江戸川乱歩 屋根裏の散歩者④

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(に)

(いじょうのおはなしによって、ごうださぶろうと、あけちこごろうとのこうしょう、または)

以上のお話によって、郷田三郎と、明智小五郎との交渉、又は

(さぶろうのはんざいしこうへきなどについて、どくしゃにのみこんでいただいたうえ、)

三郎の犯罪嗜好癖などについて、読者に呑み込んで頂いた上、

(さて、ほんだいにもどって、とうえいかんというしんちくのげしゅくやで、ごうださぶろうが)

さて、本題に戻って、東栄館という新築の下宿屋で、郷田三郎が

(どんなたのしみをはっけんしたかというてんに、おはなしをすすめることにいたしましょう。)

どんな楽しみを発見したかという点に、お話を進めることに致しましょう。

(さぶろうがとうえいかんのけんちくができあがるのをまちかねて、いのいちばんにそこへ)

三郎が東栄館の建築が出来上るのを待ち兼ねて、いの一番にそこへ

(ひきうつったのは、かれがあけちとこうさいをむすんだじぶんから、いちねんいじょうも)

引き移ったのは、彼が明智と交際を結んだ時分から、一年以上も

(たっていました。したがってあの「はんざい」のまねごとにも、もういっこう)

たっていました。したがってあの「犯罪」の真似事にも、もう一向

(きょうみがなくなり、といって、ほかにそれにかわるようなことがらもなく、)

興味がなくなり、といって、外にそれに代る様な事柄もなく、

(かれはまいにちまいにちのたいくつなながながしいじかんを、すごしかねていました。)

彼は毎日毎日の退屈な長々しい時間を、過ごし兼ねていました。

(とうえいかんにうつったとうざは、それでも、あたらしいともだちができたりして、)

東栄館に移った当座は、それでも、新しい友達が出来たりして、

(いくらかきがまぎれていましたけれど、にんげんというものは)

いくらか気がまぎれていましたけれど、人間というものは

(なんとたいくつきわまるいきものなのでしょう。どこへいってみても、)

何と退屈極まる生物なのでしょう。どこへ行って見ても、

(おなじようなしそうをおなじようなひょうじょうで、おなじようなことばで、くりかえしくりかえし、)

同じ様な思想を同じ様な表情で、同じ様な言葉で、繰り返し繰り返し、

(はっぴょうしあっているにすぎないのです。せっかくげしゅくやをかえて、)

発表し合っているに過ぎないのです。折角下宿屋を替えて、

(あたらしいひとたちにせっしてみても、いっしゅうかんたつかたたないうちに、かれはまたしても)

新しい人達に接して見ても、一週間たつかたたない内に、彼は又しても

(そこしれぬけんたいのなかにしずみこんでしまうのでした。)

底知れぬ倦怠の中に沈み込んでしまうのでした。

(そうして、とうえいかんにうつってとおかばかりたったあるひのことです。)

そうして、東栄館に移って十日ばかりたったある日のことです。

(たいくつのあまり、かれはふとみょうなことをかんがえつきました。)

退屈の余り、彼はふと妙な事を考えつきました。

(かれのへやには、--それはにかいにあったのですが--やすっぽいとこのまのそばに、)

彼の部屋には、--それは二階にあったのですが--安っぽい床の間の傍に、

など

(いっけんのおしいれがついていて、そのないぶは、かもいとしきいとのちょうどなかほどに、)

一間の押入れがついていて、その内部は、鴨居と敷居との丁度中程に、

(おしいれいっぱいのがんじょうなたながあって、じょうげにだんにわかれているのです。かれは)

押入れ一杯の頑丈な棚があって、上下二段に分かれているのです。彼は

(そのげだんのほうにすうこのこうりをおさめ、じょうだんにはふとんをのせることにしましたが、)

その下段の方に数個の行李を納め、上段には蒲団をのせることにしましたが、

(いちいちそこからふとんをとりだして、へやのまんなかへしくかわりに、)

一々そこから蒲団を取出して、部屋の真ん中へ敷く代わりに、

(しじゅうたなのうえにべっどのようにふとんをかさねておいて、ねむくなったら)

始終棚の上にベッドの様に蒲団を重ねて置いて、眠くなったら

(そこへあがってねることにしたらどうだろう。かれはそんなことをかんがえたのです。)

そこへ上って寝ることにしたらどうだろう。彼はそんなことを考えたのです。

(これがいままでのげしゅくやであったら、たとえおしいれのなかにおなじようなたながあっても、)

これが今迄の下宿屋であったら、たとえ押入れの中に同じ様な棚があっても、

(かべがひどくよごれていたり、てんじょうにくものすがはっていたりして、)

壁がひどく汚れていたり、天井に蜘蛛の巣が張っていたりして、

(ちょっとそのなかへねるきにはならなかったのでしょうが、ここのおしいれは、)

ちょっとその中へ寝る気にはならなかったのでしょうが、ここの押入れは、

(しんちくそうそうのことですから、ひじょうにきれいで、てんじょうもまっしろなれば、)

新築早々のことですから、非常に綺麗で、天井も真っ白なれば、

(きいろくぬったなめらかなかべにも、しみひとつできてはいませんし、そして)

黄色く塗った滑らかな壁にも、しみ一つ出来てはいませんし、そして

(ぜんたいのかんじが、たなのつくりかたにもよるのでしょうが、なんとなくふねのなかのしんだいに)

全体の感じが、棚の作り方にもよるのでしょうが、なんとなく船の中の寝台に

(にていて、みょうに、いちどそこへねてみたいようなゆうわくをかんじさえするのです。)

似ていて、妙に、一度そこへ寝て見たい様な誘惑を感じさえするのです。

(そこで、かれはさっそくそのばんからおしいれのなかへねることをはじめました。)

そこで、彼は早速その晩から押入れの中へ寝ることを始めました。

(このげしゅくは、へやごとにないぶからとじまりのできるようになっていて、)

この下宿は、部屋毎に内部から戸締まりの出来る様になっていて、

(じょちゅうなどがむだんではいってくるようなこともなく、かれはあんしんしてこのきこうを)

女中などが無断で這入って来る様なこともなく、彼は安心してこの奇行を

(つづけることができるのでした。さてそこへねてみますと、よきいじょうに)

続けることが出来るのでした。さてそこへ寝て見ますと、予期以上に

(かんじがいいのです。よんまいのふとんをつみかさね、そのうえにふわりとねころんで、)

感じがいいのです。四枚の蒲団を積み重ね、その上にフワリと寝転んで、

(めのうえにしゃくばかりのところにせまっているてんじょうをながめるこころもちは、ちょっといような)

目の上二尺ばかりの所に迫っている天井を眺める心持は、ちょっと異様な

(あじわいのあるものです。ふすまをぴっしゃりしめきって、そのすきまからもれてくる)

味わいのあるものです。襖をピッシャリ締め切って、その隙間から洩れて来る

(いとのようなでんきのひかりをみていますと、なんだかこうじぶんがたんていしょうせつのなかのじんぶつにでも)

糸の様な電気の光を見ていますと、何だかこう自分が探偵小説の中の人物にでも

(なったようなきがして、ゆかいですし、またそれをほそめにあけて、そこから、)

なった様な気がして、愉快ですし、又それを細目に開けて、そこから、

(じぶんじしんのへやを、どろぼうがたにんのへやをでものぞくようなきもちで、)

自分自身の部屋を、泥棒が他人の部屋をでも覗く様な気持で、

(いろいろのげきじょうてきなばめんをそうぞうしながら、ながめるのも、きょうみがありました。)

色々の激情的な場面を想像しながら、眺めるのも、興味がありました。

(ときによると、かれはひるまからおしいれにはいりこんで、いっけんとさんしゃくのちょうほうけいの)

時によると、彼は昼間から押入れに這入り込んで、一間と三尺の長方形の

(はこのようななかで、だいこうぶつのたばこをぷかりぷかりとふかしながら、)

箱の様な中で、大好物の煙草をプカリプカリとふかしながら、

(とりとめもないもうそうにふけることもありました。そんなときには、)

取りとめもない妄想に耽ることもありました。そんな時には、

(しめきったふすまのすきまから、おしいれのなかでかじでもはじまったのではないかと)

締め切った襖の隙間から、押入れの中で火事でも始まったのではないかと

(おもわれるほど、おびただしいはくえんがもれているのでした。)

思われる程、夥しい白煙が洩れているのでした。

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