江戸川乱歩 屋根裏の散歩者⑬
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問題文
(morphinumhydrochloricum(o.g.))
MORPHINUM HYDROCHLORICUM(o.g.)
(たぶんえんどうがかいたのでしょう。ちいさいれってるにはこんなもじが)
多分遠藤が書いたのでしょう。小さいレッテルにはこんな文字が
(しるしてあります。かれはいぜんにやくぶつがくのしょもつをよんで、もるひねのことは)
記してあります。彼は以前に薬物学の書物を読んで、モルヒネのことは
(たしょうしっていましたけれど、じつぶつにおめにかかるのはいまがはじめてでした。)
多少知っていましたけれど、実物にお目にかかるのは今が初めてでした。
(たぶんそれはえんさんもるひねというものなのでしょう。びんをでんとうのまえにもっていって)
多分それは塩酸モルヒネというものなのでしょう。瓶を電燈の前に持って行って
(すかしてみますと、こさじにはんぶんもあるかなしの、ごくわずかのしろいこなが、)
すかして見ますと、小匙に半分もあるかなしの、極僅かの白い粉が、
(きれいにきらりきらりとひかっています。いったいこんなものでにんげんがしぬのかしら、)
綺麗にキラリキラリと光っています。一体こんなもので人間が死ぬのかしら、
(とふしぎにおもわれるほどです。)
と不思議に思われる程です。
(さぶろうは、むろん、それをはかるようなせいみつなはかりをもっていないので、)
三郎は、無論、それをはかる様な精密な秤を持っていないので、
(ぶんりょうのてんはえんどうのことばをしんようしておくほかはありませんでしたが、あのときも)
分量の点は遠藤の言葉を信用して置く外はありませんでしたが、あの時も
(えんどうのたいどくちょうは、さけによっていたとはいえけっしてでたらめとはおもわれません。)
遠藤の態度口調は、酒に酔っていたとはいえ決して出鱈目とは思われません。
(それにれってるのすうじも、さぶろうのしっているちしりょうの、)
それにレッテルの数字も、三郎の知っている致死量の、
(ちょうどにばいほどなのですから、よもやまちがいはありますまい。)
丁度二倍程なのですから、よもや間違いはありますまい。
(そこで、かれはびんをつくえのうえにおいて、そばに、よういのさとうやせいすいを)
そこで、彼は瓶を机の上に置いて、側に、用意の砂糖や清水(せいすい)を
(ならべ、やくざいしのようなめんみつさで、ねっしんにちょうごうをはじめるのでした。)
並べ、薬剤師の様な綿密さで、熱心に調合を始めるのでした。
(ししゅくにんたちはもうみなねてしまったとみえて、あたりはしんかんとしずまりかえっています。)
止宿人達はもう皆寝てしまったと見えて、あたりは森閑と静まり返っています。
(そのなかで、まっちのぼうにひたしたせいすいを、よういぶかく、いってきいってきと、)
その中で、マッチの棒に浸した清水を、用意深く、一滴一滴と、
(びんのなかへたらしていますと、じぶんじしんのこきゅうが、あくまのためいきのように、)
瓶の中へ垂らしていますと、自分自身の呼吸が、悪魔のため息の様に、
(へんにものすごくひびくのです。それがまあ、どんなにさぶろうのへんたいてきなしこうを)
変に物凄く響くのです。それがまあ、どんなに三郎の変態的な嗜好を
(まんぞくさせたことでしょう。ともすれば、かれのめのまえにうかんでくるのは、)
満足させたことでしょう。ともすれば、彼の目の前に浮んで来るのは、
(くらやみのどうくつのなかで、ふつふつとあわだちにえるどくやくのなべをみつめて、)
暗闇の洞窟の中で、沸々と泡立ち煮える毒薬の鍋を見つめて、
(にたりにたりとわらっている、あのいにしえのものがたりの、おそろしいようばのすがたでした。)
ニタリニタリと笑っている、あの古の物語の、恐ろしい妖婆の姿でした。
(しかしながら、いっぽうにおいては、そのころから、これまですこしもよきしなかった、)
しかしながら、一方に於ては、その頃から、これまで少しも予期しなかった、
(あるきょうふににたかんじょうが、かれのこころのかたすみにわきだしていました。そして)
ある恐怖に似た感情が、彼の心の片隅に湧き出していました。そして
(じかんのたつにしたがって、すこしずつすこしずつ、それがひろがってくるのです。)
時間のたつにしたがって、少しずつ少しずつ、それが拡がって来るのです。
(murdercannotbehidlong,)
MURDER CANNOT BE HID LONG,
(aman’ssonmay,but)
A MAN’S SON MAY,BUT
(atthelengthtruthwillout.)
AT THE LENGTH TRUTH WILL OUT.
(だれかのいんようでおぼえていた、あのしぇーくすぴあのぶきみなもんくが、)
誰かの引用で覚えていた、あのシェークスピアの不気味な文句が、
(めもくらめくようなひかりをはなって、かれののうずいにやきつくのです。)
目もくらめく様な光を放って、彼の脳髄に焼きつくのです。
(このけいかくには、ぜったいにはたんがないと、かくまでしんじながらも、)
この計画には、絶対に破綻がないと、かくまで信じながらも、
(こくこくにぞうだいしてくるふあんを、かれはどうすることもできないのでした。)
刻々に増大して来る不安を、彼はどうすることも出来ないのでした。
(なんのうらみもないひとりのにんげんを、たださつじんのおもしろさにころしてしまうとは、)
何の恨みもない一人の人間を、ただ殺人の面白さに殺してしまうとは、
(それがしょうきのさたか。おまえはあくまにみいられたのか、おまえはきがちがったのか。)
それが正気の沙汰か。お前は悪魔に魅入られたのか、お前は気が違ったのか。
(いったいおまえは、じぶんじしんのこころをそらおそろしくはおもわないのか。)
一体お前は、自分自身の心を空恐ろしくは思わないのか。
(ながいあいだ、よるのふけるのもしらないで、ちょうごうしてしまったどくやくのびんをまえにして、)
長い間、夜の更けるのも知らないで、調合してしまった毒薬の瓶を前にして、
(かれはものおもいにふけっていました。)
彼は物思いに耽っていました。
(いっそうこのけいかくをおもいとどまることにしよう。)
一層この計画を思い止まることにしよう。
(いくどそうけっしんしかけたかしれません。でも、けっきょくはかれはどうしても、)
幾度そう決心しかけたか知れません。でも、結局は彼はどうしても、
(あのひとごろしのみりょくをだんねんするきにはなれないのでした。)
あの人殺しの魅力を断念する気にはなれないのでした。