幽霊 小野佐世男 ③
その家の台所には大井戸があったが蓋でふさがれていた。
その蓋は釘で打ちつけられ開ける事ができなかった。
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問題文
(ひろいだいどころのかまちにこしをおろした、)
広い台所のかまちに腰をおろした、
(これらのきんじょのしょうにんのかたるところによると、)
これ等の近所の商人の語るところによると、
(このいえはひとごろしのいえであったというのである。)
この家は人殺しの家であったというのである。
(このいえのしゅじんというのはものもちのろうばであって、)
この家の主人というのは物持ちの老婆であって、
(ふうりゅうごのみのこのやしきをたてたが、ひとりみのさびしさから、)
風流好みのこの屋敷を建てたが、一人身の淋しさから、
(ひとりのおいごとふたりぐらしをはじめた。)
一人の甥御と二人暮しをはじめた。
(ところが、このおいがおんなのことでかねにつまり、このろうばのざいさんにめをつけた。)
ところが、この甥が女のことで金につまり、この老婆の財産に眼をつけた。
(そしてばあさんさえなきものにしてしまえば、)
そしてばあさんさえなき者にしてしまえば、
(ざいさんはたったひとりのおいであるじぶんのふところにころげこんでくるとかんがえ、)
財産はたった一人の甥である自分の懐にころげ込んでくると考え、
(あるひ、とうとうこのろうばをさつがいして、)
或る日、とうとうこの老婆を殺害して、
(そのしたいをぴしぴしとちいさくへしおって、)
その死体をピシピシと小さくへし折って、
(はこにつめこみ、いしのおもしをつけ、このだいどころのいどふかくしずめたのである。)
箱につめこみ、石の重しをつけ、この台所の井戸深く沈めたのである。
(このはんざいはそのろくねんかんはっかくしなかったが、)
この犯罪はその六年間発覚しなかったが、
(ちょうどしちねんめに、ろうばをころしたおいとこのおとこといっしょになったおんなとが、)
丁度七年目に、老婆を殺した甥とこの男といっしょになった女とが、
(ともにもののけにおそわれるがごとく、はっきょうじょうたいになり、)
共に物の化におそわれるが如く、発狂状態になり、
(はてはじぶんたちのやったことをくちばしり、ついにけいさつのしらべとなり、)
はては自分達のやったことを口走り、ついに警察の調べとなり、
(このいどのなかからはこがうかびあがり、)
この井戸の中から箱が浮び上り、
(はっこつとかしたろうばのかわりはてたすがたがあらわれたーーというのだった。)
白骨と化した老婆の変りはてた姿が現われたーーというのだった。
(いまさらながら、いえじゅうのものはふるえあがり、)
今更ながら、家中の者は震えあがり、
(くぎづけになっている、おおきないどをおそるおそるながめるのであった。)
釘付けになっている、大きな井戸を恐る恐るながめるのであった。
(わたしたちいっかとなんのかんけいもないろうばのぼうれいが、)
私達一家となんの関係も無い老婆の亡霊が、
(われわれをおどろかしたというのは、かんがえようによってはしゃくにさわるが、)
我々を驚ろかしたというのは、考えようによってはしゃくにさわるが、
(べつにかんがえるとれいとしては、だれにでも、)
別に考えると霊としては、誰れにでも、
(じぶんのきもちをしらしたいものであるから、ともおもい、)
自分の気持を知らしたいものであるから、とも思い、
(どうじょうしたくもなってくるのだ。)
同情したくもなってくるのだ。
(いじょうがわたしのしょうねんじだいにみたおそろしいぼうれいのすがたであるが、)
以上が私の少年時代に見た恐ろしい亡霊の姿であるが、
(このときからわたしはれいこんのそんざいをしんじるようになったのである。)
この時から私は霊魂の存在を信じるようになったのである。
(ちゆうである、とくがわむせいろうもゆうれいをしんじ、)
知友である、徳川夢声老も幽霊を信じ、
(あわやのりこしもおそろしいゆうれいのことをわたしにはなしたことがあるし、)
淡谷のり子氏も恐ろしい幽霊のことを私に話したことがあるし、
(さとうこうせきろうもさかなをつりにいったとき、ときどきようかいにあうことがあるというし、)
佐藤垢石老も魚を釣りに行った時、時々妖怪に会うことがあるというし、
(ことしのはる、きゅうしゅうはかたでひのあしへいしにあったときには、)
今年の春、九州博多で火野葦平氏に会った時には、
(しはかっぱにあってしたしくしたことがあるといっていた。)
氏は河童に会って親しくしたことがあるといっていた。
(みなまちがいのないはなしだろう。)
皆間違いのない話だろう。
(とうじいっしょにろうばのすがたをみたあねは、いまではしちにんのこもちである。)
当時いっしょに老婆の姿を見た姉は、今では七人の児持ちである。