江戸川乱歩 D坂⑰

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1 甘木風寧(週末演 5272 B++ 5.5 95.1% 551.0 3060 155 47 2024/03/23

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問題文

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((ぜんりゃく)いちれいをあげるならば、いっさくねん(このしょもつのしゅっぱんは)

(前略)一例を上げるならば、一昨年(この書物の出版は

(せんきゅうひゃくじゅういちねん)げってぃんげんにおいて、ほうりつか、しんりがくしゃおよび)

一九一一年)ゲッティンゲンに於て、法律家、心理学者及び

(ぶつりがくしゃよりなる、あるがくじゅつじょうのしゅうかいがもよおされたことがある。)

物理学者よりなる、ある学術上の集会が催されたことがある。

(したがって、そこにあつまったのは、みな、)

したがって、そこに集まったのは、皆、

(めんみつなかんさつにじゅくれんしたひとたちばかりであった。)

綿密な観察に熟練した人達ばかりであった。

(そのまちには、あたかもかーにばるのおまつりさわぎがえんじられていたが、)

その町には、あたかもカーニバルのお祭り騒ぎが演じられていたが、

(とつぜん、このがっきゅうてきなかいごうのさいちゅうに、とがひらかれてけばけばしいいしょうをつけた)

突然、この学究的な会合の最中に、戸が開かれてけばけばしい衣裳をつけた

(ひとりのどうけが、きょうきのようにとびこんできた。みると、そのあとから)

一人の道化が、狂気の様に飛び込んで来た。見ると、その後から

(ひとりのこくじんがてにぴすとるをもっておいかけてくるのだ。)

一人の黒人が手にピストルを持って追い駆けて来るのだ。

(ほーるのまんなかで、かれらはかたみがわりに、おそろしいことばをどなりあったが、)

ホールの真ん中で、彼等はかたみがわりに、恐ろしい言葉をどなり合ったが、

(やがてどうけのほうがばったりゆかにたおれると、こくじんはそのうえにおどりかかった。)

やがて道化の方がバッタリ床に倒れると、黒人はその上に躍りかかった。

(そして、ぽんとぴすとるのおとがした。と、たちまちかれらはふたりとも、)

そして、ポンとピストルの音がした。と、忽ち彼等は二人共、

(かきけすようにへやをでていってしまった。ぜんたいのできごとが)

かき消す様に部屋を出て行ってしまった。全体の出来事が

(にじゅうびょうとはかからなかった。ひとびとはむろんひじょうにおどろかされた。)

二十秒とはかからなかった。人々は無論非常に驚かされた。

(ざちょうのほかには、だれひとり、それらのことばやどうさが、あらかじめよしゅうされていたこと、)

座長のほかには、誰一人、それらの言葉や動作が、予め予習されていたこと、

(そのこうけいがしゃしんにとられたことなどをさとったものはなかった。)

その光景が写真に撮られたことなどを悟ったものはなかった。

(で、ざちょうが、これはいずれほうていにもちだされるもんだいだからというので、)

で、座長が、これはいずれ法廷に持ち出される問題だからというので、

(かいいんかくじにせいかくなきろくをかくことをたのんだのは、ごくしぜんにみえた。)

会員各自に正確な記録を書くことを頼んだのは、極く自然に見えた。

((ちゅうりゃく、このあいだに、かれらのきろくがいかにまちがいにみちていたかを、)

(中略、この間に、彼等の記録が如何に間違いに充ちていたかを、

(ぱーせんてーじをしめしてしるしてある)こくじんがあたまに)

パーセンテージを示して記してある)黒人が頭に

など

(なにもかぶっていなかったことをいいあてたのは、よんじゅうにんのうちでたった)

何も冠っていなかったことを云い当てたのは、四十人の内でたった

(よにんきりで、ほかのひとたちはやまたかぼうしをかぶっていたとかいたものもあれば、)

四人切りで、ほかの人達は山高帽子を冠っていたと書いたものもあれば、

(しるくはっとだったとかくものもあるというありさまだった。)

シルクハットだったと書くものもあるという有様だった。

(きものについても、あるものはあかだといい、あるものはちゃいろだといい、)

着物についても、ある者は赤だといい、ある者は茶色だといい、

(あるものはしまだといい、あるものはこーひーいろだといい、)

ある者は縞だといい、ある者はコーヒー色だといい、

(そのほかしゅじゅさまざまのいろあいがかれのためにせつめいせられた。)

その他種々様々の色合いが彼の為に説明せられた。

(ところが、こくじんはじっさいは、しろずぼんにくろのうわぎをきて、)

ところが、黒人は実際は、白ズボンに黒の上衣を着て、

(おおきなあかのねくたいをむすんでいたのだ。(こうりゃく))

大きな赤のネクタイを結んでいたのだ。(後略)

(「みゅんすたーべるひがかしこくもせっぱしたとおり」とあけちははじめた。)

「ミュンスターベルヒが賢くも説破した通り」と明智は始めた。

(「にんげんのかんさつやにんげんのきおくなんて、じつにたよりないものですよ。)

「人間の観察や人間の記憶なんて、実にたよりないものですよ。

(このれいにあるようながくしゃたちでさえ、ふくのいろのみわけがつかなかったのです。)

この例にある様な学者達でさえ、服の色の見分けがつかなかったのです。

(わたしが、あのばんのがくせいたちはきもののいろをみちがえたとかんがえるのがむりでしょうか。)

私が、あの晩の学生達は着物の色を見違えたと考えるのが無理でしょうか。

(かれらはなにものかをみたかもしれません。しかしそのものはぼうじまのきものなんか)

彼等は何者かを見たかも知れません。しかしその者は棒縞の着物なんか

(きていなかったはずです。むろんぼくではなかったのです。こうしのすきまから、)

着ていなかった筈です。無論僕ではなかったのです。格子の隙間から、

(ぼうじまのゆかたをおもいついたきみのちゃくがんは、なかなかおもしろいにはおもしろいですが、)

棒縞の浴衣を思い付いた君の着眼は、なかなか面白いには面白いですが、

(あまりおあつらえむきすぎるじゃありませんか。すくなくとも、)

あまりお誂え向きすぎるじゃありませんか。少なくとも、

(そんなぐうぜんのふごうをしんずるよりは、きみは、ぼくのけっぱくをしんじてくれるわけには)

そんな偶然の符号を信ずるよりは、君は、僕の潔白を信じてくれる訳には

(いかぬでしょうか。さてさいごに、そばやのべんじょをかりたおとこのことですがね。)

行かぬでしょうか。さて最後に、蕎麦屋の便所を借りた男のことですがね。

(このてんはぼくもきみとおなじかんがえだったのです。どうも、あのあさひやのほかに)

この点は僕も君と同じ考えだったのです。どうも、あの旭屋のほかに

(はんにんのつうろはないとおもったのですよ。でぼくもあすこへいってしらべてみましたが、)

犯人の通路はないと思ったのですよ。で僕もあすこへ行って調べて見ましたが、

(そのけっかは、ざんねんながら、きみとせいはんたいのけつろんにたっしたのです。)

その結果は、残念ながら、君と正反対の結論に達したのです。

(じっさいはべんじょをかりたおとこなんてなかったのですよ」)

実際は便所を借りた男なんてなかったのですよ」

(どくしゃもすでにきづかれたであろうが、あけちはこうして、しょうにんのもうしたてをひていし、)

読者もすでに気づかれたであろうが、明智はこうして、証人の申立てを否定し、

(はんにんのしもんをひていし、はんにんのつうろをさえひていして、)

犯人の指紋を否定し、犯人の通路をさえ否定して、

(じぶんのむざいをしょうこだてようとしているが、しかしそれはどうじに、)

自分の無罪を証拠立てようとしているが、しかしそれは同時に、

(はんざいそのものをひていすることになりはしないか。)

犯罪そのものを否定することになりはしないか。

(わたしはかれがなにをかんがえているのかすこしもわからなかった。)

私は彼が何を考えているのか少しも分らなかった。

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