海野十三 蠅男㉜

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※➀に同じくです。


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問題文

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(はえおとこのこえ)

◇蠅男の声◇

(いのうえかずおというぎめいをつかっているかいじんはえおとこが、ほてるへでんわをかけてきたという)

井上一夫という偽名を使っている怪人蠅男が、ホテルへ電話を掛けてきたという

(ぼーいのちゅうしんである。ちょうばしはもちろんまっさおにかおいろをかえると、)

ボーイの注進である。帳場氏はもちろん真っ蒼に顔色を変えると、

(ゆうもうをもってなるおおかわしほうしゅにんも、からのとらんくからてをはなして、)

勇猛をもって鳴る大川司法主任も、空のトランクから手を放して、

(もくせいにんぎょうのようにからだをこうちょくさせた。ひとりほむらたんていは、とっさのあいだにも、)

木製人形のように身体を硬直させた。ひとり帆村探偵は、咄嗟の間にも、

(このさいどうすればいいかをしっていた。)

この際どうすればいいかを知っていた。

(さあきみ、ちょうばにきているはえおとこのでんわを、はやくそのでんわきにつなぎかえたまえ)

「さあ君、帳場に来ている蠅男の電話を、早くその電話器に繋ぎかえたまえ」

(と、このさんさんろくごうしつのたくじょうでんわきをさした。)

と、この三三六号室の卓上電話器を指した。

(ちょうばしはおずおずとじゅわきにてをかけた。まもなくはえおとこのこえが、そのなかに)

帳場氏はオズオズと受話器に手をかけた。間もなく蠅男の声が、その中に

(ながれこんできた。)

流れ込んできた。

(えっ、ほむらさんだすか。へえ、いやはりま。いまかわりますさかい。ーー)

「えッ、帆村さんだすか。へえ、居やはりま。いま代わりますさかい。ーー」

(ちょうばしはほむらのほうをむいて、へびでもわたすかのように、じゅわきをさしだした。)

帳場氏は帆村の方を向いて、蛇でも渡すかのように、受話器をさし出した。

(そしてじぶんはうまくたすかったとほっとおおきないきをついた。ほむらはむぞうさに)

そして自分はうまく助かったとホッと大きな息をついた。帆村は無造作に

(じゅわきをとった。しかしかれはそれをみみにもっていくまえに、ひだりてでえんぴつをだし、)

受話器を取った。しかし彼はそれを耳に持っていく前に、左手で鉛筆を出し、

(ぽけっとからだしたしへんになにかすらすらときようなひだりがきでもじをかきつけて、)

ポケットから出した紙片に何かスラスラと器用な左書きで文字を書きつけて、

(おおかわしゅにんにてわたした。おおかわはそれをうけとっておおいそぎでよみくだした。)

大川主任に手渡した。大川はそれを受け取って大急ぎで読み下した。

(そしてむごんのままおおきくうなずくと、そのままへやをでていった。)

そして無言のまま大きく肯くと、そのまま部屋を出ていった。

(はいはい、おまちどうさま。ぼくはほむらですが、あなたはどなたさんですか)

「ハイハイ、お待ちどうさま。僕は帆村ですが、貴方はどなたさんですか」

(するとむこうで、つくりごえらしいふといこえがきこえてきた。)

すると向こうで、作り声らしい太い声が聞こえてきた。

(たんていのほむらそうろくくんだね。こっちははえおとこだ)

「探偵の帆村荘六君だネ。こっちは蠅男だ」

など

(えっ、でんわがすこしとおいのでよくきこえませんが、はやいとこどうするんですか)

「えッ、電話が少し遠いのでよく聞えませんが、ハヤイトコどうするんですか」

(はやいとこではない、はえおとこだっ)

「ハヤイトコではない、蠅男だッ」

(えっ、はやとこさんですか。するとさんぱつやですね)

「えッ、早床さんですか。すると散髪屋ですね」

(むこうでどなるこえがした。ほむらはきょうにかぎって、たいへんかんがわるいらしい。)

向こうで怒鳴る声がした。帆村は今日にかぎって、たいへんカンが悪いらしい。

(ああそうですか、はえおとこだとおっしゃるんですな、あのいまおおさかしじゅうにだいにんきの)

「ああそうですか、蠅男だと仰るんですな、あの今大阪市中に大人気の

(かいじんぶつのはえおとこでいらっしゃるわけですか。ちょっとうかがいますが、ほんとうの)

怪人物の蠅男でいらっしゃるわけですか。ちょっと伺いますが、本当の

(はえおとこさんですか。まさかはえおとこのにんきをうらやんで、はえおとこをよそおっているてえわけじゃ)

蠅男さんですか。まさか蠅男の人気を羨んで、蠅男を装っているてえわけじゃ

(ありますまいね)

ありますまいネ」

(でんわきのむこうでは、せせらわらうこえがきこえた。ほむらはそっとうでどけいをみた。)

電話器の向こうでは、せせら嗤う声が聞こえた。帆村はソッと腕時計を見た。

(はなしをはじめてから、まだよんじゅうびょう!)

話を始めてから、まだ四十秒!

(おいほむらくん。きみはうつくしいれいじょういとこさんと、おれのてがみをたしかに)

「オイ帆村君。君は美しい令嬢糸子さんと、俺の手紙を確かに

(うけとったろうね)

受け取ったろうネ」

(ええどっちとも、たしかに)

「ええどっちとも、確かに」

(ではあのとおりだぞ。きさまはすぐにこのじけんからてをひくんだ。)

「ではあの通りだぞ。貴様はすぐにこの事件から手を引くんだ。

(おれをたんていしたり、おれとはりあおうとおもってもだめだからよせ。いとこさんは)

俺を探偵したり、俺と張り合おうと思っても駄目だからよせ。糸子さんは

(うつくしい。そしてきさまがやくそくをまもれば、おれはけっしていとこさんにてをかけない。)

美しい。そして貴様が約束を守れば、俺は決して糸子さんに手をかけない。

(いいかわかったろうな)

いいか分かったろうな」

(おっしゃることはよくわかりましたよ、はえおとこさん。しかしきかはひとごろしのつみを)

「仰ることはよく分かりましたよ、蠅男さん。しかし貴下は人殺しの罪を

(おかしたんですよ。はやくじしゅをなさい。じしゅをなされば、ぼくはあんしんをしますがね)

犯したんですよ。早く自首をなさい。自首をなされば、僕は安心をしますがネ」

(じしゅ?はっはっはっ。だれがじしゅなんかするものか。)

「自首? ハッハッハッ。誰が自首なんかするものか。

(ーーとにかくへたにてをだすと、きっとこうかいしなければならないぞ)

ーーとにかく下手に手を出すと、きっと後悔しなければならないぞ」

(あなたもちゅういなさい。けいさつでは、どうしてもあなたをつかまえてこうしゅだいへ)

「貴方も注意なさい。警察では、どうしても貴方を捕まえて絞首台へ

(おくるんだといっていますよ)

送るんだと云っていますよ」

(おれをつかまえる?へん、ばかにするな。はえおとこはぜったいにつかまらん。おれは)

「俺を捕まえる? ヘン、莫迦にするな。蠅男は絶対に捕まらん。俺は

(けいさつのやつばらにひとあわふかせてやるつもりだ。そしておれを)

警察の奴輩(やつばら)に一泡ふかせてやるつもりだ。そして俺を

(つかまえることをだんねんさせてやるんだ)

捕まえることを断念させてやるんだ」

(ほう、ひとあわふかせるんですって。するとあなたはまだひとをころすつもり)

「ほう、一泡ふかせるんですって。すると貴方はまだ人を殺すつもり

(なんですね)

なんですね」

(そうだ、みていろ、こんやまたすばらしいさつじんじけんがおこって、けいさつのものどもは)

「そうだ、見ていろ、今夜また素晴らしい殺人事件が起こって、警察の者どもは

(こしをぬかすんだ。だれがころされるか。それがきさまにわかれば、いよいよほんとうに)

腰を抜かすんだ。誰が殺されるか。それが貴様に分かれば、いよいよ本当に

(てをひくきになるだろう)

手を引く気になるだろう」

(いったいこれからころされるのはだれなんです)

「一体これから殺されるのは誰なんです」

(ばか!そんなことはころされるにんげんだけがしってりゃいいんだ)

「莫迦! そんなことは殺される人間だけが知ってりゃいいんだ」

(ええっ。ーー)

「ええッ。ーー」

(そうだ、ほむらくんにひとこといいたいというおんながいるんだ。でんわをかわるから)

「そうだ、帆村君に一言いいたいという女がいるんだ。電話を代わるから

(ちょっとまっとれ)

ちょっと待っとれ」

(な、なんですって。おんなからようがあるというんですかーー)

「な、なんですって。女から用があるというんですかーー」

(ほむらはあまりのいがいに、つよくききかえした。そのときでんわぐちに、はえおとこにかわって)

帆村はあまりの意外に、強く聞きかえした。そのとき電話口に、蠅男に代わって

(ひとりのおんながあらわれた。)

一人の女が現われた。

(ねえ、ほむらさん)

「ねえ、帆村さん」

(あなたはだれです。なまえをいってください)

「貴女は誰です。名前を云って下さい」

(なまえなんか、どうでもいいわ。けさからあたしたちをつけたりしてさ。)

「名前なんか、どうでもいいわ。今朝からあたしたちをつけたりしてさ。

(はやくたからづかから・・・とまでおんながいったとき、ほむらはむこうのでんわきのそばで、)

早く宝塚から・・・」とまで女がいったとき、帆村は向こうの電話器のそばで、

(とつぜんはえおとこのさけぶこえをみみにした。)

突然蠅男の叫ぶ声を耳にした。

(ーーし、しまったっ。おいおりゅう、けいかんのじどうしゃだっ)

「ーーし、失敗(しま)ったッ。オイお竜、警官の自動車だッ」

(えっ、ーー)

「えッ、ーー」

(がらがらと、ひどいざつおんがきこえてきた。あやしきおんなはじゅわきをそのばに)

ガラガラと、ひどい雑音が聞こえてきた。怪しき女は受話器をその場に

(ほうりだしたものらしい。なんだかとがしまるらしく、ばたんばたんというおとが)

抛りだしたものらしい。なんだか戸が閉まるらしく、バタンバタンという音が

(きこえた。それにつづいて、どどどどっというはげしいじゅうせいがとおくにきこえた。)

聞こえた。それに続いて、ドドドドッという激しい銃声が遠くに聞こえた。

(あ、きかんじゅうだ!)

「あ、機関銃だ!」

(ほむらはがくぜんとしてさけんだ。)

帆村は愕然として叫んだ。

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