イワンとイワンの兄3(完) 渡辺温
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問題文
(むすめはいつのまにか、はなむこがかわってしまっているのにおどろきました。)
娘は何時の間にか、花婿が変ってしまっているのにおどろきました。
(「あなた、あたしをほんとうにあいしてくだすって?」とむすめはいわんにききました。)
『あなた、あたしを本当に愛して下すって?』と娘はイワンに訊きました。
(「かみさまにちかってもいいよーー」 いわんは、うまれてないかんどうにわれをわすれて、)
『神さまに誓ってもいいよ――』 イワンは、生れてない感動に我を忘れて、
(そうさけびました。 「そう。でも、あなたのおにいさんは、)
そう叫びました。 『そう。でも、あなたのお兄さんは、
(なぜあたしにうそをついたのかしら?ーー」 「うそをついたのじゃないよ。)
何故あたしに嘘をついたのかしら?――』 『嘘をついたのじゃないよ。
(だれよりもやさしいしんせつなにいさんだもの!」 いわんはあわてて)
誰よりも優しい親切な兄さんだもの!』 イワンは周章(あわて)て
(じぶんのかぎのはなしをはなよめにしさいにものがたってきかせました。 するとむすめはおこって)
自分の鍵の話を花嫁に仔細に物語って聞かせました。 すると娘は怒って
(みるみるかおいろをかえました。 「あなたにひきかえて、あなたのにいさんは、)
みるみる顔色を変えました。 『あなたに引きかえて、あなたの兄さんは、
(やぎのけごろもをかぶったおおかみです。そして、かわいそうにあなたは、)
山羊の裘(けごろも)を被った狼です。そして、可哀相にあなたは、
(あたしのためにせっかくおとうさんがのこしていってくだされたたいせつな「ゆくすえ」をなくして)
あたしのために折角お父さんが遺して行って下された大切な「行末」を失くして
(おしまいになったのね。・・・・・・でもあんしんしていらっしゃい。あたしがかならずそのぎんの)
おしまいになったのね。……でも安心していらっしゃい。あたしが必ずその銀の
(こばこのかわりに、あなたにたのしい「ゆくすえ」をこしらえてさしあげますから・・・・・・」)
小箱の代りに、あなたに楽しい「行末」をこしらえて差し上げますから……』
(そういって、むすめはいわんにあたたかいせっぷんをしました。 いわんのあには、)
そう云って、娘はイワンに温い接吻をしました。 イワンの兄は、
(ふしぎなことにも、それからいくにちたっても、いくつきたってもいくじゅうねんたっても)
不思議なことにも、それから幾日経っても、幾月経っても幾十年経っても
(ふたたびすがたをあらわしませんでした。そこで、いわんはあらためてそこのやしきのあるじとなって)
再び姿を現わしませんでした。そこで、イワンは改めてそこの邸の主となって
(いとしいつまとともになにふじゆうなくしあわせなひをおくることができました。)
愛しい妻と共に何不自由なく仕合せな日を送ることが出来ました。
(・・・・・・・・・ ところでさて、いわんのあにはいったいどうなってしまったのでしょうか)
……… ところでさて、イワンの兄は一体どうなってしまったのでしょうか
(じぶんのはなよめとかぎとをとりかえることのできたいわんのあには、そのかぎでさっそく)
自分の花嫁と鍵とを取り換えることの出来たイワンの兄は、その鍵で早速
(たんすのなかにしまってあったぎんのこばこをあけてみました。だがなかには、ただいっぽんほそい)
箪笥の中に蔵ってあった銀の小箱を開けて見ました。だが中には、ただ一本細い
(つなをたばねたものがはいっているきりでした。そのむすびめのところにちいさなしへんが)
綱を束ねたものが入っているきりでした。その結びめのところに小さな紙片が
(はさんであって、それにつぎのようなことばがかきつけてありました。)
挾んであって、それに次のような言葉が書きつけてありました。
((あなぐらのきたのすみのとこいしをもちあげて、そのうらについているかぎにこのつなをとおして)
(窖の北の隅の床石を持ち上げて、その裏についている鉤にこの綱を通して
(ちのそこへおりていきなさい。そこにおまえのあんらくなはんせいがじゅんびしてあります。))
地の底へ降りて行きなさい。そこにお前の安楽な半生が準備してあります。)
(いわんのあには、いよいよたからのあなをほりあてたようなきもちで、そのしへんのおしえる)
イワンの兄は、いよいよ宝の穴を掘り当てたような気持で、その紙片の教える
(とおりをじっこうしました。もうなんじゅうねんものむかしからつかったことのないふるいあなぐらへ)
通りを実行しました。もう何十年もの昔から使ったことのない古い窖へ
(しのびこんで、そこのきたのすみのほこりだらけのおもたいとこいしをやっともちあげてみました)
忍び込んで、そこの北の隅の埃だらけの重たい床石をやっと持ち上げてみました
(するとはたして、そのうらがわにてごろのかぎがついていたので、それへぎんのこばこのなかに)
すると果して、その裏側に手頃の鉤がついていたので、それへ銀の小箱の中に
(はいっていたつなをひっかけて、とどろくむねをおさえながら、そろそろとちのそこへおりて)
入っていた綱をひっかけて、轟く胸をおさえながら、そろそろと地の底へ降りて
(いきました。ところが、あらかじめしかけがしてあったのでしょう。)
行きました。ところが、あらかじめ仕掛けがしてあったのでしょう。
(つなはぷつりとおとをたててきれました。あっというといわんのあにはたちまち)
綱はプツリと音を立てて切れました。呀ッと云うとイワンの兄は忽ち
(ふかいふかいあなのそこへおちこみましたがうまいぐあいにたいそうやわいべっどがすっぽりと)
深い深い穴の底へ落ち込みましたがうまい工合に大そう柔いベッドがすっぽりと
(からだをうけとめてくれました。そのあなのどこかいちばんたかいてんじょうのあたりからあかるいひの)
体を受けとめて呉れました。その穴の何処か一番高い天井の辺から明るい日の
(ひかりがもれてくるようにつくられてあったので、そのべっどがいまだあたらしい)
光が洩れてくるようにつくられてあったので、そのベッドが未だ新らしい
(なかなかじょうとうなものであることがわかりました。 いわんのあには、)
却々(なかなか)上等なものであることが判りました。 イワンの兄は、
(どうやらそこがたからのくらではなさそうなのにきがついて、うろたえて、)
どうやら其処が宝の蔵ではなさそうなのに気がついて、うろたえて、
(さがしまわりました。あなのなかにあったすべてのものは、そのべっどのほかに、ものものしい)
探し廻りました。穴の中にあったすべてのものは、そのベッドの他に、物々しい
(ぱんのやまとそしていくじゅったるかのぶどうしゅとでした。 かんがえぶかいちちおやが、)
パンの山とそして幾十樽かの葡萄酒とでした。 考え深い父親が、
(ばかなむすこのみをあんじてくふうしたくうにこまらぬあんらくな「ゆくすえ」とは、)
馬鹿な息子の身を案じて工夫した食うに困らぬ安楽な「行末」とは、
(ただそれだけのことでした。 けっしてたにんにじゃまされぬようなばしょを、)
ただそれだけのことでした。 決して他人に邪魔されぬような場所を、
(わざわざえらんでもうけたほどのものでしたから、またそのなかでどのようにさけびたてた)
わざわざ択んで設けた程のものでしたから、またその中でどのように叫び立てた
(とて、それがまんがいちにもだれかのみみにきこえるようなことはありませんでした。)
とて、それが万が一にも誰かの耳に聞えるようなことはありませんでした。
(いわんのあには、そんなあなのそこで、いわんのかわりにそのよせいをくらさなければ)
イワンの兄は、そんな穴の底で、イワンの代りにその余生を暮さなければ
(なりませんでした。 みなさんは、それでもいわんのちちおやがそのむすこたちの)
なりませんでした。 みなさんは、それでもイワンの父親がその息子たちの
(ためにしておいたことをば、まちがいだとはおかんがえにならないだろうとおもいます。)
ためにして置いた事をば、間違いだとはお考えにならないだろうと思います。