海野十三 蠅男㊺

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※➀に同じくです。


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問題文

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(だいせんりつ)

◇大戦慄◇

(ほむらたんていが、すみよしくきしひめちょうのかもしたどくとるていをおとずれてみると、)

帆村探偵が、住吉区岸姫町の鴨下ドクトル邸を訪れてみると、

(そこのかいかのおうせつしつには、せんきゃくがさんにんもまっていた。それはおおさかへきたついでに)

そこの階下の応接室には、先客が三人も待っていた。それは大阪へ来たついでに

(たのしいきんけんりょこうをしていたどくとるのひとりむすめかおるとじょうじんうえはらやまじと、ほかに)

楽しい近県旅行をしていたドクトルの一人娘カオルと情人上原山治と、外に

(まさきしょちょうとのさんにんだった。かおるたちは、やくそくどおりに、きはんするとすぐさましょへ)

正木署長との三人だった。カオル達は、約束通りに、帰阪するとすぐさま署へ

(しゅっとうし、そこでこのまえはふざいだったちちおやどくとるにつれだって)

出頭し、そこでこの前は不在だった父親ドクトルに連れ立って

(あいにきたものであることがわかった。)

会いにきたものであることが分かった。

(ほむらのめいしも、やといにんのてでにかいのけんきゅうしつにいるどくとるにつうじられたが、)

帆村の名刺も、雇人の手で二階の研究室にいるドクトルに通じられたが、

(そのへんじは、あうにはあうが、いまじっけんのとちゅうでてがはなせないからしばらく)

その返事は、逢うには逢うが、いま実験の途中で手が放せないから暫く

(まっていてくれとのことだった。)

待っていてくれとのことだった。

(かおるさんはこんどおとうさまにまだひとめもあっていないのですか)

「カオルさんは今度お父さまにまだ一目も会っていないのですか」

(と、ほむらはざがさだまると、どくとるのれいじょうにたずねた。)

と、帆村は座が定まると、ドクトルの令嬢に尋ねた。

(さっきちらりとろうかをあるいているちちのうしろすがたをみたばかりですわ)

「さっきチラリと廊下を歩いている父の後ろ姿を見たばかりですわ」

(そうですか。おさないときおわかれになったきりだそうですが、おとうさまのすがたには)

「そうですか。幼い時お別れになったきりだそうですが、お父さまの姿には

(なにかみおぼえがありましたか)

何か見覚えがありましたか」

(ととえば、かおるはくびかざりをいじっていたてをとめ、ちょっとくびをかしげて、)

と問えば、カオルは首飾りをいじっていた手を止め、ちょっと首をかしげて、

(どうもはっきりおぼえていませんのですけれど、ちいさいときあたくしのみたちちは、)

「どうもハッキリ覚えていませんのですけれど、小さい時あたくしの見た父は、

(みぎあしがわるくて、かなりひどくあしをひいていたようですが、きょうろうかでみたちちは、)

右足が悪くて、かなりひどく足を引いていたようですが、今日廊下で見た父は、

(それほどあしがわるくもみえなかったので、ちょっとふしぎなきがいたしましたわ)

それほど足が悪くも見えなかったので、ちょっと不思議な気がいたしましたわ」

(ほうそうですか。ふうむと、ほむらはうでぐみをしてかんがえこんだ。)

「ほうそうですか。ふうむ」と、帆村は腕組みをして考え込んだ。

など

(そのときまさきしょちょうのところへでんわがかかってきたとかで、やといにんにあんないされて)

そのとき正木署長のところへ電話が掛かってきたとかで、雇人に案内されて

(でていった。が、すぐしょちょうはとってかえして、きゅうようができたからしょへかえる。しかし)

出ていった。が、すぐ署長はとって返して、急用が出来たから署へ帰る。しかし

(すぐまたここへでなおすからあとをよろしくとほむらにいってあたふたと)

直ぐまた此処へ出直すから後をよろしくと帆村にいってアタフタと

(でかけていった。あとはさんにんになった。)

出掛けていった。あとは三人になった。

(するとかおるさん。あなたはなにかおとうさまのからだについていたあざとかほくろとか)

「するとカオルさん。貴女は何かお父さまの身体についていた痣とか黒子とか

(きずあととかをおぼえていませんかと、なにをおもったものかほむらはさきほどから)

傷痕とかを憶えていませんか」と、何を思ったものか帆村は先程から

(ねっしんになって、かおるにはなしかけたのであった。)

熱心になって、カオルに話しかけたのであった。

(さあ、そうでございますねとかおるはしきりとふるいきおくをよびおこそうと)

「さあ、そうでございますネ」とカオルはしきりと古い記憶を呼び起こそうと

(どりょくしていたが、そうそう、あたくしひとつおもいだしましたわ)

努力していたが、「そうそう、あたくし一つ思い出しましたわ」

(ふうむ。それはなんですかと、ほむらはおもわずひざをのりだした。)

「ふうむ。それは何ですか」と、帆村は思わず膝を乗り出した。

(それはーーとかおるがいいかけたとき、やといにんがいそいでしつないにはいってきて、)

「それはーー」とカオルが云いかけたとき、雇人が急いで室内に入ってきて、

(どくとるがこれからふたりにあうからすぐににかいへきてくれとでんごんを)

ドクトルがこれから二人に会うからすぐに二階へ来てくれと伝言を

(もってきた。かおるはさすがにぱっとひとみをかがやかし、じゅうご、ろくねんぶりに)

持ってきた。カオルはさすがにパッと瞳を輝かし、十五、六年ぶりに

(まぶたのちちにあえるよろこびにわれをわすれているようであった。)

瞼の父に会える悦びに我を忘れているようであった。

(かおるとやまじとがせきをたって、にかいへあがっていくのをみおくったほむらは、)

カオルと山治とが席を立って、二階へ上がっていくのを見送った帆村は、

(ただひとりきをもんでいた。わかきふたりをどくとるのへやにやることがなんとなく)

ただ一人気をもんでいた。若き二人をドクトルの部屋にやることが何となく

(ひじょうにふあんになってきた。といって、よばれもせぬかれが、あとからおいかけて)

非常に不安になってきた。といって、呼ばれもせぬ彼が、後から追いかけて

(ゆくのもへんである。ほむらはいらいらしながら、ぜんしんのちゅういりょくをみみにあつめ、なにか)

ゆくのも変である。帆村はイライラしながら、全身の注意力を耳に集め、何か

(かいじょうからただならぬものおとでもおこりはしないかと、とびらのかげによりそい、)

階上から只ならぬ物音でも起こりはしないかと、扉の陰に寄り添い、

(ききみみたてていた。)

聞き耳たてていた。

(いっぷん、にふんとたってゆくが、なんのものおともしない。これはじぶんの)

一分、二分と経ってゆくが、何の物音もしない。これは自分の

(とりこしぐろうだったかと、ほむらがくびをかたむけたおりしも、ほむらはん。せんせいがにかいで)

取り越し苦労だったかと、帆村が首を傾けた折しも、「帆村はん。先生が二階で

(およびだっせ。すぐあういうてはりますと、みたびやといにんが、しつないにはいってきた。)

お呼びだっせ。すぐ会ういうてはります」と、三度雇人が、室内に入ってきた。

(ほむらははっとおもったが、しいてへいせいをよそおい、さきにあんないにたたせ、にかいへ)

帆村はハッと思ったが、強いて平静を装い、先に案内に立たせ、二階へ

(あがっていった。)

上がっていった。

(よう、ほむらそうろくくんか。だいぶまたせて、すまんかったのう。さあ、)

「よう、帆村荘六君か。だいぶ待たせて、すまんかったのう。さあ、

(こっちへーーと、くろめがねをかけ、ふかいひげのなかにうまったかもしたどくとるのかおが、)

こっちへーー」と、黒眼鏡をかけ、深い髭の中に埋まった鴨下ドクトルの顔が、

(かいだんのうえでまっていた。ほむらはどくとるのそのこえのすみに、どこか)

階段の上で待っていた。帆村はドクトルのその声の隅に、何処か

(ききおぼえのあるなまりをはっけんした。)

聞き覚えのある訛りを発見した。

(どくとるはほむらをあんないして、しょさいのなかにみちびきいれた。ほむらはそのへやのなかを)

ドクトルは帆村を案内して、書斎の中に導き入れた。帆村はその部屋の中を

(すばやくみまわして、せんきゃくであるはずのふたりのわかいだんじょのすがたをもとめたが、よきにはんして)

素早く見廻して、先客である筈の二人の若い男女の姿を求めたが、予期に反して

(かおるのすがたもやまじのすがたも、そこにはみえなかった。)

カオルの姿も山治の姿も、そこには見えなかった。

(どくとるはいりぐちのとびらをがちゃとしめながら、まあ、そこへおかけ。きょうは)

ドクトルは入口の扉をガチャと締めながら、「まあ、そこへお掛け。今日は

(なんのようじゃなと、しゃがれごえでいった。)

何の用じゃな」と、皺枯(しゃが)れ声でいった。

(ほむらは、ちゅうおうのあんらくいすのうえにどっかとこしをおろし、うでぐみをしたまま、)

帆村は、中央の安楽椅子の上にドッカと腰を下ろし、腕組みをしたまま、

(きょうはひとつあなたにおしえていただきたいことがあってまいったのです)

「今日は一つ貴方に教えていただきたいことがあって参ったのです」

(なにわしにおしえてもらいたいというのか。ほう、きみもろうじんのやくにたつことが、)

「ナニ儂に教えて貰いたいというのか。ほう、君も老人の役に立つことが、

(きょうはじめてわかったのかな)

今日はじめて分かったのかな」

(そのろうじんのことなんですよとほむらはうすわらいさえうかべて、つまり)

「その老人のことなんですよ」と帆村は薄笑いさえ浮かべて、「つまり

(かもしたろうどくとるをかいかのすとーぶのなかでやきころしたはんにんはだれか?)

鴨下老ドクトルを階下のストーブの中で焼き殺した犯人は誰か?

(それをおしえてもらいたい)

それを教えて貰いたい」

(なにをじょうだんいうのじゃ。かもしたどくとるは、こうしてきみのまえにいるじゃないか。)

「何を冗談いうのじゃ。鴨下ドクトルは、こうして君の前に居るじゃないか。

(ちまような。はっはっはっ)

血迷うな。ハッハッハッ」

(いきているかもしたどくとるに、かもしたどくとるごろしのはんにんをたずねるというのは)

生きている鴨下ドクトルに、鴨下ドクトル殺しの犯人を尋ねるというのは

(きょうきのさただった。ほむらたんていはついにぎゃくじょうをしたのであろうか。)

狂気の沙汰だった。帆村探偵は遂に逆上をしたのであろうか。

(いうなっとほむらはだいかつしてどくとるをにらみつけた。なんだ、そのきさまの)

「言うなッ」と帆村は大喝してドクトルを睨みつけた。「なんだ、その貴様の

(ひだりうではどこへおきわすれてきたのだっ)

左腕は何処へ置き忘れて来たのだッ」

(あっ、こいつをしられたかっ)

「あッ、こいつをしられたかッ」

(と、どくとるはぶらぶらのひだりうでのそでをうしろにかくしたが、もうおそかった。)

と、ドクトルはブラブラの左腕の袖を後ろに隠したが、もう遅かった。

(さあどうだ、はえおとこ!ばけのかわをはいで、りょうてをあげろっ。ないほうのても)

「さあどうだ、蠅男! 化けの皮を剥いで、両手を挙げろッ。無い方の手も

(いっしょにあげるんだと、ぴすとるをこらしてほむらはむりなことをいう。)

一緒に挙げるんだ」と、ピストルを凝らして帆村は無理なことをいう。

(うわっ、はっはっと、はえおとこはつけひげのなかからこうしょうした。てめえこそ、)

「うわッ、はッはッ」と、蠅男は付け髭のなかから哄笑した。「手前こそ、

(こんどこそはほんとうにねんぶつをとなえるがいい。このへやからいっぽでもでてみろ。)

今度こそは本当に念仏を唱えるがいい。この室から一歩でも出てみろ。

(そのときは、てめえのくびはどうについてないぞ)

そのときは、手前の首は胴についてないぞ」

(はえおとこは、おおがにのようなみぎてのするどいはさみをふりかざしておそれげもなくほむらに)

蠅男は、大蟹のような右手の鋭い鋏を振りかざして恐れ気もなく帆村に

(せまってきた。)

迫ってきた。

(いまやりゅうこのたたかいである。あくりゅうがかつか、それともきょうこがかつか。)

今や竜虎の闘いである。悪竜が勝つか、それとも侠虎が勝つか。

(あいにくとばしょはてきのみっしつちゅうである。)

生憎と場所は敵の密室中である。

(へやのいりぐちにはかぎがかかっていた。)

部屋の入口には鍵が懸かっていた。

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