばかりは)

それはあまり商売根性が多すぎるというものだ。せめて今日ばかりは

(はえおとこじけんやたんていぎょうのことはわすれてくらしたいーーといちおうはじぶんのこころに)

「蠅男」事件や探偵業のことは忘れて暮らしたいーーと一応は自分の心に

(いいきかせたけれど、どうもきにいらぬのはいけたにいしのこうどうだった。)

云いきかせたけれど、どうも気に入らぬのは池谷医師の行動だった。

(いっせんかつどうのふぃるむをもっていって、どうするきであろう。そしていったいかれは)

一銭活動のフィルムを持っていって、どうする気であろう。そして一体彼は

(どのようなふぃるむをはずしてもっていったのだろう。)

どのようなフィルムを外して持っていったのだろう。

(うむ。そうだ。せめていけたにいしがはずしていったふぃるむは)

「うむ。そうだ。せめて池谷医師が外していったフィルムは

など

(どんなものだったか、それをたしかめるだけなら、なにもわるかないだろう)

どんなものだったか、それを確かめるだけなら、なにも悪かないだろう」

(ほむらはじぶんのこころにそんなふうにいいわけをして、たっていたところをはなれた。)

帆村は自分の心にそんな風に言訳をして、立っていたところを離れた。

(ちかづいてみると、かかりのおとこはかつどうはこをもとのようにしめてたちあがったところ)

近づいてみると、係の男は活動函を元のように締めて立ち上がったところ

(だった。かれははこのまえにまわってのぞきめがねのすぐそばにさしこんであったしろい)

だった。彼は函の前に廻って覗き眼鏡のすぐ傍に挿しこんであった白い

(ほそながいかみをはずしにかかった。それははこのなかのいっせんかつどうのだいめいをかいてある)

細長い紙を外しに懸かった。それは函の中の一銭活動の題名を書いてある

(かみふだであった。)

紙札であった。

(おやっ。ーー)

「おやッ。ーー」

(ほむらは、なんとはなしにぎょっとした。かかりのおとこのはずしたかみふだには、)

帆村は、なんとはなしにギョッとした。係の男の外した紙札には、

(あきらかにじんぞうけんのさんもじがしたためられてあったではないか。)

明らかに「人造犬」の三文字が認(したた)められてあったではないか。

(あれほどせんこくほむらがおもしろくけんぶつしたじんぞうけんのかつどうしゃしんだったのである。)

あれほど先刻帆村が面白く見物した「人造犬」の活動写真だったのである。

(かかりのおとこは、ほむらのおどろきにとんちゃくなく、そのあとへくうちゅうせんとしたためた)

係の男は、帆村の愕きに頓着なく、そのあとへ「空中戦」と認(したた)めた

(かみふだをさしかえた。)

紙札を挿しかえた。

(ほむらはもうしんぼうすることができなかった。)

帆村はもう辛抱することができなかった。

(ねえ、おっさん。さっきはいっていたじんぞうけんのかつどうは、けいさつから)

「ねえ、おっさん。さっき入っていた『人造犬』の活動は、警察から

(こうかいきんしのめいれいでもでたのかね)

公開禁止の命令でも出たのかネ」

(さすがにほむらは、ききたいことをじょうずにかむふらーじゅしてきいた。)

さすがに帆村は、聞きたいことを上手にカムフラージュして訊いた。

(いや、そやないねん。あのじんぞうけんのふぃるむをうったんや)

「イヤ、そやないねン。あの『人造犬』のフィルムを売ったんや」

(へえ、うった。ーーこのゆうぎしつのかつどうのふぃるむはだれにでもすぐうるのかね)

「へえ、売った。ーーこの遊戯室の活動のフィルムは誰にでもすぐ売るのかネ」

(すぐはうられへん。ほんしゃへいって、あのひとのようにかけあってきてくれんと、)

「すぐは売られへん。本社へ行って、あの人のように掛け合って来てくれんと、

(あかんがな)

あかんがな」

(そうかい。ーーで、あのじんぞうけんのふぃるむは、もうほかにもちあわせが)

「そうかい。ーーで、あの『人造犬』のフィルムは、もう外に持ち合わせが

(ないのかね)

ないのかネ」

(うわーっ、きょうはけったいなひや。きょうにかぎって、このいっせんかつどうの)

「うわーッ、今日はけったいな日や。今日にかぎって、この一銭活動の

(ふぃるむが、なんでそないにきぼうしゃがおおいのやろう。ーーもうほんしゃにも)

フィルムが、なんでそないに希望者が多いのやろう。ーーもう本社にも

(あらしまへんやろ。ほんしゃにあるのんなら、あのひともほんしゃでこうて)

有らしまへんやろ。本社に有るのんなら、あの人も本社で買(こ)うて

(かえりよるがな)

帰りよるがな」

(かかりのおとこはぶっきらぼうなくちょうで、これをいった。)

係の男はぶっきら棒な口調で、これを云った。

(ほむらは、あのふぃるむがいっぽんしかないときいて、きゅうにいけたにいしのあとをおいかける)

帆村は、あのフィルムが一本しかないと聞いて、急に池谷医師の後を追いかける

(きになった。わけはよくわからんが、とにかくどうもあやしいこうどうである。)

気になった。訳はよく分からんが、とにかくどうも怪しい行動である。

(もしあれをみているのがじぶんでなくてまさきしょちょうだったら、いけたにいしは)

もしあれを見ているのが自分でなくて正木署長だったら、池谷医師は

(そのばにとりおさえられたことだろう。)

その場に取り押さえられたことだろう。

(ほむらそうろくは、もうほねやすみもしょうばいこんじょうをひはんすることもなかった。)

帆村荘六は、もう骨休みも商売根性を批判することもなかった。

(かれはへいじょうとかわらぬえものをおうたんていになりきっていた。)

彼は平常と変わらぬ獲物を追う探偵になりきっていた。

(しんおんせんのでぐちへとんでいったかれは、げそくばんに、いまこれこれのふたりづれが)

新温泉の出口へ飛んでいった彼は、下足番に、今これこれの二人連れが

(かえらなかったかときいた。げそくばんはいまちょっとさきにでやはりましたと)

帰らなかったかと聞いた。下足番は今ちょっと先に出やはりましたと

(こたえたので、ほむらはいそいでおんせんやどのげたをそろえさせると、おもてへとびだした。)

応えたので、帆村は急いで温泉宿の下駄を揃えさせると、表へ飛びだした。

(ほむらはなるべくめだたないように、しんおんせんのまえをあっちへいったり、)

帆村はなるべく目立たないように、新温泉の前をあっちへ行ったり、

(こっちへいったりした。そしてねらうふたりのだんじょが、しんおんせんのまえをずっとおくのほうへ)

こっちへ行ったりした。そして狙う二人の男女が、新温泉の前をずっと奥の方へ

(あるいてゆくのをついにはっけんした。かれははなをくすりといわせて、りょかんのどてらに)

歩いてゆくのを遂に発見した。彼は鼻をクスリと云わせて、旅館のどてらに

(ふところでといういでたちで、しずかについせきをはじめたのだった。)

懐手といういでたちで、静かに追跡を始めたのだった。

(ふたりのだんじょはくねくねしたみちをずんずんあるきつづけた。ほむらはたくみにふたりのすがたを)

二人の男女はクネクネした道をズンズン歩き続けた。帆村は巧みに二人の姿を

(みうしなわないで、あとからぶらりぶらりとついていった。そのあいだにもかれは、)

見失わないで、後からブラリブラリとついていった。その間にも彼は、

(いけたにいしのつれのびじんがだれのかおににているかをおもいだそうとつとめた。ところが、)

池谷医師の連れの美人が誰の顔に似ているかを思い出そうと努めた。ところが、

(ほとんどわかっているようでいて、なかなかおもいだせないのであった。)

殆んど分かっているようでいて、なかなか思い出せないのであった。

(まるがおのおんなを、どこでみたのだろう。)

丸顔の女を、何処で見たのだろう。

(まえにあるいていたふたりのだんじょのすがたが、きゅうにみちのうえからきえた。)

前に歩いていた二人の男女の姿が、急に道の上から消えた。

(あっ、どこへいったろう)

「あッ、どこへ行ったろう」

(ほむらはさきにみえるつじまでどんどんかけだしてみたけれど、どのほうがくにも)

帆村は先に見える辻までドンドン駈けだしてみたけれど、どの方角にも

(ふたりのすがたはなかった。さいごのところまでいってとうとううまくまかれて)

二人の姿はなかった。最後のところまで行ってとうとう巧く撒かれて

(しまったか、ざんねんなとおもいながらひきかえしてくるほむらのめに、そばのおおきな)

しまったか、残念なと思いながら引返してくる帆村の目に、傍の大きな

(ぶんかじゅうたくのもんぴょうがうつった。しょうしゃなたてものにはにあわぬてつもんに、かかげてある)

文化住宅の門標が映った。瀟洒な建物には似合わぬ鉄門に、掲げてある

(ちいさいもんぴょうにはいけたにひかえやのよじがせいどうのうきぼりにきざみつけてあった。)

小さい門標には「池谷控家」の四字が青銅の浮き彫りに刻みつけてあった。

(うむ、ここへはいったんだなほむらはほっとといきをついた。これはひかえやと)

「うむ、ここへ這入ったんだな」帆村はホッと吐息をついた。これは控家と

(あるからには、いけたにいしのいいんはべつのところにあるのだろう。これは)

あるからには、池谷医師の医院は別のところにあるのだろう。これは

(じゅうきょらしいが、なかなかごうせいなものであった。わかいおんなもここにはいったとすると、)

住居らしいが、なかなか豪勢なものであった。若い女も此処に入ったとすると、

(あれはいけたにいしのさいくんだったかなとおもった。)

あれは池谷医師の細君だったかなと思った。

(こうしていけたにいしのゆくえはつきとめたけれども、このままではいると、ちょっと)

こうして池谷医師の行方はつきとめたけれども、この儘で入ると、ちょっと

(ぐあいがわるい。すこしけいりゃくをかんがえたうえでないと、かえってものごとがまずくなるとおもった)

具合が悪い。少し計略を考えた上でないと、かえって物事が拙くなると思った

(ほむらは、ふくでもきかえなおしてくるつもりで、もんぜんをさって、もときたみちのほうへ)

帆村は、服でも着かえなおしてくるつもりで、門前を去って、もと来た道の方へ

(ひきかえしていった。)

引きかえしていった。

(はんちょうほどいったところで、かれはむこうからひとりのれいじんがしずかにあるいてくるのに)

半丁ほど行ったところで、彼は向こうから一人の麗人が静かに歩いてくるのに

(あった。)

逢った。

(おお、これはおどろいた。いとこさんじゃありませんか)

「おお、これは愕いた。糸子さんじゃありませんか」

(そのれいじんは、さんげきのたまやそういちろうのいじいとこであった。かのじょはこえをかけたぬしが)

その麗人は、惨劇の玉屋総一郎の遺児糸子であった。彼女は声をかけた主が

(ほむらだとしると、おもやつれしたほおにびしょうをうかべてちかよってきた。)

帆村だと知ると、面窶れした頬に微笑を浮べて近寄ってきた。

(もうそとへでてもいいのですか。どこへおいでなんです)

「もう外へ出てもいいのですか。何処へお出でなんです」

(ええ、ちょっといけたにさんのところまで)

「ええ、ちょっと池谷さんのところまで」

(ああいけたにさんのところへーーなるほどといったが、かれはあわただしく)

「ああ池谷さんのところへーーなるほど」といったが、かれは遽しく

(ききたした。あのう、いけたにさんにはさいくんがあるんでしょうね)

聞き足した。「あのウ、池谷さんには細君があるんでしょうネ」

(ほほほほ、まだおひとりだっせ)

「ホホホホ、まだおひとりだっせ」

(なに、ひとりものですか、これはへんだほむらはわらいもしない。)

「ナニ、独り者ですか、これは変だ」帆村は笑いもしない。

(あなた、いけたにさんにこいとよばれたんですか)

「貴女、池谷さんに来いと呼ばれたんですか」

(はあ、ごぜんちゅうにこいいうて、でんわがかかってきましてん。そしてな、だれにも)

「はあ、午前中に来いいうて、電話が懸かってきましてん。そしてナ、誰にも

(うちへくるいわんとこい、そやないとあとでとりかえしのつかんことができても)

うちへ来る云わんと来い、そやないと後で取返しのつかんことが出来ても

(しらへんと・・・)

知らへんと・・・」

(うむうむうむ)

「うむうむうむ」

(ほむらはなにをおもったものか、むやみにうなりごえをあげると、いとこのそでをひっぱって)

帆村は何を思ったものか、無闇に呻り声をあげると、糸子の袖を引っ張って

(みちのわきのはやしのなかにつれこんだ。)

道の脇の林の中に連れこんだ。

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