江戸川乱歩 屋根裏の散歩者⑰

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1 にこーる 5047 B+ 5.2 97.0% 507.6 2643 81 41 2024/02/20

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問題文

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(そのよるさぶろうがとこについたのは--もうそのころは、ようじんのために)

その夜三郎が床についたのは--もうその頃は、用心の為に

(おしいれでねることはやめていましたが--ごぜんさんじごろでした。)

押入れで寝ることはやめていましたが--午前三時頃でした。

(それでも、こうふんしきったかれは、なかなかねつかれないのです。)

それでも、興奮し切った彼は、なかなか寝つかれないのです。

(あんな、せんをおとすのをわすれてくるほどでは、ほかにもなにかてぬかりが)

あんな、栓を落とすのを忘れて来る程では、外にも何か手抜りが

(あったかもしれない。そうおもうと、かれはもうきがきではないのです。)

あったかも知れない。そう思うと、彼はもう気が気ではないのです。

(どっかにてぬかりがなかったかとしらべてみました。が、すくなくとも)

どっかに手抜りがなかったかと調べて見ました。が、少なくとも

(かれのあたまでは、なにごとをもはっけんできないのです。かれのはんざいには、)

彼の頭では、何事をも発見出来ないのです。彼の犯罪には、

(どうかんがえてみても、すんぶんのておちもないのです。)

どう考えて見ても、寸分の手落ちもないのです。

(かれはそうして、とうとうよるのあけるまでかんがえつづけていましたが、やがて、)

彼はそうして、とうとう夜の明けるまで考え続けていましたが、やがて、

(はやおきのししゅくにんたちが、せんめんじょへかようためにろうかをあるくあしおとがきこえだすと、)

早起きの止宿人達が、洗面所へ通う為に廊下を歩く跫音が聞こえ出すと、

(つとたちあがって、いきなりがいしゅつのよういをはじめるのでした。)

つと立ち上がって、いきなり外出の用意を始めるのでした。

(かれはえんどうのしがいがはっけんされるときをおそれていたのです。)

彼は遠藤の死骸が発見される時を恐れていたのです。

(そのとき、どんなたいどをとったらいいのでしょう。ひょっとしたら、)

その時、どんな態度をとったらいいのでしょう。ひょっとしたら、

(あとになってうたがわれるような、みょうなきょどうがあってはたいへんです。)

後になって疑われる様な、妙な挙動があっては大変です。

(そこでかれは、そのあいだがいしゅつしているのがいちばんあんぜんだとかんがえたのですが、)

そこで彼は、その間外出しているのが一番安全だと考えたのですが、

(しかし、あさめしもたべないでがいしゅつするのは、いっそうへんではないでしょうか。)

しかし、朝飯も食べないで外出するのは、一層変ではないでしょうか。

(「ああ、そうだっけ、なにをうっかりしているのだ」そこへきがつくと、)

「アア、そうだっけ、何をうっかりしているのだ」そこへ気がつくと、

(かれはまたもやねどこのなかへもぐりこむのでした。)

彼は又もや寝床の中へもぐり込むのでした。

(それからあさめしまでのにじかんばかりを、さぶろうはどんなにびくびくして)

それから朝飯までの二時間ばかりを、三郎はどんなにビクビクして

(すごしたことでしょうか、さいわいにも、かれがおおいそぎでしょくじをすませて、)

過ごしたことでしょうか、幸いにも、彼が大急ぎで食事を済ませて、

など

(げしゅくやをにげだすまでは、なにごともおこらないですみました。)

下宿屋を逃げ出すまでは、何事も起らないで済みました。

(そうしてげしゅくをでると、かれはどこというあてもなく、ただじかんをすごすために、)

そうして下宿を出ると、彼はどこという当てもなく、ただ時間を過ごす為に、

(まちからまちへとさまよいあるくのでした。)

町から町へとさ迷い歩くのでした。

(なな)

(けっきょく、かれのけいかくはみごとにせいこうしました。)

結局、彼の計画は見事に成功しました。

(かれがおひるごろそとからかえったときには、もうえんどうのしがいはとりかたづけられ、)

彼がお昼頃外から帰った時には、もう遠藤の死骸は取り片附けられ、

(けいさつからのりんけんもすっかりすんでいましたが、きけば、あんのじょう、)

警察からの臨検もすっかり済んでいましたが、聞けば、案の定、

(だれひとりえんどうのじさつをうたがうものはなく、そのすじのひとたちも、ただかたちばかりの)

誰一人遠藤の自殺を疑うものはなく、その筋の人達も、ただ形ばかりの

(とりしらべをすると、じきにかえってしまったということでした。)

取り調べをすると、じきに帰ってしまったということでした。

(ただえんどうがなにゆえにじさつしたかというそのげんいんはすこしもわかりませんでしたが、)

ただ遠藤が何故に自殺したかというその原因は少しも分りませんでしたが、

(かれのひごろのそこうからそうぞうして、たぶんちじょうのけっかであろうということに、)

彼の日頃の素行から想像して、多分痴情の結果であろうということに、

(みなのいけんがいっちしました。げんにさいきん、あるおんなにしつれんしていたというようなじじつまで)

皆の意見が一致しました。現に最近、ある女に失恋していたという様な事実まで

(あらわれてきたのです。なに、「しつれんしたしつれんした」というのは、)

現われて来たのです。ナニ、「失恋した失恋した」というのは、

(かれのようなおとこにとってはいっしゅのくちぐせみたいなもので、たいしたいみがあるわけでは)

彼の様な男にとっては一種の口癖みたいなもので、大した意味がある訳では

(ないのですが、ほかにげんいんがないので、けっきょくそれにきまったわけでした。)

ないのですが、外に原因がないので、結局それに極まった訳でした。

(のみならず、げんいんがあってもなくても、かれのじさつしたことは、いってんのうたがいも)

のみならず、原因があってもなくても、彼の自殺したことは、一点の疑いも

(ないのでした。いりぐちもまども、ないぶからとじまりがしてあったのですし、)

ないのでした。入口も窓も、内部から戸締りがしてあったのですし、

(どくやくのようきがまくらもとにころがっていて、それがかれのしょじひんであったことも)

毒薬の容器が枕許にころがっていて、それが彼の所持品であったことも

(わかっているのですから、もうなんとうたがってみようもないのです。)

分っているのですから、もう何と疑って見ようもないのです。

(てんじょうからどくやくをたらしたのではないかなどと、そんなばかばかしいうたがいを)

天井から毒薬を垂らしたのではないかなどと、そんな馬鹿馬鹿しい疑いを

(おこすものは、だれもありませんでした。)

起こすものは、誰もありませんでした。

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