夢野久作 人の顔 1/5
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | てんぷり | 5757 | A+ | 5.9 | 97.3% | 356.6 | 2110 | 57 | 45 | 2024/10/29 |
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問題文
(ちえこはきみょうなこであった。)
チエ子は奇妙な児(こ)であった。
(こじいんにいるうちは、ただむやみとかわいらしい、)
孤児院に居るうちは、ただむやみと可愛いらしい、
(あどけないいっぽうのこであったが、いつつのとしのはるに、)
あどけない一方の児であったが、五ツの年の春に、
(こうじまちのばんちょうにすんでいる、)
麹町の番町に住んでいる、
(あるふねのきかんちょうのうちにもらわれてきてからいちねんばかりたつと、)
或る船の機関長の家庭(うち)に貰われて来てから一年ばかり経つと、
(なんとなく、あたりまえのことちがってきた。)
何となく、あたりまえの児と違って来た。
(せたけがあまりのびないうえに、こどものもちまえのほおのあかみが、)
背丈けがあまり伸びない上に、子供のもちまえの頬の赤味が、
(いつからともなくきえうせて、すきとおるほどいろがしろくなるにつれて、)
いつからともなく消えうせて、透きとおるほど色が白くなるにつれて、
(ふたかいまぶたのめばかりがおおきくおおきくなっていった。)
フタカイ瞼(まぶた)の眼ばかりが大きく大きくなって行った。
(それといっしょにくちかずがすくなくなって、)
それと一緒に口数が少くなって、
(ちょっとみるとおしではないかとおもわれるほど、しずかなこになった。)
ちょっと見ると唖児(おし)ではないかと思われるほど、静かな児になった。
(そうしてときたまくちをきくときには、そのおおきなめをいっぱいにみひらいて、)
そうして時たま口を利く時には、その大きな眼を一パイに見開いて、
(まじまじとあいてのかおをみる。)
マジマジと相手の顔を見る。
(それから、そのちいさなしたくちびるを、)
それから、その小さな下唇を、
(いくどもいくどもすいこんだりだしたりしているうちに、)
いく度もいく度も吸い込んだり出したりしているうちに、
(ふいに、はっきりしたことばつきで、)
不意に、ハッキリした言葉つきで、
(とんでもないませたことをいいだしたりするのであったが、それがまたちえこを、)
飛んでもないマセた事を云い出したりするのであったが、それが又チエ子を、
(たまらないほどいじらしいりはつなこにみせたので、)
たまらない程イジラシイ悧溌(りはつ)な児に見せたので、
(りょうしんはだいじまんでかわいがるのであった。)
両親は大自慢で可愛がるのであった。
(ちえこがいちばんわるいくせのあさねぼうでも、しかるどころでなく、)
チエ子が一番わるい癖の朝寝坊でも、叱るどころでなく、
(かえっててすうのかからないこだといって、じまんのひとつにするくらいであった。)
かえって手数のかからない児だと云って、自慢の一ツにする位であった。
(しかしちえこにはもうひとつきみょうな)
しかしチエ子にはもう一ツ奇妙な…
(しかしあまりひとのめにつかないとくちょうがあった。)
しかしあまり人の目につかない特徴があった。
(それはなんのかげもないおおぞらとやねとのさかいめだの、きのみきのいちぶぶんだの、)
それは何の影もない大空と屋根との境い目だの、木の幹の一部分だの、
(へやのすみっこだのを、じいっと、いつまでもいつまでもみつめるくせで、)
室(へや)の隅ッコだのを、ジイッと、いつまでもいつまでも見つめる癖で、
(すぐちかくからよばれているのにきがつかないで、)
すぐ近くから呼ばれているのに気がつかないで、
(そらのまんなかにういているくもだの、)
空のまん中に浮いている雲だの、
(よごれたしらかべのとちゅうだのをいっしんにみあげていたりするのであった。)
汚れた白壁の途中だのを一心に見上げていたりするのであった。
(ははおやはこのくせにきづいているにはいたが、)
母親はこの癖に気付いているにはいたが、
(おとなしいこにはありがちのことなので、)
温柔(おとな)しい児にはあり勝ちのことなので、
(さほどきにかけていなかった。いくらよんでもこないときに、)
さほど気にかけていなかった。いくら呼んでも来ない時に、
(「ちえこさんなにをみているのです」なぞとしかることもあったが、)
「チエ子さん…何を見ているのです…」なぞと叱ることもあったが、
(ほんとうになにをみているのか、きいてみたことはいちどもなかった。)
本当に何を見ているのか、きいてみた事は一度もなかった。
(ところが、ちえこがむっつになったとしのあきのすえのこと、がいこくこうろに)
ところが、チエ子が六ツになった年の秋の末のこと、外国航路に
(ついているちちおやから、まっかなとりのはねのがいとうをおくってきた。)
ついている父親から、真赤な鳥の羽根の外套(がいとう)を送って来た。
(それはわふくにもきせられる、つりがねがたのふうがわりなもので、)
それは和服にも着せられる、鐘型(つりがねがた)の風変りなもので、
(そのしんくのいろがなんともいえずじょうひんにみえた。)
その深紅の色が何ともいえず上品に見えた。
(ははおやはさっそくそれをちえこにきせて、)
母親は早速それをチエ子に着せて、
(じぶんもきふじんみたようにけばけばしくきかざって、)
自分も貴婦人みたようにケバケバしく着飾って、
(よつやへかつどうをみにつれていった。)
四谷へ活動を見に連れて行った。
(ははおやは、どちらかといえばやせぎすで、)
母親は、どちらかといえば痩せギスで、
(せたけがなみのおんないじょうにすらりとしているので、)
背丈けが普通(なみ)の女以上にスラリとしているので、
(ちえこのてをひいていくのはいくらかじれったいらしかったが、)
チエ子の手を引いて行くのはいくらか自烈度(じれった)いらしかったが、
(それでも、ふたりともあたらしいふぇるとのぞうりをはいて、)
それでも、二人とも新しいフェルトの草履を穿(は)いて、
(いそいそとしていたので、だれがみてもほんとうのおやこにみえた。)
イソイソとしていたので、誰が見てもホントウの親子に見えた。