魔術3 芥川龍之介
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | じゅん | 4498 | C+ | 4.7 | 95.7% | 682.7 | 3212 | 141 | 46 | 2024/10/15 |
2 | saty | 4486 | C+ | 4.7 | 93.9% | 672.2 | 3224 | 208 | 46 | 2024/10/15 |
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問題文
(「つかえますとも。だれにでもぞうさなくつかえます。ただーー」といいかけて)
「使えますとも。誰にでも造作なく使えます。ただーー」と言いかけて
(みすらくんはじっとわたしのかおをながめながら、いつになくまじめなくちょうになって、)
ミスラ君はじっと私の顔を眺めながら、いつになく真面目な口調になって、
(「ただ、よくのあるにんげんにはつかえません。はっさん・かんのまじゅつをならおうと)
「ただ、欲のある人間には使えません。ハッサン・カンの魔術を習おうと
(おもったら、まずよくをすてることです。あなたにはそれができますか。」)
思ったら、まず欲を捨てることです。あなたにはそれが出来ますか。」
(「できるつもりです。」 わたしはこうこたえましたが、なんとなくふあんなきも)
「出来るつもりです。」 私はこう答えましたが、何となく不安な気も
(したのですぐにまたあとからことばをそえました。 「まじゅつさえおしえていただけれれば」)
したのですぐにまた後から言葉を添えました。 「魔術さえ教えて頂けれれば」
(それでもみすらくんはうたがわしそうなめつきをみせましたが、さすがにこのうえねんを)
それでもミスラ君は疑わしそうな眼つきを見せましたが、さすがにこの上念を
(おすのはぶしつけだとでもおもったのでしょう。やがておおようにうなずきながら、)
押すのは無躾だとでも思ったのでしょう。やがて大様に頷きながら、
(「ではおしえてあげましょう。が、いくらぞうさなくつかえるといっても、ならうのには)
「では教えて上げましょう。が、いくら造作なく使えると言っても、習うのには
(ひまもかかりますから、こんやはわたしのところへおとまりなさい。」 「どうもいろいろ)
暇もかかりますから、今夜は私の所へ御泊りなさい。」 「どうもいろいろ
(おそれいります。」 わたしはまじゅつをおしえてもらううれしさに、なんどもみすらくんへ)
恐れ入ります。」 私は魔術を教えて貰う嬉しさに、何度もミスラ君へ
(おれいをいいました。が、みすらくんはそんなことにとんちゃくするけしきもなく、)
御礼を言いました。が、ミスラ君はそんなことに頓着する気色もなく、
(しずかにいすからたちあがると、 「おばあさん。おばあさん。こんやはおきゃくさまが)
静に椅子から立上ると、 「御婆サン。御婆サン。今夜ハ御客様ガ
(おとまりになるから、ねどこのしたくをしておいておくれ。」)
御泊リニナルカラ、寝床ノ仕度ヲシテ置イテオクレ。」
(わたしはむねをおどらしながら、はまきのはいをはたくのもわすれて、まともにせきゆらんぷの)
私は胸を躍らしながら、葉巻の灰をはたくのも忘れて、まともに石油ランプの
(ひかりをあびた、しんせつそうなみすらくんのかおをおもわずじっとみあげました。)
光を浴びた、親切そうなミスラ君の顔を思わずじっと見上げました。
(・・・・・ わたしがみすらくんにまじゅつをおそわってから、ひとつきばかりたった)
***** 私がミスラ君に魔術を教わってから、一月ばかりたった
(あとのことです。これもやはりざあざああめのふるばんでしたが、わたしはぎんざの)
後のことです。これもやはりざあざあ雨の降る晩でしたが、私は銀座の
(あるくらぶのいっしつで、56にんのゆうじんと、だんろのまえへじんどりながら、)
ある倶楽部の一室で、五六人の友人と、暖炉の前へ陣取りながら、
(きがるなざつだんにふけっていました。 なにしろここはとうきょうのちゅうしんですから、まどのそとに)
気軽な雑談に耽っていました。 何しろここは東京の中心ですから、窓の外に
(ふるあまあしも、しっきりなくおうらいするじどうしゃやばしゃのやねをぬらすせいか、あの、)
降る雨脚も、しっきりなく往来する自働車や馬車の屋根を濡らすせいか、あの、
(おおもりのたけやぶにしぶくような、ものさびしいおとはきこえません。 もちろんまどのうちの)
大森の竹藪にしぶくような、ものさびしい音は聞えません。 勿論窓の内の
(ようきなことも、あかるいでんとうのひかりといい、おおきなもろっこかわのいすといい、あるいは)
陽気なことも、明い電燈の光と言い、大きなモロッコ皮の椅子と言い、あるいは
(またなめらかにひかっているよせぎざいくのゆかといい、みるからせいれいでもでてきそうな、)
また滑かに光っている寄木細工の床と言い、見るから精霊でも出て来そうな、
(みすらくんのへやなどとは、まるでくらべものにはならないのです。)
ミスラ君の部屋などとは、まるで比べものにはならないのです。
(わたしたちははまきのけむりのなかに、しばらくはりょうのはなしだのけいばのはなしだのを)
私たちは葉巻の煙の中に、しばらくは猟の話だの競馬の話だのを
(していましたが、そのうちにひとりのゆうじんが、すいさしのはまきをだんろのなかに)
していましたが、その内に一人の友人が、吸いさしの葉巻を暖炉の中に
(ほうりこんで、わたしのほうへふりむきながら、 「きみはちかごろまじゅつをつかうという)
抛りこんで、私の方へ振り向きながら、 「君は近頃魔術を使うという
(ひょうばんだが、どうだい。こんやはひとつぼくたちのまえでつかってみせてくれないか。」)
評判だが、どうだい。今夜は一つ僕たちの前で使って見せてくれないか。」
(「よいとも。」 わたしはいすのせにあたまをもたせたまま、さもまじゅつのめいじんらしく、)
「好いとも。」 私は椅子の背に頭を靠せたまま、さも魔術の名人らしく、
(おうへいにこうこたえました。 「じゃ、なんでもきみにいちにんするから、せけんのてじなし)
横柄にこう答えました。 「じゃ、何でも君に一任するから、世間の手品師
(などにはできそうもない、ふしぎなじゅつをつかってみせてくれたまえ。」)
などには出来そうもない、不思議な術を使って見せてくれ給え。」
(ゆうじんたちはみなさんせいだとみえて、てんでにいすをすりよせながら、うながすように)
友人たちは皆賛成だと見えて、てんでに椅子をすり寄せながら、促すように
(わたしのほうをながめました。そこでわたしはおもむろにたちあがって、 「よくみていて)
私の方を眺めました。そこで私は徐に立ち上って、 「よく見ていて
(くれたまえよ。ぼくのつかうまじゅつには、たねもしかけもないのだから。」 わたしはこう)
くれ給えよ。僕の使う魔術には、種も仕掛もないのだから。」 私はこう
(いいながら、りょうてのかふすをまくりあげて、だんろのなかにもえさかっているせきたんを、)
言いながら、両手のカフスをまくり上げて、暖炉の中に燃え盛っている石炭を、
(むぞうさにてのひらのうえへすくいあげました。わたしをかこんでいたゆうじんたちは、これだけでも)
無造作に掌の上へすくい上げました。私を囲んでいた友人たちは、これだけでも
(もうあらぎもをひしがれたのでしょう。みなかおをみあわせながらうっかりそばへよって)
もう荒胆を挫がれたのでしょう。皆顔を見合せながらうっかり側へ寄って
(やけどでもしてはたいへんだと、きみわるそうにしりごみさえしはじめるのです。)
火傷でもしては大変だと、気味悪るそうにしりごみさえし始めるのです。
(そこでわたしのほうはいよいよおちつきはらって、そのてのひらのうえのせきたんのひを、)
そこで私の方はいよいよ落着き払って、その掌の上の石炭の火を、
(しばらくいちどうのめのまえへつきつけてから、こんどはそれをいきおいよくよせぎざいくのゆかへ)
しばらく一同の眼の前へつきつけてから、今度はそれを勢いよく寄木細工の床へ
(まきちらしました。そのとたんです、まどのそとにふるあめのおとをあっして、もうひとつ)
撒き散らしました。その途端です、窓の外に降る雨の音を圧して、もう一つ
(かわったあめのおとがにわかにゆかのうえからおこったのは。というのはまっかなせきたんのひが、)
変った雨の音が俄に床の上から起ったのは。と言うのはまっ赤な石炭の火が、
(わたしのてのひらをはなれるとどうじに、むすうのうつくしいきんかになって、あめのようにゆかのうえへ)
私の掌を離れると同時に、無数の美しい金貨になって、雨のように床の上へ
(こぼれとんだからなのです。 ゆうじんたちはみなゆめでもみているように、)
こぼれ飛んだからなのです。 友人たちは皆夢でも見ているように、
(ぼうぜんとかっさいするのさえもわすれていました。)
茫然と喝采するのさえも忘れていました。