目羅博士の不思議な犯罪 四 1 江戸川乱歩

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語り手の江戸川は、上野動物園で巧みに檻の中の猿をからかう「男」と出会う。「男」は江戸川に、猿の人真似の本能や、「模倣」の恐怖について語る。

動物園を出た後、上野の森の捨て石に腰をかけ、江戸川は「男」の経験談を聞くことにした。

一から五までで一つのお話です。

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問題文

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(「よくじつ、どうりょうや、べつのおふぃすのこづかいじいさんなどにたずねてみましたが、あのむかいがわ)

「翌日、同僚や、別のオフィスの小使爺さんなどに尋ねて見ましたが、あの向側

(のびるでぃんぐがあきやで、よるはばんにんさえいないことがあきらかになりました。)

のビルディングが空家で、夜は番人さえいないことが明かになりました。

(やっぱりぼくはまぼろしをみたのでしょうか。 さんどもつづいた、まったくりゆうのない、)

やっぱり僕は幻を見たのでしょうか。  三度も続いた、全く理由のない、

(きかいせんばんなじさつじけんについては、けいさつでも、いちおうはとりしらべましたけれど、じさつと)

奇怪千万な自殺事件については、警察でも、一応は取調べましたけれど、自殺と

(いうことは、いってんのうたがいもないのですから、ついそのままになってしまいました)

いうことは、一点の疑いもないのですから、ついそのままになってしまいました

(しかしぼくはりがいのことわりをしんじるきにはなれません。あのへやでねるものが、そろいも)

併し僕は理外の理を信じる気にはなれません。あの部屋で寝るものが、揃いも

(そろって、きちがいになったというようなこうとうむけいなかいしゃくではまんぞくができません。)

揃って、気違いになったという様な荒唐無稽な解釈では満足が出来ません。

(あのきいろいやつがくせものだ。あいつがさんにんのものをころしたのだ。ちょうどくびつりのあったばん)

あの黄色い奴が曲物だ。あいつが三人の者を殺したのだ。丁度首吊りのあった晩

(おなじまむこうのまどから、あいつがのぞいていた。そして、いみありげににやにや)

同じ真向うの窓から、あいつが覗いていた。そして、意味ありげにニヤニヤ

(わらっていた。そこになにかしらおそろしいひみつがふくざいしているのだ。ぼくはそうおもい)

笑っていた。そこに何かしら恐ろしい秘密が伏在しているのだ。僕はそう思い

(こんでしまったのです。 ところが、それからいっしゅうかんほどたって、ぼくはおどろくべき)

込んでしまったのです。  ところが、それから一週間程たって、僕は驚くべき

(はっけんをしました。 あるひのこと、つかいにでたかえりがけ、れいの)

発見をしました。  ある日の事、使いに出た帰りがけ、例の

(あきびるでぃんぐのおもてがわのおおどおりをあるいていますと、そのびるでぃんぐの)

空きビルディングの表側の大通りを歩いていますと、そのビルディングの

(すぐとなりに、みつびしなんごうかんとかいう、こふうなれんがづくりの、こがたの、ながやふうの)

すぐ隣に、三菱何号館とか云う、古風な煉瓦作りの、小型の、長屋風の

(かしじむしょがならんでいるのですが、そのとあるいっけんのいしだんをぴょいぴょいと)

貸事務所が並んでいるのですが、そのとある一軒の石段をピョイピョイと

(とぶようにのぼっていく、ひとりのしんしが、ぼくのちゅういをひいたのです。)

飛ぶ様に昇って行く、一人の紳士が、僕の注意を惹いたのです。

(それはもーにんぐをきた、こがらの、しょうしょうねこぜの、ろうしんしでしたが、よこがおに)

それはモーニングを着た、小柄の、少々猫背の、老紳士でしたが、横顔に

(どこかみおぼえがあるようなきがしたので、たちどまって、じっとみていますと、しんしは)

どこか見覚えがある様な気がしたので、立止って、じっと見ていますと、紳士は

(じむしょのいりぐちで、くつをふきながら、ひょいと、ぼくのほうをふりむいたのです。ぼくは)

事務所の入口で、靴を拭きながら、ヒョイと、僕の方を振り向いたのです。僕は

(はっとばかり、いきがとまるようなおどろきをかんじました。なぜって、そのりっぱな)

ハッとばかり、息が止まる様な驚きを感じました。なぜって、その立派な

など

(ろうしんしが、いつかのばん、あきびるでぃんぐのまどからのぞいていた、きいろいかおのかいぶつと)

老紳士が、いつかの晩、空ビルディングの窓から覗いていた、黄色い顔の怪物と

(そっくりそのままだったからです。 しんしがじむしょのなかへきえてしまってから)

そっくりそのままだったからです。  紳士が事務所の中へ消えてしまってから

(そこのきんかんばんをみると、めらがんか、いがくはかせめらりょうさいとしるして)

そこの金看板を見ると、目羅眼科、医学博士目羅聊齋(りょうさい)と記して

(ありました。ぼくはそのへんにいたしゃふをとらえて、いまはいっていったのがめらはかせ)

ありました。僕はその辺にいた車夫を捉えて、今入って行ったのが目羅博士

(そのひとであることをたしかめました。 いがくはかせともあろうひとが、まよなか、)

その人であることを確めました。  医学博士ともあろう人が、真夜中、

(あきびるでぃんぐにはいりこんで、しかもくびつりおとこをみて、にやにやわらっていた)

空ビルディングに入り込んで、しかも首吊り男を見て、ニヤニヤ笑っていた

(という、このふかしぎなじじつを、どうかいしゃくしたらよいのでしょう。ぼくははげしい)

という、この不可思議な事実を、どう解釈したらよいのでしょう。僕は烈しい

(こうきしんをおこさないではいられませんでした。それからというもの、ぼくは)

好奇心を起さないではいられませんでした。それからというもの、僕は

(それとなく、できるだけおおくのひとから、めらりょうさいのけいれきなり、にちじょうせいかつなりを)

それとなく、出来る丈け多くの人から、目羅聊齋の経歴なり、日常生活なりを

(ききだそうとつとめました。 めらしはふるいはかせのくせに、)

聞き出そうと力(つと)めました。  目羅氏は古い博士の癖に、

(あまりよにもしられず、おかねもうけもじょうずでなかったとみえ、ろうねんになっても、)

余り世にも知られず、お金儲けも上手でなかったと見え、老年になっても、

(そんなかしじむしょなどでかいぎょうしていたくらいですが、ひじょうなかわりもので、かんじゃのとりあつかい)

そんな貸事務所などで開業していた位ですが、非常な変り者で、患者の取扱い

(なども、いやにぶあいそうで、ときとしてはきちがいめいてみえることさえあると)

なども、いやに不愛想で、時としては気違いめいて見えることさえあると

(いうことでした。おくさんもこどももなく、ずっとどくしんをとおして、いまも、)

いうことでした。奥さんも子供もなく、ずっと独身を通して、今も、

(そのじむしょをすまいにけんようして、そこにねとまりしているということもわかりました。)

その事務所を住いに兼用して、そこに寝泊りしているということも分りました。

(また、かれはひじょうなどくしょかで、せんもんいがいの、ふるめかしいてつがくしょだとか、しんりがくや)

又、彼は非常な読書家で、専門以外の、古めかしい哲学書だとか、心理学や

(はんざいがくなどのしょもつを、たくさんもっているといううわさもききこみました。)

犯罪学などの書物を、沢山持っているという噂も聞き込みました。

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