海野十三 蠅男㊹

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※➀に同じくです。


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問題文

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(ほむらのきりゃく)

◇帆村の奇略◇

(そのよくあさのことであった。いちやをいとこのいえにあかしたほむらは、あかつきをむかえて)

その翌朝のことであった。一夜を糸子の家に明かした帆村は、暁を迎えて

(さくやのはえおとことのおそろしいかくとうをゆめのようにおもった。)

昨夜の蠅男との恐ろしい格闘を夢のように思った。

(まったくいのちがけのそうとうであった。こちらもたったひとつしかないいのちをかけ、)

全く命がけの争闘であった。こちらもたった一つしかない命を賭け、

(かいぶつはえおとこもまたそのときはしにものぐるいでたちむかったのだった。れいじんいとこさえ、)

怪物蠅男もまたその時は死に物狂いで立ち向かったのだった。麗人糸子さえ、

(だんしにまさるともおとらないようなかくごをもってしせんをのりこえたのだ。)

男子に優るとも劣らないような覚悟を以て死線を乗り越えたのだ。

(すきまをもるるかぜにもたえられないようなおとめをして、こうもゆうかんに)

隙間を漏るる風にも堪えられないような乙女をして、こうも勇敢に

(たちむかわせたものはなにか。それはいうまでもなく、おとめごころのひとすじに)

立ち向かわせたものは何か。それは云うまでもなく、乙女心の一筋に

(かのじょのむねにひめられたるあいのいかにしれつなるかをものがたるいがいの)

彼女の胸に秘められたる愛の如何に熾烈なるかを物語る以外の

(なにものでもなかった。)

何ものでもなかった。

(ほむらはん。もうおめざめーー)

「帆村はん。もうお目醒めーー」

(とれいじんいとこは、しょうすいしたおもてにみだしなみのほおべにうって、かおりのたかいせんちゃの)

と麗人糸子は、憔悴した面に身だしなみの頬紅打って、香りの高い煎茶の

(ゆのみをささげ、ほむらのしんこきゅうをしているばるこにーにあらわれた。)

湯呑みを捧げ、帆村の深呼吸をしているバルコニーに現われた。

(やあ、あなたももうおめざめですか。さくやはもしあなたがいなかったら、)

「やあ、貴女ももうお目醒めですか。昨夜はもし貴女が居なかったら、

(ぼくはこうしてよあけのくうきなどすっていられなかったでしょう。)

僕はこうして夜明けの空気など吸っていられなかったでしょう。

(うんとおんにきますよ)

うんと恩に着ますよ」

(まあ、なにいうてだんね。ほむらはんこそうちのためなんどもあぶないめに)

「まあ、なに言うてだんね。帆村はんこそうちのため何度も危ない目に

(おうてでして、どないにかすまへんことやといつもてをあわせております。こないに)

おうてでして、どないにか済まへん事やといつも手を合せております。こないに

(ほむらはんをくるしめるくらいやったら、うちがはえおとこにころされてしもうたほうが)

帆村はんを苦しめるくらいやったら、うちが蠅男に殺されてしもうた方が

(どのくらいましやかしれへんとおもうております)

どのくらいましやか知れへんと思うております」

など

(なにをおっしゃるのです。まだはえおとことのたたかいはおわっていないではありませんか。)

「何を仰るのです。まだ蠅男との戦いは終わっていないではありませんか。

(そんなよわきをだしては、あなたのおとうさんのかたきはとてもうてませんよ)

そんな弱気を出しては、貴女のお父さんの仇はとても打てませんよ」

(とほむらはさりげなくいとこのごんがいのことばをはずして、ただひとすじにかのじょをげきれいした。)

と帆村はさり気なく糸子の言外の言葉を外して、ただ一筋に彼女を激励した。

(いとこはあとはだまって、ふしめがちにほむらのそばでからになったぼんをしきりに)

糸子はあとは黙って、伏し目がちに帆村の傍で空になった盆を頻りに

(なでていた。)

撫でていた。

(いまさらせつめいするまでもあるまいが、さくやはえおとこをいとこのやしきにさそいこんだのも)

今更説明するまでもあるまいが、昨夜蠅男を糸子の邸に誘い込んだのも

(すべてほむらのけいりゃくだった。かれははえおとことけっせんをするためにわざとそういうきかいを)

総て帆村の計略だった。彼は蠅男と決戦をする為に態とそう云う機会を

(つくったのだった。さいしょたからづかほてるでいとこにいやらしいひととはらをたてるよう)

作ったのだった。最初宝塚ホテルで糸子に「いやらしい人」と腹を立てるよう

(たのんだのもほむらのけいりゃくだった。それからいとこがのちほどほてるのちょうばに)

頼んだのも帆村の計略だった。それから糸子が後ほどホテルの帳場に

(ほむらさんがかえってきたらはえおとこのひみつをいうからきてくれとうそをいわせたのも)

「帆村さんが帰って来たら蠅男の秘密を言うから来てくれ」と嘘を言わせたのも

(かれのけいりゃく、それからほむらがういすきーによっぱらってどうとんぼりでらんぼうをはたらき)

彼の計略、それから帆村がウイスキーに酔っ払って道頓堀で乱暴を働き

(ぶたばこにうちこまれたのもそのけいりゃくだった。そこでほむらは、したしいまさきしょちょうを)

豚箱に打ち込まれたのもその計略だった。そこで帆村は、親しい正木署長を

(よんでもらってじじょうをはなし、りゅうちじょうをだしてもらうとすぐにいとこのやしきにかくれて、)

呼んで貰って事情を話し、留置場を出して貰うと直ぐに糸子の邸に隠れて、

(はえおとこをむかえるじゅんびにかかった。たからづかほてるのでんわはきっとはえおとこのみみに)

蠅男を迎える準備にかかった。宝塚ホテルの電話はきっと蠅男の耳に

(はいるにちがいないことは、それまでのれいでわかっていたから、それをしれば)

入るに違いないことは、それまでの例で分かっていたから、それを知れば

(はえおとこはそのよるのうちにかれのひみつをしっているといういとこのしんじょをおそうだろうとは)

蠅男はその夜のうちに彼の秘密を知っているという糸子の寝所を襲うだろうとは

(よきできることだった。まったくそのとおりだった。はたしてはえおとこはてんじょううらを)

予期出来ることだった。全くその通りだった。果たして蠅男は天井裏を

(はってしんにゅうし、そこでしょさいないでたいきしていたほむらたんていとあのはげしいしとうを)

這って侵入し、そこで書斎内で待機していた帆村探偵とあの激しい死闘を

(まじえるにいたったものであった。)

交えるに至ったものであった。

(しかしせっかくのほむらのきしゅうさくせんもはえおとこのちょうじんてきわんりょくにあっては)

しかし折角の帆村の奇襲作戦も蠅男の超人的腕力に遭っては

(どうすることもできず、ついにやみのなかにむなしくちょうだをいっしてしまったかたちだ。)

どうすることも出来ず、遂に闇の中に空しく長蛇を逸してしまった形だ。

(さていまやはえおとこはどこにひそんでいるのだろう?)

さて今や蠅男は何処に潜んで居るのだろう?

(ただひとつここにほむらをこころからよろこばせたものは、はえおとこのおとしていった)

唯一つここに帆村を心から喜ばせたものは、蠅男の落としていった

(きかんじゅうじかけのひだりうでであった。)

機関銃仕掛けの左腕であった。

(ほむらはそれをみせるために、いとこをへやのなかにさそった。)

帆村はそれを見せるために、糸子を部屋の中に誘った。

(ごらんなさい。いとこさん。おそろしいしかけのあるてつのうでです。こっちを)

「ごらんなさい。糸子さん。恐ろしい仕掛けのある鉄の腕です。こっちを

(ひっぱれば、いきたうでとまったくおなじようにのびちぢみをするし、こうまっすぐに)

引っ張れば、生きた腕と全く同じように伸び縮みをするし、こう真っ直ぐに

(すれば、きかんじゅうになるんです。まだあります。ほらごらんなさい。)

すれば、機関銃になるんです。まだあります。ほらごらんなさい。

(たまのかわりに、こんなするどいきりがふきやのようにとびだしもするし、)

弾丸(たま)の代わりに、こんな鋭い錐が吹き矢のように飛び出しもするし、

(そのほかちょっとおもいものなら、ここにひっかけてとうせききかなどのように)

その外ちょっと重いものなら、ここに引っかけて投石器かなどのように

(うちだせる。ーー)

撃ちだせる。ーー」

(ほむらはふときがついてかおをあげた。いとこがおえつしているのだった。)

帆村はふと気がついて顔を上げた。糸子が嗚咽しているのだった。

(どうしましたといったが、そのときほむらははっときがついた。そうだ、)

「どうしました」と云ったが、そのとき帆村はハッと気がついた。「そうだ、

(このきりなんですよ、あなたのおとうさまのいのちをうばったのは・・・)

この錐なんですよ、貴女のお父様の命を奪ったのは・・・」

(いとこはそれにはやくもきづき、かなしいついおくにむねもはりさけるようであったのだ。)

糸子はそれに早くも気づき、哀しい追憶に胸も張り裂けるようであったのだ。

(ほむらはいろいろとかのじょをなぐさめることにひとくろうもふたくろうもしなければ)

帆村はいろいろと彼女を慰めることに一苦労も二苦労もしなければ

(ならなかった。)

ならなかった。

(じつはほむらは、まだそれいじょうのはえおとこのきょうきをしっていた。それはそのぬけうでの)

実は帆村は、まだそれ以上の蠅男の凶器を知っていた。それはその抜け腕の

(あるところにだいずがとおりぬけるほどのあながうでにそってさん、よんかしょもあいて)

或るところに大豆が通り抜けるほどの穴が腕に沿って三、四個所も明いて

(いたが、ここにはもと、てつのぼうがはいっていたのだ。そのぼうはかれがひろって)

いたが、ここには元、鉄の棒が入っていたのだ。その棒は彼が拾って

(もっていた。あのたからづかのぞうきばやしのなかでひろったせんたんにぎざぎざのついた)

持っていた。あの宝塚の雑木林の中で拾った先端にギザギザのついた

(あのぼうである。あのぎざぎざは、はえおとこがひだりうでをながくまえにのばすときに、)

あの棒である。あのギザギザは、蠅男が左腕を長く前に伸ばすときに、

(ちょうどおりたたみしきのしゃしんきのあしをのばすようなぐあいにうでのなかから)

ちょうど折り畳み式の写真機の脚を伸ばすような具合に腕の中から

(とびだしてくるしかけになっていることにいまになってきがついたのである。)

飛び出してくる仕掛けになっていることに今になって気がついたのである。

(あのはやしのなかで、はえおとこはふちゅういにも、あれのぬけおちたのに)

あの林の中で、蠅男は不注意にも、あれの抜け落ちたのに

(きがつかなかったのだった。しかしあのてつのぼうをひろったときに、)

気がつかなかったのだった。しかしあの鉄の棒を拾ったときに、

(まさかこんなきかいなからくりがはえおとこのうでにあろうとはさすがのほむらたんていも)

まさかこんな奇怪なカラクリが蠅男の腕にあろうとはさすがの帆村探偵も

(きがつかなかった。かんがえればかんがえるほどおそろしいかいぶつだった。)

気がつかなかった。考えれば考えるほど恐ろしい怪物だった。

(いったいこのようなおそろしいかいぶつがどうしてうまれたんだろう?)

一体このような恐ろしい怪物がどうして生まれたんだろう?

(それはちょっととくことのできないふかいなぞだった。)

それはちょっと解くことの出来ない深い謎だった。

(ほむらははえおとこのひだりうでをまえにおいて、じっとふかいかんがえにしずんだ。それから)

帆村は蠅男の左腕を前に置いて、ジッと深い考えに沈んだ。それから

(そのいつものくせで、かれはやたらにたばこをすって、あたりにたばこのはいを)

そのいつもの癖で、彼はやたらに莨を吸って、あたりに莨の灰を

(まきちらした。)

まき散らした。

(うむ、そうだったと、なにごとかにおもいあたったらしくかれはとつぜんつぶやいた。)

「うむ、そうだった」と、何ごとかに思いあたったらしく彼は突然呟いた。

(これはやはり、はえおとこがこれまでとおってきたみちを、はじめからもういちど)

「これはやはり、蠅男がこれまで通ってきた道を、はじめからもう一度

(さがしなおしてみるひつようがある。はえおとこがさいしょなのりをあげたのはどこだったか。)

探し直してみる必要がある。蠅男が最初名乗りをあげたのは何処だったか。

(それはむろんかもしたどくとるのるすちゅう、そのきじんかんのすとーぶのなかに)

それは無論鴨下ドクトルの留守中、その奇人館のストーブの中に

(さかさにつりさげられていたしょうしたいにはっしているんだ。あのときはえおとこは、)

逆さに吊り下げられていた焼屍体に発しているんだ。あのとき蠅男は、

(しんぶんしをりようしたきょうはくじょうに、はじめて(はえおとこ)としょめいしたのだった。)

新聞紙を利用した脅迫状に、はじめて(蠅男)と署名したのだった。

(だいにのぎせいしゃはたまやそういちろう、だいさんのぎせいしゃはしおたもとけんじと、ちゃんとみがらが)

第二の犠牲者は玉屋総一郎、第三の犠牲者は塩田元検事と、ちゃんと身柄が

(はんめいしているのに、ああそれなのにきじんかんにはっけんされたしょうしたいのみもとが)

判明しているのに、ああそれなのに奇人館に発見された焼屍体の身許が

(こんにちもなおはっきりしていないのはへんではないか。)

今日(こんにち)もなおハッキリしていないのは変ではないか。

(すべてれんぞくてきなさつじんじけんには、かならずなにかきょうつうのりゆうがなければならぬ。)

すべて連続的な殺人事件には、必ず何か共通の理由がなければならぬ。

(はえおとこはなぜさんにんのひとをころしたか。そうだ。そのさつじんのりゆうは)

蠅男はなぜ三人の人を殺したか。そうだ。その殺人の理由は

(だいいちのぎせいしゃのみもとがはっきりさえすれば、あるていどとけるにちがいない。)

第一の犠牲者の身許がハッキリさえすれば、ある程度解けるに違いない。

(うむ、よおし。それをしることがせんけつもんだいだ。では、これからきじんかんにいき、)

うむ、よオし。それを知ることが先決問題だ。では、これから奇人館に行き、

(かもしたどくとるにあって、てがかりをさがしだそう)

鴨下ドクトルに逢って、手懸かりを探しだそう」

(ほむらたんていは、なにかにつかれたひとのようにけっそうかえてたちあがると、それを)

帆村探偵は、何かに憑かれた人のように血相変えて立ち上がると、それを

(しんぱいしてひきとめるいとこのてをふりはらって、そとへとびだした。)

心配して引きとめる糸子の手を振り払って、外へ飛び出した。

(はたしてかれはきじんかんにおいて、なにをはっけんする?)

果たして彼は奇人館に於て、何を発見する?

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