江戸川乱歩 赤い部屋②

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(はじめのうちは、でも、ひとなみにいろいろのどうらくにふけったじだいもありましたけれど、)

初めのうちは、でも、人並みに色々の道楽に耽った時代もありましたけれど、

(それがなにひとつわたしのうまれつきのたいくつをなぐさめてはくれないで、)

それが何一つ私の生まれつきの退屈を慰めてはくれないで、

(かえって、もうこれでよのなかのおもしろいことというものはおしまいなのか、)

かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、

(なあんだつまらないというしつぼうばかりがのこるのでした。)

なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。

(で、だんだん、わたしはなにかをやるのがおっくうになってきました。)

で、段々、私は何かをやるのが億劫になって来ました。

(たとえば、これこれのあそびはおもしろい、きっとおまえをうちょうてんにしてくれるだろう)

例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にしてくれるだろう

(というようなはなしをきかされますと、おお、そんなものがあったのか、)

という様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、

(ではさっそくやってみようとのりきになるかわりに、まずあたまのなかでそのおもしろさを)

では早速やって見ようと乗り気になる代わりに、まず頭の中でその面白さを

(いろいろとそうぞうしてみるのです。そして、さんざんそうぞうをめぐらしたけっかは、)

色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻らした結果は、

(いつも「なあにたいしたことはない」とみくびってしまうのです。)

いつも「なあに大したことはない」とみくびってしまうのです。

(そんなふうで、いっときわたしはもじどおりなにもしないで、ただめしをくったり、)

そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、

(おきたり、ねたりするばかりのひをくらしていました。)

起きたり、寝たりするばかりの日を暮らしていました。

(そして、あたまのなかだけでいろいろなくうそうをめぐらしては、これもつまらない、)

そして、頭の中だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、

(あれもたいくつだと、かたはしからけなしつけながら、しぬよりもつらい、)

あれも退屈だと、片はしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、

(それでいてひとめにはこのうえもなくあんいなせいかつをおくっていました。)

それでいて人目にはこの上もなく安易な生活を送っていました。

(これが、わたしがそのひそのひのぱんにおわれるようなきょうぐうだったら、)

これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、

(まだよかったのでしょう。たとえしいられたろうどうにしろ、とにかく)

まだよかったのでしょう。たとえ強いられた労働にしろ、兎に角

(なにかすることがあればこうふくです。それともまた、わたしがとびきりの)

何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛び切りの

(おおがねもちででもあったら、もっとよかったかもしれません。わたしはきっと、)

大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、

(そのたいきんのちからで、れきしじょうのぼうくんたちがやったようなすばらしいぜいたくや、)

その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢や、

など

(ちなまぐさいゆうぎや、そのほかさまざまのたのしみにふけることができたでありましょうが、)

血腥い遊戯や、その他様々の楽しみに耽ることが出来たでありましょうが、

(もちろんそれもかなわぬねがいだとしますと、わたしはもう、)

勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、

(あのおとぎばなしにあるものぐさたろうのように、いっそうしんでしまったほうがましなほど、)

あのお伽噺にある物臭太郎の様に、一層死んでしまった方がましな程、

(さびしくものういそのひそのひを、ただじっとしてくらすほかはないのでした。)

淋しく物憂いその日その日を、ただじっとして暮らす他はないのでした。

(こんなふうにもうしあげますと、みなさんはきっと「そうだろう、そうだろう、)

こんな風に申し上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、

(しかしよのなかのことがらにたいくつしきっているてんではわれわれだって)

しかし世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって

(けっしておまえにひけをとりはしないのだ。だからこんなくらぶをつくって)

決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って

(なんとかしていじょうなこうふんをもとめようとしているのではないか。)

何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。

(おまえもよくよくたいくつなればこそ、いま、われわれのなかまへはいってきたのであろう。)

お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。

(それはもう、おまえのたいくつしていることは、いまさらきかなくても)

それはもう、お前の退屈していることは、今更聞かなくても

(よくわかっているのだ」とおっしゃるにそういありません。)

よく分かっているのだ」とおっしゃるに相違ありません。

(ほんとうにそうです。わたしはなにもくどくどとたいくつのせつめいをするひつようは)

ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要は

(ないのでした。そして、あなたがたが、そんなふうにたいくつがどんなものだかを)

ないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかを

(よくしっていらっしゃるとおもえばこそ、わたしはこんやこのせきにれっして、)

よく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、

(わたしのへんてこなみのうえばなしをおはなししようとけっしんしたのでした。)

私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

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