失敗園１ 太宰治

(（わがろうおくには、ろくつぼほどのにわがあるのだ。ぐさいは、ここに、ちつじょもなく)

（わが陋屋には、六坪ほどの庭があるのだ。愚妻は、ここに、秩序も無く

(なにやらかやらいっぱいうえたが、いっけんするに、すべてしっぱいのようすである。それら)

何やらかやら一ぱい植えたが、一見するに、すべて失敗の様子である。それら

(はずかしきみなりのしょくぶつたちがこごえでささやき、わたしはそれをそっきする。そのこえが)

恥ずかしき身なりの植物たちが小声で囁き、私はそれを速記する。その声が

(じじつ、きこえるのである。かならずしも、ふつじんるなあるしのまねでもないのだ。では）)

事実、聞えるのである。必ずしも、仏人ルナアル氏の真似でも無いのだ。では。

(とうもろこしと、とまと。 )

とうもろこしと、トマト。

(「こんなに、たけばかりおおきくなって、わたしは、どんなにはずかしいことか。そろそろ)

「こんなに、丈ばかり大きくなって、私は、どんなに恥ずかしい事か。そろそろ

(みをつけなければならないのだけれども、おなかにちからがないから、いきむことが)

実をつけなければならないのだけれども、おなかに力が無いから、いきむ事が

(できないの。みんなは、あしだとおもうでしょう。やぶれかぶれだわ。とまとさん、)

出来ないの。みんなは、葦だと思うでしょう。やぶれかぶれだわ。トマトさん、

(ちょっとよりかからせてね。」 「なんだ、なんだ、たけじゃないか。」)

ちょっと寄りかからせてね。」 「なんだ、なんだ、竹じゃないか。」

(「ほんきでおっしゃるの？」 「きにしちゃいけねえ。おまえさんは、なつやせ)

「本気でおっしゃるの？」 「気にしちゃいけねえ。お前さんは、夏痩せなんだ

(なんだよ。いきなものだ。ここのしゅじんのはなしによればおまえさんはばしょうにもにている)

なんだよ。粋なものだ。ここの主人の話に拠ればお前さんは芭蕉にも似ている

(そうだ。おきにいりらしいぜ。」 「はばかりのびるものだから、わたしをやゆ)

そうだ。お気に入りらしいぜ。」 「葉ばかり伸びるものだから、私を揶揄

(なさっているのよ。ここのしゅじんは、いいかげんよ。わたし、ここのおくさんにきのどくなの)

なさっているのよ。ここの主人は、いい加減よ。私、ここの奥さんに気の毒なの

(それやしんけんにわたしのせわをしてくださるのだけれども、わたしはせたけばかりのびて、)

それや真剣に私の世話をして下さるのだけれども、私は背丈ばかり伸びて、

(いっこうにふとらないのだもの。とまとさんだけは、どうやら、みをむすんだ)

一向にふとらないのだもの。トマトさんだけは、どうやら、実を結んだ

(ようね。」 「ふん、どうやら、ね。もっともおれは、げひんなそだちだから、ほって)

ようね。」 「ふん、どうやら、ね。もっとも俺は、下品な育ちだから、放って

(おかれても、みをむすぶのさ。けいべつしたまうな。これでもおくさんのおきにいり)

置かれても、実を結ぶのさ。軽蔑し給うな。これでも奥さんのお気に入り

(なんだからね。このみは、おれのちからこぶさ。みたまえ、うんとりきむと、ほら、むくむく)

なんだからね。この実は、俺の力瘤さ。見給え、うんと力むと、ほら、むくむく

(みがふくらむ。もすこしりきむと、このみが、あからんでくるのだよ。ああ、)

実がふくらむ。も少し力むと、この実が、あからんで来るのだよ。ああ、

(すこしかみがみだれた。さんぱつしたいな。」)

すこし髪が乱れた。散髪したいな。」