夢野久作 いなか、の、じけん 3
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問題文
(ふうふのこくうぞう)
夫婦の虚空蔵《こくうぞう》
(「あのふうふはこくうぞうさまのうまれがわり」)
「あの夫婦は虚空蔵さまの生れがわり……」
(というこもりむすめのはなしを、しんにんのわかいちゅうざいじゅんさがきいて、)
という子守娘の話を、新任の若い駐在巡査がきいて、
(「それはなんといういみか」とといただしてみたら、)
「それは何という意味か」と問い訊《ただ》してみたら、
(「うんだこをみんなうりこかして、うまいものをくうてさけをのまっしゃるから、)
「生んだ子をみんな売りこかして、うまいものを喰うて酒を飲まっしゃるから、
(こくうぞうさま」とこたえた。じゅんさはそのとおりてちょうにつけた。)
コクウゾウサマ……」と答えた。巡査はその通り手帳につけた。
(それからそのひゃくしょうのうちにいってとりしらべると、)
それからその百姓の家《うち》に行って取り調べると、
(ごじゅうばかりのふうふがふたりともくちをそろえて、)
五十ばかりの夫婦が二人とも口を揃えて、
(「はい。みんなうつくしいきものをきせてくれるひとのところへいきたいともうしますので」)
「ハイ。みんな美しい着物を着せてくれる人の処へ行きたいと申しますので…」
(とすましかえっている。)
と済まし返っている。
(「ふーむ。それならばうったときのこどものねんれいは」)
「フーム。それならば売った時の子供の年齢は……」
(「はい。あねがじゅうよんのとしで、いもうとがここのつのとし。)
「ハイ。姉が十四の年で、妹が九つの年。
(それからおとこのこをみせものしにうったのがいつつのとしで。へえ。)
それから男の子を見世物師に売ったのが五つの年で……。ヘエ。
(しょうもんがどこぞにございましたがまちがいはございません。)
証文がどこぞに御座いましたが……間違いは御座いません。
(ついこのあいだのことでございますから。へえ」)
ついこの間のことで御座いますから。ヘエ」
(じゅんさはこのふうふがばかではないかとうたがいはじめた。)
巡査はこの夫婦が馬鹿ではないかと疑い初めた。
(しかも、なおよくきをつけてみると、)
しかも、なおよく気をつけてみると、
(いまひとりのこどもがにょうぼうのはらのなかにいるようす。)
今一人の子供が女房の腹の中に居るようす……。
(じゅんさはへんなきもちになってちょうめんをしまいながら、)
巡査は変な気持ちになって帳面を仕舞《しま》いながら、
(「ふーむ。まだほかにこどもはないか」とたずねると、)
「フーム。まだほかに子供は無いか」と尋ねると、
(ふうふはたちまちまっさおになってひれふした。)
夫婦は忽ち真青になってひれ俯した。
(「じつはよにんほどおろしましたのでくうにこまりまして)
「実は四人ほど堕胎《おろ》しましたので……喰うに困りまして……
(どうぞごかんべんを」)
どうぞ御勘弁を——」
(じゅんさはおどろいてまたちょうめんをひきだした。)
巡査は驚いて又帳面を引き出した。
(「うーむふつごうじゃないか。なぜそんなもったいないことをする」)
「ウーム不都合じゃないか。何故そんな勿体ないことをする」
(というと、あおくなっていたていしゅが、こんどはにたにたわらいだした。)
というと、青くなっていた亭主が、今度はニタニタ笑い出した。
(「へへへへへへ。それほどでもございません。)
「ヘヘヘヘヘヘ。それほどでも御座いません。
(さけさえのめばいくらでもできますので」)
酒さえ飲めばいくらでも出来ますので……」
(じゅんさはきみがわるくなってにげるようにこのうちをとびだした。)
巡査は気味がわるくなって逃げるようにこの家《うち》を飛び出した。
(「このことをほんしょにほうこくしましたらこさんのじゅんさからわらわれましたよ。)
「この事を本署に報告しましたら古参の巡査から笑われましたヨ。
(なんでもだたいざいでにどほどしょけいされているひょうばんのふうふだそうです。)
何でも堕胎罪で二度ほど処刑されている評判の夫婦だそうです。
(ふたりともそろってていのうらしいので、だれもあいてにしなくなっていたのだそうです」)
二人とも揃って低能らしいので、誰も相手にしなくなっていたのだそうです」
(と、そのじゅんさのはなし。)
と、その巡査の話。